活動記録・春 5
「あれれぇ? 丸山先生?」
俺はまるで、たまたま見つけたかのような素振りで近づく。
「ッ!?」
まさか人が来るとは思っていなかったのか、それとも見られてはいけないところを見られたからか、またはその両方か……丸山は飛び上がるようにビックリしてこちらを振り向く。リサさんも驚いてこちらを見る。丸山はとっさに隠すように、俺とリサさんの間に立つ。
「なんだ、お前たち! どうしてこんなとこにいるんだ!?」
「それはこっちのセリフですよ、そこにいるのは……あれぇ? リサさん? どうしてリサさんと丸山先生がこんなところにぃ?」
わざと白々しく言ってみせる。
「な、なんでもない! もうすぐホームルームが始まるだろ、さっさと教室にいけ!」
俺たちがここにいると不都合らしい。そりゃそうか。
俺は自分のスマホを取り出し時間を確認する。
「あぁ、ホントだ。もう三分前ですね。急いで帰らなきゃ」
なんてね。
「そうだ、さっさといけ」
シッシッと手を振る。そんなに慌てると余計に妖しいだけだぞ、丸山。
「そうですね。それじゃあ、〝先生の後ろに居る〟リサさんも一緒に教室行こうか」
丸山の後ろを覗き込む。リサさんが今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめる。
大丈夫、もうすぐ助けるから。
「!? い、いや、コイツはいい。後で俺が連れて行く」
「え!? なんでですか!?」
「お前らに関係ない、とっとと帰れ!」
凄むように怒鳴ってくる。優等生の俺はあまり怒鳴られることになれていない。けど、リサさんを助けるためだ。後ずさりしそうになる足を、ぐっと堪える。
「あ、ま、まままさか。先生とリサさんは……禁断の関係なんじゃ……」
「な、何を言っているんだ貴様」
「この間、本で読んだんです。その本は男子生徒と女教師だったけど。逆があったとしても不思議じゃないし……」
あの本は結構、エロかったなぁ……。
「そんなわけあるか! お前……いい加減にしないと――」
丸山は、俺の前まで来ると勢いよく胸倉を掴む。
「うわっ!」
「あんまり、大人をおちょくるんじゃないぞ?」
キスできそうなほど、顔を近づけ睨みつける。おーこわっ。
「……いいんですか?」
「何がだ」
「動画、撮ってますよ?」
ニヤリとほくそ笑む。顔とは違い、足は小刻みに震えている。び、ビビッテナイヨ。
「な、なに!?」
俺の胸倉を掴んだまま丸山は、慌てて回りを見渡しスマホを構えるかなでを見つける。
かなでは別に隠れていたわけではないが、興奮していて離れた所にいたかなでには気づかなかったのだろう。
「お、お前!」
胸倉を掴んでいた手が放される。そのまま、動画を撮るかなでの方へ向っていく。
「そのまま、かなでを追いかけてもいいですけど……、その動画、僕のパソコンの転送されているんで、証拠隠滅できませんよ?」
ブラフ。時間が無かったんだ、そんな設定はしてない。
「何だと!? お前らいつから動画を撮っていた!?」
かなでに向う足を止め、また俺を睨みつける。
「先生がリサさんをここに連れてきた時から、ずっと」
これもブラフ、二人で話しているところは入ってるかもしれないが、声は拾えていないし、ほとんど俺が来たのと変わらない時間しか録画されていない。
「何ぃ? その動画……どうするつもりだ」
疑っている様子はない。うまく信じてくれたようだ。丸山は状況を飲み込み、すごく焦っている様子。
「どうもしませんよ? 今のところは……ですけど」
全然そんな余裕はないのだが、あえてニヤリと笑ってみせる。丸山を精神的に追い込むために。
「……どういうことだ」
怒鳴らず、低い声で聞いてくる。
「こちらの出す〝条件〟を飲んでくれるなら」
リサさんは今も怯えた表情をしている。
「……条件?」
「そうです。『リサさんに二度と近寄らない』あ、後ついでに俺たちにも」
そう言ってスマホを構えるかなでを指す。
「そ、それでは授業ができないじゃないか」
丸山、汗すごいな。よほど焦っているんだろう。
「授業はかまいません。まぁ、その場でなにかあればリサさんやかなでには報告してもらいます。その場合も結果は同じです」
「どうするんだ」
「どうしましょうか? ハハハッ、ネットに流してもいいですし、PTAや教育委員に送ってもいいですけど」
「や、やめてくれ! そんなことをされては教師を続けられなくなる」
「こんな人目につかない体育館裏に、か弱い女子生徒を呼び出して脅しているアンタに教師を続ける資格なんてない!」
この期に及んで、自分の心配ばかりしている丸山に、頭にきて怒鳴ってしまった。かなでとリサさんはびっくりして目を丸くしている。
「…………」
丸山は悔しそうに拳を握り、俯いて震えている。
「条件はこっちのためではありませんよ? 丸山先生、あなたのためです。こちらはすぐに公開してもいいんです。どちらにしても先生はこの学校から消えうせる」
怒りのおかげか、不思議と恐怖は無くなっていた。
「……わかった、おまえたちに近づかない」
震えながら、普段ふんぞり返っている丸山からは想像つかないほどの、消え入りそうな声で搾り出した答え。
「そうですね、正しい選択です」
俯いたまま立ち去ろうとする丸山を止める。
「あー待ってください。もう一つ条件がありました」
足を止め振り返る。
「な、なんだ……?」
「リサさんに謝ってください」
「……何?」
丸山は眉を吊り上げている。
「謝るんですよ、リサさんに」
「何を謝ればいいんだ」
「それはもちろん、脅したこと。それと〝勘違い〟したこと、をですかね」
「勘違い? 何のことだ」
「告発文を書いたの、リサさんじゃありませんよ」
「そんなはずはない。コイツじゃなければ誰が……」
「僕です」
「な、なんだと!?」
「リサさんの親友であるかなでから話を聞き、理不尽に感じた僕が書きました。彼女に確認すことなく、僕だけの判断で。校内に張ったのも僕です」
何か言おうとしているかなでを手で制止する。
「……貴様ッ!」
「おー怖いですねぇ、気の済むまで殴ってもらって構いませんが、その後どうなるかはわかりますよね?」
「…………ぐっ」
悔しそうに唇を噛む。
「まあ、そういうことなので、リサさんは何もしていないんです。なのに、先生にこんなところに呼び出され、脅された彼女の恐怖は言うまでもありませんよね、さあ」
そういって、唇を噛んだまま立ち尽くす丸山に先を促す。
丸山は俯いたまま、壁を背に怯えるリサさんの方へ向き直りる。
「…………すまなかった」
全く気持ちが篭っていない謝罪。微塵も悪いとは思っていないのだろう。とことん教師に向いていない。下衆だな。少しは期待もしたが、まぁいい。目的はそこじゃない。
「この程度で先生がやったことを許されたと思わないでくださいね。わかったら行っていいですよ」
意識して生意気に振舞うと、丸山は俺をもう一度睨みつけ、悔しそうに去っていった。
「…………フゥ……」
丸山の姿が見えなくなると、一気に緊張がとけ深いため息が出る。こ、怖かった……。慣れないことをするもんじゃないな。
「――リサッ!」
かなでが駆け寄り、怯えるリサさんを抱きしめる。
「……かなで……」
「良かったよぉ、何もされなかった!? 殴られたりしてない!?」
かなではリサさんの肩を持ち、身体に異常がないか確認しながら言う。
「う、うん。大丈夫。脅されただけ……」
「そっか……何て脅されたの?」
「『あの告発文はお前だろ』って……否定したけど『お前以外いない、覚えとけよ。お前が退学するまで徹底的にしごいてやる』って」
リサさんの身体はまだ震えている。
「アイツ……ホントサイテー。今すぐにでも辞めさせてやりたい」
気持ちはわかるが、動画が中途半端な以上、証拠としての能力は薄い。そう思い込んでくれただけでも御の字だよな。ホント運が良かった。
「かなで、ありがとう、助けてくれて」
「いいの! 私たち親友でしょ? 当たり前じゃん」
「……うん……うん」
ずっと我慢していたのだろう。安心したのか、リサさんの目蓋から涙が溢れ出す。
かなでも目元を光らせて、涙を流すリサさんを抱きしめている。
い、居ずらいな。俺の仕事は終わったし、ここは親友二人みずいらずに……。教室に帰ろう。
俺はバレないように、泥棒よろしく、抜き足差し足でその場を立ち去ろうとした。
「……あれ? ちょ、ちょっと誠! どこ行くのよ!?」
ば、バレてしまった。俺に泥棒の才能はないらしい。
「い、いや、ホームルームもとっくに始まってるし。教室に帰ろうかなーっと……」
かなでは、「ちょっとごめん」と言ってリサさんから離れると俺のほうへ、ツカツカと向ってくる。や、やばい。怒られるッ。
「……どうして、あんな嘘ついたのよ」
あ、あれ。怒鳴られるかひっぱたかれると思ったけど、思いのほか弱気だな。
「〝あんな〟って、どれのことだよ」
この数分、嘘なら山ほどついたからどれのことだかわからん。
「『俺だけがやった』って……」
「あぁ……」
それのことね。
「私のためにやってくれたことなのに……、私たちもあの紙張ったし」
リサさんも涙で濡れた目を拭いながら言う。
「あれはぁ……」
理由を言ったら怒られそうだしなぁ。
「なによ、言いなさいよ」
いつもより弱々しいけど、いつもより威圧感がありますよ。かなでさん。
「……怒らないか?」
「怒らない」
この流れで怒られなかった例を俺は知らないぞ。しかし、言い逃れできそうもない。
「丸山の目を俺の方に向けるため」
「……はぁ? どういうことよ」
「全然意味わかんない」
二人してそんなに迫られても。
「あのまま丸山を帰しても、たぶんリサさんへの憎悪は消えない。むしろ膨らむだろうし、そこに俺やかなでも含まれることになる。ど、どうせ恨まれるなら、俺一人の方がいいだろ?」
「「よくない!」」
二人そろって。ホント、仲いいんですね。
「バッカじゃないの!? 何? 格好つけたつもり? 全然かっこよくないんですけど」
格好つけたってわけじゃ……まぁ全くなかったと言えば嘘になるけど。
「ご、ごめんなさい」
あまりの剣幕と、一人は幼馴染みとはいえ苦手な女子二人に迫られているという状況に、思わず謝ってしまう。
「…………ホント、バカ」
あ、あれ? いつもならもっと怒りそうなのに。
「誠くんが丸山に嫌がらせされたら、どうするの?」
リサさんが充血した赤い目で俺を睨みながら尋ねてくる。
「その時はその時。ま、たぶん何もしてこないとは思うけどね」
「どうしてそんなこと言い切れるのよ!」
弱々しくなったと思ったらまた、大声で。忙しいやつだな。
「アイツは俺たちが動画を撮って、それを持ってると思い込んでるはずだ。少なくとも、そう思ってくれてるうちは何もしてこないよ。あいつも職を失いたくはないだろ」
「……そうかもしれないけど」
「だから、な? 落ち着いてくれ」
「落ち着いてるわよ!」
かなでさん。そんなに怒鳴る人を落ち着いてるとはいいません。
「でも……ちょっとかっこよかった」
ん? 聞き間違いだろうか。リサさんが今とんでもないことを口にしたような。
「まぁ、ほんのちょっとだけだけどね」
あれ? 認めるの? 認めちゃうの?
「お、おう……」
なんだよ俺の反応は! これじゃ童貞丸出しじゃねぇか!
「ありがと」
リサさんの晴れやかな笑顔。少し頬を染め、ニッコリと微笑む。
思わずドキッとしてしまう。
「でもほんと、なんであんなにスラスラ嘘が出てくるのよ」
「いや、必死だったから……」
「全く……将来詐欺師にでもなるつもり?」
かなでが茶化すように言ってくる。良かった。どうやら怒りは静まったらしい。
「ハ、ハハハハハ……」
「あなたたち」
ッ!? 突然声をかけられ、三人共身体をビクリとさせて振り向く。
そこには、春風に黒髪をなびかせ、今にも溶けてなくなってしまいそうな、白い肌と雰囲気をかもし出した、女生徒が立っていた。
「せ、生徒会長!?」
かなでが驚いた声で言う。生徒会長? 生徒会長がなぜこんなところに……
「もう、ホームルームは始まってるはずです」
体育館の脇からゆっくりとこちらに向ってくる。
「す、すみません。すぐ戻ります」
俺はなんだか嫌な空気を感じ、謝ると二人を連れて逃げるように立ち去ろうとした。
「待ってください」
なぜか呼び止められ、ゆっくりと振り向く。
「な、なんでしょう」
「――全て見ていました。放課後、生徒会室に来て下さい」
一章「幼馴染みとその親友」 完
二章へつづく……
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