彼女はうつくしい子ども
今日もホーンは正常に運営されていた。
赤錆びの雨が降るときも、奇病が流行るときもその通りだ。混沌こそがこの街の有り様。
「ヴァイオレットじゃないか」
「あら、久しぶり。みんな元気?」
「ああ。おまえがいなくなったおかげで、マリアは大忙しさ。今にも死にそうなくらいな」
「でも、変な病気が流行ったおかげで、そっちの仕事は減ったはずでしょ」
「まあな」
くつくつと笑って、大男を見上げる。犬のような顔をした旧知は、感情の見えない目でヴァイオレットを見下ろしていた。彼の無遠慮な視線が辿るのは、青黒く変色したくちびるの横の痣か、それとも白い医療用眼帯で覆われた左目か。とにかくいまのヴァイオレットには、注目すべき点がいくつもあるということだ。
「相変わらず、仲がいいみたいだな」
「うん」
「じゃあ、俺は行くよ。変な誤解をされても面倒だからな」
「ばいばい、ロン」
目を細めて、彼は眩しそうにヴァイオレットを見る。何かが変わったことを、周囲の人間が察せられるとは思わない。だからこれは、きっと、ヴァイオレットの錯覚なのだろう。
見上げた曇り空は、息苦しいほど鬱いでいる。
(ホーン)
あたしの街、と呼びかけて、傷だらけのヴァイオレットは、軽やかな足取りで人波に溶けた。あまりに弱く細い紐で、首を繋がれることを、許してから彼女はとても、陽気だ。ほんのひと呼吸のあいだだけ保証される孤独ではない時間のために、彼女は微笑むのだ。
fin
眩暈の紫 跳世ひつじ @fried_sheepgoat
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