第6話

「あの阿呆が、迂闊うかつな!」シービイが語気鋭く罵った。「近づきすぎて超低周波にやられたんだ!」

「は、早く助けに行かなきゃ!」ユッカがおろおろと叫ぶ。

「駄目よ! 下手に近づいたら、あなたも二の舞よ」

「防ぐ方法ないの?」

「超低周波は貫通力が大きいから、何メートルもの厚さの壁だってすり抜けるのよ」

「でも、あなたなら平気でしょ?」

「この図体ばかりでかくて、飛び道具も何もない〈リプリー〉で、何がやれるって言うの?」

「じゃ、どうするのよォ! あのままじゃアルビが死んじゃうよ!」

 ユッカはもう泣き出しそうだった。

「代わりはすぐに見つかる」

「え?」

「パイロットはアルビレオだけじゃないってこと」努めて素気なく、シービイは言った。「機械の修理と同じよ。パーツが壊れたら、新しいのと交換すればいい」

 ユッカは自分の世界にひびが入るのを感じた。「あ……あなたってそんな考えを……」

「蔑んでくれていいわ。〈アラニアーニーⅡ〉のメンテナンス担当として、私はこれ以上、損害を出したくない──人も機械も」

 ミユの叫びが二人の会話を中断した。「あれ見て!」

 砂の上に倒れ伏した〈ジレル〉に、〈サンドヴィラン〉が覆いかぶさろうとしていた。船首両側面の涙滴形の瘤が分離し、するすると伸びて、カニのハサミを思わせるマニピュレーターになる。三日月形のいかついオーバーサージ・ビルが、〈ジレル〉の左脚をがっしりとつかんだ。糸のように細いアーク放電が二本の爪の問にほとばしり、チタン合金の装甲を易々と切断してゆく。

「〈ジレル〉を料理する気よ!」

「行くわよ、ミユ! ごめん、シービイ!」

「待って! 無理よ!」

 シービイの制止する声も耳に入らず、ユッカはがむしゃらに目標に向かってダッシュしていった。〈ブリュンヒルデ〉の三〇ミリ・ビーム砲は宇宙空間用で、おまけに連続発射がきかない。この砂煙の中では、至近距離まで肉薄して、一撃で決めるしかない。

「ミユ! 射撃はまかせる!」

〈サンドヴィラン〉の巨体が迫った。死んでいた筈の対空砲塔がぐるりと回転し、こちらを見る。回避はできない。ビームは真正面にしか発射できないのだから。「いやあーっ!」ユッカはとっさに側面のバーニヤを噴射、機首を敵に向けたまま〈ブリュンヒルデ〉を横滑りさせる。ミユの前のディスプレイに、赤い〈TARGETーON〉の文字がちらちらと輝く。

 青白色のプラズマ・ビームが〈ブリュンヒルデ〉の背面からほとばしるのと、対空砲がオレンジ色の火を吐いたのは、ほとんど同時だった。二本の射線は空中で交錯した。一瞬の後、〈ブリュンヒルデ〉はすさまじい速さで潜砂艇の鼻先をかすめ、飛び去っていた。砲塔の回転が追いつかない。リフトエンジンの噴射が巻き上げた砂塵が、〈サンドヴィラン〉の前に目くらましの壁となって立ちはだかる。

〈ブリュンヒルデ〉は大きく旋回し、敵の背後に回り込んだ。〈ジレル〉を掴んでいたマニピュレーターは、根元の部分が黒く焦げ、肩口からだらりと垂れ下がっている。

「アルビ、聞こえる!? 今のうちよ! 早く逃げて! アルビーっ!」

 アルビレオは聞いていた。今の彼女には幼児ほどの知能もなく、混乱した世界の中で怯え、激痛に苦悶するばかりだったが、動物的な本能が逃げねばならないことを告げていた。夢と現実のせめぎ合う中で、体に叩きこまれた操縦テクニックが彼女の意志を離れて作用した。慄える指が計器盤の隅をまさぐり、緊急用ブースターのスィッチ・カバーを跳ね上げる。赤いボタンを力いっばい殴りつけと同時に、肘でのしかかるようにして、スロットル群をマキシマムまで押し出した。

 使用可能なすべてのノズルに点火し、〈ジレル〉はずるずると動きはじめた。だが、右半身が流砂にめりこでいるため、自由がきかない。でたらめに手足をばたつかせ、何とか起き上がろうとする。自分自身の噴射が巻き起こす猛烈な砂塵の嵐の中で、絶望的なあがきを繰り返す〈ジレル〉の姿は、ひどく痛々しかった。

 右脚のホバーシステムも咳こみ、停止した。インテークが砂を吸いこんだのだ。アルビレオは悲嗚をあげ、スロットルを乱暴に押したり引いたりした。

 ようやく流砂から這い出し、〈ジレル〉の体はふわりと宙に浮いた。バーニャの推力で上半身を支え、両足を引きずって移動してゆく。下手な人形使いの操るマリオネットのような、ぶざまな逃げ方だ。〈サンドヴィラン〉の対空砲は、〈ブリュンヒルデ〉がうまく牽制していた。

〈ジレル〉は五〇〇メートルほど離れた砂丘の蔭に転がりこんだ。超低周波の有害な影響圏は脱している。アルビレオの錯乱した脳裏に、ようやく正常な判断力が戻ってきた。頭痛が弱まり、理性を蝕んでいた霧が晴れてゆくにつれ、強烈な嘔吐感がこみ上げてくる。彼女は歯を食いしばり、必死にそれに耐えた。閉じたヘルメットの中で吐いたら窒息してしまう。

「あらら、どうしたの、アルビ?」シービイの楽しそうな声が耳許で響いた。「まだやる? それとも帰って寝る?」

「う、うるさい……うぶっ!」

「まったく、おっちょこちょいなんだから。あんたがドジ踏むおかげで、私が悪者にされちゃったじゃない」

「……え?」

「まあいい、そんなこと。今は信用を回復するのが先。お互いにね──どうする?」

「せ……接近戦用の武器が要る」アルビレオは激しくかぶりを振り、頑固な頭痛を意識から追い払った。吐き気はどうにか峠を越したらしいが、まだ目まいがする。「飛び道具じゃ埓があかない……近づいて、一気に勝負をつけるよりない」

「ジェットハルバードが用意してある。いいわね?」

「それで充分!」

「じゃ、出前いくわよ。それっ」

〈リプリー〉の腹部が開き、ライトスキマーが射出された。シンプルな三角形のリフティング・ボディ機で、本来は大型宇宙船に塔載されている使い捨ての脱出艇だが、自動操縦で飛ぶよう改造し、緊急時の荷物連搬用に使用している。

「受け取ったら、早いとこ戦列に復帰して。ユッカたちが無理してる」

「分かってる!」

 スキマーは紙飛行機のように軽やかに飛んできて、〈ジレル〉の足許に滑りこんだ。機体が二枚貝のようにぱっくりと開く。中にはジェットハルバードが分割された状態で収納されている。取り出して組み立てるのに、三〇秒もかからない。これもやはりシービイのガラクク趣味が生んだ傑作で、長さ一〇メートルほどの柄の先にノズルが付いており、数十万度のプラズマジェットによって敵を焼き切るという乱暴な武器だ。

 使用済みのスキマーは、そのまま簡易シールドに流用できる。ボロボロになった複合装甲シールドを捨て、代わりに左手に持つ。大気圏突入を考慮して表面に耐熱コーティングが施してあるので、少々の熱や衝撃には耐えられるのだ。

 問題はどうやって敵に近づくかだ。ホバーシステムが両方とも壊れたのは痛い。おまけに安定翼が四枚とも破損しているので、飛行もままならない。二〇トンの巨体が砂の上を二本足で走れる筈もない。もたもたしていたら、また低周波にやられてしまう。

 かん高い爆音を轟かせて、〈ブリュンヒルデ〉が近付いてきた。〈ジレル〉の前にふわりとホバリングして静止する。

「アルビ、乗って!」とユッカ。

「乗る?」

「サーフィンの要領よ。〈ブリュンヒルデ〉のリフトエンジンのパワーなら、〈ジレル〉の重量を支えられる」

 アルビレオはその突拍子もない案を、素早く頭の中で検討した。

「いまいましいけど……いいアイデアね」

「わーい、初めて誉めてもらった!」

「はしゃぐな! 直りかけてた頭痛がぶり返す」

〈ジレル〉は苦労して〈ブリュンヒルデ〉の背面に這い上がった。高G惑星上での活動も考慮に入れて設計された強力なリフトエンジンは、重量が倍になってもびくともしない。しかも安定性がきわめて優秀なので、アルビレオの運動神経をもってすれば、機上で立ち上がるのもさほど難しくなかった。言われてみれば、人間とサーフボードの比率にぴったりだ。

「急ぎましょ。シービイが敵を引きつけてくれてる」

「あいつが? どうやって?」

「見れば分かる──行くわよ!」

〈ブリュンヒルデ〉はメインエンジンのパワーを徐々に開放し、ゆっくりと空中を滑り出した。振り落とされないように、〈ジレル〉もスラスターを噴射する。見る間に速度が上がってゆく。〈ジレル〉一体だけの時より、よほど速い。

 砂丘の周囲を三分の一ほど回りみむと、前方に〈サンドヴィラン〉のシルエットが見えてきた。対空砲は頭上を飛び回るうるさい小物体の迎撃に懸命だ。全長一メートル半に満たない小型の白いジェット機だが、ひらひらと自由自在に飛ぶので、なかなか射ち落とせない。もう弾丸も尽きかけている筈だ。

「あんにゃろ、しゃれたことを……」アルビレオは下唇を噛んだ。「よーし、このまま突っこむ!」

「前が見えないよ、アルビ!」

〈ジレル〉が左手に持ったシールドを、〈ブリュンヒルデ〉のコクピットの前にかざしたのだ。逆に〈ジレル〉の頭部の前はがらあきになる。

「まっすぐに飛びゃいいの! あたしが指示する!」

 右手に持ったハルバードの柄の尻で、がつんと〈ブリュンヒルデ〉の側面を打った。安全ピンが飛び、ハルバードの先端からまばゆい紫色の炎が噴出する。それを小脇に抱えて疾駆する様は、まるで中世の槍騎士だ。

 砲塔がこちらを向いた。回避している余裕はない。当たらぬことに賭けて直進する。三〇ミリ成形炸薬弾の連打を真正面から浴び、簡易シールドは激しく火花を散らし、傷つき、はぜ、ひび割れ、穴があき、見る間にボロボロになってゆく。複合装甲ほど保たない。連続する爆発音と振動は〈ブリュンヒルデ〉にも伝わった。

「な、何!?」

「ひるむな、そのまま行け!」

 不意に対空砲が沈黙した。ついに弾丸が切れたらしい。武器の無くなった〈サンドヴィラン〉は、身悶えするかのように長い首をくねらせ、砂の中に沈みこんでゆく。

「逃がすかーっ!」

 敵は目前だった。〈ジレル〉はシールドの残骸を投げ捨てると、バーニヤを吹かしてジャンプした。〈サンドヴィラン〉の頭部を飛び越し、亀の甲羅を思わせる幅広い甲板の上に着地する。ハルバードを振りかざし、二基あるベンチレーターの一方に突き立てた。灼熱の死の刃は、分厚い鎧戸をバターのように切り裂き、内部機構にずぶずぶとめり込んでゆく。融けた金属がさくらんぼ色に輝き、裂け目から高圧の蒸気が噴き出す。

〈サンドヴィラン〉はなおも潜航しようともがいた。甲板を砂が洗い、〈ジレル〉の脚も急速に砂に埋もれてゆく。

 一瞬、青い閃光が〈ジレル〉をシルエットに変えたかと思うと、大地がエレベーターのように隆起し、砂漠を揺るがす大音響とともに、大量の砂塵と黒煙が天に向かって噴き上がった。沸き起こるすさまじい砂煙は、巨塔となってそそり立ち、〈ジレル〉のちっぽけな姿を覆い隠す。砂漠のど真ん中に突如として火山が出現したかのようだった。爆発音が長い尾を引いて轟く中で、ねじくれた金属片がばらばらと降って来る。

「アルビーツ!!!!!!」ユッカが絶叫する。

 空高く立ちのぽる砂煙の柱の中から、〈ジレル〉が飛び出してきた。砂埃と煤で薄汚れ、傷だらけである。バーニヤと緊急用ブースターを使って、ふわりと着地する。

「そんなに感嘆符いっばい並べなくたって聞こえるわよ」普段と同じ調子のアルビレオの声が通信機から流れる。

「良かったァ! 死んじゃったかと──」

「勝手に殺さないでよね」

「あいつは……死んだ?」

「機関をぶち抜いてやったからね──ずいぶん面倒な奴だったけど」

 上空を旋回していた白い小型ジェット機が、〈ジレル〉の傍に降下してきた。特殊プラスチックと形状記憶合金で構成された美しい流線形のボディが、流れるように変形する。背面の二基のエンジンが後方にひっくり返り、すらりと伸びた脚に変化すると同時に、大小四枚の華奢な翼が収縮し、体内に吸いこまれるように収納される。前翼カナードのあった位置からは、むき出しの細い腕が生えている。最後に頭部のコーンが開き、ライトグリーンの髪が風にひるがえった。

 一〇メートルの高さから落下したシービイは、着地の時にちょっとよろめき、尻餅をついた。起き上がって砂を払う。「……自分で飛ぶと燃料食うから嫌なのよね」

『どうやら片付いたようね。みんな、ご苫労さま』衛星軌道上からリズベスの泰然とした美声が降ってきた。『今回の成績は、まぁ一〇〇点ってところね』

「わ、ほんと!」ユッカの声が弾む。

『……四人合計してだけど』

「あらら。じゃ、ひとり二五点……」

『当然でしょ? たかがビジネス。いちいち親の仇みたいに熱くなってたら、とても長生きできないわよ』

「言えてる……」冷静さを取り戻したアルビレオは、自己嫌悪に陥った。“たかがビジネス”は、彼女の口癖なのだ。

「ほんと、商売っ気ぬきでよく働いてくれたこと。感動的だわ」がたがたになった〈ジレル〉を見上げて、シービイは絶望的に呟いた。「修理費、必要経費で落とせるかなあ……」

「あれェ? 変だよ」とミユ。

「何よ」

「まだ何か動いてる」

「エーッ!?」

 一同は爆発の跡を振り返った。薄れかけた砂煙の中で、黒い影が苦しげにうごめいていた。毒蛇の鎌首のようなものが、右に左にゆっくりと揺れている。

「うそ!? まだ生きてる……!」

「いえ」体内に内蔵された通信器を通して、シービイは言った「とどめを刺す必要はないわ。こいつはもうおしまいよ……」

 砂煙は急速に薄れてゆき、〈サンドヴィラン〉の見る影もない姿を、赤紫色の夕空の下にさらけ出した。爆発によって穿たれた浅いクレーターの底に横たわる船体は、右半分が吹き飛び、無残に焼け焦げ、めくれあがった断面から、汚らしい煤煙を吐いている。ひしゃげたパイプやシリンダーが露出し、まるで臓物のようだ。左側のオールも一本が折れ、他の三本が耳時りな軋みをたてながら、しきに砂を引っ掻き、この蟻地獄から這い上がろうともがいている。無論、超低周波が停止してしまった今、船体は一センチと動けるわけがない。航法系も戦闘中枢も破壊されてしまった筈だから、原始的な自己保存プログラムに従って盲目的に動いているだけだろう。

 長い首が空中でゆるやかにのたうった。少しでも遠くへ行こうとするかのように、船首を西の地平線の彼方へ差しのべる。沈みゆく夕陽の最後のひとかけが、ゆらめきながら消えてゆく。偽ついたカメラ・アイは、それを見ただろうか。

 やがて動力が停止したらしく、首ががくりと垂れ、動かなくなった。熱いオイルがひとすじ、地表にしたたり落ち、乾いた砂に吸いこまれてゆく。

「お前、よくやったよ。機械にしてはさ……」アルビレオは呟いた。

 黄昏の深まってゆく空には、地上の出来事など何も知らぬかのうに、星がきらめきはじめていた。砂漠の長く冷たい夜が、死んだマシーンを静かに押し包んでいった。

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〔スターエンジェル〕 砂の魔王 山本弘 @hirorin015

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