19 出刃包丁を用いた犯行
ドロシーは休日に、竜の気配を感じたことがある。電車に乗って、二駅離れた古本屋に向かっていたときのことだ。
その店は地下にあって、古今東西の書物が集まっている。店主に尋ねれば、どんなジャンルの本でも手に入る。各部屋は細かく区切られ、来訪者はエレベーターと狭い通路によって縦横に移動し、目当ての場所に到達する。
この前訪れたときは、ドロシーは安楽椅子探偵ものを探していた。店主の老人にフロアと区画を聞いて、地下二十三階にまで降りて歩いた。いざたどり着くと、安楽椅子探偵ものはかなり多く、三十畳くらいの部屋を、ドロシーの身長の倍はある高い本棚がぎっしりと埋め尽くしていた。
急に探すのがだるくなって、ドロシーはその階の会計に行くと、他のミステリの本も見たいんですが、と言った。同じジャンルの本は同じフロアにあるとドロシーは思っていたのだ。
しかし店員は、ミステリと行ってもいろいろございますし、それぞれ同一のフロアにあるわけではないんですよ、と答えた。例えば密室殺人を扱ったものは地下六階、氷を凶器にしたミステリは地下六十七階といった具合だ。なぜそんなに離れているのかドロシーには理解できなかった。じゃあ例えば、とドロシー。氷を凶器にした密室殺人を安楽椅子探偵が解く本は、どのフロアなんですか。
すると店員、それはですね、個別のジャンルになりますね、地下百十七階でございます。と答える。
結局ドロシーは地下三階で、すでに存在しない世界の電話帳を購入して帰った。
前回はそんなことになったが、今日は真面目に何か買おうと思い、「メンバーが犯罪を犯して解散したバンドのインタビューが載っている音楽雑誌」のフロアへ行こう、と電車内で考えていると、竜がこの状況に潜んでいる、という明確な認識があった。
もちろん休日だし、自分の担当じゃないのでなにかするわけじゃない。恐らく乗客の誰かに、同業者が紛れ込んでいるだろう――そういう気配もあった。そしてすぐに竜が消滅する気配がして、ああ、この竜狩りは楽な仕事でいいな、とドロシーは思った。
しかし後日、竜を感知した辺りの線路沿いで、刺殺事件があったのを知った。もしかするとその被害者か犯人のどちらかが竜狩りだったかもしれない。そういうのがいやだって言う竜狩りは多く、例えばドロシーもさすがに殺しはきついので全面的に断っており、結果として殺人が絡む仕事の報酬は上がっていく。それ目当ての竜狩りが今日も、凶器を握り締めて犯行に当たったり、夜道で後ろから刺されたり、そういうのに紛れ込んでいる。
刺殺事件の犯人は、出刃包丁で通りがかったサラリーマンを殺した無差別な通り魔だった。ドロシーはそれからまた古本屋へ行き、出刃包丁を用いたミステリのエリアへ向かった。地下二百三十二階だった。
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