第6話「テンションがあがっちまったのか? 年甲斐もなく」

 休日だろうと日課のバイク磨きはいつも通りやる。

 俺の心はいつも通り平静を保ったままだ。それに反して目の前のバイクはいつもよりややテンションが高い。

『待ちに待った休日ですね~!』

 エリーゼが付喪神になって今日で5日目、初めての週末だ。母さんと色々話して、今日は皆で出かける約束だ。前に話してたエリーゼの食器やら、ついでに必需品、収納家具とかを揃える予定だ。

 そういうわけなのか、昨夜からエリーゼはそわそわしていた。嬉しいけど、それを表に出さないようにしているいじらしい感じがなんとも微笑ましかった。

 妹やら娘を持つ人ってのは、こういう気持ちなんだろうなと改めて思う。

「うぅーん、いい天気です。絶好の外出日和」

 人型に戻ったエリーゼが大きく背伸びをして、晴天を見上げる。


「そうだ、渚さん。せっかくのいい天気ですので……」

 天使のような微笑を浮かべたまま、鈴の音のような可愛らしい声で俺の名を呼ぶ。

 その声音から本当に楽しくて仕方無いだろう事がひしひしと伝わってくる。はてさて、一体何を言われるのか。

「お買い物が終わったら、私に跨りませんか!」

「畜生発言すぎる!?」

 以前のやり取りで言葉の真意はわかってるんだが、突っ込まざるを得ない!

「ったく、誤解を招く言い方はやめてくれ……ご近所様からどんな目で見られる事か」

 いたいけな少女をおもちゃにした真性ゲスカス最低男と思われ、その後なんかのネット記事で異常性愛者逮捕とかいう小さい記事ができるわけだ。


「あと前にも言ったけど、俺はバイクが嫌いなんだ。悪いな……」

「渚さん……」

 どこか悲しそうに俯くエリーゼに、俺の信条とはいえ流石に申し訳ない気がしてくる。

「その代わりといっちゃあれだが、買い物にはついて行くからさ、色々見てこようぜ」

「はい!」

 そんなやり取りをしていると、どたどたとリビングの方から母さんが走ってきた。

「渚~、エリーゼちゃ~ん」


「朝から騒々しいな、何かあった?」

 エリーゼみたいにテンションがあがっちまったのか? 年甲斐もなく。

「3X才のくせに」

「渚? ぶっ殺すわよ?」

 我、沈黙せり。いつになっても男は母親には逆らえないものなのだ。

「申し訳ないんだけど、今日急に来客の予定ができちゃって……」

 母さんがこんな言い方をするって事は、簡単に予定変えられないっぽい人が来るんだな。

 それこそ友達レベルとかじゃなくて。


「そっか、じゃ買い物には行けないな。いいよ、俺とエリーゼの二人で行ってくるよ」

「本当にごめんね。エリーゼちゃんも」

「どうかお気になさらず。こうして汐里様、渚さんに気を使って頂けるだけで私は幸せです」

「ありがと。渚、しっかりエスコートするのよ」

「はいはいっと」

 言われなくても、不慣れな女の子一人放置したりはしないけどな。

「もう、マジメに返事しなさい」

「承知仕りましたぁぁぁっぁぁあああッ!」

「そういうのいいから」

 どうしろってんだ……。





「ちょっと失礼な物言いになるかもしれないけど、そういえばエリーゼは、この世界の常識とかってわかってるのか?」

 家では割と普通に過ごしてたから違和感なかったけど、外の世界の事とか人間の常識とか知ってるのかな。

「はい、あまり複雑な事はわかりませんが持ち主様と一緒に過ごすのに必要な知識はあります!」

 本当に付喪神は謎だな。見たことないものの知識についてもあるのか。

「という事は、バスの乗り方なんかも大丈夫だな」

「バスの存在は知っていますが乗り方はわかりません!」

「なるほど、そうきたか。まぁいいや、そんな難しいもんでもないし教えるよ」

 人間みたいにパーソナル端末のない付喪神は、何か登録とか色々あった気もするしな。

「私に跨れば、バスに乗る必要はないですよ!」

 ここぞとばかりに推してくるな……。確かに足回りとしては便利そうだけど、今の所は自転車で事足りてるし、あえて乗りたくないバイクを選ぶ理由も無し。


「さて、買い物はこんなもんでいいだろ。今日は車じゃないし、あんまり沢山も買えないしな」

 嵩張りそうな物とか持ち歩きたく無い割れ物は家に配達お願いしたし、ミッションコンプリートだな。

「せっかく遠出したし、飯食って少しくらい遊んでいくか」

 貰った分のお金には外食分も織り込み済みだろうし、何か食べてこないと勿体無いもんな。

「オシャレなランチに行ってもしょうがないからな、ファミリーレストランでいいだろ」





「おいしい……!」

 煮込みハンバーグを頬張るエリーゼが目を輝かせ、細かくカットしたハンバーグを次から次へと口に運んでいく。可愛い。和む。

「やっぱソースが違うのか、それとも肉のジューシーさなのかねぇ。なんか家で食べるハンバーグより美味しく感じるよな」

 はたまた供え付けの雰囲気補正か。

「家でも作れるのですか!」

 母さんにエリーゼの機嫌を取りたい時は夕飯をハンバーグにすればいいと教えておこう。


「あれ、渚?」

「ん? あぁ陽菜子と時計か。奇遇だな」

 ふいに横合いから話しかけられ、振り返ると見慣れた主従コンビの姿が目に入る。

「こんなとこで何して……って、えぇぇぇえ!? 渚が女の子とご飯食べてるぅぅっぅうう!」

『犯罪者、です!』

 めんどくさい事になりそうだ、色々と……。


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