第14話

 京都、大江山中――

 深い森の中、フクロウの鳴き声がする。

 ほう、

 ほう、

 と鳴いている。

 虫たちの声が、下生えの中から聞こえる。

 りーん、

 りーん、

 何種類の虫が鳴いているのだろう。

 その森を抜けたところに、ひっそりと古い寺が建っていた。

 人々の記憶から忘れ去られ、ひっそりと佇んでいる。

 すでに廃寺になっているようだった。

 その寺の部分だけ森が円く拓かれているので、寺は天から降り注ぐ月の光を受けて、白く輝いていた。

 その、ボロボロになった縁側に寝転がって、凝っと月を見上げている男がいた。

 大きな男であった。

 身体のあらゆる部分が大きい。そして、それらが見事に釣り合って、一つの逞しい肉体を形作っている。何処の部分を取ってみても、全く無駄なところのない筋肉で鎧われていた。袖がちぎれ、ボロボロになった着物が、下からはち切れんばかりに圧し上げられているほど、逞しい肉体である。

 ぶ厚い胸が、呼吸に合わせてゆっくりと上下している。

 太い両腕を頭の下で交差させ、天空に輝く月を見上げる若者の枕元に、巨大な刃を両側に持つ、特殊な形をした戦斧が置かれていた。

 良い月だ…。

 しみじみと思う。

 心が洗われていくようだ。

 こんなにも安らいだ、そして晴れ晴れとした気持ちで月を見上げたのは、果たして何日ぶりだろうか。

 心は落ち着いていた。

 自分の人生に突如現れ、一瞬のうちに不幸のどん底に陥れたものを、追いかけ、追いつめ、そしてついに自分の手で滅ぼしたのだ。

 凄まじい執念であったと思う。

 あれほどの執念が自分の裡に宿っていようとは、ほんの数日前までは思っても見なかった。

 あのとき、俺は、執念の鬼――執鬼と化していたのだ。

 そして今、その執念の素は消えた。にもかかわらず、しかし、と思う。

 この、心の空虚さは何だ?

 奴を滅ぼすことが、全てを奴の手によって失った俺の最終目的だったのではないのか?

 それなのに――

 今、彼の眼には、心にぽっかりと空いた大きな穴が見えていた。

 虚無感。

 それが、その穴の名前である。

 では俺は、さらなる戦いを求めているというのか。

 この穴をふさぐには、戦いが必要だというのか。

 あの、生と死の間を疾り抜けるときの、えもいわれぬ緊迫感。

 一歩間違えれば、待つのは死あるのみという、あの、恐怖と背中合わせの歓喜。

 再び、その渦中に身を投じるというのか。

 それを俺は求めているというのか。

「――馬鹿な」

 男は自嘲気味に吐き捨てるように笑った。

 頭を振って、その麻薬のような恐ろしい考えを払いのける。

 帰ろう…俺の生まれた村へ――。

 ゆっくりと男は身体を起こした。

 俺の帰りを待つ、あのかわいい妻はもういない。しかし、俺には木をり、田を耕すのが似合っているのだ。

 そう思いこもうとした。

 そのときである。

 男は天に、満月以外の輝き――まばゆい閃光を見た。

 その一閃は地上へとり、男の眼前に突き刺さった。

「――何だ…!?」

 男は眼を細めながら、その輝きを見た。

「剣――?」

 男が怪訝そうに呟く。

 まさしく、男の眼の前に、一振りの剣が突き刺さっていたのである。

 その剣こそ、桃太郎の愛用の剣『青龍剣』に他ならなかった。

 そして今、それを茫然と見つめる男の名を、…。

 

 第一部「真・桃太郎伝説」 完

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真・桃太郎伝説 神月裕二 @kamiduki

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