第7話「調教が完了してて、自分が何されてるか理解してないですッ!」


「えっ、渚の付喪神!?」

「はい。渚さんの付喪神、エリーゼです」

 隣に座りなおしたエリーゼが、俺の腕にギュッとくっついてくる。

「待て待て。俺のかどうかはわからんけど、とにかくうちにあるバイクの付喪神だ」

 誰の物かと言われると困る。

 実際、書類上は誰の物になってるんだ。元の持ち主は死んでるから、今は母さんになってるのかな。

「それってあの白いやつでしょ? だったら渚の付喪神じゃん。あんなに大切にしてたんだし、そりゃ付喪神になるかぁ」

 陽菜子の言葉に、横にいるエリーゼがなぜか頷きながら頬を染めている。今のどこに照れる要素あった。


「ふん、こんな奴の付喪神になるなんてエリーゼも災難ですね」

「とんでもない。私は渚さんの付喪神になれて幸せです」

 兎時計の憎まれ口を真顔で返すエリーゼさん、まじめかよ!

「ぅ……」

 流石のリディアもどう返せばいいのかわからず、調子を狂わされてるな。時計なのに。

「ねぇ渚。いくら付喪神だからって、顕現して間もないのに懐きすぎだよ。あんた何かした?」

「何もしてない」

 好感度を操るイベントは皆無だった。そもそも付喪神は、嫌いだと思ってる人間のところには顕現しないだろ。


「ふ~ん。自分に従順なのをいい事にエリーゼちゃんに変な事してないでしょうね?」

「そんなジト目でこっちみんなよ。お前が疑う事は何もないって」

「ジト目じゃなくて、犯罪者予備軍を見るツンドラの視線だよ」

 幼馴染ってほんとクソだわ。ついさっき『あんなに大切にしてたんだし、そりゃ付喪神に~』とか言ってたくせに、舌の根も乾かぬうちにこの言い草だよ。

「道具を大切にする心と、可愛い女の子にいかがわしい事をしたい男の欲望に因果関係は無しだよ」

「何小難しい風の事を言って煙に捲こうとしてんだよ……」

 今日のこいつはテンションがおかしいな。


「エリーゼちゃん、何か困ってる事ない? こいつに変な事されてない?」

「困ってる事と言うと、ひとつだけあります」

「や、やっぱりッ! 何、何をしたの!?」

 特ダネを掴んだ記者の如く詰め寄る。落ち着け落ち着け。

 とはいえ、俺自身今のエリーゼの言葉は気になるな。何か無意識のうちに困らせてたのか。反省だな。

「渚さんは……私に跨ってくれません……」

「ま、またがるっ!?」

「毎朝、全身を隅々まで撫でてもらえるのは嬉しいのですが……どんなにお願いしても私の上に乗ってくれなくて、それが焦らされてるみたいでどうしようもなく」

「はい、ちょっと待った。待て待て、ねぇ待って! わざとだろ? その言い回しわざとなんだろ?」

 社会的に殺しに来てるの? 遠まわしに俺を死に追い込もうとしてる?

「変態ですッ!? ひなこ、こいつはマジもんの変態ですよ! エリーゼはもう調教が完了してて、自分が何されてるか理解してないですッ!」

「ば、やめろ! 騒ぐな小娘! あとでいいもん食べさせてやるから黙れ!」

「な、渚さん落ち着いて!?」

「お客様ー!」


………………

…………

……


「くそ、もうあの店しばらく行けないじゃないか!」

 こっちを奇異な視線で見る店員やヒソヒソと話し合う他テーブルの客。

 通報される前に撤退できて良かったぜ……。

「というわけで、私はもっと渚さんと親しくなりたくて……」

「そ、そっかー、事情はわかったよ。バイクとして乗ってもらえないって事ね。あ、あはは」

「あはは、じゃねーよ! 下手したら拡散されて、明日の俺の居場所が消し去られてるかもしれねーんだぞ……」

 昔と違って、今は一人一台パーソナル端末を身に着けてる時代だ。

 視覚カメラ回してる奴なんかいたら、ブラッド・フェスティバルだよ、俺が! あんだけドタバタしてたら、シャッター音なんて気付かなかっただろうし。


「でも、それなら丁度よかった。渚、あんたたまにはうちに寄りなよ」

「やなこってい」

 女子の誘いを江戸っ子風に拒否る俺はまさに江戸っ子だ。

 にわかすぎて本物の江戸っ子に怒られそうだけど。

「べらんめい! てやんでい、このやろうめい!」

「ウザいです……」

「まぁ今だから言うけど、お前のですです口調もあざとくてウザいからな?」

「ですッ!」

「ぐふっ……」

 鳩尾を狙った素晴らしい一撃が、俺のボディーを直撃する。こいつの小さい体のどこにこんなパワーが。

「な、渚さんになんて事を!?」


「もう茶番はいいから……まぁ渚にも思うとこあるかもだけど、お父さんも渚に会いたがってるからさ……たまにはうちに顔出してよ」

 とは言われてもなぁ。"うち"っていうのは、単純にこいつの家に行くっていうわけじゃないだろうし、つまりそういう事だ。

「お前、なし崩し的に色々企んでないか?」

「そんな事ないって。それに、どうせならエリーゼちゃんも紹介しないといけないんだし、さぁ出発ー!」

 この有無を言わさぬ追い込みに反逆するのも面倒で、渋々こいつの家に行く事にした。


………………

…………

……


「こ、ここは!」

 予想通りエリーゼのテンションが上がりまくってる。

 高速で走り回る、あるいは飛び回る物体が目まぐるしく視線を行き交う。

「サ、サーキット!」

 横にいるエリーゼが目をキラキラさせるのも当然、ヒナコの親父はサーキットの運営管理を仕事にしている。

 といっても所謂国際レースなんかが行われるような立派な物ではなく、運転教習場のすごい版みたいな規模だ。

「しかし久々に来たけど、微妙に綺麗になってるところもあるな」

「でしょ。あんたホント、こっちには来なかったからねぇ」

 俺とヒナコは家が近いわけではないが、幼馴染だ。

 その理由は親同士の仲が良かったからだ。レーサーと地場のサーキット運営関係者だしな。

 ここから少し離れた所にあるこいつの家も何度か行った事があるけど、その時も親と一緒にだ。


「お、ヒナコじゃねーか。今日は出かけるとか言ってたが、どうしたんだ?」

 豪気な声に振り返ると日に焼けたガタイのいいおっさんが目に入る。

 あぁ、数年振りだけどこの人は全然変わってないな。

「ご無沙汰です、おじさん」

「って、お前渚か! こりゃ珍しい。お前ら揃ってどうしたんだ?」

「まぁ、ヒナコに色々と強引に連れられて」

「いやぁ、ほんとに久々だな! うちの嫁は授業参観の時とかに会ってるみてぇだが、ヒナコが俺は来なくていいって煩くてな! 元気そうでよかったぜ!」

 思春期女子を娘に持つ親父さんの哀愁を垣間見たぜ。

 そもそも高校生にもなって親父に来て欲しいって人のほうが少ないと思うけどな。両親がどっちも来てない奴もけっこういたし。


「そんな事よりお父さん、この子を紹介したいんだけど」

「ん? おっと、こりゃ可愛らしいお嬢さんじゃねーか。どうした? 渚が誘拐でもしたのか?」

 こんなおっさんにまで俺は誘拐キャラだと思われてるとか、もはや社会が間違ってるのか俺の普段の行いが悪かったのかわからなくなってきた……。いや、俺は正常だ……そうだよな?

「この子、渚の付喪神なの」

「渚さんの付喪神エリーゼです。よろしくお願い致します、ヒナコさんのお父様」

 楚々としたお辞儀とともに挨拶をするエリーゼは、まさに清楚な私立校に通うお嬢様といった雰囲気だ。誘拐されそう。

「おう、ご丁寧にどうも。俺はヒナコの親父の朝陽だ、よろしくな。付喪神っつーとリディアみたいに何か元になった道具があるのか」

「はい。湊重工製/ER-25ZR迅刃250RRが私の原形です」

「迅刃250だと!? ってこたぁ、陸が持ってたあの白いバイクか!?」

 まぁ当然この人も知ってるわな。ちなみに陸ってのは俺の親父の名前だ。


「こいつはたまげたな……そもそも俺もこの仕事やって長いけど、バイクの付喪神に出会ったのは初めてだ」

 そうなのか。なんか結構多そうだけどな、バイクが付喪神になる事。

 付喪神というからには自分が一番大事にしてる"物"がなるのが大前提だろうし、バイクが一番大事だってライダーは多そうだけど。

「意外そうな顔してるな? 俺だって当然バイク仲間から付喪神になったバイクの話は聞いた事あったが、噂自体意外と少ないんだぜ」

「スポーツバイクは回転が早いかもだけど、普段乗りしてる人とか一般の人は大分マシンとの付き合いが長いし、多いんじゃないのか?」

「それがそうでもねぇ。単純に移動手段として使ってる人間は多いけど、その人にとっての一番や二番がバイクだとは限らない。スクーターに乗ってるおばちゃんが自分の愛車を持ち物の中で一番に大切に思ってるかどうかって世界だな」

「だったら、普通にバイクを趣味にしてる人は?」

「バイク好きは意外と買い替えが早い奴が多かったり、複数台持ってる奴が結構いるからな。あと普通に町乗りで楽しんでる奴はあんまりここには来ない!」

 それっておっさんがたまたま関わる機会少なかっただけで、世間にはバイクの付喪神はいっぱいいるんじゃ……。


「ま、こまけぇこたぁいい。愛車を持ってここに来たって事はお前もとうとう覚悟を決めて走りに来たって事だな。」

「そうです!」

 食い気味に返事をするエリーゼが眩し過ぎる。

「ほら、渚。ここまで来たんだし。別にスピード出せとか、カーブを攻めろとかってわけじゃないんだし。エリーゼちゃんと仲良くなる為に、ゆっくりかつちょっとだけ乗ってみればいいんだって」

 外堀が埋められすぎてる。

「ヒナコの言うとおりだ。お前に色々あったのは俺も知ってる。けど、乗るのが嫌なやつがなんで付喪神になるまでバイクを大事にできるんだ? エリーゼは飾り物か? 道具としての本分を全うしたいって奴の気持ちを汲んでやれよ」

「わかった、わかった! ちくしょー! 乗ってやるよ! ちょっとだけだからな!」

 こうして俺は、今まで距離を置いていたバイクと初めて向き合う事になった。この親子の策略とエリーゼの無邪気な笑顔によってな!

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