第10話 スラム街の争い2 VSモンスター

 

 空気を凍らせる叫び――悲鳴が聞こえてきた。


「モンスターが出たぞおおおおおおお」


 突如、外から聞こえてきた悲鳴が、3人を硬直させる。

 外から絶えず断続して聞こえてくる悲鳴。それは決して少なくない数のモンスターが、壁の中に侵入してきたことを教えてくれる。


 3人の中で、一番最初に我を取り戻したのはミラだった。


「婆、ここの守りは?」

「――むっ。そうじゃな、ペチルや小鬼オルフェルのような第一位階なら問題はなかろうて」


 ミラに声を掛けられ、はっ、となり我を取り戻した婆がそう答える。

 なにかしらの防衛手段はあるもんだと思っていたが……俺をぶち殺しまくった奴らが雑魚扱いですかそうですか。……泣いていいですか?


オルガが出てきたら?」

「第二位階のかい? ……ちと、厳しいね。――なあに、時間稼ぎくらいはできるさね。その間に止めを刺しとくれ」


 厳しい、と伝えた婆さんの答えに、ミラがどこか悲しそうな顔を浮かべた。が、すぐさま婆さんが笑いながら「心配するんじゃないよ」とミラを気遣う。


「なに、そうそう第二位階のモンスターが出てくることはないよ」

「そうか。そうだよな。――なら、敵が来るのを待つか……来ないなら来ないでいいしな」

「え、待つの?」


 段々と近づいてくる悲鳴にびびった俺が、ミラに疑問の声をあげる。ここは出張って防衛戦でもするんじゃねぇの? 王道的に。というか怖いんだけど、なんで婆さんもミラも平然としてるの? 今この瞬間にも、スラム街の住人は殺されているのだ。その対象が自分たちに向くのは時間の問題だ。2人のように落ち着くなんてできない。


「馬鹿かおめぇ。態々出て行ってどうすんだ。ここには婆が張り巡らせた魔方陣が幾重にも仕掛けられてる。敵の戦力もわっかんねぇのによぉ、外に出て戦うなんざぁ、自殺行為だぜ? ここに篭って、入ってきたアホを殺したほうが楽だ」

「そ、そうなのか……」


 ミラの言葉に納得してしまう。なんども戦闘を重ねている彼女が言うなら、その通りなのだろう。


 でも、どんどん悲鳴は近くなってくるし……時折、断末魔が混じってる。そう経たないうちにここまで来ると思うんだけど、先手必勝なんて言わないけどさあ、後手に回ると戦いに難くなるんじゃねぇの?

  や、漫画で見たことあるだけなんだけど。


「………」

「お前、まさか――びびってるのか?」

「ちがっ……くはないけどっびびってるけども!?」

「……死なねぇくせに、情けねぇなぁ」


 仕方なくね? 小鬼にムシャバリ食われたばかりですよ? ペチルにゃあ散々ド突かれるし。これでモンスターに対して恐怖を覚えないほど、壊れた覚えはないしね。……いや、壊れることができなかっただけなんだけど。むしろ、壊れてしまったほうがこの世界では楽だと思うよ。


「あぁ……そんなに落ち込むなって、おめぇが弱いのはわかってるからよ」


 理解を示されると、それはそれで余計に情けなくなるんだけど……。


「遊んでるのはいいけどねぇ、そろそろ来るよ。仕掛けといた魔方陣に反応が――――」


 ――――婆さんの言葉を遮るようにして、壁をぶち抜いて砂煙の中から、鬼が現れた。来ることはないと予測された鬼が来てしまった!

 婆さんとミラに緊張が走り、鬼の一挙一動を警戒する。


「ガアアアアアア」


 鬼は唸り声をあげて、周囲を見回した。

 足元には3匹の小鬼を連れている――奴の配下なんだろう。鬼に従う姿勢を見せている。

 

 鬼としか形容できない化物。2mはあろう巨躯に、赤熱した鉄のように赤い肌。小鬼とは比べ物にならない大きな角。粗雑な片刃の大剣をもっている。

 その威圧感は小鬼と違いすぎる。空気が重い、ありえない。空気に重さなんてあるわけない。いや、あるのだろうけど、化物が現れたくらいで変わったりはしないだろう。


 ――――これは、俺の精神の問題だ。

 びびって体が固まっている。自分の意思では動かなくなってしまった。

 情けない、情けないけども……俺の精神は一般人だぞ。こんな出来事に即座に対応できるわけがない。



「馬鹿やろうっボーっとす――……」


 ミラの叫びが聞こえたと思った瞬間――――俺は自分の体を空中から眺めることになった。……別に幽霊になったとかじゃない、ただ鬼に首を刎ね飛ばされただけ……………










「――――るなっ」


 オレの声が届く前に、アジの首は宙に舞った。刃がボロボロに欠け一部は錆付いてさえいるあの粗雑な大剣で、見事にアジの首を刎ねやがった!


 ありえねぇだろう! 普通なら潰される。あんな質量に鬼の力が加わったのだ。その衝撃は途轍もないはず。なのに、あんな代物で斬っただと? ふざけてやがるっ。 なんか、剣に関するスキルをもっている可能性がたけぇな。


「婆! 拘束系はどうした!」

「今やっとるわいっ」

「急いでくれ、多少の時間稼ぎはしてやる!」

 

 冷静に敵を分析する。

 剣に関するスキルもってる、それしかわかんねぇ。あ、あと体でかい。邪魔だ。そこそこ高い天井だってのに頭が張り付いてやがんぜ。


「ガアア!」

「「「ギィア」」」


 鬼が吠えると、それに答えるようにして小鬼が吠え返し、オレを囲むようにして動く。連携しているのか……面倒な。

 小鬼は集団戦になると、途端に厄介な相手に代わる。それなりの知能をもつが故に鬱陶しい戦い方をしてくるのだ。


「――ばあか」


 だが、オレには関係ない。集団戦になんかさせるつもりはない。


 ――スキルを使う。

 意識する。自分が空気に溶け込む姿を。自然の中に混じる姿を。息を殺し、足音を殺し、気配を殺す。



「ガア? ガアッガアッ」

「「「ギアアッ?」」」


 で首を傾げ、不思議そうにしている4匹。

 時間稼ぎするっても、正面からぶつかるつもりは端からない。そもそもオレのスキルは不意打ち専門だ。

 第一位階程度のモンスターなら、正面から斬り殺すことくらい容易だ。しかし、第二位階の鬼を相手にそれは厳しい。つか無理だ。そこまで高い性能してねぇし、オレの強さだって第二位階を相手にできるほど、魔素を吸収してない。



「――じゃあな」

「「「――――ギッ?」」」


 奴らには聞こえてないであろう呟きを漏らし、ナイフを投げる。


 投げた4本のナイフの内3本が、3匹の小鬼の喉に突き刺さる。

 ナイフすべてが首を貫いている。間違いなく死んでいるだろう。が、油断はしない。……最近殺しても死なない馬鹿を拾ったばかりだ。1人の例外がいるのであれば、他にいたとしてもおかしくはない。


「ガアアアアアアッ」


 投げられた最後のナイフは――鬼の分厚い首の皮を貫くことなく弾かれた。

 そして、鬼は飛んできた場所に向けて――大剣を振るった。容赦なく、躊躇なく、一切の迷う素振りなく大剣を何もない空間に対して、横凪に振るった。



「ふざ――――」


 激しい音、重い衝撃。

 直撃する寸前――ナイフを間にいれることに成功していた。しかし、力尽くで振り切られた大剣に抗うこともできず、簡単に弾き飛ばされた。


 飛んできたナイフから場所を割り出したとでも言うつもりか! 


 地面をなんども跳ね転がり、勢いがまるで落ちないまま壁に突っ込ん――――ぐちゃっ、という感覚で、自分が助かったことを知る。だが、吹き飛ばされて地面に体を何度も打ち付けた。そのせいで体中に痛みが走っているが、それどころではない。

 湧いてきた言葉は、


「……おせぇよ」

「悪い。ちょっと寝ちまってた」


 言葉に答えが返ってくる。

 潰れた肉塊と化した男――アジが庇ってくれたのだ。壁にぶつかる直前、どこに飛んでくるか予測していたのか、あるいは単に運が良かったのか、偶々間に合ったアジがオレの受ける痛みを引き受けてくれたのだ。まぁ、そのせいで体が潰れてしまったわけだが。










 世界が混沌に包まれていた。

 起きたら意味不明なことが起きていた。……なにもないところからナイフが飛び出してきたのだ、驚いた。それが的確に小鬼の首に見事突き刺さり、3匹とも地面に倒れ臥した。と、思ったら鬼が何もない場所に向けて全力で大剣を振るったのだ。見た瞬間、嫌な予感がした。なんで何もない場所を攻撃したのか………悩む暇すらなく、すぐに答えが出た。大剣が人を弾き飛ばしたのだ、馬鹿みたいな速度で。それも俺がいた場所に偶然飛んできた。あの速度で壁に突っ込めば、普通の人間なら間違いなく死んでいる。

 ――ならば庇うしかない。何故なら、この部屋にいて戦っているのはミラしか考えられないからだ。

 俺の予想は当たり、ミラを受け止めることができた。……実際には受け止めきれず、壁まで行って俺の体が潰れたわけだけど。



「――――で、これってどうなってんの?」


 ただでさえ瀕死だったのだが、吹っ飛んできたミラと壁の緩衝材になってしまい、いまやただの肉塊となってしまった。が、声は普通に出たのでミラに確認する。これがいったいどんな状況なのか、気になってしかたない。俺が気絶?している間になにがあったというのか……。


 青い光がはじけ、傷口が泡立ち傷が治っていくさまは、実に恐ろしいく不気味だが……別に害があるわけでもない。むしろ傷が治るのだからありがたく思うべきだろう……気持ち悪いけど。だって、自分の傷口がボコボコと泡だってはじけるんだぞ? 正気なら間違いなく耐えられない。……まぁ、だからこそ精神が変容しているのがわかる、わかってしまう。




「――《拘束の光鎖》」


 婆さんの声に反応し、部屋中に張り巡らされた魔方陣から、一斉に光でできた鎖が飛び出し鬼を雁字搦めに拘束する。腕を縛りあげ、足に絡みつき、首を絞めて、体中に光の鎖が絡みついていく。


「待たせたのぅ。ちと準備に時間が取られたが……無事、利いておるな」

「みてぇだな――っ」

「あ、おい無理すんなって」


 必死に立ち上がろうとして、倒れこむミラを慌てて支える。


「ガアアアアアア!!!」


 光の鎖を断ち切ろうとして吠え、暴れる鬼。ギシギシと軋んでいる。あまり長持ちはしなそうだ。というか、多少は動けている。といっても、ちょっと揺れてるだけだが。


「いや、これってどういう状況なの?」

「――っいてぇ。……話は鬼を殺してからだ」


 ふらつきながらも、なんとか立ち上がったミラ。

 ぶらりと垂れ下がった右腕、あきらかに力が入ってない。先ほど振るわれた鬼の一撃で腕を破壊されたのだろう。むしろ、なんで斬られてないのだろうか……。大剣に斬られたんじゃないのか。


「婆、半分寄越せよ」

「わかっとる。報酬は山分けじゃ」

「あぁ、それでいい……」

「さっさと始末せい。まだ他にもいないとは限らんのじゃぞ」

「わーってるよ――――ふっ!」


 高く跳躍し、鬼の首にナイフを左手で叩き込む。

 さっきまで使っていたナイフではない。どこから取り出したのか、赤い輝きを宿したナイフだ。一切の装飾をなされていない無骨なナイフ、なのに――見るものを魅了する。不思議なナイフだ。



「ガッハアッ?」


 ドスッ、と見事突き刺さった瞬間――燃え上がった! ミラも巻き込んでえぇ!?  大丈夫なのあれっ? 普通に燃えてるけど!?


「ま、こんなもんだろ」


 トンッ、軽やかに着地したミラ。一切燃えた痕がないのはどういうことなのか……。

 その後を追うようにして、黒焦げになった鬼が倒れこむ。肉の焼けるいやな臭いが部屋に充満する。よほどの火力だったのだろう。


「――え、なんで無事なの? さっき燃えてなかった……」

「あ? おめぇ、魔道具もしらねぇのか」

「無知な小僧じゃ」


 し、知ってますよ? スキルにありましたし。た、ただ効果を知らないだけで……。


「言っちまえば、もってる本人には効果を及ばないのが、放射系の魔道具だ」

「は、はあ」

「駄目じゃミラ、こやつわかっておらん」

「みてぇだな……チッ。ほらよ」


 諦めたミラが婆さんになにかを投げ渡した。


「ふむ、手癖は悪いままかね」

「めしの種だぜ? 回収するだろうよ」

「え、なにを?」

「角だよ、つ・の! いいか、基本的に鬼の回収部位は角だ。覚えとけ」


 え、そんなのいつ回収したの? 普通に首ぶっ刺したよね? そしたらすぐ燃えたし。


「うむ。これなら銀貨10枚はだそう」

「たっかっ!」


 位階が一つ上がるだけで値段上がりすぎじゃない? いや、めっちゃ強かったっぽいけども……。ま、まぁ半分以上意識なかったし、どんな戦いをしたのかしらないけど。ちゃっかり小鬼も死んでるし。

 しかも半額でそれだろ? 全部で銀貨20枚か……。小鬼の分入れたらいくらになるんだろう。鉄貨36枚が角一個分の値段だ。


「そんなもんか。うし、黒パンくれ」

「何個だい?」

「10個くらいあればいい」

「あいよ」

 

 ごそごそと崩れた瓦礫の中から膨らんだ袋を渡してくる。


「代金は報酬から引いとくよ」

「あぁそれでいいや」

「銅貨2枚……銀貨から差し引くって難しくねぇ?」


 銀貨9枚と銅貨98枚だよ? 百円玉100枚もってたら邪魔だろ?

 どうやって持ち帰るつもりなんだろうか……。

 いや、ミラは納得してるみたいだし、いいんだけどね。



「しっかし派手に壊されたものさね」


 婆さんの言葉に部屋を見回せば、あちこち崩れ瓦礫の山が出来ている。商品と思われる物も混じり悲惨なことになっている。……なんで、この部屋で場所がわかるんだろう、この婆さん謎すぎる。さっき使った光の鎖だって意味わかんねぇし。


「復元の魔方陣は刻んでるだろ? 三日もありゃあ直るだろうよ」

「復元?」

「……ちと、無知すぎんかね?」

「馬鹿が……大抵の道具に刻まれてる魔方陣だ」


 す、すんません! 魔方陣って言われても大した理解はしてないのですけど! 2人の自分を見る目が冷め切っていることに冷汗を流しつつ弁解するはめになった。

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