第5話「今後あいつの半径10m以内には近寄らないでくださいです」

「なぁ、陽菜子 。お前の時計って飯食べる?」

 昼休み、自席で弁当を広げる幼馴染に声をかける。

 付喪神がいないご時勢にこんな質問してたら頭が湧いた奴扱い待ったなしだぜ。

「ご飯? たまーに一緒に食べるけど毎日は食べないかなぁ? お菓子とかはよく一緒に食べるけど」

「なるほど、付喪神は金食い虫……と」

『うっせーです!』

 奴の時計から何か叫びが聞こえるが、無視しておく。

「やーん、リディアちゃん可愛い~!」

 チビ時計の毒舌に反応して周りの女子がきゃいきゃいと騒ぐ。ったく、何がいいのやら。ドMか、こいつら。


「いいよなぁ、可愛い付喪神。俺も女の子の方が良かったぜ」

 ダチグループのとこに行くと、いつも一緒に飯を食ってる男がしみじみと呟く。

 さっきのやり取りと見ていて思う所があるみたいだけど、確かこいつにも付喪神がいたはずだ。

 ベース媒体はパソコン系の情報端末だったと思うけど。

「俺なんてよぉ……エロサイト見て一緒に興奮するような相方とか気まず過ぎるだろ……」

「そりゃ確かに……」

 パソコン系の付喪神ってすげぇ便利そうなイメージがあったけど、確かにプライベート筒抜けは嫌だな。

 というか、そういうサイトを 巡回してる姿を付喪神とはいえ、他人に見られるのは苦行すぎる。

 こいつ、今まで平然としてたがそんな修羅の道を歩んでたのか。


「皆が思うように確かに色々便利だけどなぁ、『我輩、もう少し熟れた娘の方が好みなのだが?』とか言い出すんだぜ!? 熟れてたらもう娘じゃねーっつーの!」

「お前の家のエロサイト閲覧事情を赤裸々に語られても困るんだが……」

 その語りもなかなかに渋そうだけど、俺ら年代の相棒になる付喪神 が熟女趣味ってのもキツイな……。

「俺はロリコンだから、ババアには興味ねーっつーのッ!」

 つい出てしまったその心からの絶叫にクラスは全員ドン引きとなった。

 熟女趣味じゃなくて、こいつの基準が吹っ飛んでただけかよ……。すまない、名も知らぬ付喪神君よ。

『死ね、異常性愛者』

 クラスの反対側、某ロリ時計から心底クズを見下す罵倒を頂戴した。

 教室内のそこかしこに『ありがたやー』と手を合わせる男子達がいる。女だけじゃなくて男もおかしいなこのクラス……。


「なぁ渚、俺天才的な事に気付いたかも」

「ん? 自分の異常性にようやく気付いたか? それともこのクラスのクレイジーっぷりか?」

「腕時計も、バンド繋げたらある意味穴だよな? しかもサイズ調節できる」

 想像を超えるクズ発言が飛び出してしまった。

『……陽菜子、今後あいつの半径10m以内には近寄らないでくださいです』

 ちなみにこの瞬間からこいつのクラスでのあだ名はクレッペ(クレイジー・マックス・ペドフィリアの略)になった。


「どうせなら俺も幼女の付喪神が良かったぜ。エロ動画見せて赤面させてぇわ」

 俺は何でこんな奴と同じグループにいるのだろうと心底疑問に思えてくる日だ。

 そもそもこいつこんな性格だったっけ!?

「はぁ、なんで付喪神ってほぼ同姓になるだろう。渚もそう思うだろ?」

「そうなのか?」

 クレッペの呟きに俺は違和感を覚える。

 男の俺に対してエリーゼは女だ。仮にあのバイクが俺のものじゃなく親父の物だったとしても、エリーゼが異性という事実は変わらない。

「自分に憑いた付喪神が異性になる確立は0.0001%以下の確立らしい。とりあえず定着したよくわからん学者の説をそのまま唱えると『付喪神は主に興味を抱き、影響を受け自我を持つ。その為、主人と同じ性別になる傾向が高い』だってさ。用は主人に似るんだとよ。ったく、どうせなら異性を宛がってくれればいいのにさ……」

「いやいや、待て待て。その理屈おかしくないか?」

 そして、俺の感性が見た目13歳くらいの少女と同じという事になるんだが。

「お前の付喪神はロリコンじゃないし、他の奴らもそんなに似てる気はしないぞ。根本的にその説怪しいだろ?」

「それがなぁ……俺とうちのパソコンだけで考えると、年齢以外の趣味については悔しい事にベストマッチしてんだよ。最後の一番大事な所がずれてるせいで、逆に喧嘩になるんだよ……」

「なるほどねぇ」

 これ以上詳しい話を掘り下げると、こいつから超何とも言えないエピソード聞くはめになりそうだな……。

 それにしても、付喪神って一般的には同性になるものなのか。全然知らなかった。




「というわけで、エリーゼは俺の付喪神じゃないと思うんだけど」

「どうしてそうなるんですか!?」

 学校で収拾してきた情報を統合して伝えたけど、我が家の付喪神様は納得できない御様子だ。

「じゃ、男なのか? オカマなのか!?」

 男の娘とかいう存在って本当にあるんだなぁ。

「ち、違いますッ! 私は女です!」

 夢想の存在を見れなくて残念なような、現実に安堵したような……。

「ま、細かい事はいいんだけど、学校でたまたまそういう話が出てさ」

「……私にとっては細かい事ではないんですが」

 そりゃ自分の性別だからな、無関心だったらびっくりだ。


「……渚さんは、私が男性だった方が良かったのですか?」

 妙に様子を探るような声音だけど、一体何を気にしているのか。そんなの決まっているだろうに。

「女の子で良かったに決まってるだろ」

「な、渚さん!」

「男だったら、エリーゼとかいう名前をつけて呼んでいた俺がキモすぎるからな……。記憶抹消しないとその後の一生過ごしていけないレベルの黒歴史だろ」

「そ、そうですか……」

 あとは恥ずかしくて言えないけど、生意気な弟分ができるよりは、可愛い女の子が家族に加わった方が単純に嬉しい。

「しかし、クレッペには紹介できないな……」

 家族を紹介できない(ぐらい気が触れた)奴を今後も友人として扱っていいのか、悩みどころだ。

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