21 怪盗のいる蒸気仕掛けの街
ドロシーは先輩と一緒に、後輩の朝永君の故郷に来ていた。「大して面白い場所でも無いのですが」と朝永君は言ったが、興味深い所だった。
そこは蒸気機関が異様に発達した世界で、朝永君の生まれた東の地も、高い建造物が立ち並ぶ都市を蒸気が包む、機械仕掛けの国だった。
飛行船と蒸気機関車が縦横に都市を行き来する。朝永君は軍服のような、ベルトがいくつもついた変わった服装をいつもしているが――彼はその上から更に竜狩りの灰色外套を纏っていた――それはこの国の学生が着る服らしく、往来には同じ格好をしている少年が見受けられた。
「来て早々で悪いんだけどさあ」先輩が胃を押さえて言う。「あたし腹減ったよ、どっかで何か食べない?」
「其れでしたら先輩、此の辺りに美味しい洋食屋が在りますよ。オムライス等如何でしょうか」
「おお、いいね、オムライス。ごきげんじゃないか。ではさっそく……おや」
周囲が慌しいのを察して先輩は怪訝な顔をした。
憲兵たちが辺りを走り回っているし、テレビ局の取材陣、野次馬なども慌しく走り回っている。
「〈怪盗〉の出現する時分ですからね。見て行くのも良いかと思いますが」
「怪盗? なんだ、有名人か?」
「有名と言えば有名ですが、日常的な現象ですよ。最近ですと紅玉ばかりを盗む〈赤鳩〉と呼ばれる男が人気でしょうか。どうやらこの騒ぎの主も
その〈怪盗〉は捕まらないのか、とドロシーは聞いた。
「最後は劇的に捕まるか、銃撃戦の挙句命を落とす事が殆どです。そしてその後、生きている事が示唆され幕引きです」
「幕引きって、まるで芝居じゃないかい」
「そうとも言えましょう。正確に言うならば、夕立の様な物です。さっと都市を訪れ人々を騒がせて立ち去る。犯罪者ではなく気象現象と考えると分かり易いかと」
遠くから見ていると、夕刻の大屋敷の屋根に、怪人物が突如として現れ、憲兵隊に対して挑発的な台詞を吐き、忽然と消えた。観客は拍手喝采。そして輪転機を背景に新聞の見出しが躍る演出。
「リメ盗〈星火大〉リヨ宅爵伯野嵐 〈鳩赤〉盗怪」
「まあ其れより洋食屋へ行こうでは在りませんか」
朝永君は怪盗に慣れきっているようで、ほとんど関心を向けることがなかった。ドロシーの故郷では、朝の電車に自殺者が飛び込んで、遅延が発生することがしばしばだが、これはもう日常で「ああ、またか」といった具合だ。恐らくそれと同じようなものだろう。怪盗に騒いでいる人ももしかするとその現象の一部でしかなく、誰もこの大胆な犯行や大捕り物に注目していないのかもしれない。
オムライスはおいしかったが、先輩は「まあ普通かな」と言った。
朝永君は「そうですか」とだけ答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます