第11話 魔王の宰相
平和な国家において、王宮の警備ほど兵士達に嫌がれる仕事も無いだろう。
仕事の内容は王宮の前でただ立つだけ、もちろん仕事中は雑談などは許されない。
人間側から見ると魔王領の奥に位置する、魔王城の周辺は基本的に平和で面白い事など何も起こらない。
よって、魔王城の門を警護するオークの兵士の二人組みは人間の近衛兵と同じ苦痛を味わっていた。
仕事中は永遠と続く退屈を。
「ふぁぁ~」
門番の内の片割れが欠伸をした。
先輩に当たる、もう片方の門番は慌てて会い方を注意した。
「おい、誰かに見られたら目玉を食らうぞ」
魔王城の近衛は敵と戦う事は無いが、勤務中に緊張感が無いと上官に判断されると軍隊式の『お説教』をされる事になっていた。
いや、敵と戦う事が無いからこそ、兵士達の気が緩みきるのを防ぐための措置だった。
皮肉な事に、前線のほうがそういった事には甘い。
「先輩は、何時も大げさすぎるんですよ」
後輩オークは、悪びれもせずに言った。
先輩オークは、諦めたような顔で大きなため息をついた。
この二人組は何度も、後輩オークのせいで独房に放りこまれている。
軍隊特有の連帯責任と言う奴だった。
(何が悲しくて、俺はこんなやつとペアになったんだ)
先輩オークは空を仰ぎながら己の不幸を嘆いた。
「何だ、あれは?」
先輩オークは空に銀色の光る何かを見つけた。
最初は点にしか見えなかった、それは徐々に大きくなっていく。
遠いうちは点に見えたそれは、近づくにつれてハッキリと竜の形が見て取れた。
「おい、あれは」
先輩オークは、後輩オークに慌てて話しかけた。
彼の頭の中には『敵襲』の文字が浮かんでいた。
慌てる、先輩オークに対して、後輩オークは暢気に答えた。
「あれ、姫様じゃないすっか」
その、言葉に先輩オークは、もう一度竜の姿をよく見直した。
銀色の体に、紫色の目、確かに魔王の娘メリーヌの竜の形態の姿だった。
今回ばかりは後輩オークの判断が正しかったようだ。
バツ悪くなった、先輩オークはバツが悪くなって、後頭部をかく。
銀色の竜は城の門の前に降り立つと、その姿は瞬時に霧散した。
変わりに、そこに立っていたのは銀色の髪に紫色の瞳を持つ麗しい少女だった。
「姫様、本日はいかがなされましたか?」
メリーヌが城を勝手に抜け出すのは、城内でも有名な話だった。
彼女はいつも、抜け出すときはばれない様にするくせに、戻ってくるときは堂々と城門から戻ってくるのだ。
この、二人が門番をしている時に彼女が帰ってくる来る事も特段珍しくも無く、普段は黙って門の開けるだけだった。
だが、今日に限って先輩オークが声をかけたのは、何時もと様子が違ったからだ。
メリーヌは、竜の形態をとって帰ってくることは無かったし、腕には黒髪の見た事も無い少年を抱きかかえていた。
「早く、門を開けて!! あと、爺やを呼んで」
メリーヌは門番のオークに切羽詰った表情で迫った。
その、気迫に門番のオークたちは慌てて動き出す。
メリーヌは門が開くと同時に城の中に飛び込んだ。
※※※※
メリーヌは私室のベットにミレスを下ろした。
本人としては出来るだけ丁寧に下ろしたつもりだったが、動揺のせいで少し荒くなってしまっていた。
ベットに横たわる彼の顔色は心なしか、さっきより悪く見えた。
それを、見たメリーヌの中に一抹の不安が訪れた。
自分が乱暴に運んできたから彼の容態が悪化したのではないか?
メリーヌは彼の手を自分の手で包んだ。
何の意味も無い事は、彼女も百も承知だった。
だが、何かせずには居られなかったのだ。
「……早く」
彼女は祈るように呟いた。
実際は五分にも満たない、だがメリーヌには永遠にも感じられる時間がたったころ、
豪華な服を着たゴブリンが部屋に入ってきた。
メリーヌからは爺やと呼ばれている魔王の宰相のレグレットだ。
彼はその政治を行う能力で有名だが、余り知られていないだけで、
実は医者としての能力も非常に高かった。
「何があったのですかな?」
レグレットは落ち着いた声で、メリーヌに尋ねた。
幼いころから頼りにしてきた、その声にメリーヌは落ち着きを取りもどす。
「サーペントの毒霧を浴びたの
多分、三十メートル級ね」
先ほど、メリーヌ達を襲った大蛇はサーペントと呼ばれている。
彼らは体内で生成した毒を霧状にして口から獲物に吐きかけ弱らせる。
そして、その毒は固体の大きさが大きいほど強くなる。
「その割には、様態が安定しているようですな」
レグレットは屈んでミレスの額に手を当てながら言った。
「本当?」
「ええ、本当です」
レグレットが治療を開始する。
メリーヌは先ほどとは打って変わって、その様子を安心しきった様子で眺めている。
それは、レグレットに対する信頼ゆえだった。
「終りました」
そう言って、レグレットは部屋を出て行こうとする。
「彼、天使の言葉を使ったの」
その足はメリーヌが何でも無いように言った一言で止まった。
レグレットはメリーヌの目をじっと見つめて口を開いた。
「本人と魔王様にこの事は?」
「本人には、私がいずれ話すわ
お父様には、貴方からお願いできる?」
レグレットは重々しく頷いた。
「ねぇ、彼はやっぱり……」
メリーヌは続きを言うのを躊躇った。
「間違いなく『ルキフェルの欠片』でしょう」
二人の間に沈黙がおりた。
メリーヌがベットの上の少年を気に入っているのは、レグレットの目にも明らかだった。
魔王の娘たるメリーヌに対等に接する事が出来る者は少ない。
それゆえ、彼はメリーヌに取って貴重な存在なのだろう。
(メリーヌ様はあの方を失っているから、なおさらなのだろうな)
レグレットの脳裏にある、魔族の顔が浮かんだ。
彼女は数少ないメリーヌの友人であったが今はもう何処にもいない・
「……ここは?」
ベットの上ではミレスがいつの間にか意識を取り戻していた。
悪魔に魂を売ったら勇者と戦うことになりました。 否柿八年 @hikaki
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