第44話

 リコネスに下された最終的な処分が、一時的な同行員資格の剥奪に留まったのは、救出の成功と、ローザや冒険者たちの口添えがあったために他ならなかった。元々、十一課が新人教育などを目的としていたためという理由もあったかもしれない。

 加えて言えば――あるいはこれが最も大きいのかもしれないが、ローザは上層部に対し、なんらかの信頼を得ているようだった。そうした彼女が、自分にも一部の処罰を加えることで、リコネスに対するものをある種の折半という形に持ち込んだらしい。

 さらに自らがリコネスの研修を監視し、登用試験と同等か、それ以上のものを課すことで、再度同行員の資格を得られるようにと計らったのだった。

 ――もっとも、リコネスはそこまでの事情について聞かされてはいないが、少なくとも研修の場において、彼女は並々ならぬ真剣さを見せていた。

「今日もよろしくお願いします。一刻も早く復帰してみせます!」

 それは紛れもなく、ローザに報い、冒険者に報いようとする強い決意の表れに他ならない。

「そして今度こそ……同行員としての役目を果たし、冒険者さんたちの活躍を記録するんです!」

 リコネスはそうした意志を声のみならず全身からも発しながら、今日も空き会議室にやって来て、ローザの前に着席した。机には地図が置かれている。

 ローザは「期待してるわよ」と微笑むと、咳払いを挟んで講習を開始した。

「地形や地図を頭に入れておくのは、同行員の最も基本的な条件と言ってもいいわ。各土地の物理的、観念的な特徴を理解していなければ、単純に依頼の現場へ辿り着くことすら困難になり得てしまう――」

 淡々と告げながら、自分の手元にある地図に目を落とす。

 リコネスも当然、同じようにしていた。真剣な目付きで耳を傾けながら、地図の暗記を完全なものにしようとしている。

 ……ただしその二枚の地図には、実のところ一箇所だけ違いがあることを、ローザだけは知っていた。

 というより、彼女がそうしたのだ。一つだけ、リコネスの地図にだけ書き加えたものがある。

 それは励ましの言葉でも、秘密の試験合格方法でもない。”本来ならば”空白であるはずの山の麓にたった一つ、ある地名を足したのだ――

 リコネスはそれに気付かないだろう。仮に気付いたとしても、書き加えられていない方がおかしいと思うはずだ。

 また、そうでなければならない。

(そうでなければ……この子はきっと壊れてしまう。でも、そんなことはさせられない。この子は大切に、育てないといけない)

 ローザが数々の助力をしたのは、そうした思いがあるために他ならなかった。強固で、何によっても揺らぐことのないだろう意志。己の身を呈しても貫く意志が、彼女の中に湧き上がっていた。

「それじゃあ今から簡単なテストをするわ。答案用紙を渡すから、解答を終えたら持ってきなさい」

(利害の一致……でも私は、ただそれだけのためじゃないのよ?)

 用紙を渡しながら、誰にでもなく言い訳するように、胸中で独りごちる。誰にも知られない自分の利を秘めながら。

 リコネスはすぐさま答案用紙にかじりつき、ペンを走らせ始めた。その姿を見ながら、ローザは微笑とも、哀愁ともつかない表情を浮かべる。

(少なくとも、この子にとって同行員は天職のはずよ。誰よりも冒険者の姿を克明に記すことができる。きっと、その思いが誰よりも強いのだから)

 自分の手元にある地図の中から、空白となっている山の麓を指で撫でる。自分のものにはない、しかしリコネスのものには書き加えた地名……

 ファンフォームの村。モンスターに襲われ、救援へ向かった冒険者も含めて、ひとりの生存者も出さずに壊滅したと伝えられる村――リコネスは、その村の出身だと言っていた。

「できました!」

 眉を吊り上げ、真剣な表情を見せながら、リコネスが勢いよく立ち上がる。

 解答したにしては随分と早いが、ぱたぱたと駆けてくる彼女の持つ用紙には、既にびっしりと文字が書き込まれていた。

 一見して、それらが全くのでたらめではないとわかる。予習でもしてきたのかもしれない。

(この子はきっと、最高の同行員になれるわ。……いいえ、そうじゃなくちゃいけないのよ)

 解答の正誤を確認する最中、そこに増えていく丸印と緊張した面持ちの少女の顔とを交互に見やりながら。

 ローザは強い期待と確信を抱いていた。

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ギルド職員の受難 鈴代なずな @suzushiro_nazuna

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