第3話「水崎家にようこそ!」

 緊急家族会議開催のお知らせ。

 議題  :少女Aについて

 開催場所:水崎家リビング

 日時  :ナウ


 つまり、今俺達は件の少女を交えリビングに集まっている。

 少女詰問会である。

 卑猥な本のタイトルになりそうな会議名である。

 女の子が不幸になりそうな系の!


 閑話休題。

 先ほどのやり取りの後、母さんの『まぁ立ち話もなんだから』とかいうマイペースな一言で玄関から移動したわけだが。

「えっと……」

 まず何を聞けば良いのやら。そもそも話の流れから議長は母さんでは?

 家長でもあるわけだし進行を任せられないものか。ちらりと母さんへとアイコンタクトを送ると

「……(ニコニコ」

 何か言えよ!?

 母さんが舵を切れ、と視線で合図を送る。流石親子という事でその意を汲んだらしい母さんが口を開く。

「本日はお日柄も良く~」

「スピーチか!」

「結婚式の」

「何のスピーチか聞いたんじゃねーよ! それにこれ家族会議だから! しかも開催したのあなた! なんで摩り替わってんの!?」

 見ろ、女の子がよくわからずにきょとんとしてんじゃねーか! 可愛いよ、チクショー!

「ったく、なんで知らない女の子の前で唐突な親子漫才演じなきゃいけねーんだ……」

「渚さん、姿形が変わったので混乱しているとは思いますが、どうか知らないなどと悲しい事は言わないで下さい」

「お、おう、すまん……」

 そうだそうだ、何を聞くにもまずはこれをはっきりさせなくては。なぜなら全ての核心となる事柄なのだから。


「改めて聞くけど、君は本当にあのバイクなんだね?」

 そう、これこそがこの会議において最も確認しておきたい事だ。母さんのすっ呆けとかはどうでもいい。

 あのバイク……とはもちろん我が家の車庫に置いてあった親父の形見の事だ。

「はい。ずっと、あなたにこうして直接気持ちを伝えられる日を待ち望んでいました 」

「本当の本当に?」

 俺は石橋を30回くらい叩いて、その後迂回して橋の向こうへ移動するくらいの臆びょ……慎重者だ。

「何なら今すぐに原形化しても」

「それはやめなさい」

 狭いし、汚れるし、確か重さも150kgくらいあったはずだ。床に変な負担がかからないとも限らない。

 いや、待てよ? そういえば今のこの子の体重ってまさか横綱級なのか? だとしたらやばいぞ。何かの拍子に突撃を食らいでもしたら、150kg×31馬力の力で潰れたトマトになる事は想像に難くない。

 ましてや幼女タックルなんてもってのほかだ。愛らしいその突撃をお腹に受けた瞬間、内臓がペシャンコになる事間違い無し。


「今更だけど、あなたお名前は何て言うの?」

 おっと、そういえば失念してた。名前がわからないと少女だの君だのとしか呼べないもんな。

 流石母さん、そこに気づくとは。しかしながら、まともな質問をするのが遅すぎたな。少なくとも目の前の女の子からはボケママとしか思われてないから。

「はい、型式ER-25ZR、車名は刃風250RRです。どちらで呼んでいただいても構いません」

 どっちも呼びにくい……。

 そして相変わらず 製造メーカーの迷ネーミングセンスの炸裂した車体ネームだ。

 ウィンドバイクの世界シェア上位である湊重工は、やたら風っぽい名前をつけたがる。ウィンドだからって風っぽくすればいいと思ってる企画・経営陣の安易な考えが見え透いてならない。

 自社のバイクに駆逐艦みたいな名前つけまくってるからな。

「それってバイクの名前でしょ? 私達で言うと、人間とか、そういう意味の。あなた自身の名前は?」

「すみません、明確に私そのものの識別呼称は今のところありません…… もしよろしければ、渚さんがつけてくれれば」

 女の子がじっと俺を見つめてくる。キラキラと何かを期待するかのような視線だ。

 ははっ、俺のネーミングセンスなめんなよ?

「車体名からとって、そのまま刃風でいいんじゃないか?」

 秘技『そのまま』。

 触れる物みな傷つけそうな名前だ……まるで2,3年前の俺(ブラックヒストリー)


「渚、それは流石にあんまり女の子らしくないから可愛そうよ。それに他のバイクと区別もできないし」

 確かにおよそ女の子らしくないおどろおどろしい名前だが、まぁ無いよりはマシだろ。

 なんて、安心したのもつかの間。一連のやり取りを見かねたのか少女がグイッと前のめりになり、俺を一撃で葬り去る一言を投下する。

「名付けて下さいと自分から申したところ恐縮ですが、できればエリーゼと名付けて頂けないでしょうか!」

「ひぇっ!」

 少女の発した単語を聞いた途端、背筋が凍りつく。

「以前、渚さんが私の事をそう呼んで、慈しむように撫でながら色々と話しかけてくれた事が……」

「うわぁあああ、はい俺死んだぁぁっぁぁぁぁあ、死んだからぁぁぁぁぁあ! いやぁぁあああ、やっはっはっはあぁぁああばばばばば」

 バイクに名前を付けて話しかけるという黒歴史を暴露され、行き場のない羞恥から思わず床をのた打ち回ってしまう!

「ちくしょう! 何もかも消えてしまえ! うおおぉぉおお!」


 数分後。

「母さん、こいつは間違いなくあのバイクだわ。俺は確信した」

 俺をここまで追い詰められる奴は他にいない。あの殺人時計の暴力にすら屈しなかった俺の鋼の精神を原子レベルまで粉々に粉砕した破壊力、間違いない。

 まぁ今はちゃんと乗り越えたけどね。偉い、褒めて。

「こいつじゃなくて、愛しのエリーゼちゃんでしょ」

「うわぁぁぁぁぁあああああああああ」

 せっかく再起したのに、このクソアマ!!!!!

 ちくしょう、ここは開き直るしかねぇ!

「確かにエリーゼって呼んだけど何か? 型式ER-25ZRのERZから何となく連想しただけなんだけど? 文句でも?」

「撫でながら話しかけてたの?」

「ごふっ!」

 このままじゃ実の親に殺される! 精神的に追い詰められて!


 更に数分後。

「さて、話を戻して……母さん」

 俺の精神も何とか安定してきたところで、場を仕切り直す意味を込めて母に視線を送る。

 ちなみにこの数分間は、とくぎ「わすれる」を習得したいと切に願う時間だったな。

「それじゃあ、あなたはこれからエリーゼちゃんよ。水崎家にようこそ!」

 どこか間延びした母さんの言葉に女の子が深く頷く。

「はい。どうぞよろしくお願い致します」

 こうして我が家に新たな家族が増える事となった。


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