22 竜化後について

 ドロシーの意に反して彼女の内部では変化が始まっていた。

 公社の健康診断によると、どうも肝臓に竜鱗が形成され始めているようだ。蓄積した竜素によって外から見えはしないものの、肝臓は真っ先に蝕まれる。外面に変化が出るころにはとうの昔に鱗で覆いつくされているのだ。

 ウェスト司祭にそれを話すと、

「ほう、そうか。だがミス・ハヴォック、貴殿は些か気にしすぎではないのか? この秘術こそがかつての竜狩りが求め続けた必殺の一撃、偉大なるローギル神の奇跡ではないか?」

 それらしい物言いは崩さないが、ローギルの伝道者は聖職ではなく商人だ。神が竜を御すために狩人へ齎した秘術、という体で、禁断のテクノロジーは拓かれた。今日、神の部分は消え、聖句は宣伝文句と貸し、司祭たちは単に秘術を売り、整備するいわば武器商人と化していた。

「竜となったのち貴方は永遠に聖者として記録されるのだぞ、ミス・ハヴォック。そうなれば偉大な殉教者だ。誰もがそれを望むのではないか?」

 このくだらない仕事に未だに英雄性が残留していると――セールス・トークなのか本気なのか分からないが――司祭はしばしば口にして、誰もそれに反応しない。

「世界のはざまに潜む怪物達とは違い、竜狩りがなる竜とは勇者の証だ。やつらと違い、鱗の輝きは眩しく、白亜のごとき清廉さだ」

 完全な竜と成り果てたあとも、竜狩りの仕事を続けることはできる。同僚のミザノールもそうだが、そうなればもう竜化の心配をする必要はなくなる。

 怖いのは消失だ。竜となって長いこと経つと、非制御下でどこかの世界、状況に紛れ込んでしまう。そうして永遠に帰ってこない竜狩りは少なくないのだ。

 そのあとで公社が関知することはない。永遠にどこか遠くの状況下で捨て置かれる。結局のところ使い捨てであるのだ。

 しかし、どちらにしろ人は老いるのだから、それと同じで永遠に働き続けることはできない、たいした違いはない、と主張する人たちもいる。ウェスト司祭もその一人だ。彼女としては、どんどん段階的に強力な秘術を購入し、繰り返し使ってほしいだけだ。

 そんなにいいなら自分で使えばいいのに、とドロシーは言った。自分はその素晴らしい奇跡を伝道するのが仕事だから使わない、と彼女はまたそれらしく修飾された語句で返すと思いながら。

 しかし司祭は「そんなの使うわけないだろう!」とシンプルに答えた。

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