23 退職
ドロシーは駅にいる。巨大で、大勢の人間が流れていく。
その中で彼女は、やめよう、と思った。
肝臓が蝕まれているというのも大きかったし、この仕事の単調さにうんざりしていたのもあった。
これをやめて、次の仕事について、それもまたうんざりしてやめて、その繰り返しだ。
駅の改札へ向かい、急行の電車をホームで待ちながら、通過車両とともに入ってきた、滑空する竜を剣で貫く。
ドロシーは大勢が出席している夜会でワインを飲んでいる。
いったい何年勤めていたのだろうか、と考える。
恐らくそう長い期間ではなかったはずだ。しかし、具体的にどれほどなのか判然としない。
記憶が曖昧になっている。これも秘術の副作用だろうか。
今後の仕事に影響は出ないだろうか、と多少心配しながら、スピーチをするウイリアムソン氏を見る。
相変わらず顔がでかい。髭が偉そうだ。
もうじき竜がそこらに出現するはずだ。
ドロシーは学校の教室で教科書を朗読している。
竜はどこから湧き出てくるのだろうか? あれだけたくさん退治したのに尽きる様子がない。
他の竜狩りはどれだけいる? 数百? 数千? あるいはそれ以上か。
無数の世界で彼らは日々竜を狩り続けているのにまったく意味がないように思える。
公社が言うように、彼らを放っておいたら本当に世界に致命的な影響があるのだろうか?
もうそのまま、状況に紛れ込ませておいていいと思うが。
校庭で黒い大きな竜が首を持ち上げている。
ドロシーは恋人と口論している。相手の無神経さが発端だが、我慢させているのはドロシーも同じだ。
〈爪痕の世界〉を切り裂いたのは赤い巨大な竜だった。
そいつはドロシーの祖先に倒され、骨も残らず消滅した。
死んだ竜はどこへ行くのか? 一匹死ぬと新たにまた一匹現れるのか。
いずれにしろ、太古の昔に竜と竜狩りたちが秘術で変貌させた世界の数々が、もう元に戻らないのは間違いない。
口論の末ドロシーは泣きながら部屋を出て、夜の街を走っている。
二十四時間営業のスーパーの入り口に、青い鱗の竜がいる――
ドロシーは一国の大統領だ。新聞のインタビューを受けている。
次はどんな職業に就こうか考える。
工場や接客で働くのもいいけど、まったく違う業種へ行ってもいいかもしれない。
いずれにしても貯金はあまりなく、すぐに働き始めなくてはならないだろう。
またしても気分が落ち込むのを感じるが、秘術によって疲れていくよりはましだ。
真の意味で我が国が自由になるには――ドロシーはそう言いながら、足元に握り拳くらいの小さな竜がいるのを認める。
ドロシーはナギ支部長に退職したい旨を伝えた。
支部長はあっさりとそれを認め、長い間お疲れ様、と言った。
それから一ヶ月ほど、徐々に数を減らしながら仕事を続けて、送別会とかもなく、たまに同僚に会うと辞めることを口頭で伝え、なんとなく退職の日を向かえた。
最後の仕事は、あまり作法を知らない若者が親戚の葬式に出席する、って状況だった。とりあえず前の人のやり方を真似しようとドロシーは思う。
つつがなく式は進み、出棺の折、屋根の上にいた竜を撃ち、仕事は終わった。
ドロシーは電車に乗って自分の世界に帰った。
コンビニで求人誌を手に入れようと思いつつ、そうはしなかった。
一週間ほど仕事せずに家でぼーっとしていて、秘術を使わなくても、働かなくとも、草臥れた気分は治らないのだと知った。
夜中、ドロシーは家の近くの幹線道路を歩いていた。
歩道橋を登って道を渡っている。自分の世界、自分自身の状況だ。
しかしそれでも、誰か別人の状況に紛れ込んでいるという感覚は消えない。これも秘術の後遺症だろうか?
そしてドロシーは夜空に、竜が飛んでいくのを見た。
しかし彼女はすでに竜狩りを退職しているし、剣も銃も帯びておらず、そして何より彼女は英雄ではなかった。
だから、そいつが飛んでいくのをただ眺めながら、歩道橋を降りて、帰って眠るしかなかった。
竜狩りのドロシー 澁谷晴 @00999
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