『スサ旅話ー黄泉路秘話(四三二一〇)』
叢雲
第1話
あるところに、スサという、泣き虫で臆病な神様がいました。周りの神様達が、事ある毎にスサに理不尽な要求を突き付けてくるので、スサはいつも独りでいました。
あるとき、スサは皆にからかわれ、こう言われました。
「お前のハナを咲かして見せろ。そうすれば、凄い奇跡が起こって、世界がずっと素敵になるから」
ですが、スサのハナが咲く訳がないので、これでは、いつまでも酷いことしか起こらないと言われているのと同じです。
スサは哀しくなります。
そんな風に、来る日も来る日も、無理難題ばかり。
スサはすっかり沈んだ気持ちになって、何もかも、みんな嫌になってしまって、とうとう岩戸の中に閉じこもってしまいました。
すると、神様達は、岩戸にカギを掛けてスサを外に出られなくしました。
外に出られなくなったスサは、ここから出してと泣き叫びました。
ですがどんなに泣いても喚いても何も起こらず、泣き疲れたスサは仕方なく、岩戸の奥で通じる黄泉の国に行き、べつの出口、べつの岩戸を捜すことにしました。
ヨミのクニに辿り着き、しばらく行くと、クシナダヒメという娘が泣いていました。
クシナダヒメは泣きながらスサに訴えます。
「このままでは、オロチの生け贄にされてしまいます。どうか私を助けて下さい」
かわいそうに思ったスサは、クシナダヒメを助けてあげることにしました。
でも、オロチなんて化け物を相手にするのは、恐ろしくてたまりません。
すると、クシナダヒメはスサにオサケを差し出して言いました。
「こういう時は、景気づけに一杯やるの。お酒を飲むと勇気が出るから。何事も、勢いが大切なの」と。
ですがその日、スサは結局、酔いつぶれて寝てしまい、何もすることが出来ませんでした。
翌日も、その翌日も、同じ事の繰り返し。
何度も何度も、不毛なやり取りが繰り返されます。
酔いつぶれる度に、スサはユメをみました。
神話や昔話や、漫画やアニメや、ドラマ、もちろん現実の世界で活躍する主人公。人や動物や時には機械なんかにも、自分がなったような夢です。
酔いから覚めて、重たい頭でスサは考えました。
自分と、それらの登場人物と、いったい何が違うのだろう?
そんなに僕と違っていない。
だけど、何かが決定的に違っている。
だけど、そんなに多くは違ってない。
そんな風に思えました。
はじめ、スサはその答えが判りませんでした。
ですが、何度も何度も酔わされ夢と現実を行き来している内に、少しずつ判るようになりました。
スサは、独りぼっちだったのです。
独りぼっちのスサは、何もかも全部を、一人で背負い込んで、その何もかも全部を、自分一人の力でやらなければならなかったのです。
反対に、夢の中の主人公達には、ちゃんと回りに、支えてくれる仲間や恋人や友人や家族がいるのです。
スサは、哀しくなって泣きました。
自分がとても可哀想に思えてきて、物陰でこっそり、大泣きしました。
そして、ようやく泣き止んで、もうオサケには頼ることは辞めて、自分の中の勇気を振り絞って、素面でオロチの所に行くことにしました。
心配になったクシナダヒメは、櫛になってスサの髪に憑いて、スサについて行きます。
そうして、スサはオロチが居るはずの場所に辿り着きます。ですが、探してもオロチの姿が何処にもありません。勿論、オロチ以外にも、誰もいません。
スサはクシナダヒメに尋ねます。
「ここでいいんだよね?」
すると、クシナダヒメは元の姿に返って、スサに告げました。
「ご免なさい。本当は、私がオロチなの。独りでいるのが寂しくて、あなたをからかって遊んでいたの」
そう言って、クシナダヒメは悪戯っぽく、口から舌を出しました。
ですが、スサは、怒ったり、泣いたり、咎めたりしませんでした。独りぼっちで寂しい気持ちは、誰よりもよく判るつもりだし、何より、クシナダヒメのお陰でとても大切な事を知ることができたのですから。
クシナダヒメはそんなスサに、花の種を握らせ、「
スサは、クシナダヒメと別れ、また独りで地上を目指して歩き始めました。
相変わらず、スサのハナが咲く気配はありません。クシナダヒメから貰ったタネも同じです。
孤独で、胸が潰れそうになります。
不安で、気が狂いそうになります。
疲労で、倒れ込みそうになります。
ですが、前を見つめ、歯を食いしばって歩きました。
そして、ヨミのクニの一番上の層に辿り着いた時、いきなり天井に大きな穴がポッカリ空いて、眩い光が射し込んできました。
光の向こうに、アマテラスの顔が見えました。
アマテラスが、岩戸を開いてくれたのです。
「助かった。やっと出られる」
スサは言いました。
「こんな所で何をしていたの?」
アマテラスは言いました。
「もの凄く大変な目に合っていたんだよ」
スサが言うと、
「私の方も、もの凄く大変だったわよ」
と、アマテラスは返しました。
「咲かせたいけど咲いてくれないハナがあるんだ」
スサは更にいいました。
「そう。でも、大丈夫。きっと咲くわよ。それよりも、いつまでそんな薄暗い所に居るつもりなの? 早く外に出なさいよ。」
アマテラスは言いました。
それでスサは、地上を目指して岩戸の階段を上り始めました。その様子を見て、アマテラスは去ってゆきました。
「
アマテラスの姿が見えなくなったすぐ後、スサの耳に、囁くように、しかし確かにクシナダヒメの声が聞こえてきました。
それで、急いで調べてみると、クシナダヒメから貰ったタネが、確かに芽吹き始めていたのです。
スサは歩みを止めて考えました。
太陽の力を借りなければ、どんな植物であろうとも、花を咲かせる事さえ出来ないんだ。
どんなに自分は偉いと思ってみても、一人では何も出来ないんだ。
他人を信用せずに、色々な物を独りで背負い込んでみても、何も出来る訳はないんだ。
だけど、誰かと力を合わせれば、ちっぽけな僕にだって、奇跡みたいに思える事だって、成し遂げることが出来るかも知れない。
スサは、空を見上げてそう思いました。
『スサ旅話ー黄泉路秘話(四三二一〇)』 叢雲 @uzunomiko
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