20 隙間屋

 夜道、警官がドロシーを呼び止める。

「君、こんな夜中にどこへ行くのかね?」

 ドロシーはただ散歩しているだけだと答える。

「そうかい、だが最近は物騒だから夜間の外出は控えたまえ。念のため身分証を見せてもらっていいかな?」

 ドロシーは財布から免許証を出して警官に渡した。

「おや、君は最近バルニバルブから引っ越してきたのか」

 ドロシーはそうだと答えた。

「六百キロも離れたところからどうしてこんな辺鄙な街へ来たのだね?」

 ドロシーは就職のためだと答えた。

「身近で就職しようとは思わなかったのかね?」

 ドロシーは、地元には悪い友達が多すぎて無理だったのだと言う。

「そうかい。じゃあこちらでは健全に仕事をこなしているのだろうね? 何の職についているんだね?」

 ドロシーは自分は〈隙間屋〉だと答えた。

「なんだねそれは」

 警官の質問に対しドロシーは、隙間屋とはその名の通り、ちょっとした隙間を確保する仕事だと答えた。

 例えば家具と壁の間に二センチくらいの隙間を作ったり、閉じられた窓をちょっと開けたり、建物の設計図に手を加えてドアが完全に閉まらないようにするとか、そういう仕事だ。

「それにはどういう意味があるのだね?」

 隙間を空けておくとそこを霊気が通って、世界の循環が活発になるので重要な仕事だとドロシーは答える。きちんと国の免許を持った人間がやらねばならず、隙間屋だけに門は狭い。ドロシーはほとんどの人間が二、三年はかけて取得する免許を一年で取った才気あふれる隙間屋である。

 そのことを説明してもなかなか警官は理解できないようだった。

「地元の悪い友達っていうのは、その隙間屋の業務上差し支えのあるやつらだったのかな?」

 ドロシーはそうだと答える。バルニバルブには身内ぶって、無断で隙間を拝借してもかまわないと考えている倫理観のない悪友が多く、うんざりしてこちらへ来たのだ。

「隙間を拝借だって?」

 その数センチの隙間に体を合わせて入り込んでしまうのだ、とドロシーは説明する。そうすると霊気の循環が滞り、株価が暴落したり冷夏になったり、あんまりおもしろくない一発ギャグがものすごく流行したりする。

「それは困るな。ではこちらで精一杯、隙間屋としてがんばりたまえ」

 警官はあまりドロシーの仕事の偉大さを理解していなかったようで、話を途中で打ち切って歩いていった。

 あんまり理解されない、まあ隙間産業だからね、とドロシーは呟いて、自動販売機と塀の隙間にいた小さい竜を蹴飛ばした。

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