第10話「なんつー可愛い生き物だ。生き物ではないのか?」


 暫く8の字を回った所で、おっちゃんからそろそろやめとけとストップがかかった。

「どうだ? お前にとっちゃ嫌なイメージがあったかもしれないけど、乗ってみたらドッキドキだったろ」

「いや、まぁ……」

 今みたいにちょっと遊ぶとかなら危険も少ないし、誰にも迷惑を掛けない……と思う。

「今日は楽しかったですね、渚さん」

 それになんといってもエリーゼのこの笑顔を見れるなら、たまにはこんな風にこじんまりと遊ぶのはいいかもしれないと思った。

 とはいえ、公道を走ったり本格的なレースを命がけでやったりってのは未だに理解できない。まぁ水を差すのも嫌なので、それは黙っておこう。


「なんか渚がバイクに乗ってるの見ると、感慨深いものがあるよねぇ」

『これで嘘偽り無く、"女を乗り回すクズ男"になったです』

「相変わらず酷い言い草だなこのクソ時計。マジで一回デタラメにりゅうず回そうぜ」

『乙女に向って回そうぜとは、鬼畜的発言です!』

「なんでいつもそういう風になるんだ!?」

 何でもかんでもエロ方面に変換するこいつの方がよっぽど変態じゃないかな?

「まてよ、付喪神って持ち主に似てるっていうよな……ヒナコ、このムッツリスケベめ!」

「えぇ!?」

 そもそも奴の知識の収集源は持ち主の可能性が大だ。あながちハズレでもあるまい……。


 そんな風に俺達がワイワイと騒いでいると、休憩室にいた別グループの話し声が聞こえてきた。

「どーなってんだよ、あいつの動き」

 どうもモニタに映ったレースを皆で見ているみたいだ。

「チクショー、やっぱ勝てないよなぁ俺達じゃ。キレッキレすぎる」

「勝てる勝てないじゃなくて、そもそも直接対決できる機会なんかないだろうなぁ」

 俺も視線をモニタに映してみると、2位以下に凄まじい差をつけて抜きん出たライダーがゴールしている所だった。

「綺堂一成、色々なレースの賞を総なめにしてる高校生天才ライダーだよ」

「へぇ、すげぇな」


「軽ッ!? まだ未成年とはいえ、中学の時には既に海外のレースとかにも出場してた第一線級のライダーなんだよ。同年代として、すごいなぁとか思おうよ」

「いや、テレビで天才ちびっ子スポーツ選手とか棋士とか作家だとか何か色々目にしても、自分とは全然違う世界で何かやってる人なんだな、ぐらいにしか思わないじゃん」

 たまたま自分の知ってるジャンルだから興奮してるだけで、そこまで興味ないジャンルだったら今の俺みたいな反応だろうに。


「渚、夢がないねぇ」

『既に枯れてるとか。唯一の長所だった若者という長所も死んだも等しいです』

「年齢しか長所がないとか、お前は俺の事どんだけ能無しだと思ってたんだよ……」

「渚さんには素晴らしい所が沢山あります」

 エリーゼがそう言って俺の腕を両手で掴む、可愛い……。お前だけだよ、俺の癒しは。


………………

…………

……


 帰り道、人の姿になったエリーゼと夕闇の中を歩く。

「今日は本当に楽しかったです。買い物も、外食も、もちろん渚さんと一緒に走れた事も」

「そりゃ良かった」

 女の子が喜んでくれるかわかんなかったけど、エリーゼをがっかりさせない一日にできて本当によかった。

「付喪神になって出来るようになった事で一番嬉しいのは、、こんな風に感謝を伝えられるようになった事です。私ずっと伝えたかったんです。十年以上、私の事を大事にして頂き、ありがとうございます……って言葉を」

十年。そうか、もうそれぐらいになるのか。

 毎日見守ってきたあのバイクがエリーゼだというその事実を再認識すると、胸の中に暖かい気持ちが溢れてくる。


「それも、言葉だけでなく、人の姿でこうして並んで歩けるなんて幸せすぎでおかしくなりそうです……」

「俺の方こそ感謝だ。家が賑やかになったし、こんなに可愛い妹分ができたんだからな」

「妹……ですか」

 感慨深げに呟いたエリーゼは、その立場に不満があるのか、それとも噛み締めてるのか、何となく聞くのを躊躇ってしまい無言の間ができる。


「あの、幸せすぎておかしくなりそうって言いましたけど、もう少しだけワガママを重ねてもいいですか?」

「ん、言うのは別に構わないけど力になれるかはわかんないぞ」

「大丈夫です。難しいけれど、でもとっても簡単な事ですから」

 そう言ってエリーゼが俺の手を握る。

 何事かと思って横を見ると

「………………」

 顔を赤くし、微妙に俯き加減なエリーゼの横顔が目に入った。なんつー可愛い生き物だ。生き物ではないのか?

「……このまま帰るか」

俺だって幸せすぎておかしくなっちまいそうだよ。


………………

…………

……


 家に着いて、まず最初に違和感に気付いたのは玄関を開けた時だ。

鍵が開いてるって事は、母さんがいるって事だ。それなのに、廊下も居間も電気がついている様子がない。何となく全体的に暗い雰囲気だ。

そして決定的な光景を目にしてしまう。

今まで父さんが死んでからは、決して泣く姿を見せなかった母さんの、鼻を啜る涙声だ。


「渚、エリーゼちゃん。ごめんなさい……」

「ごめんなさいって、何が? っていうか、母さんどうしたんだよこんな暗い部屋で一人沈んで。何だ、たまねぎ料理でもしてたのか?」

 内心、そんなわけない、きっと何かやばい事態が起きてるんだ……と悪い予感を働かせながらも、そのイメージを払拭する為にあえておどけて聞いてみる。


「これ……」

そういって母さんから渡された数枚の書類。

 状況的には、これの内容が母さんのこの様子に関わっているとしか考えられない。

 甲・乙と契約書的な書き方で小難しく、なにやらと書いてあった。

「なんだよ、それ……」

 小難しかったが、要約するとこういう事だった。

 

――エリーゼを借金の代わりに差し押さえる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

付喪神のいる世界 ~風二輪のエリーゼ~ 孔雀(弱) @kujakujaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ