第7話反撃。そして真相
闇に囚われて溺れ、由宇樹は喘ぐ。紗由理と迅音の優しい手や声が、執拗に彼を責め苛む。
「ずっと自分を責めてていいんだよ」
「絶望に逃げ込んでいれば、もう何もしなくて良いから」
どこまでも優しく、由宇樹を閉じこめる。 未来を考えるのが苦痛だと、誰が理解できるのか。深く傷を負った精神には、希望のほうが重荷なのだ。迅音が呻く。
「これから人生が何十年もあるなんて、無理だ……!」
「ほんと、無理だっちゃ……」
とてもそれを生き抜くパワーなど無いと、迅音と紗由理が重々しく告げる。期待や希望が重過ぎると、由宇樹の心が軋む。甘美な何かが、ねっとりと彼の首に巻きつく。
“ズット……何モカモ忘レテ……”
けれど甘美な絶望の胎内で、由宇樹はもがきだす。
「……こんなの、ちがう……重いんなら、みんなで……」
『みんなで背負ったらいいっちゃ……!』
巻きつき、締め上げる何かが弾け散る。由宇樹を包み込んでいた闇も、光に弾けて消えてゆく。
勢いをつけて立ち上がった由宇樹は、崩れた迅音達の偽物を踏みつけた。
「なーにバカばり語ってんだ? コラァっ!」
ぐずぐずになった悪意の塊を、由宇樹は蹴りあげた。蹴り飛ばされた先には、川堀がいる。由宇樹は彼へ怒鳴った。
「あんだが! あんだが今まで、嫌がらせしてきて!」
川堀は笑みを絶やさない。
「結果的にはお前の望みが叶うんだ。お前の絶望を喰らって、あれを出せた」
笑う川堀が示した先に、白々と視界が開ける。そこには海上を走る白い壁があった。遥か遠くまで続くそれは、巨大な津波である。
川堀の胸ぐらを掴み、由宇樹は再度怒鳴った。
「あんなめちゃくちゃな津波っ! 大丈夫だったどごもみんな沈むべっ!」
「ああ、内陸部も沈めて、さらに絶望を増やす。みんな絶望したら、そんな歴史は変えるのが正義になる」
「正義って……なにバカなこと言ってんだっ!」
まだ川堀は笑っている。犠牲者が増えれば、未来に絶望する者がまた増えるだろう。その絶望を糧とし、川堀は力を得ているのだ。不当に得た力で、また多数の由宇樹のような自覚なき力を持つ子供をいたぶり絶望させ、あの巨大な津波が来ない歴史に作り変えるつもりであろう。
彼の胸ぐらを掴み上げ、由宇樹は吼える。
「今すぐあれば止めろっ!」
「止めないぞ。止めようにも、もう俺にも止められん」
爽やかな笑みを返す川堀に、由宇樹は戦慄する。彼はさも得意げに嘯く。
「あらゆる時代のあらゆる津波映像を繋ぎ合わせて、お前とあの子と、『サプリ』のステラ・アンジェリカ反応炉の力で現出させた……誰にも止められん!」
耳まで裂けるように大口を開け、川堀が大笑いする。狂気を帯びた彼を突き放し、由宇樹はよろけて息を吐く。
「なん、で、そんなっ……まなくちゃんや画魂が、どんな目に遭ってっか……知らねで……」
歴史に介入するには細心の注意が必要で、大きすぎる変更は次元自体を破壊する危険があると聞かされている。だから「事象のコンフリクト」の原因となったまなく達は、次元の修復作用に伴って現れた乱気流により、惨たらしいまでの「秩序の破壊者への報復」を受けたのだ。それも川堀は意に介さないのかと、由宇樹は暗澹たる気分に見舞われる。
哄笑する川堀は、やがて黒々と闇に包まれてゆく。
「俺はどうなったっていい……あの津波さえ止められたら……あいつを助けられたら!」
悲痛な叫びに、由宇樹は息を飲む。川堀にも、どうにもできない深い悔いがあるのだ。激しい痛みに由宇樹は共鳴してしまう。けれど、うつむいていた由宇樹は手を握り込む。
「だがらって、他のみんなさもまた怖い思いさせんの、絶対に許さんねぇっ!」
津波を止めるには川堀を止めなければと、由宇樹は再び飛びかかって行く。しかし闇に同化した川堀は、掴みどころが無くなっている。闇の中で暴れもがき、由宇樹は冷たい水に溺れている自分に気づく。
「がっ……ごほっ……か、監督……あんだの大切なひとっ……こんなの、喜ばね……」
気道が水で塞がり、由宇樹は意識を手放す。
ふわりと、邪悪にくすぶる闇に寄り添う白い影が浮かぶ。花弁のような影は、闇に沈みゆく彼を必死に抱き止めようとする。
溺れた由宇樹の心に、白い影――川堀の恋人の記憶が流れ込んできた。
介護師らしい水色のジャージ姿の女性が、車椅子を捨てて老人を背負う。彼女は海岸近くにあった農林園芸センターの管理棟である、小さなビルの階段を必死に登って行った。けれど津波は、嘲笑うかのごとく静かにひたひたと迫ってくる。無情に、容赦なく。そうしてヘドロを含んだ大量の水は、彼女の足を捉えた。なんとか振り切って登るが、冷たい海水はとめどなく流れ込み、彼女達を追いあげる。老人が自分を置いていけと叫んだ。彼女は「絶対に助かる」と、諦めず階段を登り続ける。津波は無造作に彼女達をビルごと呑み込んで、さらに内陸へと向かっていった。
“ソシテ、ソノ爺サンダケガ、助カッタ……ナノニソイツモ結局、数週間経タズニ死ンダ……ナンノタメニ、アイツハ死ンダンダ……”
哀しみで、由宇樹は胸が張り裂けそうに思える。
「だから、あんたは……」
危うく川堀の悲痛に呑まれそうな由宇樹だったが、水色のジャージの女性が頭を振ってとどめた。息も絶え絶えの由宇樹の頬に、幻の彼女が手を伸ばす。
『あの人も、あの津波も止めよう! 私は後悔なんかしてないから』
触れられたあたりから温もりが拡がる。由宇樹の呼吸器を蹂躙していた幻の水が、一瞬で彼の体内から消えた。蠢く川堀の闇が呻吟しながら大きく膨らみ、やがて風船のごとく割れて絶叫とともに霧になって消え去る。
「えっ」
戸惑う由宇樹を、突如自転車で現れた別の人影が遠慮なく蹴った。闇から弾き飛ばされ、由宇樹は地に転がされる。
「ってぇな! 誰だっ?」
「は? ぼーっとしてんのがわりいんだよ!」
「大丈夫け? ゆうちゃん」
自転車から降りた迅音が会心の笑みで鼻の下を拭い、紗由理が手をさしのべてくれた。大地に座って呆然とする由宇樹は、だんだんと眼前が滲むのを感じる。
「なに、おめら……またニセモンか」
「ニセモンな訳ねーだろ。もう一発、蹴ってけっか? ああ?」
「ダーメだってぇ、ゆうちゃん繊細だから壊れっぺした」
ころころと笑う紗由理の手を掴み、由宇樹は泣きながら笑う。
「あ~! やっぱこれがおめらだな」
泣いていないふりの迅音が、由宇樹の肩や背中をばんばん叩く。由宇樹は反撃しようとしたが、呼ばわる声に振り返った。
「姉ちゃんが呼ばってる!」
「おう、ずっと呼ばってたぜ。お姉ちゃんも、おばちゃんもおんつぁんらも」
家族が呼んでいたのを、由宇樹はやっと受け止めた。
「ずーっと、おれだけが苦しいって思ってた」
川堀の闇が消え去った後には、不思議な光景が拡がっていく。透き通った湖の底に、そよぐ不思議な植物の群れがあった。綺麗な湖へ足を踏み入れ、由宇樹は水中の植物に触れる。触れたとたん、由宇樹の瞳が輝く。
「これっ! 津波で力発揮したってやつっ! これでまなくちゃん、躯作れっから!」
そこに群生していたのは「ツヅノマナク」。瀬織津地区の固有種であり、養分の枯れた土に生え、大地を緑化させる奇跡の植物である。それをミネラル分を含んだ水中で育成すれば反物質エネルギーを抽出すると、津波を被っても生き伸びた老植物学者が提唱したとの噂があった。その件はすぐにデマだと否定されたが、それは実用化されていたのである。
川堀の恋人の記憶が、由宇樹に流れ込んでいるのだ。
***
海水に飲み込まれた彼女と老人は、瓦礫と化したビルの下に埋もれてしまっていた。大量のヘドロを飲んでしまった彼女は既に絶命していたが、運よく気絶して泥を飲まずにいた老人を見下ろす自分に気づく。
(なんとかしなきゃ。この人だけでも、誰か助けてあげて)
霊となった彼女はひたすら手を合わせる。そうするしかどうにもできない。
猛烈な勢いで引いていく津波が大量の瓦礫を蠢かせた。折り重なる瓦礫に、二人ともいよいよ押し潰されようとしている。すると彼女の祈りに呼応するかのごとく、老人と彼女の下にあった何かが爆発的に輝きだした。それは農林園芸センターで栽培されていた「ツヅノマナク」で、海水に浸かって反物質を抽出し始めたのである。そして抽出された膨大なエネルギーは、彼女達を押し潰そうとする瓦礫の山を一瞬で吹き飛ばした。
海水ごと吹き上げられて、亡くなったはずのジャージ姿の女性はやわく微笑む。彼女に抱かれた老人が息を吹き返したのだから。こうして水面に漂う彼女と老人は、数十分後に貴雷グループのヘリコプターに発見・救出されたのである。
***
由宇樹の目の端から水滴が零れる。
(あのおずんつぁん、こうやって助かったんだっちゃ)
救出された老人は、あのイグネの周りで「ツヅノマナク」を調査していた彼であった。死の床で語った彼の提唱を受け、貴雷グループによって「SAPRI」が建設されていくのも見える。由宇樹は同じような奇跡が、必ず起きると信じて祈りをこめた。
「SAPRI」のスポンサーである貴雷の母は、米軍のジェット機を借り、研究施設駆けつけている。その施設内で暴走し始めた反応炉への対応にあたるセンター長へ、すべて任せると宣言した。そして密やかなべらんめえ口調で、彼女は傍らのセンター長へ伝える。
「なんだか知らないけど、こいつが暴走すんの止めたら、あの津波がなんとかなる気がしてさ」
「非科学的にもほどがあるけど、私もそう思っています」
頷く貴雷の母に見送られ、妙齢の女性であるセンター長が、数人の研究員達と足早に反応炉のある棟へ向かった。
モニターの一部が妙な光を放つ。貴雷の母はそれを覗きこみ、唖然とする。鏡のような湖と星が飛び交う林の幻想的な映像は、反応炉の内部の光景らしいから。そこでは、ハーフパンツ姿のメガネの少年が湖水に胸まで浸かり、翼のように両腕を拡げ、瞑目して天を仰いでいた。その頭上で、長い髪の天使めいた光が鼓動するように揺らめく。呆然と、貴雷の母はその「儀式」に見入る。
「あのコらって、天使なんかな」
壮年女性はロマンティックな物言いをしてから、周辺の人々を避難タワーやサプリワールドへ避難させるべく防災拠点施設へ向かった。研究員達は黙々と、非常事態に対応する。
誰にも感知されない画面の中で、花咲くように「ツヅノマナク」が数多の光珠を産み出す。光珠はエネルギーの塊。水中でのみ分泌される粘液は、ミクロの反物質を内包している。それが正物質と反応し、凄まじいエネルギーが生じるのだ。それをホタルの光のように、粘液が巧みにまとめて空間に放つ。由宇樹は懸命に祈る。
「まなくちゃんの躯と画魂の目ん玉を再生してくれ。そして津波、止めてえんだ。『ツヅノマナク』さん達、力貸してくれっ!」
由宇樹の祈りに応え、蛍火のごとき光珠が凄まじい勢いで湖の中心に集まった。 ぱちぱちと牛のまなくが瞬きすれば、翠の瞳が消えて元の目に戻る。翠の双眸は湖水に現れ、それへ光珠が凄まじい勢いで集中した。光が花の蕾を象る。蕾は幾層にも重なる花弁を開いていき、芯から輝く少女が現れた。ギリシャ神話の女神のようなローブを纏い、少女は長い髪をふわりと拡げ、優雅に両腕を掲げる。
「ふわぁ」
気を張っていた由宇樹が、ガクガクとへたった。
「いぎなり大欠伸はねぇべ~」
「てへっ」
舌を出して見せるまなくに、迅音が顔を赤らめ、紗由理にどつかれる。それに突っ込みを入れる暇もなく、姉の呼びかけに由宇樹は応答せざるを得ない。
「まなくちゃんもおれも大丈夫だからぁ、出力漏れ止まった?」
「まだだよ! 穴まだ塞がんねぇ?」
由宇樹はいつもの制服のまなくを見るが、彼女は両腕で大きく×を作る。
「反応炉のパイプの一個な、まぁだ川堀さんさ取り込まれてんだ」
一同は大きくため息を吐いた。雲散霧消して見えた川堀が、未だエネルギーを吸い取り、津波が衰えぬよう図っている。その事実が哀しく恐ろしい。
ざばざばと湖からあがり、由宇樹は服を絞る。
「ともかく、こっから出て画魂と合流すっぺし」
「んだな。話はそれがらだで」
由宇樹は迅音達へ向き直り頭を下げた。
「ごめんな。今は忙しくって、おめらさゆっくり謝ってらんね」
「おう、気ぃ使うなよ」
「早くあばいん! あたしらみでなの、増やしたらダメだ!」
相変わらず厳しい紗由理に笑いがこみ上げてくる。だが奇妙な人々は右往左往し、薄暗い空はまなくの力を拒絶し跳ね返すばかりであった。何度も飛び立っては大地に転がるまなくを助け起こし、由宇樹は脱出方法を考えあぐねている。
逡巡する彼の傍らで、水が吹き上がった。綺麗な水の膜が何者かを象る。それは水色のジャージ姿の斎藤で、思わず由宇樹は後ずさった。しかしまなくが彼をとどめる。
「この人、おら達の上司さんなんだ。川堀さんばあぶりだすために、ゆうちゃんまで騙して、ごめんなんし」
「えっ……あ、そう、か。そうなんだ」
川堀が真犯人なら、確かに斎藤は犯人ではない。しかし疑問はまだある。由宇樹は斎藤を見据えて尋ねた。
「あの絵のこと……」
ゆらり、また川堀の恋人が、斎藤に重なって見える。
『あの人……盗聴器で、絵のこと聞いてたの。そしてあの気持ち悪い彫像に、噂する生徒のふりさせて……本当にごめんなさい』
謝罪する彼女を、斎藤がやわく抱いてなだめる。ばつが悪くて、由宇樹はへたりそうになった。だが踏ん張り、斎藤へ深々と頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! おれこそ、確かめないでめっちゃあんたば恨んで」
「ありがとね。由宇樹くん、早くここから出よ!」
斎藤が右腕を閃かせた。すると清らかな水が沸き起こって翼の形をとる。発光する水の翼は、皆を包み込んで幻の湖から消え失せた。「ツヅノマナク」は、天の川を描くように、光珠を大量に生み出して揺らめく。
突如、ひらりと由宇樹の視界が開けた。360度のパノラマで海が見える。おののき飛びのこうとするが、まなくに抱っこされている状態を認識し、顔を赤らめた由宇樹はしんなりする。
「ここ、どこ?」
『現在の太平洋上、金華山沖だ』
「えっ……うわぁっ!」
眼下の巨大津波もようやく認識し、由宇樹は息を飲む。どこからか降ってきた声は画魂で、少年は力が抜けた。しかし激しく悔しくて、由宇樹は毒づいてしまう。
「なんだよ? 悠長なご出勤だな」
『すまねえ。かわいこちゃん達が放してくんなくてよ』
「キャラに合わねぇ設定ばつげてねえで、はえぐ来いでば、ほでなすが! おらまだ飛ぶ力、回復してねえんだで!」
ふわふわしていた由宇樹のうなじに鳥肌が立つ。ゆっくりと下方へ視点が移る。
「斎藤さんの力、あとちょこっと……時間切れだっちゃあぁぁぁっ!」
急速に落下しながらまなくが吼える。由宇樹もとにかく叫ぶ。
「なんでもいーから! 早く来い! 来てくださいぃっ!」
まっさかさまに太平洋へ二人は落ちてゆく。洋上では白い壁がひた走っている。覚悟した由宇樹はぼうっと彼方を見た。
開けた景色の彼方に黒い点が浮かんだ。それは凄まじい速度で迫る大鷲で、画魂がその背で白いマントを閃かせ界筆を構える。それが一閃すれば、まなくが光に包まれた。眩い光茫が翼持つまなくの姿を結び、彼女は伸びやかに羽ばたいて大空を飛ぶ。 華やかに羽根と光を散らし、まなくは抱っこした由宇樹へ微笑みかけた。由宇樹がにやけていると、けっこうな勢いで襟首を掴まれ、彼は大鷲の背に引き上げられた。
「ケガねえか?」
真剣な瞳で画魂が見てくるから、由宇樹はフンと鼻を鳴らして顔を背ける。優雅に飛んでいたまなくが、由宇樹を庇うように立ちはだかった。片眉を上げ、画魂がまなくをからかう。
「牛でも可愛かったぜ!」
「やがます! おめもなってみれ! めちゃくちゃ腹減っから!」
「そこかよ!」
きょうだい喧嘩が始まるのを笑っていたが、眼下に拡がる海が白い牙を立てるのを改めて見、由宇樹が蒼白になる。
「この津波、何千キロ続いてんだよ……」
太平洋の端から端まで続く大津波は、勢力をまったく衰えさせずに日本へ向かっている。その高さも、蔵王連峰を軽々と超えているようだ。大鷲を駆ってギガ津波をくぐり抜け、虹を背負った画魂が低く呟く。
「こんくれぇ、必ず消してやんぜ」
「どうやってだ? あの沖浦浪はもうしばらく使えねえんだろ?」
以前に現出させた主題達は、一ヶ月はマヨイガで休ませないと、色褪せて消えてしまうと聞いている。心許ない表情で窺う由宇樹に、画魂は屈託の無い笑みで応えた。
「もっと新鮮で力強い、すげえ画聖さんらがこの地にはたぁくさんいてなぁ!」
得意げな画魂が界筆を掲げ、雷雲を呼ぶ。沸き起こる無数の雷を界筆に集めた火焔土器頭が、恐ろしいほどの気合いを込め、空間へ一気に描き上げた。虚空にいくつもの画用紙が浮かび上がり、それぞれが星のように輝く。
浮かんだ画用紙群を眺め、由宇樹は目をむいた。
「これって、子供達の絵じゃね?」
拙いが一生懸命に描かれた絵は皆、市が開催した減災のためのアイディアコンクールに応募されたもの。「つなみのいきおいをへらすはばたくぼうちょうてい」や、「津波に津波をぶつける波起こしマシン」などが次々と実体化した。三次元に現出したそれらは巨大津波に果敢に立ち向かい、確実に波の力を削いでいく。由宇樹は目を輝かせ、その勇姿を見つめた。
「すんごくかっこいいなぁ」
ひらりと大鷲から飛び立ち、画魂が界刃で津波の一部を一撫でして消した。そして彼が落ち行く先へ、大鷲がふわりと構えて受け止める。
木の葉のごとく津波に巻き込まれていた巨大タンカーが、切り裂かれた水の蹂躙から解放され、安全な太平洋上をすいすい進む。仮設住宅で祈り見守っていた住人達が、喝采する。
「あの金髪のあんちゃん、すんげえな!」
「一緒さいんの、あんだのお孫さんでねが?」
「んだ! ゆうちゃんだぁ!」
涙を拭う老婆の傍らで、少女の幻が微笑む。
海上では、画魂の「蛮行」にまなくは手を叩いて喜ぶが、由宇樹はジェットコースター的な動きにくらくらしていた。
「おらもやっぺ!」
ばさりと翼を出して飛び上がったまなくが、華麗に羽ばたいて風と雲と虹を奏でる。由宇樹は呆然と聞き入った。
「『展覧会の絵』だ……!」
子供達の作品を飾り、空間が荘厳に爪弾かれる。
日本海側のあちこちでは、海の上で踊る輝く女性の姿が目撃されていた。「美しく青きドナウ」にのって、海の大牙の上を軽やかに舞うのは、斎藤と名乗っている女性で。バレエともスケートともつかないが、優雅で大胆な舞いに沿岸部の人々は見惚れていた。躯に纏いつかせた羽衣を振って、斎藤――瀬織津は幾人にも分かれ、ギガ津波を打ち返し消してゆく。舞いながら斎藤は毒づいた。
「もう! 画魂くん達ってば、こっち側のこと、忘れてるでしょっ」
『オレぁ、そっちのこともあんたに任せたんだって』
「だから『あんた』ってゆーな!」
笑いながらもキレた斎藤は、テレパスで応えてきた画魂をぶん殴る勢いで、ギガ津波を打ち砕く。鮮やかなダンスと演奏に、避難タワーの人々は拍手していた。
津波避難タワーのゴージャスな休憩室でテレビ中継を眺め、由宇樹の母達が避難してきた人々とともに手を叩いて応援する。その中には、サプリ反対運動のために祭へ来ていた者達も多数いた。彼らは彼らが助けた老人達により、強引に連れてこられている。皆、いさかいなどどうでもよくなり、テレビ画面へ怒鳴っていた。
「行けぇ! そこだあっ!」
巨大な画面内で、津波を横切って大鷲が滑空する。それが羽ばたくたび、さまざまな形の堤防が広い海に現れた。そして津波の勢いをそれぞれに削いでいく。手に汗握り、由宇樹の母も叫ぶ。
「あー! そっつでねえでば! こっつ! よーし」
「そーだ、こっつさこ!」
「あれ、あたしがかいたんだってば。いっけえ~! つなみかえしウイング~!」 一緒に避難中の子供達も年寄り連も、興奮して声援を送っている。由宇樹の同級生達が、「モルダウ」を合唱しだした。怪訝な表情の大人達へ、由宇樹の母が解説する。
「あれね、前にプールさ嘘の津波がきたとき、みんなで歌って、助かったんだって」
「そうっすよ! 俺達あの火焔土器頭ば、歌で助けたんだ!」
少年少女達にならい、由宇樹の母も、他の大人達も歌い始めた盛大な合唱の風景は、通信機器の付喪神達によって全国へ流される。都市のビル壁のモニター前で、歌詞を知る者も知らぬ者も立ち止まって歌いだす。「モルダウ」を知らない人々は、それぞれに懐かしい歌、好きな歌を歌った。
まなくはおのおの歌う人々のため、何人にも変化して伴奏をつける。得意の民謡を歌う紗由理に付き添われた老女も、朗らかに声をあげた。山や川、田畑で、工場で会社で、作業にいそしむ者達も。議事堂内で次々に指示を出していた貴雷議員も、「SAPRI」に戻ったゆりあも、研究員達も各自で好きな歌を口ずさむ。
一人では動けない人々を運び誘導しながら、貴雷も日日も、松代も他のサッカー少年達も歌う。偶然に貴雷と日日が歌う歌がかぶった。それは気球に乗って雲を飛び超え、星座の世界までも、どこまでも行こうという内容の歌。貴雷が歌いながら思う。
(オレも絶対スペイン行くから、待ってな)
「望むところだよ」
歌うのを一旦止めた日日が微笑んで応え、貴雷が目をむく。大鷲が高く鳴いた。
彼らの頭上には、羽ばたく大鷲と津波に抗う防潮堤が映っている。人々の歌声は数多の光珠となって、太平洋上に集結してゆく。そして光の波を作り、壮大な防潮堤となって津波を打ち消した。それでもまだ頭をもたげ続ける白いモンスターへ、光の大波が衝突し砕いてゆく。
太平洋上と日本海上に木霊する音楽は、パッヘルベルの「カノン」に変わっている。「カノン」にのって光の波が現れ、次々にギガ津波を飲み込んでは消える。巨大津波はどんどん打ち砕かれてゆき、ついにはすべてが消え去った。人々は歓声をあげ、拍手して讃えあう。
喝采が起きる避難タワーで拍手し、由宇樹の母は涙を拭う。
散らばる光芒をてのひらに集めて瞑目してから、画魂が界筆を収める。テレビ局の中継用のヘリコプターの群れへ騎士の礼をし、大鷲の上で彼はマントを閃かせた。実体化した主題達がすべて吸い込まれ、画魂は再びゆるく礼をする。
「描いてくれたみんな、歌ってくれたみんな、ありがとな」
列島が感嘆の吐息に包まれた気がして、由宇樹は肩をすくめた。まなくが「かっこつけんでねえ」と画魂の後頭部をどつき、大鷲が身を翻す。まだ存在する「スタチュー」の気配を追うのだ。
乾いた明るさに照らされた独身寮の一室で、男が輸送業者の制服に着替えている。その男――川堀は、まだ諦めてはいない。巨大津波があっさり消滅させられたとは言え、まだ彼には手持ちのカードがある。
「この町そのものが人質だ」
最早彼にとっては、由宇樹が大切にするものすべてを、破壊することが目的となっていた。
川堀の手には起爆スイッチ――ずっと以前に反対運動の連中を煽って「SAPRI」へ侵入させた際、バイオマス発電ドームを騙る「ツヅノマナク」栽培用のドームから、盗んでおいた根付きの「ツヅノマナク」が一株ある。異界に取り込んだ一部のパイプへ、これを使って現出させた反物質を吹き込めば、「誘爆」を起こし反応炉が爆発するはず。晴れた午後の陽射しを浴びた総合病院近くの自室で、彼は「ツヅノマナク」を入れた業務用アイスボックスを手に立ち上がる。棚にある恋人の写真立てが倒れても、川堀は振り向かなかった。
総合病院の裏手の出入口から、川堀はコンビニへの配送と偽って入りこむ。院内のコンビニへアイスを届けるふりで、彼はアイスボックスを抱えて業務用の階段を登って行く。
川堀の恋人が助けた老人は、この病院で亡くなっている。
(慶子が助けた人を助けられない病院……こんな役立たず、要らんだろ)
由宇樹をエネルギー源に選んだのは、彼自身無自覚な霊的能力だけではない。荊王と名乗る時間を超えた邪悪な存在に、「種」として勧められたのでもなく。
(織朔の父親が、その爺さんを治せず、最後を看取ったからだ)
逆恨みだと誰かが小さく囁く。けれど川堀はそれを無視し、あくまで機械的に行動する。内科の病棟に出て、回廊をわき目もふらず歩く。看護師が少ない時間帯なのか、幸い誰にも見咎められない。
目的の場所は、由宇樹が救ったはずの昏睡状態の少女の病室である。
メンタルトレーニングしていたとおり、川堀は迷い無く病室へたどり着いた。川堀はそっと引き戸を開け、するりと室内へ滑り込む。チューブをつけられた少女は微動だにせず、生きているのか死んでいるのかも分からない。
低く息を吐き、川堀はアイスボックスを開いた。中には厳重に特殊なケースに入れられた、小さな薄緑色の花を咲かせる植物と土を入れた水槽である。空気中なら安全だが、塩分を含んだ水中に投じて数分後、異次元からの反物質の抽出を開始するという。川堀は備え付けの簡易洗面所で水槽を水で満たした。食塩を投じる作業をしながら川堀は思う。
(君が悪い訳じゃない。ただ君は、今まで運が良過ぎたからな)
凄惨な笑みを浮かべ、川堀はてきぱきと準備を整えた。この少女の病室を、「スタチュー」の力を使い、異界に取り込んだパイプで反応炉と繋げて火種とする。水で満ちた水槽の土に、プラスチックケースの中身を無造作に突っ込んだ。驚異的な土壌への影響力を持つテラフォーミング植物・「ツヅノマナク」は、あっという間に地中に根を張る。そして自身が水中にあると認識すると粘液を分泌して膜で自らを覆い、どうやってか異界へリンクして反物質の抽出を行うのだ。見守る川堀は憮然としている。
(こんな驚異的な植物が、なんで今まで見落とされていた? 怠慢か、偏見による隠蔽か)
日本にエネルギー資源など存在しない、政治的にも輸入してしかるべきという権力者達の思い込みが、いろいろな可能性を否定し隠蔽し続けてきたのだろう。
(あの震災のおかげで、打ち捨てられた可能性が見直されたんだ……皮肉なもんだ)
水槽内で揺らめく「ツヅノマナク」は、花咲くごとく多数の光珠を纏い始める。
(出たな、反物質)
口許を歪め、川堀は水槽を掲げた。「スタチュー」がわらわらと床から湧き出す。天井がぐにゃりと歪み、そこに異界に取り込まれたパイプの先端が口を開けた。水槽が光で満ち、盛り上がった水が零れそうになる。
「これをこのパイプへ……!」
水を取り込み、反物質を外界へ接触させない膜で覆うので、水が供給され続けていれば正物質と急速に反応することはない。しかし充分な量の水分が無くなれば、膜が不安定な状態となって外界の正物質に触れて反応――大爆発が起きてしまうのだ。
「その爆発的エネルギーが、この辺一帯を可動させてるんだ」
瀬織津地区一帯は、蓄電池に蓄えられたそれのエネルギーで何事もなく動いている。総合病院もスタジアムもホテルも、農業プラントも数百軒の一般家庭もすべて、ほんの数株の「ツヅノマナク」によって賄われているのだ。狂気に囚われた男が笑う。
「それが一気に爆発したらどうなるかなぁ」
この地球も何も、今までの歴史は全部要らない。すべてを崩壊させれば、頭の堅い陰国庁の役人とやらも、歴史を修正するのが悪だなどと言っていられないだろう。次元そのものが吹き飛ぶのだから、修復も何もない。震災も戦争も何もかも、最初から存在しなくなるのだ。
どこでもない場所で荊王(かたらお)が笑っている。「彼」だとて、川堀と同じ考えに至った存在なのだろう。川堀も笑って、蛍火が飛び交う異界の闇へ水槽を投げ入れた。
「吹き飛べ」
川堀が涙を流して哄笑する。予想通り、異界の闇に閃光が走った。望みが叶ったと川堀は信じる。しかしそれは完全に裏切られるのだ。
微動だにしなかった少女がかっと目を見開く。同時に幾百もの翠の光茫が弾け散った。愉快そうに眺めていた川堀は、己が何者かに囚われたのを知る。
「なっ?」
「先生、残念です」
病室の外からゆっくりと現れ静かに言い放ったのは、逆恨みの相手のメガネの少年だ。由宇樹の父親は息子に寄り添い、痛ましい表情で川堀を見据えている。川堀を両側から押さえつけているのは、貴雷とその母親で。
「あんたは三年前に、これが目的で赴任してきちゃったんだね」
「人を見る目に自信が無くなっちまうな」
貴雷学院の理事である彼女としては、噴飯ものの事態だ。由宇樹は、異界を閉じる少女――変装していたまなくに合図する。本物の少女は別室でこんこんと眠っているのだ。頷いたまなくは、空の水槽を抱えて微笑む。
「返しに来てけで、ありがどな!」
中にあった一株の植物は、元の場所である反応炉内へまなくによって返されているのだ。パイプの「穴」も閉じられ、反応炉の出力は正常に戻る。センター内の人々は快哉を叫び、安堵した。
しかし病室内では、一気に温度が下がる。「武器」も奪われ、囚われた川堀が四肢のいたるところからから粘性のある「闇」を噴出したのだ。窓の外に待機していた画魂が吼える。
「おめえら! 逃げろ!」
彼の声に即座に反応し、まなくが六対の翼を拡げて皆を庇った。川堀の引き締まった体躯があちこち弾け、内部に潜んでいた邪気が泡立つごとく膨れ上がってゆく。由宇樹は翼から零れ、廊下に転がり出て呻く。川堀の変容を察知し、画魂が呟く。
「うっわ、サイアク! 魂を自分から『荊王』に食わしてやがる」
「荊王」と名乗る存在は、人々の哀しみや怒りに付け入って魂を喰らい、己の糧とするのだ。他者を永久に支配し弄ぼうという、幼稚で邪な欲望自体が、形を成してしまったものだと言われている。大鷲で滑空しながら、画魂は指示を出す。
「まなく~っ! みんなもっ、奴に飲み込まれねえようにしてくれっ!」
「努力してっけどっ」
病院の一室から爆発の黒煙のごとく、灰闇の肉芽がぼこぼこと泡立つ。それは病院を覆って成長し、天に高々と聳え立った。いくつものドームが形成されてその内部が透け、人々が囚われているのが見える。その中のひとつに翼を丸めて人々を守るまなくと、別の泡に由宇樹がいた。皆は苦しげに背を丸めており、画魂は眉をしかめて哀しげに息を吐く。
「なんで、罪を重ねる方向へ行くんだよ……」
大鷲の背に、ふわりと斎藤――瀬織津と呼ばれた女性が現れる。
「このままじゃ、あの人、『
「……だから、困ってるんっす」
川堀の恋人の霊がずっと画魂に寄り添い、泣いているのだ。生前のジャージ姿がやたら健康的で、霊という感じがしないが。
『こんなこと、頼める筋合いじゃないけど、あの人を救ってやってください。あの人の罪は、私が背負いますから』
切々とした訴えに、画魂は金赤メッシュの頭をかく。
「そーゆー訳にはいかねえんすよ。あんたも、あんたの恋人も、ぜーんぶ救わなきゃ、オレが派遣されてきた意味がねえ!」
「そうこなくっちゃ!」
斎藤が、豪快に笑って画魂の背中を思い切り叩いた。画魂が派手に咳き込むが、彼女はそれを無視して女性の霊に告げてやる。
「安心して。あたしらはあなた達、躯が無くなっちゃった人達の力で、ここへ来られたんだから」
女性の霊が驚く。
『私達の……力?』
こっくりとむせていた画魂も頷いた。
「あんたらは力無き死者じゃねえ。力、貸してくれ」
「こやつのあの力って、あなた達の願いからできてんだし」
嬉しそうに女神の名の女性がのたまう。呆然とする川堀の恋人の背後に、数万の輝く人々が姿を現す。彼女も彼も皆が微笑んで、画魂の背に手をかざした。
ぼこぼこと増殖し、肥大化してゆく灰闇色の泡のひとつの中から、由宇樹はそれを見た。呼吸もままならないのは、ついさっき経験済み。だから妙に余裕があって、外を見ていられる。
「あれ……人の……天使の、柱?」
数万の輝く人々が、光の柱を形作っているのだ。彼も彼女もそれぞれが、最高の笑みを浮かべているのが見て取れる。彼女も彼も皆が嬉々として、空を滑って飛ぶ大鷲の上の画魂へ、力を送っているようだ。
「あの光……輝き……あん時の夜空みでだ……」
「んだ! あの光だっちゃ! おら達さ力けでんの!」
苦しげながらも、はつらつとしたまなくの声が響く。
海の神々しい異変に、避難タワーの人々は釘づけである。由宇樹の母は口許を押さえ呟いた。
「あれ……あの晩の空の星とおんなじでねが?」
「ほんとだ! あのおほしさまいっぺえあった、あのそらのひかり!」
「あーれ、きれーだったなぁ」
避難している小学生達も、口々に同意する。大人達も皆、目許を拭いながらただ首肯していた。デイサービス中に避難していた老人達も。
「あんれまあ……きれい過ぎておっかねえほどだ……おんなしだぁ」 不意に画面が切り替わる。映し出されたのは、元は川堀であった邪気の塊が町を侵食してゆく様であった。
「ぼこぼこいってるあれ、なんだべ?」
「また町が……!」
病院から一帯を覆い尽くし、泡立つ巨大な邪気は海へ向かって増殖している。津波が飲み込んだごとく、家を覆い尽くして不格好な泡の塊がのさばっていく。
「あん時と同じだ……!」
大人達は、また何もできない自分への歯がゆさに心を痛める。全国で、人々が再び襲いくる絶望に立ち尽くしていた。急に画面が歪み、切り替わって邪悪な色の膜の中からメガネの少年が叫ぶ。
「いっけえ! 画魂ぅっ! おめえの決め画聖ば、今呼ばなくていつ呼ぶんだぁっ!」
洋上に飛ぶ大鷲が翼を開き、突っ込む体勢になった。その背で火焔土器頭が詠唱し、右手を天へ突き上げ雷鳴から巨大な筆を呼ぶ。光の柱から発された稲妻がそれへ集中し、画魂が咆哮して飛んだ。
「画聖召喚! 来てくれ! オレの決め画聖さんよぉ!」
吼えながら画魂が光で虚空をなぞれば、いくつもの光茫が現れ、巨大な火球となって天を焼く。火球は燃え盛る火柱となり、何度も光茫を炸裂させた。一際巨大な爆発の後に、雄大な主題が天に咲いた。数個の大きな花が炎と燃え盛り、次々と火弾を放つ。バックグラウンドに流れる曲は、まなくが炎で奏でるワーグナーの「タンホイザー行進曲」。必然性が一切ないのに、その主題に異様なほど似合っている。盛大な演奏にのり、花々が咆哮した。
燃え上がる巨大な植物を泡の中で見上げ、息苦しい由宇樹が呆れ突っ込む。
「あれ、ゴッホの『ひまわり』じゃん! なんだよ、その使い方! かっけーけど!」
巨砲と化したひまわりの花々がミサイルランチャーのごとく、火弾となった種を雨あられと放つ。滾る炎を背負った主題が自らも大炎上し、吐き出す炎で邪悪な泡を粉砕してゆく。種の火弾はことごとく正確に、怪物にのみ当たっている。砲撃の振動に揺すられ、泡の中で転んだ由宇樹は顔をしかめた。
「ちょっ! おれらが中にいんの、忘れてね?」
縦横に飛ぶ画魂に届くはずはないと思っていたが、彼は「いっけねえ」と舌を出す。さらに顔をしかめ、由宇樹が怒鳴る。
「やっぱ忘れてやがったんだ! コルァ!」
砲撃を受け、無数の泡がどんどん破裂してゆく。そのたび、中に囚われていた人々が外へ放り出されていった。放り出された人々にはまなくの飛び散らせた羽根が無数に纏わりつき、皆無事に大地へ降ろされてゆく。ところが由宇樹にはその守護が無いことに、ようやく画魂が気づいた。
「やっべ! 由宇樹にゃまなくの羽根が届いてねえ!」
助けようと画魂が大鷲を向かわせるが、泡が伸びて触手となり、飛び交う彼らともども捉えようとうねる。青ざめた画魂を乗せ、大鷲が触手を切り抜けて天へ垂直に飛ぶ。勢いよく放り出され、空中を仰向けで飛ぶ由宇樹は、彼らを恨めしく見上げた。
「こんのヤロ……けど、しゃあねえって……」
己が運の悪さに瞑目し、落下する由宇樹は大地に叩きつけられる衝撃を覚悟する。
(他のみんなは、ちゃんと助けてやれよ)
だがいつまでたっても覚悟していた衝撃は無く、由宇樹はふわんと浮いた。何か背中がもぞもぞする。
「なんか、いずい……」
違和感を覚えて肩を回してみれば、背後の何かに肘が当たる。それは柔らかな感触で、ふわふわとくすぐったい。
「えーと、これって」
避難タワーの由宇樹の母が目をむいた。
「あらー! ゆうちゃん、もう昇天して天使さなったのすかや」
何もない虚空で、聞こえていないはずの由宇樹が派手にこけてしまう。ばさばさと、翼は無意識でも羽ばたくから落ちはしないが。
「冗談でねえべ! なんだ? これ」
彼と同じく邪悪な泡から解放されたまなくが、眦を紅く染めて文字通り飛んできた。
「ゆうちゃん! めんこいなやあ!」
「いや、めんこいとか、そういう話じゃなくて」
自分が天使の翼を持ち、普通に空を飛んでいるという現実を、由宇樹はなかなか受け入れられない。しかもいまだに邪気の泡は生きて、獲物を求め蠢いている。
大鷲を駆って飛んできた画魂が、呻くごとく漏らす。
「やっぱ、あの泡の元にとどめ刺すしかねえか」
「その人が、また泣いてっけど」
由宇樹に指摘され、画魂にすがっていた女性の霊が両手で顔を覆った。
『仕方ないんですね……けど……』
腕組みで思案していた画魂が、由宇樹へ向き直る。
「おめえに頼みがある」
言われた由宇樹は誇らしげに画魂を見つめた。
「なんでも言ってくれ。おれで役に立つんだったら」
爽やかに笑う由宇樹を、画魂が眩しげに眺めて告げる。
「おめえのその翼、無くなってもいいか?」
「えっ」
「翼、無くなるくれえ、生命力を使っちまうんだよ」
遠慮がちな画魂という珍しいものを見て、由宇樹は笑みを深くした。ばんばんと肩を叩いてやり、「遠慮すんなよ、もともと無かったもんだし」と嘯いて、空中で胡坐をかく。深々と嘆息し、画魂は静かに告げた。
「ほんとは生命力出し尽くして、死ぬかもってしんねえって話なんだぞ!」
「ごじゃごじゃ言ってねーで、さっさとしやがれ!」
「……了解」
深刻な表情の画魂を後目に、これからどうなるのかと、由宇樹は異様に昂ぶっている。まなくは、慈みに満ちた哀しい瞳で彼らを見守っていた。一旦瞑目した彼女はおもむろに光の鍵盤を現出させ、華奢な白い手を閃かせる。爪弾かれた空間が繊細に揺れる。光が無数に生まれ、泡の怪物へ降り注いでゆく。
“コンナハズジャナカッタ……“
灰闇色の泡の怪物は、そのほとんどの力が失われているのを認識した。川堀が使っていた次元を支配するほどの力は、決して荊王から供給されたものではなく、己が転生する力を消費していたに過ぎなかったのだ。
「……あんた、騙されてたんだよ。恋人とかみんなに謝って、戻って来いよ」
見慣れてしまった異様な風体の少年・画魂が呼びかけてくる。川堀だったものの残骸は、身を捩じりうつぶせた。
“モウ、オソイ……“
生命力がどんどん漏れ、雲散していくのがわかる。生まれ変わるどころか、命を繋ぐのも困難だと自覚していた。すると突っ伏している形の彼の肩を、何者かがいきなり掴んで振り向かせ、平手打ちしてくる。
“……なんだっ?“
「せんせー! 失敗は明日への糧でねがったのかよ?」
平手打ちしてきた少年は、翼を羽ばたかせる由宇樹であった。
「勘違いも失敗も、なんもかんも乗り越えて成長してくんでねえの? 大人んなっても!」
目を潤ませて言い募る由宇樹に、泡の怪物が咽び泣く。
“ほんとだ……けど、もう遅い、遅すぎる“
「遅くねえって、言ってたろうが! あんたが!」
むずがる赤ん坊のような泡の怪物に、由宇樹はおもむろに跪き手を合わせる。
「元の川堀先生さ戻してくれ。頼む」
頷いた画魂が、厳かに界筆を掲げた。界筆がゆるやかに虚空をなぞる。いくつもの光茫が生まれ、それが空全体に広がった。数多の星が瞬き、祭のように華やかに、空間そのものが笑ったよう。大空に描かれたのはゴッホの「星月夜」だ。空間が穏やかな音楽で満ちる。それらに深く己を浸透させて、由宇樹が柔らかに微笑む。動悸が激しくて痛い。生命力とやらが大量に流れ出て、失われていくのがわかる。
(今に紗由理と迅音が、迎えさくっから)
だから死ぬのなんて怖くない。従姉妹も幼なじみも、その日死ぬなんて考えもしないのに死んでしまった。その恐怖と驚愕に比べれば、覚悟ができているぶん、由宇樹にはましに思えている。
瞑目し、由宇樹はその時を待つ。光が閉じた瞼に満ちてゆく。体内が凄まじく熱くなり、息が乱れてきた。
(ああ、今、死ぬんだっちゃ)
手元に携帯があれば、「死、なう」などと書き込めるのに、とばかばかしいことを考えてしまう。息が酷く苦しい。熱中症で気絶した時のように、閉じた瞼の中で火花がいくつも弾ける。由宇樹の周囲で一際大きく星が咲いた。つられて星々が咲いてゆく。大きな星々が太陽のごとく咲き誇り、荘厳で華やかな「星月夜」の完成である。その星々が瞬くたび、町全体を覆い尽くしていた邪気の泡が弾けて霧散してゆく。
しかしスタチューが多数現れ、まなくと由宇樹を邪気の火で攻撃するが、ことごとく画魂が弾いていった。しかしいつしか輝きの弾幕は途切れ、「スタチュー」が由宇樹を取り囲み、自爆攻撃をしかけてくる。
避難タワーへ毛布や食料の支給のため、由宇樹のサッカー仲間達が大挙として訪れていた。その言いだしっぺである貴雷が、眩い空の煌めきに手をかざしてため息混じりに呟く。
「『G線上のアリア』かぁ。なんか『星月夜』にぴったりだよ。弾いてる人……スッゴい才能と超絶的努力だな」
まなくの目眩く演奏に、耳の肥えた貴雷すらはなはだ感心した様子。日日も頷くが、たいがいの少年達はそれどころでない。何しろ「貴雷の守護神」がマジ守護神で、星のごとく輝き、邪悪な何かと戦っているのだから。温厚な佐久間と強面だが優しい桐ケ谷が、ともに涙ぐみながら応援している。
「けっぱれえ! お前ならそんなんへでもないだろっ!」
「守護神んんんっ! 一気に抜けえぇぇっ!」
スタチューの突撃を上下に避けてかわし、光珠で破壊する由宇樹。彼の姿は儚く明滅している。服や翼が業火に焼かれてボロボロになっても、不敵に笑んでいるからなおさら。貴雷が柱へ拳を叩き付けようとし、日日らがとどめる。
「あいつさ! ピンチだと余計笑って……!」
「分かってるよ。織朔の、あの状態からの手強さは思い知ってる」
ただ祈り応援するしかできない歯がゆさをこらえ、少年達は沈黙した。重苦しい雰囲気に幼稚園児達が怯える。泣きだしそうな幼稚園児を肩車した松代が、夢見る目付きで外を眺めた。
「織朔さんかっけーだろ? あの人、俺のライバルなんだ」
「らいばる? あのてんしさんとしりあいなの?」
「だぜ! 天使さんかっけーけど、曲はよくわかんねえから飽きてきたなぁ」
松代がそう言うと、とたんに小さな女の子に頬をぺしっとされる。
「あきたらダメだっちゃ。しりあいのてんしさん、がんばってんだからおうえんしなさい」
「うぃーっす!」
生意気な幼児にやりこめられ、松代も、他の思い詰めていた少年達も苦笑いした。光が煌めいて走る。幼稚園児が、またぺしぺしと松代の額を叩く。
「なんだい?」
「あれ!」
幼い彼女の指差した窓の外には、懐かしい人の姿の光が浮かんでいた。麦わらの古風な帽子を掲げ、挨拶する洒落た老人が。松代はぶわっと視界に涙が溢れるのを止められない。
「じいちゃぁん!」
「あんだのおじいちゃんだったの。あえてよかったね」
「うん……うんっ!」
何度も頷く松代に、幼い女の子はふわりと笑んだ。
「あたしも、ままにあいにいっから」
そう言ったとたん、少女の重みと温もりは消えた。松代が焦っていると、窓の外を日日が示す。そこで友達らしい園児達と一緒に、笑いながら駆けて行くかの幼子の姿の光があった。
「あの子も、天使だったんすか……」
涙でぐしゃぐしゃの少年につられ、佐久間が泣きながら肩を叩いてやる。いくつもの光が舞い遊び、笑うように瞬く。
タワーのてっぺんに降り立ち、誇らしげに画魂が笑う。
「まなくはな、数年来オレんせいで練習できねがったんだ。けど、そのギャップば全っ然、感じさせねぇ」
事情を知る由宇樹は、天空で最後の力を振り絞って羽ばたきながら、胸と目の奥を熱くする。
「まなくちゃん……練習できるおれらのこと、羨ましがってたっけ」
歴史を大幅に変えた責任をとり、躯が抽象化され四散していたまなく。眼球だけが画魂の眼窩にあり、彼女の壮絶な能力は、画魂の記憶の再現に過ぎなかったのだ。だからこそ、今の「本物」の自由なまなくは超次元。繊細に優しく、柔らかに崇高で、空間ごとすべてを癒す。
あの夜のごとく、星々が明々とさんざめく。その下に耕された農場が広がり、どこからか晩鐘が響いてきた。中世の農婦達が祈り、一人の農夫が種をまく。ミレーの「晩鐘」と「種まく人」が「田園交響曲」にのって、津波から蘇りつつある耕地を祝福している。
避難タワーにいた人々、仮設住宅にいる人々を始め、全国で映像に見入る人々が皆、怪訝な表情で耳に手をやる。先ほど泡の怪物から逃げてきたばかりの壮年の女性が、涙を零し何度も首肯し応えていた。
「星が、語ってる……お父ちゃんの声だっ!」
「母さんだ! おらの母さんがっ!」
駆けつけていた消防士達の一人が、その場に泣き崩れた。松代を励ました幼子も、泣きながら抱きしめる母を慰めている。
「ママ、ないてもいいから、まえへすすんで。みらいでまってるよ」
泣き濡れる頬へキスした幼子は、光に羽ばたいて消えた。探す母親に天から元気な声が降る。
『ずっとずっと、みてるからね』
口許をおさえ、母親は必死に頷いた。天使の姿の人々が、愛する者達を慰め励まして天の星々に同化してゆく。同時に人々の恐れが消えて、「スタチュー」は揺れながらほどけ、どんどん光に帰っていった。それを見て、由宇樹はにじむように笑む。
「こいつら……みんなの哀しみとか、怖いのでできてってから」 涙をこらえたまなくが頷く。
「ゆうちゃん! ゆうちゃんがその力で、みんなばまた会わせて、悲しいの消してけでんだよ」
「おれなんか、たいしたことしてねえべした」
儚く笑む由宇樹に、翠の瞳の少女は必死にかぶりを振った。
「あんだすごいんだがら! なんが一緒に弾くべ!」
「んだな!」
最後の力を振り絞った由宇樹がまなくと連携し、光をヴァイオリンのごとく弾いてみる。曲は「埴生の宿」。すると生き生きした映像までが現れ、星々があの時と同じく力強く輝き、口々に語りかけてきた。
『おらは大丈夫だがらぁ、いぎでるおめら、がんばらいん!』
『おめが、へしゃげてなじょんすんのっしゃ。おらは生ぎでるおめば守ってっから』
各地に散らばった人々も、それぞれの懐かしい人々やペット、風景の映像を食い入るように見つめる。
「SAPRI」にいる者達にも、モニターに勝手に映る人々が見えていた。
『君達、「ツヅノマナク」を頼んだぞ。がんばれよぉ!』
檄を飛ばす白髪を撫で付けた痩せた老人に、センター長が、涙をこらえきれずデスクに伏す。貴雷の母親が、彼女に寄り添い背を撫でてやる。
「松代博士……あなたの発見は、多くの人の役にっ……」
「ああ、未来を切り開くすげえもんだよ。爺様、ありがとな」
かの細身の老人の隣に、川堀の恋人がいる。老人がくしゃくしゃな顔で、彼女に礼を述べた。
『この人が僕を助けてくれたから、「ツヅノマナク」はちゃーんと世に出たんだよ』
『そんなすごい人だって、あたしわがんなかったですぅ』
彼と彼女はお互いに何度もお辞儀し合って、笑いながら皆へ向かい手を振ってさざめく星空に溶けてゆく。
ほろほろと、固まった泡の化け物が内部から崩れだした。涙を風に任せるように、崩れた欠片が凄まじい勢いで剥がれ、光珠となって消えてゆく。
『慶子が助けたのは……無駄じゃなかった……織朔……みんな……すまない……』
川堀の慚愧の念の塊が霧散し、厳かな光の柱とともに消滅していった。浄化された川堀の残滓の輝きを見下ろし、自らも光に散りゆく由宇樹は瞼を伏せた。
「あん時の星の光がおっかねがったのって、星になった人らの迫力に、おれら気持ちで負けてたからなんだな」
瞼を伏せて語る由宇樹へ、静かに飛んできて寄り添うまなくの甘色の唇が綴る。「んだなや。あっつも必死だったべし」
まなくへ微笑み返す由宇樹には、もう星空への嫌悪感は無い。手を取り合い、二人は画魂の元へ飛んで行く。 大鷲が急に方向転換し、乗っていた画魂は危うく放り出されかけていた。
「てめえ! 何しやがるっ!」
まなくになついた大鷲は、彼女へすりすりするのに忙しくて画魂の文句など無視し、さらに火焔土器頭を苛つかせる。笑いをこらえながら、儚げな由宇樹がフォローした。
「こいつ、雄だからしゃあねえって。女の子に甘いの」
言っているそばから、大鷲が由宇樹へもすりすり。苦笑いの由宇樹に、半笑いの画魂が突っ込む。
「あー、雄だからしゃあないんか」
「うっせえ」
由宇樹は大鷲の頭を撫でてやった。撫でる指先から由宇樹が砕け、四肢から胴体がバラバラに散ってゆく。だが痛みは無い。まなくの悲鳴と画魂の咆哮が由宇樹の耳に届いた。滅多に鳴かない大鷲も高く鳴いている。最後の一片まで、天使は光に溶けゆく。
深淵の静寂に包まれた由宇樹へ、気高い光茫の群れが迫ってきた。両腕を拡げて、由宇樹はそれを受け入れようとする。が、それは拒まれ、彼は吹き飛ばされた。
「ちょっ! 何しやがるんだぁっ!」
蹴られた感触の腹を押さえて背を丸め、由宇樹は痛みをやり過ごす。
「死んでんのに痛えって、どーゆーこったよ!」
ぶつぶつと毒づいていると、誰かがゆっくりとやってきて靴の爪先が見えた。息を詰めて見上げれば、そこに懐かしい人々がいる。
「てめえ、なーにかっこつけてたんだ? さっさと生き返れってんだよ!」
「そーよ、ゆうちゃん! あんたが犠牲んなっちゃ、ちっともかっこいくねえの!」
従姉妹と幼なじみは別れた当時のままの姿で、由宇樹をたしなめてきた。由宇樹は声をあげて泣く。
「けどよぉ、なんでおめらが死ななくてねえの! ふだんはおれのほうが運さ悪くって、なんであん時だけっ!」
けっこう不運な由宇樹は、運が良いはずの彼らを差し置いて生き残っている。それが納得いかなくて、絵を黒く塗り潰し、何度も何度も泣いた。
「おめら、ボランティアやったり、寄付したりっ、いいごどばっかしてたのに、バカなこどばっかのおれが、なんでぇ!」
地に伏して大地を叩く由宇樹を、小学生の紗由理と迅音が抱きしめる。由宇樹は呼吸を止めた。温もりが流れ込んでくる。固まった由宇樹へ従姉妹が尋ねてきた。
「なあ、ゆうちゃん。運が無くってえ、不幸せだったが?」
由宇樹は声もなくかぶりを振る。紗由理と迅音は心底からの笑みを浮かべた。
「運が無くっても、不幸でねがった。あたしらもそうだ」
「いいごどしても、わりごどしても、運が悪くなんのは仕方ねえ。けど、いいごどしてたら、自分もみんなも幸せんなる」
大人びた二人が由宇樹にはひどく眩しい。彼らはハンカチを取り出して由宇樹の涙を拭いてやり、立ち上がった。
「じゃあな!」
「今度こそ、バイバイ!」
「さゆりっ、はやとぉっ! まだ、まだ行かねでけろぉっ!」
かぶりを振り続ける由宇樹を、幼い紗由理が諭すように告げる。
「あたしらにも役目があんだぁ。だがら、がまんしてな」
「またどっかで会えるべがら!」
二人は光茫の彼方に消えた。
瞼を何度かしばたかせると、懐かしい景色と人々が取り巻いている。由宇樹はふわりと微笑んだ。懐かしい匂いの潮風が、優しく頬を撫でていく。皆が歓声をあげる。荒玉浜で由宇樹が目覚めてすぐ、ありえなく顔をぐしゃぐしゃにした画魂が抱き着いてきた。
「うわ! ち、ちょっ!」
男に抱きつかれているのが嫌で、由宇樹はじたばたともがく。笑うまなくが画魂を強引に剥がし、由宇樹の頭をぽんぽんしてくれた。
「いがったなや! ゆうちゃん生きてっぺし」
「生きてんなら生きてるって、最初っからそう言え!」
ぐしゃぐしゃ顔の残念イケメンが、まだ吼える。それは画魂だけでなく、貴雷の声も重なっていた。由宇樹は頬をかき、軽く頭を下げる。
「あ、うん、えーっと……なんか生きててすんません」
「謝んなぁっ!」
とりあえず、まなくが画魂を殴って黙らせた。
身を起こして周辺を見回すと、由宇樹を覗き込む家族や友人達がいて、皆らしくなく泣いているからむずがゆい。
「おれは元気だから、みんな泣かないでくれや」
「んだって! 一回ほんとにっバラバラんなっとこ見せらったら!」
気丈な姉が吼えるように嗚咽する。母も父もやわく由宇樹を撫でて、その温もりを確かめていた。そして由宇樹は大事なことを思い出す。
「で、川堀先生は?」
死にかけてまでがんばって助けた彼は、砂浜に土下座していた。画魂とまなくの手によって、崩壊しかけた町は綺麗に修復されているので、誰も文句は言わない。それでも納得がいかなそうなサッカー仲間達がいる。目を眇めた日日が紡ぐ。
「法の裁きって、やっぱり受けさせるべきじゃないのかな」
「けどさ、なんもかんも修復されて、それの手伝いも監督はやったんだし、もうよくね? つか、めんどくせえし、あとはうちのホテルで慰労パーティーでもすっぺし」
ちゃらい御曹司がこともなげに言う。「うちのホテルで」という単語で、女子陣が老いも若きも色めき立つ。
「貴雷さんちのホテルのパーティー!」
「高い肉もケーキも食べ放題ぃっ!」
海岸沿いの道路には、既に数台の豪華なバスが用意されていた。それに女性陣はわらわらと乗り込んでゆく。続いて雄叫びをあげた青少年らを含め、男性陣も行ってしまう。
取り残された由宇樹はぼやいた。
「この薄情もんんんっ!」
涙を拭った画魂が抱き上げようとしてきて、由宇樹は悲鳴をあげて駆け出す。
「なんでだよ?」
「誰が、男さお姫様抱っこされてえかっ!」
後を追いつつ、まなくはさえずるように笑いっぱなしであった。
シェーンブルン宮殿に優るとも劣らない豪奢なホテルの大浴場で、由宇樹は獅子の彫刻が口から吐き出す湯を、呆然と眺めていた。
「つか、なんでみんなと一緒にお風呂なんだよ……」
「そのほうが慰労会っぽくていーんでね?」
「同じ釜の風呂につかるっつーのが」
強引な桐ケ谷と佐久間が笑ってほざく。見渡せば体育館くらいある吹き抜けのギリシャ調大浴場に、サッカー少年達が敵も味方もなくつかり、はしゃぎ暴れている。キレた貴雷が、水鉄砲を向ける松代と八巻を追い回していた。
ふと視線を感じてそちらを見やれば、大きなステンドグラスの脇の岩風呂で、画魂がそっぽを向いている。耳が赤くて由宇樹は首を傾げた。
「よお! そっち女風呂とか見えるんか?」
皮肉に笑って声をかけたら、画魂は由宇樹を睨みつけて親指を下へ向ける。聞いた少年達がわらわらとステンドグラスの傍へ向かい、岩風呂を駆け上っていった。松代をヘッドロックしながら、普段はちゃらい貴雷が怒鳴る。
「うちのホテルが、んな下品な造りの訳ねーべっ!」
無言の日日が岩風呂を登ろうとする仲間達を、一人ひとりを桶でシュートしていく。広大な浴槽へざぶざぶと落ちてゆく仲間達を眺め、由宇樹はただ笑う他にすべは無かった。
風呂の後は豪華なメニューの立食パーティー。屋台が並んで、まるで祭のようである。ゆりあも母も次々とメニューを攻略していく中、父は落ち着いて黙々と蟹と格闘中。
庭園が見えるバルコニーに逃げ、夕食を終えた由宇樹はほっと一息ついた。祭は好きだが、はしゃぎ疲れている。芸術的な石造りの手すりに肘をかけ、由宇樹は鬱蒼とした森の上の星空を見上げた。「星月夜」より遥かに星は少ないが、穏やかな輝きに彼は安堵する。
「終わったんだ……!」
何かが終わり、緊張感はゆるゆるとほどけてゆく。もうサッカーのこと、自分の未来だけを考えていて良いと、星は囁きかけている。 背後でばさりと布を翻す音がした。画魂が、大股で近づく気配だ。あえて無視していると、背をくすぐられて拳を飛ばす。ひょいと避け、画魂が由宇樹の隣に陣取り片肘をついた。
「今、お前はお前の未来にだけ、責任あんだぜ」
「……知ってる」
素っ気なく応え、由宇樹は伸びをする。それをちらりと見やり、画魂が口角を上げた。
「ま、この先、なーにがあっても、余裕で乗り越えられる由宇樹大先生にあらせられましては」
顔を逸らし、由宇樹はわざとらしく肩をすくめる。画魂も両手をあげたが、不意に真顔になった。
「オレら、明日帰っから」
「急だな」
いきなりシリアスな物言いに、由宇樹は画魂へ振り返る。だが彼は、マントを翻して去って行った。去った先に、清楚なドレス姿のまなくが手を振っている。神秘的な、幻の白い鳥が降り立ったような印象に、由宇樹は後退りしそうになった。そんな怖じけを見てとったのか、まなくはずかずかと由宇樹へ詰めよってくる。
「ゆうちゃん、なじょした?」
「いや、なんも……」
どうして良いか分からず、何も言えない。内心焦る由宇樹を後目に、まなくはバルコニーの手すりに飛び乗り、夜空を仰いだ。
「ゆうちゃん、また普通の暮らしば、がんばってけさいん」
「ああ、がんばるよ。まなくちゃんこそ、どうすんの?」
「おらは、勉強しながら働く苦学生だがら」
「国家が未成年者に強制労働とか、酷くね?」
「ちょっと! この時代の人に間違った説明しないでよ~」
紅い舌を出すまなくの隣へ、浅黄色の上品なスーツを纏った斎藤がやって来た。彼女を誤解していた由宇樹は、逃げ出したくなってしまう。だが踏みとどまって改めて謝る。
「あ、あのっ、その節は勘違いしてて、誠に申し訳ありませんでしたっ!」
「あらぁ、ご丁寧にありがとう。もう気にしなくていいって」
妙にあどけないが頼もしい笑顔は、斎藤の包容力の発露だ。そしてそっと囁くように告げる。
「川堀先生ね、やったことはあれだけど人死にでてないし、この時代の『織羽』を覚醒させる引き金になったから、保護監察処分になったって」
「いがったなぁ!」
「う、うん……」
川堀がよくわからない組織に連行されたとは、貴雷達から聞いていた。まなくは手放しに喜んでいるが、やはり直接被害を受けていた由宇樹は、今ひとつ釈然としない。
それを察した斎藤は、由宇樹の肩をやわく掴む。
「彼の恋人さんと松代博士からのお願いあったし、何よりまなくちゃんと画魂くんの目を再生させた遠因ってのがね」
「……おれが、『織羽』っつーやつだから……つか、あのお爺さん、松代の爺さんか」
「ええ。松代くんも感謝してたわ。でね、あなたは『織羽』の中でも相当な能力だもの。『ミクマリ』級」
「へえ、なんかすごいんですか?」
「ミクマリ」と聞いて、まなくが「ああ」と大げさに首肯する。離れて聞いていた画魂が親指を立てるので、由宇樹も不敵に笑んで返す。
「お前も『ミクマリ』なんか?」
由宇樹が聞いたとたんに、画魂は弾けるように笑いだした。ロン毛気味の少年は、メガネを上げて追求する。
「なんだよ、何がおかしいんだ?」
「あ、いや、すまねぇ。ちなみにオレぁ『
「ふぅん……」
何か聞き覚えがあるような名称に、由宇樹は首を傾げた。しかしそれはすぐうやむやになる。何しろ松代を先頭に、サッカー仲間達が襲撃をかけてきたので。「おっりさっくさぁんっ! 翼、超かっけーかったっす!」
「試合で使ったら、敵なんかみんな越えて空中からシュートできるぜ」
突っ込んでくる松代を羽交い締めにし、桐ケ谷が冷静に分析する。温厚な佐久間が、笑いながら皆を諌めた。
「やだなぁ、反則だよ」
松代が、桐ケ谷からヘッドロックを喰らいながら吼える。
「えーっ? 羽根は自分の躯の一部なんだから、OKじゃないっすか?」
掴み合いになりかける彼らを制し、日日がのたまう。
「翼を持つ人種はルール上想定されてないよ。早急に改訂が必要かな」
法律系の話に、政治家の息子である貴雷も首を突っ込んでくる。
「ルール自体、翼が無い人間が前提だからぁ、そらないよな? ハンデとして翼使用禁止が打倒じゃね?」
貴雷と張り合って言い合う日日を、まなくが目を細めて見ていた。日日がそれに気づいて軽く微笑めば、まなくは白い顔を真っピンクに染めてしまう。それで由宇樹は、いろいろ察して肩を落とした。
(まなくちゃん……日日のこと、好きなんじゃ)
常に自分に優しく接してくれるのは、「恋愛圏外」ということかと、由宇樹は盛大に嘆息する。そんな由宇樹を見咎め、画魂がラリアットを喰らわせてきた。自棄でやらずぶったくりの由宇樹は、反撃してブレンバスターの体勢に入り、周囲から止められまくったのである。
豊かな森を見下ろす星々は、少し笑ったようだ。
早朝から、もう蒸し暑い日。いつものように由宇樹が目覚めて隣を見ると、傍らの布団はきちんと畳まれていて、画魂がいない。
(じゃまくせえって、蹴ってやりたかったのに)
階下で声がして、由宇樹は急いで階段を下りる。玄関先に嫌でも見慣れた風体の少年がいて、由宇樹は安堵の息を吐いた。
「なんだ? もう出かけんのか?」
「おう。任務は終わってっからな」
「おれのサッカーでの華麗な活躍、見せたかったんだけどな」
嘯く由宇樹へ突っ込みも入れず、画魂の妙に爽やかな笑顔がひっかかる。まなくは彼を肘で小突き、由宇樹とその家族達へ挨拶した。
「ほんどは見届けだがったんだけんど、おら達、まだ任務で呼ばわれてんのっしゃ」
彼らは学生ながら、特種公務員。任務をこなして奨学金代わりにしてもらっているのだから仕方ないと、まなくが羞じらいながら説明する。由宇樹はまだぼやく。
「それってブラック官庁じゃん……」
聞いたまなくも画魂も苦笑いした。「泊めてけで助かったです。ほんどにありがとござりした。
ほれ、おめも!」
「あ、ありがとうございました!」
例の異様な風体で、照れくさそうに画魂は最敬礼する。由宇樹は画魂のツムジらしき部分をなんとなく探した。胸に風が吹き抜けていく気がしてならない。
外からクラクションが響いてきた。改めて頭を下げたまなくがドアを開き、憮然とした画魂を押し出す。
「ほれ、斎藤さんきたがら」
迎えに来た斎藤が玄関前までバックさせたアクアブルーのバンから降り、ぱたぱたと走り寄ってきて由宇樹の家族へ挨拶する。そしてまなくとともに、画魂をバンへひっぱってゆく。何度も振り返る画魂に、由宇樹は笑った。
「なんだ? なんか名残惜しそうでね? めんこいなや」
からかう由宇樹にフンと顔を背け、画魂はどかどかと歩いて玄関前のバンへ乗り込む。
まなくは小さく手を振ってから、パタパタと彼に続いた。後部座席に座り、ごく自然な動作で画魂の後頭部へ手刀を入れる。画魂は、火焔土器頭を押さえうずくまった。さえずるように笑い、まなくは振り返ってまた手を振る。なんとか復活した画魂も、ごそごそと体勢を立て直したようだ。ウィンドウから顔を出し、まなくが改めてブンブンと手を振ってくる。
「んでなぁ~! またくっかんなぁ!」
「今度はまなくちゃんだけ来てなぁ」
手を振り返し、由宇樹はまなくへ笑顔を向け、横顔だけの画魂に歯を剥いた。画魂は向き直って口を両手でひっぱり、凶悪な変顔を返す。
バンは発進し、重そうに織朔家から遠ざかって行く。由宇樹は門から走り出、ひたすら手を振った。角を曲がって、バンが視界から消えるまで。
青々とした屋敷林の蜩が一斉に鳴き出す。小さな毛玉の群れが、ころころと林の中を縦横に転がる。夏はまだ終わってはいない。
バンは曲がり角を曲がると同時に、由宇樹達がいた時空から消え去っていた。そして斎藤が開いた、亜空間の森の小路へ入っている。その「場」は、時間も空間も超える次元エレベーターだ。森の木々や草花は、無数の光珠を纏っていてきらびやかに眩い。そこここに緑の小さな毛玉――うりぼこがいて、小さな手を振ってくる。
ウィンドウからまた顔を出し、まなくが木々を仰ぐ。
「うりぼこもけえって、イグネさん、元気んなったなぁ」
「ええ、『ツヅノマナク』だけでなく、織朔さん家の伊久根も保全できたから、何よりだわ」
「瀬織津さんはよ、本当は伊久根のためだけに、あの時代行きを志願したんだろ」 ため息の画魂へ、斎藤と名乗っていた瀬織津がにまにま笑った。
「ったりまえじゃん! あたしが次元を超えて、あちこちに植えて回ったやつよ。それがあの震災で、全滅しそうになったんだもん」
「『もん』ってよぉ……」
舌打ちする画魂の頬を、まなくが突つく。
「あんだよ?」
「おめ、だーいすきなお師匠さんの若け頃と会えて、いがったなや」
にまにままなくに、ウィンドウに頬杖をついた画魂がそっぽを向いた。意地悪く笑み、まなくはさらに攻勢をかける。
「まぁだヤロコの頃のお師匠さんの裸さ、おめ赤くなってっぺし」
「うっせえなぁ! だってあれが後でめちゃくちゃ巨乳んなんだぞ! ヤロコん頃だって胸ねえだけで、体型変わんねえとか、詐欺だろっ!」
ひとしきり吼えた画魂は、大げさに息を吐いて伏した。瀬織津もにやけが止まらない。
「あんたらのおかげで、由宇樹さんが『ミクマリ』に目覚めたんだから、お手柄よ。あの年が、『織羽』が咲いた元年になった訳だわ」
「織羽」と呼ばれる種族が、由宇樹の覚醒により連鎖的に覚醒し、後にまなくや画魂達が生まれでる素地となったのだ。そして「ミクマリ」とは、女性形態の織羽――「ミカボシ」の進化型である。まなくが瀬織津へ紡ぐ。
「まぁだゆうちゃんが、ヤロコでねど危険なのもわがった」
「ホントよね。女の子で生まれていたら、荊王に何されるか……」
「荊王は、必ずオレらが根絶しにしてやんよ。まなくもオレも戻ったしな」
画魂が、自らに言い聞かせるように低く呟く。まなくはシートに体育座りした。
「んで、ゆうちゃんお師匠さん、もう松代のおんつぁんとつるんでっぺし、迅奏(はやて)も連れてくればいがったなや」
「樂魂」で幽子コンピュータを駆使するスーパーハッカー・織朔迅奏が、陰国庁の庁舎内のデスクで派手にくしゃみをする。鼻をかんで彼はぼやく。
「んだよ? まーた俺の噂か? まなく姫め!」
夢見るまなくへ、瀬織津が突っ込みを入れる。
「あらぁ、若いママが男装の麗人っぽくて真っ赤になってたのは、日日まなくちゃんじゃなかったかしらぁ?」
「そーだぞ、日日まなくぅ」
「やがまし、貴雷画魂が! あの時代のパパ、おめにそっくりなナンパヤロコだな!」
「おめえだって、あの頃のお袋にそっくりだな! 胸ねえとこが……イっテぇっ! 頭蓋骨割れた~!」
姉に拳で殴られ、弟は泣き真似で抗議し、瀬織津は吹き出していた。実のきょうだいながら、父母のそれぞれの姓を名乗る時代に彼らは生きている。
二人は後部座席いっぱいに暴れ、掴み合いをしばらく続けていたが、ゲートが見えてきて画像もまなくもおとなしくなる。
「はやぐけえって、ママさこの画像ば見せんだぁ」
まなくが取り出した携帯には、皆との記念写真が表示されていた。後に女性と化すらしい日日と由宇樹が、モニター内で少年らしく微笑む。画魂も負けじと見せつける。
「こっちの親父のが笑えっぺ」
彼のてのひらに浮かぶモニター内では、少年の由宇樹にコブラツイストをかけられた中学生にしては老けたイケメンの貴雷鳴牙が、マジキチ笑顔でピースをしていた。
次元省の執政官ながら現在も変わらず、貴雷は軽々し過ぎるちゃらい壮年で、画星官長の織朔由宇樹からその手の技を喰らっているのだ。
森の星々がざわめく。そのひとつひとつが、画魂達の能力の源だ。紗由理と迅音がキラキラと浮かび、バンへお辞儀して光の雲に帰る。まなくが手を振って紡ぐ。
「今度は、あの時代の十年後だべし」
まなくと画魂は新たな任務の件で、漲るワクワクを抑えきれない。
輝く青い海を眺め、少年は砂浜で大きく伸びをした。傍の自転車の車輪がからから回る。それもどこか嬉しげで、由宇樹は華やかに笑んだ。もう必要のなくなったメガネを持って、大きく振りかぶる。投げ捨てられたメガネは波間に消えた。それを確かめて、由宇樹は自転車に乗って荒玉浜を後にした。雲間に光がきらきらと舞う。風が勇壮な音楽を奏でているように響く。由宇樹は鼓動すら武者震いかとおかしくなる。
本日は決勝戦なのだ。少年の瞳は太陽よりも輝いている。
了
画闘士画魂《ガウォリアガウル》 日高 森 @miyamoritenne
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