第8話「ふえぇっ!?(ビクンビクン)」
流れに流され、流されるがままに防具類を身につけ、俺はスタート地点の近くでおっちゃんの手ほどきを受けていた。
隣にはまだ人型のエリーゼも立っている。すごいウキウキしてる。可愛い。これが見れただけでも俺が多少ガマンする甲斐があったってもんだな。
「じゃ、今日はお前にウィンドバイクのド基礎を教える。あんまこういう教え方は得意じゃねーが、教習所風に教えてやるからな。ひとしきり覚えたら、その後は覚えた技術でエリーゼちゃんとお楽しみを満喫しな」
いかがわしいニュアンスを含ませるな、このエロ親父め。
「まずウィンドバイクは普通のバイクと違って空中を飛べる。これが最大の特徴だ……が、まず初心者は普通のバイクと同じ乗り方を学ぶ。だから今日はVモード限定だ」
「Vモード?」
「Vっつーのは、Vertical:垂直って意味だ。タイヤが垂直な状態の事を表すからな」
そういやウィンドバイクはタイヤが垂直・水平と可変して、それぞれ陸上走行・ホバリングモードを切り替えるんだったな。
「ちなみにタイヤが水平な状態の事をHモードって呼ぶ。今いかがわしい事考えたろ? Horizontalの略で水平っつー意味だから勘違いすんなよ」
「考えてねーよ……」
あんたじゃあるまい。
「ちなみに俺はいつも数学とか物理の時に[sec]って単語が出てくるたびにエロい事考えてた」
「ソックスと同じ次元のド下ネタじゃねーか! っていうか聞きたくねーよ、あんたの学生時代のピンク脳思い出トークとか」
「ちっ、可愛げのないやつめ」
せめて下ネタを降るのは、横にエリーゼがいない時にしてください……。
ほら、キョトンとした無垢な瞳でこっちを見てるよ!
と思っていたら、得心がいったよくにハッとした顔で
「今は無理でもいつかは難易度が高いHもしましょうね!」
「ぶフッ」
後で教えてもらったんだが、今のエリーゼの言葉は色々と大事な言葉抜けていたのだが、概ね以下の意味だったらしい。
『今は無理でもいつかは難易度が高い(方の)H(orizontal=水平タイヤ・モードでの始動発進)もしましょうね!』
わかるか、こんにゃろう!
ってか、なんだ? 今日はみんなスレスレワードで攻める日なのか?
「とまぁ、冗談はそこまでにして、まずはバイクの跨り方を教えてやる。俺の真似をして乗ってみな」
そう言っておっちゃんが横に並んだ自分のバイクに跨る。申し訳ないが、普通に跨ったようにしか見えんぞ。
「それでは渚様。原形化します」
その言葉の後にすぐエリーゼが光を放ち消え、代わりに見慣れた白いバイクが現れる。
とりあえず俺も見たままに習って、そのまま跨ってみる。
『んぁ、渚様……渚様が、私にのしかかっています!』
「紛らわしい声とセリフを放つなッ!?」
書類送検されちゃうじゃないか。
「よしよし、大体そんな感じの姿勢で変な格好になってなけりゃ、まぁひとまず問題ねぇ。あとはしっかりニーグリップができてりゃライダーの姿勢だ」
「ニーグリップ?」
ニーって言うからには、膝の事だよな? 全然ピンと来ないけど、何のこっちゃい。
「バイクはハンドルで操作するもんじゃねぇ。膝でバイクを掴み一体化しながら、重心をコントロールして操作するもんなんだ」
「そうなのか……」
確かにブンブン腕を振り回してるイメージはないけど、それであんなに鋭いカーブを曲がれるもんなのかな。
「じゃニーグリップだけど、今膝の間にタンクがあるだろ? それを膝で挟み込むんだ」
おっちゃんの言う事に従って、グイッと膝の力を意識してみる。
『んうぅぅう! 渚さんのお股が私を挟み込んでますッ!?』
なんなら股間を押し付ける勢いだ……色々と拙い気分になってくるな。
「不必要に力を入れる必要はないぞ。あくまでもバイクと密着する為のテクニックだからな。自然にニーグリップができないと車体が安定しないから、バイクに乗る時は常に意識するようにしろ」
「おいっす」
なるほど、確かにかなり安定してバイクの上で姿勢を保ててる気がする。
「さて、ニーグリップの重要さがわかったなら今度は上半身だ。ひとまず渚よ、バイクのハンドルはそんなに肩肘張って強く握る必要はないんだぜ」
そう言われて思わず自分の両手を握ったり放したりを繰り返す。
『あッ、んぅ……渚様、くすぐったいのであまり繰り返さないで下さい』
俺が今握っているのは、エリーゼにとって一体どんな部分なのか……。掘り下げると怖いので雑音は無視しておこう。
「あんまり強く握りしめてると衝撃があったときに、かえってハンドルを取られちまう。試しにちょっと強く握って肘も張ってみろ」
言われた通り、握力テストもかくやという勢いで強く握りしめる。
『ん、ンゆッゥゥゥウッ!?』
無視無視。
「この状態で強く揺さぶられると、どうだ?」
おっちゃんがガタガタとエリーゼの機体前方を揺らすと、俺の体もそれに従ってガタガタと揺れる。
『ふいぃぃ、グラグラしますッ』
「振動に体を持ってかれて、操縦どころじゃないです」
エリーゼもあわあわしている。
「そういうことだ。ハンドルを握る腕は普段はふにゃふにゃさせとけ。お前のあれと一緒だ。ふにゃチンだ」
ちょいちょい下ネタをぶっこんで来るのも、今日はもう無視しよう。
『渚様はフニャフニャしてませんッ!』
お前が俺の何を知ってるんだ、エリーゼよ……。いや、やっぱいいです。聞くのが逆に怖い。俺、何かされたとかないよな。大丈夫だよな。
「んじゃ、エンジン入れてみるか。今はVモード始動だから深く考えずにここにあるエンジンスタートボタンを押せばいい」
言われるがままに右手親指付近のボタンを押すと、一瞬ガクンと沈み込んだのちにエリーゼが胎動して継続的な振動が全身に伝わってくる。
『ふわぁ! 命が吹き込まれます!』
ドゥルンドゥルンと唸りを上げるエリーゼが、自身の機体が放つ音とは別に歓喜の叫びをあげる。
その振動が下半身を伝って俺にもダイレクトで浸透してくる。今自分が何かとてつもない物に跨っているという実感が振動とともにやってくる。すげぇ、これが、バイクの鼓動か……。
たかがエンジンをかけただけだってのに、車とは全然くらべものにならない全身を伝う震えが、文字通り心身に染み渡る。
「どうだ、これがバイクに乗るってことだ。相棒の振動を感じ取り、己の躰を一体化させ、委ねると同時に委ねられる感覚だろ」
「すげぇ……」
それ以外の言葉が出ないくらいの衝撃だった。決して俺のボキャブラリーが少ないとか、そういうんじゃない。言い表せない衝撃に出会った時、人は余分な装飾を省いたシンプルな言葉が口から出るもんだ。
「驚くのはまだ早いぜ。なんたってお前はまだエンジンをかけただけで、一歩もそこから動いてないんだからな」
そうだ。言うなれば俺はまだスタート地点に立っただけだ。おっちゃんの次の指示を待つ。
「先に言っておくが、空走だけじゃなく地走含めバイクってのは簡単な乗り物じゃねぇ。右足一本で動かせる今のレースゲームみたいな自家用車のイメージを持ってっと死ぬからな」
車ボロクソである。いやいや、今もマニュアル車乗ってる人はドリフトで山とか攻めたりしてるから。
「まず、四肢全てがリアルタイムに動かせないとバイクは操縦できねぇ。簡単に説明してやるから、とりあえず覚えろ」
おっちゃんからの説明を要約すると、大体各手足の役割はこんな感じだ。
右手:アクセル、フロントブレーキ、エンジンスタート、V/Hチェンジ
左手:クラッチ、ウィンカー、Hモード時のブロワ操作
右足:リアブレーキ
左足:シフトチェンジ
「なかでもウィンドバイク特有の操作が、V/Hチェンジとブロワ操作だ。他の操作は昔からあるバイクと大差はない。」
V/Hチェンジは、タイヤの垂直と垂直を切り替える操作らしい。
ブロワ操作は、空走時の高度操作のようだ。風量そのもののボリュームはアクセルと連動してるから、どうもその指向性を操作するイメージみたいだ。
「マニュアル車に初めて乗るやつはまずクラッチという物の感覚を最初に掴んでもらわないといけぇ。これは車の場合も一緒で、半クラを使いこなせるようになんねぇと何もできないからな」
左手のクラッチレバーを握る。程よい硬さで力が返ってくるので、当然握力を緩めるとすぐに元に戻る。
「今お前のバイクは、ギアがニュートラルに入ってる。エンジンの動力とギアが噛み合ってない状態だ。坂道でもない限りタイヤがひとりでに動くことなんてないから、走るためには当然エンジンの動力をギアに伝達しねぇといけない」
なんとなくだけど、俺のイメージ的には自転車のチェーンが外れた状態が思い浮かぶ。
確かにチェーン外れた状態だと足(動力)をいくら回してもタイヤは回らないからな。
「じゃどうやってギアを変えるかだけど、まず原則エンジンとギアが接続された状態でギアを変える事はしない。クラッチレバーを握ると動力とギアが切り離された状態になるから、この状態でシフトチェンジをするんだ」
なるほど。つまりクラッチってのは、握ったり放したりすることで自転車のチェーンを意図的に外したり戻したりするような物か。
なんでも自転車で例えちゃうぜ……。操縦した事ある乗り物がそれしかないからしょうがないよね。
「んで、肝心のシフトチェンジだがニュートラルから1速<ローギア>へは左足のペダルを踏み込めばいい」
「よし、じゃあとりあえず!」
ギュッとクラッチレバーを握り、左足のペダルを踏み込む。
『ふえぇっ!?(ビクンビクン)』
ガタンガタンとエリーゼが謎の振動を起こしエンジンが停止した。
「え? 何々? もしかして動かすの超久々だから壊れたのか?」
「まぁなると思ったが、説明が終わる前からいきなり実践するやつがいるか……。危ないからって今までバイクを避けてたんなら、この辺の危機管理もしっかりしろ」
怒られちゃった。
「ちなみに機体の状態は乗る前に俺が一通りチェックしたから大丈夫だ。半年前に点検もしてるからな」
流石メンテフリーの現代機。その中でも特に別の意味で整備屋泣かせの機体と言われるだけはあるな。
「いいか、機体が停止している状態でいきなりクラッチを入れるとエンジンの回転力がタイヤに伝わる前に負けちまってエンジンが止まっちまうんだ。エンジンストール、通称エンストだ。路上でなると超恥ずかしいから、ここでしっかり覚えて行けよ」
いや、今日は試しで乗ってるだけで路上を走る予定はないから……。
「エンストしない為にはスタートの時、いきなり全接続せずクラッチを半分程度接続した状態で徐々にタイヤに力を与え、十分な回転(初速)を与えてからクラッチを全入れするんだ」
「なるほど。モータでいうところの始動トルクが必要だから、突入電流でいきなりトリップしないように減圧方式でモータを始動するようなもんか!」
「なるほど……じゃねーよ! 余計マニアックな解釈になってんじゃねーか。なんで一介の高校生からスラスラとそんな電気技術者みたいな単語が出てくんだよッ!?」
好きこそものの上手なれってやつだな。何がとは言わないが。
「んで、その半分クラッチ入れた状態ってどうやるの?」
「半分クラッチレバーを握るんだよ」
「は?」
「感覚だ。音とか手ごたえで感じとるんだよ!」
「路上で失敗するとめっちゃ恥ずかしいから、呼吸をするようにできなきゃいけない動作を、感覚でやんの!?」
「そうだ」
なんて世界だ……バイク! やっぱりロクなもんじゃねーな……。
「この操作は、マニュアルの自動車も一緒だ」
マニュアル車、ロクなもんじゃねーな!
「ちなみに踏み込んだ左足ペダルを今度はつま先で少しだけ持ち上げると、ニュートラルの状態に戻るからな。エンジンのスタートは基本その状態で行うから、エンジンスタートの前に現在のギアの状態をしっかり確認しろよ」
「わかった。ちなみに今のギアの状態ってどこで確認するんだ」
「感覚だ」
「は?」
「今何速に入ってるかは、自分の記憶と速度間とエンジンの音で判断するんだよ!」
「マジで言ってんの!?」
1速とニュートラルぐらいならわかるが、3速~6速を走行中に何回も行ったり来たりしてたら、今のギアなんて忘れちまうぞ。
「バイクなんてそんなもんよ。最後は感覚だ。あ、ちなみにニュートラルの状態だけは表示されるから」
つまり今がニュートラルかどうかがわかるだけで、何速かはわからないのか。
やっぱバイクはロクなもんじゃねーな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます