第8話 スラム街の争い
往復だけで6時間近く、あるいはそれ以上が経っているとミラは言った。
わりと朝早くにスラム街を出た訳だが………既に太陽が沈み掛けている。赤焼けた夕日が目に染みる。ダンジョンから出る時はまだ明るかったのだが……帰り道の途中、気づけばだいぶ沈んでしまった。
これでは帰るまでに日が完全に沈み込んでしまうだろう。なんでかは知らないが、というか追求しないけども、モンスターを察知できるミラのおかげでかなり楽に帰って来れたが、普通の人間にミラと同じことは出来ないだろう。たぶん、ミラがもつスキルの効果だろうし。聞いても教えてくれないから正確な事はわからないが、ミラはこの世界でも上位に入る存在ではないだろうか? ぶっちゃけ、ミラの強さがこの世界での平均以下なら生きていける自身がない。え? 平均じゃないよね? 絶対強いよね? だってナイフでさっくり斬り裂けて、相手の目の前から瞬時に姿を隠したり、逆に相手を察知したりと、かなり多芸だぞ。ここまでジェネラリストで、ナイフの扱いにも精通してるって……本当にどんなスキルなのか、怖すぎて逆に聞きたくはない。
それにしても、
「………この穴って、放置してモンスター入って来ないの?」
城壁に空いた人間大の穴を指して聞いてみる。実際、俺達みたいな奴が中から出て行くなら、外から招かれざるお客が入ってきてもおかしくない。つか絶対に入ってくる。
「ん? 毎日数回は襲撃があるな」
「――――えっ」
ミラからあっさりと言い放たれた言葉に、固まってしまった。これは予想外だ。街の中は安全だという常識が崩れていく。現代人で一般人の俺には衝撃的過ぎる内容jだ。――――ちょっと待ってくれないか、それって……危なくないのか? いや危ないなんてレベルじゃないだろ。いくらなんでもスラムの住人が俺とかお前みたいに戦える奴ばかりじゃないだろう? むしろ俺達は少ない部類になるんじゃないのか? 城壁があるって事は、そういう奴もいるって事だろ? つかそれ以外ないだろ、城壁が役割を果たさないなんて思ってもなかった事だ。
「――――急に止まるなっ。さっさと入れよ!」
「うおっ、入るっ入るから蹴るなっ蹴らないでくれってっ」
穴の前で立ち止まっていたアジを蹴りまくる。
実際、入り口の前で立ち止まられてしまえば邪魔だろう。穴の大きさから2人は同時に入れないのだ。いくら子供でも狭すぎる。精々大人1人分が限度だ。
後ろで警戒に当たってくれているミラにしてみれば邪魔でしかないのだろう。結構怒っているのか、蹴る力が強い。痛みはないのに衝撃は伝わってくるのだ。威力の大きさはわかる。……違和感が凄いから、あまりわかりたくないのだが。嘆いてもしかたない事だ。これは仕様なのだ、一生変わる事のない呪いと同じだ。
「……あ、危なくねぇの?」
「何言ってんだおめぇ、ここじゃあ強くねぇと生きてけねぇの。力だけじゃなくて色んな意味でな」
「そりゃあ、そうかも知れねぇけどよぉ……」
日本で生きてきた俺には受け入れられない価値観だ。それでは子供の大半は死んでしまうだろう。下手したらモンスターで壊滅。下手しなくても騎士に殺される。……なにこの世界。いくらなんでも子供に厳しい環境だ。いいや、子供どころじゃない。これでは大人でも生きていけないだろう。むしろこの環境で生きていけている奴らには感動した。ある意味でかなりの偉業ではないだろうか。
「夜にモンスター入ってきたらどうすんの?」
寝ている時に襲撃されようものなら、俺みたいなよほど特殊なスキルがないと生き残れないのではないか? どんなに強くても、それはまともに戦えればの話だろう。寝起きに戦える奴なんてそうはいない。不意打ちでもされて一発退場だ。
「雑魚は死ぬ。警戒してない奴も死ぬ。運が悪い奴も死ぬ。拠点をもってない奴も死ぬ。強くて運のいい奴だけが生き残れる、スラムはそういう場所だ」
「――うおぅ、へビー……――ヘビーてか重いな。うん、重い」
過酷過ぎる環境だ。この状況下でよく国は何もしないな。こっから入ってきたモンスターがスラム街から出て暴れたらどうするつもりなのか……。
「ついでにいやあ、国専用の占い師がいるから街にモンスターが入る前に騎士団がやってくるぞ」
「おおっ! モンスター相手なら流石に助けてくれるのか!! ……え、占い師ってなに?」
ここの国について、飛ばされてから初めていい情報を聞いたかもしれない。思わず感嘆の声をあげてしまう。それにしても占い師ってなに? 何か占ってくれるのか?
「おめぇの頭にゃあお花畑でもあんのか? スラムの住人を駆除する為の言い訳に決まってんだろうが。あぁ占い師ってのはだなぁ、未来がある程度わかる連中の事だ」
「……へ?」
「いいか? その腐った果物みてぇな甘い脳ミソに叩き込め、国はスラムなんて腐った場所を今すぐにでも潰したいんだ。だけど、下手に大きく動けば面倒になる。スラムでもなんの理由もなく滅ぼしちまえば、それを理由に他国が攻めてくるんだ。前に何度かあった」
いやいやいやいやっ。確かに戦争も多い世界だって書いてあったけどっ! マジで? そんな簡単に戦争って起きるの? 冗談でしょ? つか占い師! 未来見えるって凄いなっ。
――――しかし、一切のふざけた様子がないミラは続けようとする。だが、俺は疑問を口にした。
「でも、ここって王都じゃねぇの?」
「おめぇ、本気で言ってんのか?」
完全に馬鹿を見る目でアジを見やるミラ。相当出来の悪い生徒を見つめる教師の目だった。
「いいか? 王都っても、小せぇ国がそこら中に乱立して戦争、戦争の毎日だぜ? 奪って奪われてが当たり前なんだよ。はっきり言うが、ここの王様は1年で5人は代わってんぞ」
「……どこの戦国時代だ」
頭に手を当て、思わず嘆いてしまう。モンスターとの争いもあるのに、よくまぁそんな元気があるものだ。元気ってか、この状況で戦争しても何か得があるのだろうか?
「そんな訳で、争いに負けた敗残兵や流人が多いんだよ、スラムにはな」
「――――あぁ、だから掃除したいんだ」
理解してしまった。そら当たりも厳しくなるわ。残党がいたら殺すのは当たり前だろう。なにせ戦争だ。そこきて残党がスラムにいるってわかってれば、殺しに来るのも当然だ。
「まぁ、このスラムで騎士共と戦えてるのはストックの連中くらいだな」
「――昨日俺と勘違いした連中の事か? お前が勘違いするくらいだし、やっぱ強いのか?」
残酷な騎士と戦うなんて、実はいい奴ら? まぁスラムのでかい組織で、ミラから金を巻き上げてるって事しかしらねぇけど。……わりと駄目な気はするが。
「あん? あいつらは雑魚だ。オレでも余裕で壊滅させられる。つか一回壊滅させた」
「は?」
何言ってんのこいつ? や、ミラの強さから考えればマジかもしれないけど……マジならマジであれなんだけど。どれだけ強いの、こいつ? まぁミラ以外の奴らをまだ知らないし、なんとも言えない。しかし、なぜ騎士と戦えるのだ? その理由はわからないままだ。
「末端は雑魚しかいねぇけど、3人の幹部がやべぇ」
「何だその物騒な話……出来れば聞きたくない、ないけどもぉ……おし、えてくれ」
「安心しろって、物騒っても滅多に表にゃあ出てこないぞ。あれは引き篭もりだからなぁ」
影の支配者か何かですかね……。いや、ただのニートっぽい気がしないでもないけど。
もはや呆れてため息しか出ない。
しかし、なんでまたあいつらの強さがわかるんだ?
「なぁ、なんで強いってわかるんだ?」
「襲ったからな」
「――――は? ちょっごめん、今なんつった?」
「襲った」
「だっ誰が?」
「もちろんオレが」
「誰を?」
「幹部共を」
「な、なんでまた?」
「勧誘が鬱陶しかったから」
………。
……。
…。
――――――馬鹿じゃねぇの!? 新聞の勧誘じゃねぇんだぞっ? いくらなんでも酷すぎる。
「な、なん、なっなななっ」
「落ち着けって。殺せなかったけど、オレも負けた訳じゃねぇ」
「そ、そうだよな。今生きてるし」
「殺せなくて、相手が3人じゃ分が悪くてなぁ」
この女は時折は凄い事をぶっこんで来るな……心臓に悪い。つか3人相手に生き残れる技量があるって、凄いな……。
なんだか妙に疲れた気分になりながらスラム街を歩いていく。というか、こんな事をスラムのど真ん中で言い合っていい内容じゃないと思うのだが……。ばれたらまずい事になる。
既に薄暗いスラムを歩いていく。もう数分もしない内に、完全な闇に包まれるだろう。夕焼けは既に沈んでしまった。
「あの、ミラさん?」
「なんだ? あぁあと、あまり私を外でミラって呼ぶな。斬り刻むぞ」
「ごめっじゃなくて! なんだか周りから見られてねぇ?」
ミラの冷たい対応に歩いている道の端に目をやれば、ギラギラと欲望と餓えに満ちた瞳でこちらを見る物乞いらしき姿の老人と、ニタニタと笑みを浮かべた数人の男女がやはり俺達を見ている。
「あぁ、奴隷商の奴らだなありゃあ。オレを知らねぇんだ、新参だな。老害共は無視しろ、ありゃあ情報屋の連中だ」
「どれっ」
マジでいるのかっ? つか俺達見て笑ってるって――完全に獲物だと思われてるじゃん! どうすんのっ!? マジでどうすんのよ!?
緊張と不安でパニックになる。しかし、ミラは落ち着いたもので、
「手を出してくるまで放置だな、来たら殺すけど」
と、軽く言い放つ。
彼女の中ではわりと日常だ。数日毎に新参が襲ってくる。ミラは子供だ、組し易そうと思っているのだろう。
「襲ってくるならもう少し暗くなってからだな。情報屋は放っとけ、オレの情報が欲しいんだろ。……無駄だけどな」
ミラの呟きを聞き漏らさずに聞いてしまった。確かに、ミラの索敵と隠密ならまず見つからないだろう。
「いや、え、マジで? 本気で言ってるのか? もう襲ってくるのは確定なのか? い、嫌なんだけど……」
顔を青褪めさせながらミラに問い返したが、嫌な返答が返ってくる。
「諦めろ。子供だけで行動するって事は、こう言った面倒事も込みで考えろ。1人で行動すりゃあもっとくるぜ?」
「うわぁ……」
その言葉に、最悪な光景を思い浮かべてしまう。毎日毎日襲い掛かってくる奴ら。そもそも一般人である俺が数日もつとは思えない。下手したら1日もたない可能性すらある。
まさか、俺の人生で奴隷商に狙われるなんて経験が訪れるなんて思わなかった。想定できるわけがない。いや、昨日から俺の人生に理不尽な事が起きまくってるけど。むしろ、理不尽な事しか起きてない気もする。モンスターに嬲られたり餌になったり。一生分の不幸を味わった気がする。たった2日の出来事だと言うのに、いくらなんでも濃い。濃過ぎる。ここまでの濃度をもった1日を送った事はなかった。
事実、彼らは来た。俺達を商品に変える為、馬鹿があっさりと釣れた。
あれから数十分の事だ。ほとんど経たずして日が暮れる。
――そして、俺達の前に立ち塞がるようにして2人の男が現れる、女の姿が見えない。男達はスラムらしいぼろい布だけの服装に、2人共ナイフをもっている。これは面倒だ――――女は隠れているのだろう。どのタイミングで出てくるのか……面倒な事にしかならないだろうが、ミラには既に把握できているのだろう。どこか呆れた顔をしている。
「ガキ2人か、そこそこの稼ぎになるなァ」
「隣の国まで行かなきゃいけねぇのが難儀だけどな」
ニタニタと厭らしい笑みで近づいてくる。どうやら俺達と戦うつもりらしいな、馬鹿な事だ…………それにしても、小さくはないのだが……小鬼を思い出してしまう。なんだろう、この気持ち悪さが似てるからか?
「邪魔」
「はあ? 状況わかってねぇの――――」
ミラの歩みを止めようと掴みかかってきた男の片割れが――――――瞬時に肉塊へと変わる。視界に入る事すらなかった。
バラバラと崩れ落ちた男はまるでサイコロステーキのように細かい角切りにされていた。身体中余る所なくバラバラだ。
「――――うっおぅぇ」
それを見た瞬間――かつてバーベキューなんかで食べたサイコロステーキを思い出してしまった。
猛烈な吐き気に逆らえず、べしゃっと地面に吐いてしまう。結構な量を地面に撒き散らしていく、まだ小鬼の影響も残っているのだろう。
吐いてしまったものを見つめ、悲しそうに呟く。ダンジョンを出てから食べた黒パンがもったいないなぁ……。内心で、今日は吐いてばかりの日だ。と、さらに呟く。
「――ひっひぃぃぃっ」
肉塊へと変わった仲間を見た瞬間――もう1人の男がナイフを捨てて蹲る。どうやらかなりの衝撃を受けてしまったらしい。
まぁ、仲間がサイコロステーキの仲間入りを果たしたのだ。これで怯えないのは最初から精神が壊れている連中だけだろう。
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