第4話「流石にそれ犯罪だから!」
『……ん、渚さん、気持ちいいです、もっと、もっとお願いします……』
艶めかしい声が二人きりの空間に響く。
「…………」
幼さの残る音色ながらも、それでいて妙に色気のある艶、リズム、テンポ、呼吸、トーン、高さ、声量、それらが混じり合って生み出される声には蠱惑的な魅力があった。
『ぁ……んんぅ……そこぉ……』
殊更強く一撫ですると、より一層艶やかな声が上がる。
そして未成熟な少女にそんな声を出させているという事実に興奮……
「するかぁあ! なんだこの状況!?」
いや、なんだもくそもない。ただいつも通りマシンを”磨いている”だけだ。
決して熟練の技を駆使して、女の子の気持ちを昂ぶらせているわけじゃない。むしろその技術が……力が欲しいッ!
『はふぅ……あの、終わりですか?』
我が家に鎮座するバイクから、先ほどの嬌声と同じ声が響く。どことなく名残惜しそうな感じだ。
「やべぇな、すっかり忘れてた」
見た目はいつも通りだが……今はこのバイクに意志が宿っている。
あまりにも普段と同じように車庫に並んでたから、頭から昨日の出来事がすっぽり抜けてた。
『改めまして、おはようございます渚さん。今日もありがとうございました』
「おぉ、おはよう。っていうか、お前なぁ」
なんでそんな紛らわし……いや、バイクってみんな磨かれてる時こんな感じなのか?
『はい?』
エリーゼは俺が何を言おうとしたのかピンと来ていない様子だ。今はバイクの姿なのでわからないが、人化していたらそれこそ無垢な表情で小首を傾げているだろう。
そんな純粋純真な少女に向ってエロい声を出すななんて言えない。
純粋無垢っぽいエリーゼの声が、いかがわしく聞こえる俺の心が汚れているだけなのだ。そうに違いない。俺の心も洗車した方がいい。
「いや、なんでもない」
しかし、物が喋ってるというのは本当にシュールだ。
さて、色々あったとは言え日課は終わらせたし、そろそろ居間に戻るか。
とりあえず今日はこんな感じだったけど、明日からどうするかなぁ。
ある種俺にとって目覚めの精神統一みたいな感覚だったから、今日みたいな感じだと調子が狂いそうだ。
「では、渚さん。どうぞ」
いつの間にか人間の姿になったエリーゼは俺の腕をとって、そんな事を言う。
「どうぞ?」
どうぞとはどういう事だ。行っていいって事か?
「はい。体を隅々まで磨いていただいたので、次は本番……私に跨ってください……」
「いやいやいや、流石にそれ犯罪だから!」
見た目的に完全アウトだ。紳士たちに殺されてしまう。
「犯罪? あぁ、そういえば渚さん免許証をまだ取得していないんでしたね。残念ですが公道を走るのはまたの機会にしましょう」
跨るってそういう事かよ! まぁ確かにバイクだけどさ、言い方!
しかし、エリーゼには悪いけど……
「またの機会はない。バイクには乗らない」
「え?」
「俺はバイクが嫌いなんだ。悪い……」
「そんな……」
こればっかりは、譲れない。嫌いな物は嫌いなんだ。
バイクなんて、それこそ乗らなくても死ぬような物じゃない。しょせん趣味の乗り物だ。車みたいに複数人の移動や荷物の運搬に優れているわけじゃない。
排ガスの問題が解決して環境問題が改善されたとはいえ、それらのバイク古来よりの欠点が全て消えたわけじゃない。
しかも事故った時の危険は車の比じゃない。車ぐらい事故を起こしやすく、飛行機ぐらい事故が起きたときの危険が高い乗り物と言っても過言ではない。
それに……。
「親父もバイクに乗ってて死んだんだ……」
「渚さん……」
「付喪神も普通に飯食べるのか?」
朝食の席には、エリーゼも並んでいる。
さっきの出来事で気まずい思いをさせた負い目もあり、エリーゼへと話題を振る。
「はい。食事はいわば、心のエネルギーを補給しているようなものです。いっぽう、走る為の電気はあくまでバイクとして走る為のエネルギーです」
つまり、本来の物が必要とするエネルギーと付喪神として必要とするエネルギーは全くの別物だという事か。
昨日の夕飯は食べてなかった気がするから、正直食べなくても平気だと思ってた。我慢してたんだろうか。
今度陽菜子に、あの腕時計は家でどんな感じなのか聞いてみるか。やっぱ飯食ってるんかな。
「とはいえ、それほど沢山は食べなくても大丈夫です」
確かにエリーゼの食器は子供用の物だ。いくら少し幼い見た目とはいえ、流石にあそこまで子供っぽい器は不釣合いだな。
「私も昨晩ネットで調べたの。付喪神って量はあんまりいらないけど、ご飯を食べるって。それで今朝は誘ってみたの」
なるほど。付喪神化したら一家のエンゲル係数が上がると……。
そういえば、貧しい国では付喪神化の割合が低いらしい。こういうところにもその原因の一端があるんだろうか。
「そうだ、エリーゼちゃん。今日は一緒に食器とか買いに行きましょう。私その辺りの物あんまり気にしてなかったけど、やっぱり必要よね」
「いえ、そこまでしていただかなくても……。私のせいでいらぬ出費をさせては申し訳ないです。食器もこれがありますし」
ちなみにそう言ってエリーゼが掲げた食器は俺が子供の時に使っていた物だ。
「というか、なぜ我が家に子供用の食器が未だに残ってるんだ」
5歳くらいの時に使ってた奴だぞ? どこに眠ってたんだ、そんなもの。
「いつ渚に孫ができてもいいようにとっておいたの」
「いや、気が早すぎるし、そもそも仮に孫ができたら買いなおすから……」
本当にこいつは色々考えているんだろうか?
「渚さんの使っていた食器を私が……」
なぜお前はうっとりしている……。
こいつらを放置して学校に行ってしまって大丈夫だろうか。心配すぎるぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます