第9話 婆さん、もちっと高く買い取ってくれねぇ?


 散乱する血肉、臓物、転がり落ちた目玉がこちらを見つめている。血の中で不快そうに、べっとりと頬にこびり付いた血を袖でごしごしと拭う。結構力を込めているのか、ぐりぐりと血が顔中に広がっていく。

 血だらけの袖で拭うものだから、余計酷い事になっている。だいぶ悲惨な事になっているが、あれは洗ってもしばらくは落ちないだろう。

 そんな事を考えつつ、吐き過ぎて完全に胃の中が空っぽになった俺は、ミラにストックについて聞こうとする。


「あ、あのよぅ……こ、こんな派手に暴れても平気、なのか? その、ストックの連中とかは…………」

「あぁ? んだよ、言いたい事があんならはっきり言えって。そんなに小せぇ声で言われても聞こえねぇ」


 そこまで返り血を浴びていないミラは、こちらを睨みつけてくる。今思う事ではないけど、こいつなんであんまり返り血を浴びないんだ? 今だって、頬に少し跳ねたのと袖がべちゃべちゃになったくらいだし。こいつが返り血浴びたのって、俺をバラバラにした時くらいだ。あれだって最初は浴びてなかった、途中からむきになって、俺の体をバラバラにしたからだ。

 

「やー、そのー、あれです。ストックの連中が襲ってこない?」

 ミラの鋭い視線に妙な緊迫感を感じながら話した。ミラさん怖いよ。うん、怖い。怖すぎ。びびった。本気でびびった。


 ――――しょうがないよねぇ!?

 いくら俺が大人だった、つっても20代前半ですよっ!? しかも今は小さくなったしね!? そんな俺が10にもならない子供にびびってもおかしくないよねっ? おかしくないはずだっ! 戦いの中で生きてきた子だよ? 普通に考えて? 小学生の先生になって受け持った子共が殺人犯だったら、まともに対応できないでしょう? 先生、どうしていいかわからないと思うよ? 気分的にはそんな感じです。


「あぁ、奴らとは協定を結んでる」

「協定?」

 あなた子共ですよね? なんでそんなに賢いんです? ぶっちゃけ俺よりも賢くなあい?

 大人としてのプライドはズタズタだ。最初からもってないけど。


「月に一定以上の金を納めとけば、こっちには手を出さないって奴だ」

「おお、凄いな。子共相手に容赦のなさが半端ない。で、いくら払ってるの?」

「銅貨100枚さ」

「……え」


 いきなり銅貨とか言われても理解できねぇよ? こっちの価値基準なんて知らないし。ましてや、それがどれほどの金額かなんてわからないよ?


 固まってしまった俺にミラは勘違いして、

「あぁ別のところから来たんだっけ? 分かり易くいやぁ――――」


 この子なんで国の紙幣を熟知してんの? 教えてもらっておいてあれだけど、君は何者ですか? スラムの住人で子供が知っている内容ではないと思うのですが……ミラが何者か――本気で聞きたくない。どんなビックリ箱だよ。絶望が飛び出してきたら逃げるぞ。即行で逃げるぞ。


 ミラが話してくれた事を簡単に纏めると、


  銅貨1枚=日本円で100円 

 銅貨100枚=銀貨1枚

 銀貨100枚=金貨1枚

 金貨10枚=白金貨1枚


 ちなみに物価はだいぶ安いと思われる。散々食わせてもらった黒パン五つで銅貨1枚だ。随分と安いが、よく考えたら、スラムで買えるような廃品だ。そこまで高い訳がない。この下に鉄貨と呼ばれる、まぁ1円単位のものがある。がそれはスラムでしか流通していないらしい。ぶっちゃけ本物の金ではなく、スラムで使われる鉄屑を大きさと重さで金としているようだ。





「――面倒見よくない? やっぱミラって面倒見よくない?」

 これで面倒見がよくなかったら、逆に驚きだ。


 むしろ、こんな危険な世界で暮らしているといのに、それもスラムなんていう危険度増しな世界。これだけ面倒をみれるとか、正直凄いなんてモンじゃない。人として、スラムで生きていていい人物じゃない。

 

「よくねぇよ。お人好しはスラムで生きていけねぇ」

「そうなんだろうけど、お前って一度信じた相手には甘そうで……特に子共相手だとなぁ」

「ふんっ。馬鹿話してねぇで換金所にいくぞっ」

「あ、逃げた」

 

 やべぇ。あいつに保母さんとかやらせたらちょー似合いそうだなぁ。養護施設……うん、まぁスラムに似合わないから孤児院でいいや。いっそ孤児院でも創ればいいのに。

 照れて逃げてしまったミラを小走りで追いかける。……は、速い。わりと全力で走っているのだが、まるで追いつけない。 

 






「婆いるかー?」


 風化してボロボロに崩れた一軒の家、そこら中に蔦が這っているが……何故か扉の付近には這っていない。辛うじて廃墟寸前の家に声を掛けて入っていく。どうやらここがお目当ての場所らしい。

 穴から戻ってきて、それほど歩いてないのだが……大丈夫なのだろうか、明らかにモンスターに襲われそうな場所なんだけど。いや襲われてるでしょ、隣の家――馬鹿でかい爪痕があるんだけど……。人じゃない。あれは熊とか虎みたいな猛獣に襲われた跡だ。……なんか、防衛手段をもってるんだろうなぁ。じゃなきゃ生きていけないだろうし。



「なんだいこんな遅くに……」

「素材もって来たぞ、感謝しろよな」

「あんたは馬鹿かい? あたしが買い取ってやってるだけじゃないか、頼んだ覚えはないよ」

「そうだったか? まぁ手早く査定してくれって」

「わかったよ、どうせ客なんてあんたしかいないしねぇ。まったくのう、人使いが荒いんじゃから……」


 ミラの後に続き入っていくと、壁や床、地面に置かれた巨大な鍋や机にも、隙間がないほどびっしり――そうれはもうキモいくらいびっしりと変な紋様が描かれている。それも描かれているだけじゃなく、紋様が薄っすらと赤い光を発している。……………なんだろうなぁ、俺はどこの異世界に迷い込んでしまったのか……あぁいや、ここって異世界だったな。

 というか、明らかに魔方陣ってやつだろう。べつに丸くないけど。でも……これが防衛手段なんだろうな……下手に商品に触ったら何が起きるのだろうか? そ、想像したくないかな。モンスターが来る場所で破壊された跡がないのだ。俺はモンスターの恐怖と強さを知っている、だからこそ、それがどれだけ恐ろしい事かわかる。わかってしまう。

 


「あん? なんだいこのガキは? ――あんた、人買いに手を出したのかい?」

「なわけねぇだろ。その辺で拾った馬鹿だ」

「ばっ――」


 あんまりな言い分に絶句してしまう。

 だが、よく考えたら俺は何一つミラの役に立ってない。それどころか迷惑を掛け捲っている。ミラに馬鹿扱いされても文句は言えない。


「……あー、そんなに落ち込むんじゃないよっ。あたしの店が辛気臭くなっちまうだろ」

「……婆さん、あんた……悪い魔法使いな見た目してるのに、優しいな!」

「煩いわっ今すぐこの場で食ったろうかっ」

「え、婆って人食えんの?」

「あんたはだまっとれ! ええい面倒じゃっ。お主らそこでおとなしくしておれ、すぐに終わらせてやるわい」


 最近のガキはこれだから……。


 ぶつぶつと呟きながら、俺から袋を受け取り――つか毟り取って中身を取り出し始めた。ミラが何も言わない辺り、わりと普段からこんな対応なのだろう。


 無言の時間が数秒続く。が、長続きはしなかった。婆さんが個数の確認を手早く終えたからだ。

 すべての個数と品質を確認し終えたのか、袋を無造作に机に放り投げてしまう。……素材の扱い方としてそれでいいのだろうか? 疑問に思うが、機嫌悪そうにしている婆さんに、それを聞く勇気は……俺にない。情けないと笑うなら笑うがいい! 自覚しているわっ。内心で叫びが、2人に伝わる事はない。




「ふん、今日は少ないね」


 婆さんは、鼻を鳴らしながら言い捨てる。どうやら、いつもに比べて少ないらしい。……え、マジで? これでも少ないの? 俺にはそれでも多いように見えんだけど。


「あぁ、足手纏いが居たからな」

「相変わらず物好きだねぇ。ジェイルに裏切られたばかりじゃないか」


 婆さんが悲しげに呟く。ジェイルとやらは知らないが、やはりミラはお人好しらしい。しかし、ジェイルとやらは許せないな。こんないい子に助けられておきながら裏切るとは……見つけたらお仕置きしてやろう。


 俺としては、ミラにかなりの恩がある。ぶっちゃけ、この命を掛けるくらいなら喜んでやる……いや死なないけど。それでも、それだけの覚悟はある。……あ、あれ? 俺ってば結構他人にドライなはずだったんだけど……やー、でもなぁ、ここまで助けられておいて何も感じなかったら、流石に人として駄目だろう?

 こういうところが凡人なんだろうなぁ、と内心で呟く。結局、冷たくはしきれないし、かといって優しい訳でもない。 ただ優柔不断で風見鶏。



「わかってるよ。今度は気をつけるさ」

 どこか泣きそうになりながらも微笑んで、婆さんに答える。

 

 その微笑みが切なくて、綺麗で――俺は……見惚れてしまった。――――って、待て待て待て! 何を栃くるっている!? 相手は子供だから! 流石にこの年齢差はやばいからっ! いやミラの方が精神的に大人っぽいけど、そういう問題じゃねぇからっ。俺の見た目が子供でも、精神は大人だからっ。

 

 心の中で必死に言い訳をするが、誰にも伝わらない。当たり前だ。動揺はしているが、顔には出ていないし、行動に出している訳でもない。



「はぁ、あんたがそれでいいなら邪魔はしないさね」

「大丈夫だって。あいつ弱えし、逆らって来たらバラバラにしてやっから」

「――ひっ」


 内心で葛藤しながらもミラを見つめているとこっちを振り返った。

 先ほどまでの切ない笑みはどこへやら、ゾッとするほど冷たい笑みでこちらを見る。――あまりの恐怖に喉から掠れた声が漏れだした。実際、二度程バラバラにされている身としては、冗談だとは思えない。いや本気なのだろう、こっちが死なない事を知っているミラなら本当にやるだろうし。



「そうかい、ならあたしが気にする事はなさそうだね」

「あぁ」

「これが今回の報酬だよ」


 ごちゃごちゃと積み上げられた荷物の中から、20枚の銅貨を取り出し一枚一枚、机に載せていく。これだけ物に溢れた部屋なのに、よく場所を覚えてられるな。と妙なところで感心してしまう。……しかし、なぜ1枚ずつ載せるのだろうか?

 


「内訳は?」

「小鬼が18で、ペチルが2だね」

「驚いた、ペチルはまた値下がりしたのか?」

「そうだよ。なんでも聞いた話じゃあ雷魔法を使うガキが、平原でウサギを狩りまくってるらしい」


 忌々しい事だよ、と婆さんが吐き捨てる。

 ……ん? あれ、なんか聞き覚えがある言葉が……この場合は見覚え? どっちもでもいいか。



「なんでまた、ペチルなんかを? ありゃあ第一位階のモンスターだぜ? 乱獲しても大した魔素は手に入んねぇぞ、金にしたってなぁ……乱獲すりゃそれだけ下がる訳だ」

「知らんさね。数ヶ月前、突然ギルドに現れた天才らしいよ。『雑魚を狩って強くなれるなんて、最高の世界だろ』って言ってるらしいねぇ」

「いや雷魔法なんて高位魔法使えるなら、ダンジョンにでも行きゃあいいじゃねぇか。その方が早く強くなれるだろ。――どうせ考えもなしに狩ってるだけだろ? 迷惑な奴だ」

「――ふぐっ」

 ど、同郷と決まった訳じゃない。まだ決まった訳じゃないんだ! 気になるワードがポツポツ出てきたけど確定ではないっ。


 もう決まったようなものだが、それでも決定的な物証は出てこない。


「ど、どうした? いきなり胸なんか押さえて」

 心配そうにこちらを見るミラ。そ、そんな目で見ないでくれっ! 罪悪感で心が痛い……。

「な、なんでもない!」

 罪悪感が心を襲うが、俺の所為じゃないしっ。なにより、まだ同郷と決まって訳じゃあないんだ。


「いや、いいけどよぉ。んで、雷魔法が使える奴なんていきなり湧いて来るものなのか?」

「ありえんわい。あれは始祖の魔法じゃ。特定の血筋しか引き継げんよ」

「ほーん。じゃあ隠し子か?」

「今の血筋が全員60を越えた老人じゃ、性欲なんぞとうに枯れとるわ」

「あー、まぁ爺共が頑張ったって訳じゃねぇとしたら――新しい始祖か?」

「じゃろうな。ギルドに無理やり囲われたか、あるいは自ら戸を叩いたか……どっちにしろ、迷惑な存在じゃわい」


 は、話に付いていけない! 誰かっ誰か俺に説明をっ!! ギルドってなにそれっ? 始祖ってなによ? つかどんな見た目っ? 雷魔法の使い手について詳しくっ。


「やはり、『ちきゅう』とやらから来た始祖なんじゃろうな」

「だろうな。始祖ってのも『ちきゅうじん』とやらが勝手に名乗り始めたらしいぞ」


 ――――確定! いま間違いなく地球って言ったぞ!? なんか発音がおかしかったけどもっ、外人が無理して日本語喋ってる時のような違和感を感じたぞ!? 嫌だぁ!? 俺は悪くないってっ。心臓が痛いっ。ぶっちゃけ俺は何もしてないよっ? この世界に来たばかりだしね! 


 同郷の者が多くの問題を起こしてそうだと知り、頭を抱えるアジ。ついでに言えば胸も痛い。つか心臓が痛い。

 心配そうにオロオロしながらこっちを気遣ってくれるミラは可愛いのだが、それどころではない。雷の魔法を使う存在――俺より後に試練を超えて、俺より先に来た存在。俺の感覚としては数時間程度だと思っていたのだが、実際の時間は数ヶ月も経っていたらしい。驚きだ。が、絶対に殴る。ぶっちゃけ、どれだけ他世界に迷惑を掛けようが知った事ではない。だが、それでミラが迷惑を被っているなら話を別だ。恩返しも兼ねて絶対に殴る。全力でぶん殴る! そう決めた。


 


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