第9話「何時間でも延々と走っていられそうだ」
「まぁまずは半クラの練習だな。ひとまずエンジンを入れなおして、クラッチを切った状態でアクセルをほんのちょっとだけ入れてみな」
おっちゃんに言われた通りの操作をし、アクセルをいれるとブオォォンとエンジンの唸りと排風音が響く。
「その状態で少しずつクラッチを入れていってみな。少しずつな」
「おぉ~、微速前進してる」
「そこでクラッチを切ってストップ。足で元の位置に戻って、同じことを繰り返せ」
言われた通りの動作を何回か繰り返しでチマチマやってると、なるほど、確かに半クラの状態についてわかってくる。エンジン音が低くなり始め、手応えが若干重くなるタイミングだ。あくまで若干の感覚なんで、明確にこうって感じではないが……。
「さぁ、これでお前はニュートラルと1速(ローギア)を使いこなせるようになったな。あとは段階的にシフトチェンジでギアを上げていくだけだから速度や回転数が違うだけでやる事は一緒だ」
「そっか。この1速の次のギアにはどうやってチェンジするんだ?」
「左足のレバーを爪先で軽く持ち上げるとニュートラルに入るだろ? さらに上に持ち上げると2速になる。そこからはただひたすらに上げていくだけだ」
「また意味不明なんだけど、なんでギアの順番が1→N→2→3→4~で、1と2の間にNが入ってるんだ?」
普通に考えて順番通りの方がよくね?
「ギア比がわかんなくなって、カーブ前とかで減速の為にガンガンペダル踏んだ時にNにならないようにだな。Nになるとタイヤが滑ってくんだよ。お前の気をつけろよ。あとスタートの時はペダル踏み込む方がスタートって感じするし」
意味が分からんし感覚ばっかじゃねーか……特に前者の理由、だったら今がどのギアに入ってるか表示しろよ……。
「バイクってのはそういうもんなんだよ、昔からな!」
「これだから!」
『渚さん、安心して下さい。今が何速かの表示は残念ながらできませんが、私が何速か教える事はできます』
「そっか、俺の場合はエリーゼに直接教えてもらえるのか」
『はい! サポートも任せてください!』
頼もしいけど、何か流れに流されまくって乗るのが当たり前みたいなノリになってきてるぞ。
あくまでも今日はエリーゼの為に少し試してるだけだからな。
「なぁるほどなぁ。バイクが付喪神の場合は、そういう事ができるのか。なんかバイク乗りの登竜門を裏技でかわしてるみたいで反則っぽいな」
「そんな事言われても」
そもそも感覚で走るほうがおかしくね? 最高までギア上げた時に覚えてなくて、もういっこ上げようとしてシフト上げちゃうと足が痛そうじゃん。
「幻の7速ってやつだな……バイク乗りならみんなやるんだぜ……」
感覚に生きてるなぁ。
「ちなみにレースなんかで使うバイクは逆シフトにする事が多い。ペダルを踏むとシフトアップするから、逆シフトに乗る機会があったら操作間違えんなよ」
「なんでわざわざそんな事すんだよ……」
ただでさえわかりにくい操作が機体によっては逆!? 嫌がらせかよ。
「ガンガン踏んで加速していく方がカッコいいだろ」
「さっきからそんな理由ばっかりだな!?」
絶対もっとまともな理由がなんかあるだろ! そもそもスタートの時にペダル踏む方が~云々の言葉と完全に矛盾してんじゃねーか。
『そもそも渚さんは、私以外のバイクには乗らないから……間違える機会なんてないですよね♪』
「なんか怖いんですけど」
バイクの状態になってるからわからないけど、エリーゼの笑ってない笑顔を幻視してしまった。
「換装パーツがあるから、こいつがエリーゼちゃんを改造して逆シフトにしちまうって可能性はあるぜ」
『渚さんがそっちの方が良ければ、私は喜んで渚さんの好みに合わせます』
「当分その予定はないから安心しろ」
幼女を改造するとかいう日常でまず口にする事のない強烈ワード。犯罪臭が凄まじいぜ。
「さて、基本姿勢とギアとスタートについては覚えただろうし、そろそろハンドルを使ったレクチャーだな。ちょっと待ってな」
そういうとおっちゃんが脇に置いてあったカラーコーンを運んできて、円を2つ作って丁度8の字状に並べる。
「お察しの通り、ようやく走行だ。このコーンの周りを8の字を描くように走ってみな。教習場では定番のメニューだな」
散々練習したN→1速の切り替えをスムーズに行い、8の字の入り口まで移動する。
「すげぇ、走ってる、動いてる……」
身体全てで受ける風、機体から伝わる振動、思ったとおりの場所へ進む喜び、初めて味わう色々な感情が混ざり合い、ただ移動してるだけなのに体が興奮してくる。
「初めてバイクに乗った奴はみんなそうやってワクワクした顔になるもんだ。どうだ、かなり毛嫌いしてたがいざ乗ってみるとすげぇ楽しいだろ?」
おっちゃんの言ってる事も何となくわかるけど、やっぱり素直にうんとは言えない。
なんとも言えずに黙ってると、8の字の入り口まで辿りついてしまった。
「じゃ、走ってみな」
『渚さん。改めて、よろしくお願いします』
「お、おう」
ただただビックリした。
これがバイクに乗るって事なのかって。
『気持ちいいですね、渚さん』
エリーゼの楽しそうな声が漏れてきて、俺もなんだか楽しくなってきた。
耳に入ってくるのは、鈴を転がしたようなエリーゼの声と、荒々しいエンジン音だけだ。そのせいで、まるで世界に俺とエリーゼしかいないように錯覚してしまう。
あぁ、この8の字を何時間でも延々と走っていられそうだ。
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