二章「生徒会長と不純異性交遊」

活動記録・春 6



「――全て見ていました。放課後、生徒会室に来て下さい」



 昨日に引き続き、今日も授業どころではなかった。理由は違うが。

 俺は子供の頃から、極度の緊張に晒されると催す体質なんだ、腹痛を。大を。

 今日一日、何度トイレに駆け込んだかわからない。そして俺はぼっちだ。それは、ブサイクだからとか、コミュニケーション能力の欠如だとか、そういう理由ではない(はず)。

 俺がぼっちな理由は人一倍、恥ずかしがり屋さんだからだ。こんな言い方をすると、かなであたりに、『キモイ』とかなんとか言われそうだが、事実だから仕方ない。もう一度言う。俺はとっても恥ずかしがり屋さんなのだ。

 それゆえに、授業中に「先生! うんこ!」などと言う大胆発言をできるはずもない。不定期に襲ってくる腹痛に堪え続ける一日だった。授業が終わるたびにトイレに駆け込む。それもこれも、生徒会長の発言に原因がある。

 

 朝の丸山とのやり取りを一部始終見られていた。そして放課後の呼び出し。いい想像なんてできるはずもなく。十中八九、悪いことが起こる。注意されるなんてのはいい方だ。

 それをネタに何かを要求……ま、まさか俺の身体を!? ……いや、それはないな。

 なんて無駄な思考を繰り返している間に、放課後を迎える。一緒に呼び出されているかなではというと、それほど気にしている様子ではない。こういう場合、女性のほうが肝が据わっているという。諦めとも言うが。「今更どうこう考えたって仕方ない!」そんな風に考えることができたらどんなに楽なことか……


「ほら、生徒会室行くよ」

 俺が頭を抱えて考え込んでいると、かなでと隣の教室からやってきたリサさん俺の前に立っていた。

「も、もう?」

 少しでも生徒会室へ向うのを遅らせようとするが「もうって、放課後にこいって言われてるんだから行かなきゃ」となんともない様子でかなでが言う。なんと強靭な心臓だ。心臓が剛毛すぎるのではなかろうか。リサさんもこれと言って考え込んでいる様子はない。むしろ、今までのつき物が落ちてスッキリした顔をしている。


 なんということでしょう。必死に考え込んでいるのは俺だけではありませんか。


「いつまで座ってるの、行くよー」

 そんな俺の心境など全く気にせず、カバンにつけられた数多のキーホルダー達を揺らして、二人は先に行ってしまう。

「ま、待ってくれ!」逃げ出したい気持ちを押さえつけて、二人の背中を追った。


 生徒会室の前に着くと、辺りには人は居らず、中からも物音は聞こえない。

 まだ生徒会長は着ていないのだろうか。

「おじゃましまーす」

 かなでが何の躊躇もなく生徒会室に入っていく。リサさんも後に続く。

 こ、こいつら怖いもんなしかよ……

 俺も恐る恐る生徒会室に入っていく。


「あら? 早かったですね」

 〝コの字〟に並べらたテーブルの奥で、生徒会長が本を広げて座っていた。なんだ、居たのか。

「どうぞ、こちらに」

 生徒会室に入ったものの、どうしていいかわからず立ち尽くす三人に、立ち上がって手で生徒会長の前を指し示す。

 言われたとおり、コの字の中へ入っていく。俺はかなでとリサさんを盾にして、その後ろに隠れるように、少し離れたところに立つ。

 生徒会長はニコリと微笑んで椅子に座りなおす。


「もちろん、分かっているとは思いますが、ここに来てもらったのは〝朝の件〟についてです」

 〝朝の件〟……つまりは丸山との一連のやり取りについてということ。そんなことでもなければ、文庫本と黒板消しに青春をささげている優等生の俺が『呼び出し』なんてものをされるはずがない。ギャル臭漂うこの二人は別として。


「なんですか? ずっと見てたならわかってますよね。私たちは自分の身を守っただけです」

 か、かなでさん。そんなケンカ腰でいかなくても……

「そうです、それとも生徒会長は丸山の見方なんですか!?」

 リサさんも……ここは落ち着いて穏便に、……ね?


「…………」


 ほら、生徒会長、目つむって黙っちゃったよ。怒ってるよこれ。

「あなたたち、少し勘違いされているようですね」

「勘違い? 何をですか」

「私が今日、ここにあなた達を呼び出したのは、注意するためではありません」

 生徒会長は笑顔を崩さず、落ち着いた様子で言う。注意するためではない? ということはまさか、脅迫するため……

「そうですね……むしろ、『お願い』というべきでしょうか。『依頼』、かしら?」

 三人とも、予想外の方向へ向う話について行けず、ぽーかんと口を開けている。

 生徒会長は気にせず続ける。


「あなたたち、下駄箱の前に『目安箱』というものが設置されているのを知っていますね?」

「……あ、あぁ、はい。私達が一年生の時、えっと、夏頃? に突然置かれ始めた……」

 そういえば、そんなものが置かれていたな。特に話題にもならず、そのうち撤去されるだろうと思っていたが、今だにポツンと置かれている。

「ええ、そうです。ありきたりで、どこの学校にもありそうなものですが。前年度の生徒会が、特にやることがなかった時期に、特に目的なく、設置したものです」

 会長さん、容姿に似合わず以外と毒舌。

「それが、私達になんの関係があるんですか?」

 遠まわしな言い方をする会長に、イライラしたのか、かなでが先を急かす。


「その中には、まあ、ほとんど投書なんてないんですけど。たまに、ごく稀に、投書されていることがあります」

 会長は、そんなかなでのことなど意に介さず、自分のペースで話を進める。この会長、なかなか手ごわそうだぞ……


「内容は様々。恋愛の相談や、愚痴、いたずら。『目安箱』の意にそぐわない内容の場合は基本的に無視するようにしています」

「えー、ひどい。 恋愛の相談とかはちゃんと聞いてあげればいいのに」

 リサさんが、なんとも女子高生らしい反応をする。

「そうですね。できればそうしてあげたいのですが、そういった相談に答えられるほど、私は人生経験がありませんし。なにより、こういった投書の場合、大抵は、『目安箱』に入れた時点で、本人の目的は達成されているのです」

「どういうことですか?」

 かなでが尋ねる。

「あなた達も経験があるでしょ? 何かに悩んでいる時、とにかく人に話したい。聞いてもらいたい、ということが。その場合、往々にして、〝解決策〟や〝鋭い指摘〟なんてものは、求めていない。むしろ、そんなことを言われれば、理不尽な怒りすら湧いてくる」

 会長は淡々と話を進める。

「あ、あるかも……」

「う、うん。確かに……」

 女子二人は共感してるな…… 

 男の俺には理解しがたい感覚だけど、かなでと話していると、『相談された内容に的確な返答をすると、なぜかケンカになる』という経験に照らし合わせると、会長の言っていることが間違っていないことは、なんとなくわかる。


「なので、そういった内容の場合は基本的には触れません」

 なるほど……と二人が頷く。


「問題は、それ以外についてです」

「それ以外?」

 かなでが尋ねる。

「真面目な内容で、かつ具体的に要望の書いてある投書。例えば……これです」

 そう言ってカバンから取り出した紙をかなでに差し出す。リサさんと俺はかなでの肩越しに紙を覗き込む。


「『不純異性交遊を認めてください!』……これですか?」

 そこには、いかにも〝女子〟というべき、丸々とした文字が並んでいる。

 なるほど、そういうことか。うちの学校は校則に『不純異性交遊を禁ずる』とわざわざ明記されている。

 俺はなんとなく会長の意図を察して、今日一日抱いていた不安が無駄だったたことを安堵し、そして、それ以上に面倒臭そうな内容に、胃がムカつき始めていた。俺の平穏なスクールライフが遠のいて行く予感。


「察してくれたようですね。……ね? 時任さんの後ろに隠れている大内田くん?」

 突然声を掛けられて、猟師に見つかった小動物のように身体を跳ねさせる。 

 な、なんだ。話しかけるときは「今から話しかけますよ」とでも宣言してもらわなければ困る。


「え、誠わかったの?」

「誠くん、これどういうこと?」

 二人はまだ理解できずにいるようだ。

 俺に聞くなよ。目の前にいる会長に聞いてくれ。

「大内田くん、説明お願いできますか?」

 お、おぉ……学校でも断トツの人気を誇る生徒会長。この笑顔で落としてきた男の数は星の数。なのに、なぜだろう。俺の『童貞アンテナ』が全く反応しない。自慢じゃないが、童貞は少しのことでドキッとする。例えば目があったとか。例えば、消しゴムを拾ってもらえたとか。それだけのことで『こいつ、俺に気があるわ、間違いないわ』と思ってしまう、なんとも単純な生き物だ。

 しかし、なるほど、そうか。この笑顔は俺を罵倒する時の妹や、かなでの顔と一緒だ。

 嫌がる俺を見て楽しんでいる時の顔だから、俺のアンテナが反応しないのか。

 なんとか、この場を乗り切る言い訳を必死に考えたが、答えを急かす二人の目と、〝獲物〟を睨み、逃がさない、と語る会長の瞳から逃れるベストな言い訳はないみたいだ。


 し、仕方ない……


「その『お願い』ですか、『依頼』かな? それを、僕たちで解決しろってことですよね」

 少しでも意趣を返すため、できる限り面倒臭そうに言う。会長は笑顔を崩さない。全くのノーダメージだな、こりゃ。

「? どういうことよ」

 二人は今だ、頭の上に『?』を浮かべている。

「例えば、その紙を例にするなら、『学校に不純異性交遊を認めさせろ』ってこと……ですよね?」

 恥ずかしがり屋さん(かわいい)の俺は、会長を直視できず、横目に見ながら、確認する。

 

 ――パチパチパチパチ。

 会長から、突然のスタンディングオベーション。


「その通りです。さすがですね、頭の回転が速い」

 ハハハッ……、無理に煽ててるの丸出しですよ会長。


「なるほど……」

 かなでが納得したとコクコクと首を縦に振る。いやいや、納得しちゃダメだろ。とんでもないことに巻き込まれそうになってんだぞ?


「でも、それって私達みたいな一般の生徒より、生徒会長である綾小路さんの方がやりやすいんじゃありませんか?」

 ――ッ!? ま、まさか! この中にこんなまともな意見を言う人がいるなんて……! さすがリサさん!

「えぇ、そうですね。あなたの言う通り」

 あ、そこ、普通に認めちゃうんですか。

「それじゃあ、どうして?」

 かなでが言う。


「私も、生徒から選ばれた、〝生徒会長〟である以上、できるだけ要望には答えたいと思っています。あくまでも、筋の通った意見だけですが」

「その紙に関しても、私はその意見に納得した上で、学校側に取り合ってみましたが結論はお察しの通りです」

 ん? 初めて会長の顔が悔しそうな顔を見せたような…… 一瞬だけだが。


「じゃあ、みんなに投票して貰えばいいんじゃないですか? 賛成か反対か」

「リサすごい! それだよ、絶対賛成のが多いでしょ!」

 二人は盛り上がっている。俺と会長は苦い顔。確かに、それが当然の意見だ。

「当然、その案は教師側に提案しましたが……」

「……無理だったと」

 そう俺が言うと会長は重々しく頷く。

「どうして? なんでよ、おかしいじゃない!」

 かなでは感情的になっている。

「そう、かなでの言う通りおかしい。日本は『民主主義国家』なんだからそうするのが当然。でもこと『学校』という組織においてはそうじゃないんだよ。表では民主主義ズラしてるけど、その実、教師たちの『独裁政治』……とでも言ったらいいかな? ハハハッ」

 俺は自嘲気味に笑う。

「大内田くんの言う通りです。我々生徒がなんと言おうと、〝聖職者〟とあがめられる教師が否と言えば、全ては否になってしまう」


「……なにそれ、感じ悪すぎ」

「……でも、私のバイト件は……」

 そう、リサさん。それが原因で今俺たちは、青春の大事な時間を奪われようとしているのだよ。俺の文庫本ともに過ごす平穏な青春が……


「そうです。先日の『告発文』の件、そして今朝の丸山先生とのやり取り。まさにその『独裁政治』の一部を崩したと言っても過言ではありません」

 いやいや、それは過言すぎると思いますよ。落ち着いて会長さん。

「え、でも、あれは全部誠が考えたんですけど」

「ええ、朝もそう言っていましたね。ですが、あの告発文を校内中に貼り付けたのは、大内田くんだけではないのではありませんか?」

「どうして知ってるんですか?」

「ただの推測です。大内田くんはあまり俊敏な動きができるようには見えないので」

 あー、やっぱこの会長、毒舌だわ。間違いないわ。かなでや妹と同じ部類の人間だわ。

「会長よくわかってるー、アハハハハッ」

 何が『アハハハハッ』だコラ、ふざけんな。俺は動こうと思えば動けるタイプなんだよ。舐めんな! 逃げ足は速えぞコラ! 舐めんな!


「……で、でも、誠くんの武器は〝頭〟でしょ?」

 リ、リサさんが俺のフォローを…… 彼女の中で一体何がおこっているだ。核爆発級の化学反応が起きているのではなかろうか。

 なんかちょっと怖い。突然すぎて怖い。

「その通り、今朝のやり取りは見事でした。あれは咄嗟に思いついたんですか?」

「い、いや……リサさんを助けるので必死だったんで……」

「誠、昔から嘘得意だもんね」

 いやお前、それは褒めてるのか? 褒めてると思っていいのか?

「実際、アルバイトの件も何度か投書がありました。私も出来る限り動いてみましたが、結果を見て分かる通り、どうにもなりませんでした」

 また悔しそうな顔。生徒のために頑張る生徒会長。それだけで誇っていいはずなんだけど、俺だったら事あるごとに『生徒会長マジつれーわー、ヤベーわー、俺生徒のためにがんばってるわー』と会話にねじ込む自身がある。

 会話する相手いないけど……


「それが……、あなた達は、たった数日で変えてみせた。聞きましたか? アルバイトの申請は親の承諾があれば、基本的に許可するように校則が変更されました」

「え!? 本当ですか!」

 かなでとリサさんが興奮して聞き返す。

「本当です。そして私は、あなた達の行動を見て、ある結論に至りました」

 そ、その先は聞きたくない。聞いたら後戻りできそうにないから。


 しかし、会長は俺の気持ちなど知る由もなく、立ち上がって拳を握り、興奮ぎみに演説する。


「学校という組織が、民主主義の皮をかぶった独裁組織である以上、歴史にならい、それを打ち滅ぼすには『話し合い』ではなく『力』が必要だと!」

 優しい顔して、『打ち滅ぼす』とか『力』とか。言うことは物騒だな、この会長。

 やっぱり危険人物リストにいれて置こう。

 いくら容姿が整っていようと、できるだけ関わりたくない。


「私は生徒会という、学校が組織する会の長。いわば犬!」

 自分のことを犬はどうだろうか。

「犬の分際で飼い主に噛み付いたところで、与えられるのは『罰』のみ。待遇が変わることはない」

 気合いの入った会長の演説を、かなでとリサさんは目を輝かせて聞いている。嫌な予感しかしない。


「ならば! 管理できる飼い犬ではなく、凶暴な野良犬によって! 独裁を崩そうではないか! 歴史は述べている。独裁者を倒すのは、政治家でも飼い犬でもない。民なのだ!

 さあ、民よ! 凶暴な野良犬よ! 私と一緒に立ち上がれ、……独裁者を打ち倒すぞ!」


 椅子に足を乗せ、片腕を天高く掲げる生徒会長。

 

 ――奇妙な沈黙――


 少しして二人はまるで神の洗礼を受けた信者の如く、熱狂的な拍手喝采。

 そして、俺の深い、深い深いため息。


 何もないけど平穏で、これまで動くこと無かった俺の青春。

 

 どこに向っているんですか。

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