6章 王子様

6-1 姫香と王子の顔合わせ

 三日後。

 足の怪我はだいぶ良くなっていた。腫れは引き、普通にしていれば痛みも感じない。

 しかし、体の調子に反して気分は重い。

 食べ物もおいしいし、ベッドもふかふかでよく眠れる。服も素敵で、嫌なことなんてない。……ただ一つ、明日が隣国の王子様との対面ということ以外には。


「だから、何度も言ってるじゃないですか! 嫌なんです」


 ルカ王子との婚約を正式に結ぶのを明日に控えた私は、再び王の間に呼び出されていた。

 今回は王様だけでなく、お妃様……フローラさんもいる。

 お父様に以前のような威圧感はなく、比較的穏やかな様子に見えた。これもフローラさんの笑顔のおかげだろうか。

 仲直りできた二人のことは喜ばしかった。けれど――


「もう結婚をする必要なんてないんですから、お断りします!」


 もはや叫び声との区別がつかないくらいに声を張り上げる私。


「でもヒメカ、王子様はとーってもかっこいいって噂よ。一度くらい会ったっていいじゃない」

「それになヒメカ、別に私は安らぎ草だけが目的で結婚させようとしていたわけではないのだよ。他にも外交上の色々な問題があるんだ。分かってくれ」


 二人して私を説得しにかかってくる。フローラさんが加わった分、より状況は悪くなったような気がする。


「お父様言ったじゃありませんか。嫌だったら断れって! あれはウソだったんですか!」

「フローラの件で我慢する必要はない、とは言ったが……ヒメカを説得しない、とは言っていない」

「卑怯ですよ!」


 何としても譲るまい、と思っていた矢先――


「ヒメカ、この婚約はね……実は王子様の方から言いだしてきたことなのよ。直前になって断ったら、かわいそうだとは思わない?」


 フローラさんが情に訴えかけるように静かに語りだした。


「愛しの姫君と会える日を、まだかまだかと待ち望み、そうしてようやく明日会える。恋焦がれていたその人と、ようやく、ようやく会える。なにを着ていこうか、どんな話をしようか、胸一杯に幸せな気持ちをため込んでいる時に――想い人から連絡がきた。……それが婚約をお断りする内容だと知った時の王子様の気持ち、想像できる?」


 妙に芝居がかった話し方に思わず引き込まれてしまい、断ろうという気がそがれてしまった。

 フローラさんの言っていることは誇張だろうと思う。けど、もしも万が一そんな風に思っていたのなら、と考えると簡単に断るとは言えなくなった。


「……会ってみるだけ、ですからね」


 結局折れたのは私の方だった。

 もちろん最終的にはなにかしら理由をくっつけて断るつもりだけど。理由を見つけるにしても相手を知らなければ、些細な欠点すら見つけられやしない。


「良かったわ、ヒメカには幸せになってもらいたいもの。話によるとかなりヒメカに入れ込んでるみたいだから、浮気の心配もないしね」


 フローラさんはすこぶる笑顔で、何事もないかのように言い放った。対称的に、お父様は身体をピクッと震わせ、フローラさんとは逆の方向を見た。

 お父様に少し同情したけれど、それどころではない。

 王子様が私に入れ込んでいるということが、大きな問題だった。





 高い位置に取り付けられた時計が、ゴーンゴーンと深く響く。ちょうど六時――約束の時間になったことを告げていた。

 しかし会食堂にいるのは、私とお父様、それにフローラさんの三人だけだった。そこに本来あるべき王子様の姿はない。


「ルカ王子、来ませんね」


 約束の時間は六時だったはず。しかし、それを過ぎても王子様は姿を現さなかった。


「……」


 お父様は無言のまま微動だにしない。


 ――やっぱり怒っているのかな? 


 そう思ってチラリと顔を盗み見るが、表情のない顔のまま目を閉じているのでよく分からなかった。フローラさんはそわそわと落ち着かない様子だったけど、しゃべらず静かに座っている。

 もしかしてこれは……婚約破棄? 

 破棄しようと思っていたとはいえ、逆に破棄されるのはすごく複雑な気持ちだったけど、願ったり叶ったりだ。このまま相手から婚約を破棄されれば、労せずに目的が達せられる。

 とその時、


「遅くなりましたッ!」


 大きな声が鼓膜を震わせた。

 あぁ、来てしまった。

 このタイミングでそんなセリフを吐きながらここに来る人物は一人しかいない。私はぬか喜びをさせられて、少しだけげんなりしながら声の主を見た。


「……ッ!」


 目に飛び込んできたのは予想外の光景で、私は思わず息を飲んだ。

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