活動記録・春 4


 次の日、学校は大騒ぎだった。

「おい、見たかあれ」教室へ向う途中すれ違った男子。随分興奮してんな。

「見た見た、酷ぇよな丸山」

「今頃、どんな顔してるだろうな」

「それにしても、『彼』って誰のことだろうな」

「さあ?」

 反応は上々。大体はみんなこんな感じの会話をしているみたいだ。

 さあ……どう転ぶか。

 教室でも、〝告発文〟の話題で持ちきりだな。みんなが数人の輪を作ってキャッキャッと騒いでいる。憤っているというより、この状況を楽しんでる感じだけど。

 まぁ、これは予想通り。所詮は他人事。リサさんの名前を出せば近しい人間は憤慨するかもしれない、けれど後々のことを考えれば、出さないほうがいい。


 いつもホームルームの時間ギリギリにやってくる通称じいちゃん先生、曽我先生が少し早めに教室に入ってくる。そのまま黒板の前まで移動して、チョークを握る。


【緊急職員会議のため、ホームルームは自習とする】

 いつも通り達筆で書き上げるとゆっくりチョークをおいて、何も言わずにそのまま教室を出て行く。怒っているわけではない。いつもこうなのだ。

 教室に居た生徒たちは黙ってじいちゃん先生を見つめ、教室を出て行くと同時に再び騒ぎ始める。


「おい、これってアレだよな」

「そうだよ、絶対」

「やべぇ、なんか楽しくなってきた!」

「マジそれー」 

 ざわざわざわざわ…… 

 

 全校集会か職員会議かどっちかが開かれるとは思っていたけど、職員会議のほうだったか。大丈夫、ここまではうまく行っている。


 それにしても、かなでのやつ遅いな。もうすぐ登校時間終わるぞ。

「みんなー、おはよー!」

 そんなことを考えていると丁度かなでが元気に挨拶しながら教室に入ってくる。

「あー! かなでー、おはー。ていうか知ってる?」

 数人で騒いでいた女子グループがかなでに駆け寄る。

「んー、なにがー?」

「告発文、丸山ボロクソにかかれてんの。めっちゃウケるんだけど」

「えー、なにそれ。丸山やばいじゃん」


 ボロを出すのではないかと、少し心配してたけど……大丈夫そうだな。演技の上手いやつだ。末恐ろしいやつ。

 女子グループと会話しながら、かなでの視線が俺に向けられる。アイコンタクト。

 たぶん、上手く行ってることを喜んでいる、のだと思う……。


 はてさて、今頃職員室ではどうなっていることやら。こちらにいい方向に向いていることを願うが……。


 クラスメイトたちの騒ぎは、自習となったホームルームの時間になっても続いていた。

 かなでは自分の席についている。


 ――ブゥブッ――

 ポケットの中に入れている、マナーモードに設定されたスマホが振動する。

 普段なら迷惑メールだろうと無視するが、状況が状況なだけに急いでスマホを取り出し確認する。

 ……やっぱり。着信はLINE、相手はかなでだ。


【誠の作戦上手くいってるね】横にはニッコリ笑う絵文字が添えられている。

【まだわからないけどな、それよりリサさんはどうだ?】絵文字は添えずに返信。

【今日はまだ会ってないけど、ラインしてみる】今度は親指を立てた絵文字が添えられている。なんとバラエティに富んだやり取りだ。お前らリア充はこんなやり取りを、あんなに高速で行なっているというのか……。恐ろしい能力だ。

 などと、無駄な思考を巡らしているうちに、またかなでから着信。

【リサも喜んでるみたい。あと誰にも喋ってないって】

 ……そうか、良かった。リサさんはクラスが違うからどうなってるかわからないしな。


 教室のドアが開く。緊急職員会議を終えた数学の先生が入ってきた。

「よーし、お前ら座れ座れ座れー。お前らの大好きな数学の時間だぞー」

 いつも通り、陽気な声で着席を促している。騒いでいたクラスメイトたちは慌てて席についた。

「それじゃあ、えーっと、前回はどこまでやったかなー」

 先生がパラパラと教科書をめくる。

「せんせー!」

 女子が手を上げている。

「どうした川下、また教科書忘れたか?」先生はハハハッと一人で笑っている。女子は無視して続ける。

「職員会議どうなったんですかー?」

 教室中の生徒が先生を見つめている。こんなに真剣に話を聞くのは今か、保険体育の授業ぐらいだろうな。

「あー、その件なー、まぁ気にあるよなぁ、当然」

 多くの生徒が頷く。

「まあーあれだ、そのうち報告されると思うから。俺の口からはなんとも言えん」

「えー」

 教室中からブーイングが起こる。かなでも一緒にブーイングしている。俺はそんな皆を生暖かく見守る。


「みんなの気持ちはわかるが、今は数学だ。さあ、やるぞー!」

「気になって集中できなーい」「そーだそーだ!」

「グダグタ言うな!」

 そんなやり取りが数回続いて、皆渋々諦めて授業に入る。

 俺は教室の隅の席で、内心ひやひやしていた。

 もし、これで改正されなかったり、リサさんの申請が認められなかったら……。

 丸山が見れば、〝告発文〟にリサさんが関わっていることは明白。間違いなく標的にされる。

 そうなった場合、俺は責任を取れるだろうか。いや、取るしかない。作戦を考えたのは俺だし。それが道理だよなぁ……




 放課後。

 その日は一日中、どこへ行っても告発文の話題で持ちきりだった。

 結局、この日のうちに結論は出されず、後日持ち越しになったようだ。みんながグチグチ文句を言っていた。まぁ、一番文句言ってたのはかなでだろうな……

 かなでとリサさんは今日はとりあえず帰ると言って、一緒に下校していった。


 俺もすでに帰ってきている。部屋で宿題を進めていた。昨日の夜からずっと、不安が頭から離れないが、そうは言っても時間はすぎる。やるべきことを無理矢理すませて、なるべく考えないようにする。

 

 ――ブッブッブッブッブッ――


 電話? そういえばマナーモードにしたままだったな。

 スクリーンを見ると『時任かなで』から電話だ。なんだよ、リサさんと一緒じゃないのか。シャーペンを置き、スマホの着信をとる。


「なんだ――」

「――誠!? 誠よね!? きいてきいてきいて!」

 おいおい、なにをそんなに興奮してらっしゃるんですか。

「リサのお母さんから今リサに電話があって――あっ!」

 ガサゴソとなにやら騒がしい。

「お、おい、かなでどうしたんだ?」

「誠くん!? 今お母さんから電話があって……、私、バイト、許可されたの!」

 かなりの興奮が伝わってくるが、かなでの声と違うな。

「……あれ? あっ、リサさん!?」

「そう! 私まだ信じられない! 本当にありがとう!」

「あ、あぁ、良かったな」

「……あっ、ごめんね、私興奮しちゃって」

「い、いや、いいんだけど……」

「……でも、あの、本当にありがとう。……えっと、かなでにかわるね」

「お、おう」

 我に帰って恥ずかしくなったみたいだ。

「あ、誠? リサにスマホ奪い取られちゃって。すごい嬉しかったみたい」

 かなでの興奮もかなりのもんだったけどな。少し落ち着いたみたいだ。

「そ、そうだな、伝わったよ」

「あはは……でも、ホント……良かった」

 かなでが本当に安心したような声で言う。本当に良かったな。


 その後、少しだけ会話をしてまた明日学校でと電話を切る。かなでは今日リサさんの家に泊まるらしい。夜は静かに過ごせそうだな。

「……フゥ……」

 思わずため息が出る。ずっと気が気ではなかった。成功するかどうか、やれることはやったが、ほとんど運だのみ。俺の頭ではこれが限界。とはいえ、責任はある。もしも時は……。そう思って、もしかすると、かなでやリサさん以上に不安だったかもしれない。

「本当に良かった……」

 もうため息をついてベットに倒れ込む。リサさんやかなではお礼を言ってくれていたが危険な目にあわせてしまった。

 明日学校にいったら謝ろ……。


 ゆっくりと夜は更けていった。



 

 次の日学校へ行くと、昨日の騒ぎは落ち着いていた。

 人の噂は七十五日って言うけど、一日で終わったな。まぁ、所詮は他人事ってことなんだろう。

 いつも通りの学校、いつも通りの教室、いつも通りに座り文庫本を開く。

 そして、いつも通り挨拶はない。

 そうだ、ホームルームの前にトイレ行っとこう。


「あっ! 誠、ちょっと来て!」

 教室を出たところで、慌てた様子のかなでと鉢合わせして、腕を無理矢理引っ張られる。

「な、なんだよ。どうしたんだ!?」

「いいから急いで! リサがッ!」

 リサさん? 許可が下りたって昨日電話で言ってたじゃないか。それがどうしたって……


 かなでに連れてこられたのは、人通りのない体育館の裏。

 かなでの言われ、物陰からこっそりと顔を出す。 あれは……リサさんと、……丸山か? どうしてこんな所に……


「今日、リサと一緒に登校してリサの教室で喋ってたんだけど。丸山がリサを呼びに来たの。〝例の件〟もあるし、心配だったから後をつけたらこんなとこに連れてこられて」

 顔を出す俺の後ろから、かなでも同じように顔を出して、丸山たちに聞こえないように小さい声で言う。

「周りにバレないように怒鳴りはしてないけど、あの感じ、絶対リサ責められるよね……」

「そうだな……」

 普通の〝教師と生徒〟の会話であれば、こんなとこで人目を忍んで話す必要はない。職員室や教室で堂々と話せばいいはず。

「お願い誠、リサを助けてあげて!」

 かなでは泣き出しそうに訴えてくる。

 内容は聞こえないが、十中八九、昨日の告発文が原因だろう。と、なれば責任は俺にある。リスクはある程度、把握してたけど、まさかこんなに早く、それもこんな形で。俺は丸山を見くびっていたようだな。もう少し、まともな先生だと思っていた。


「……お前、スマホ持ってるか?」

 一度、身体を起こしてかなでに言う。

「スマホ? ……うん、持ってるけど」

 上着のポケットに入れていた、キャラクターがプリントされたド派手なカバーをつけたスマホを取り出す。

「それ、動画モードにして俺から離れた所で、全員が入るように撮ってろ」

 かなでは少し考えるような素振りを見せて、「……あっ、その動画で脅すのね!?」と納得したと、手を叩く。

「まぁ、それは丸山の出方次第かな……」

 リサさんのためにも、そして俺たち自身のためにも、なるべくことを荒立てたくはない。そんなことにならないのが一番だけど……。


「よし、動画準備できたよ」ピロンと撮影モードに入ったことを知らせる音がする。

「じゃあ、お前は離れた所から。もし、お前の方に丸山が来たら撮影しながら逃げろ、他の生徒や先生がいるところまでは追ってこれない。ま、俺もなるべく行かせないようにはするけど」

「うん、わかった」

「よし、……いくぞ」


 俺は意を決して物陰から飛び出した。

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