第2話 ネズミーランドの真ん中で

「もう知らない!」


そう言って彼女は溢れかえる人混みの中へ走り出した。


僕はトイレに行っただけだってのに何が気に障ったっていうんだ。

財布も荷物も彼女が持ってるぞ?

少し奮発したって言ってたホテルの部屋の鍵ももちろん彼女が持っている。


クリスマスイブ、夢の国ネズミー王国こんな2つのトキメキしかない要素で修羅場を繰り広げてる僕ってやつは前世でどんな業を積んだんだ…。

いやいやそんなことより、走って駆け出した彼女を追わないと…。

お財布も荷物もないんじゃ帰れないしな。

余りにもドラマティックなセリフと共にドラマティックな舞台で起こった修羅場に込み上げてくる笑いを堪えきれずに僕は彼女が走って行ったと思う方向へ徒歩で向かった。


関東に住む僕と関西に住む彼女、遠距離恋愛を始めて5年目の冬だった。


僕がjkになりたてだった15歳の時から付き合い始めて僕はもう20歳、彼女は今や34歳。

少しふっくらとしているからか、柳原可奈子似の彼女は20代後半でも通じる可愛らしくておっぱいが大きいところがとても魅力的だった。


あと社会人だからお金も僕よりは稼いでいて、月1回の土日のお泊まりデートではお金がない学生の僕に毎回交通費やお土産代なんか全部出してくれていた。


愛されてるな…なんて思いながらも、5年も経って来ると「一緒にいるときは携帯を見ないで」「記念日には0時過ぎたらすぐにメールして」「せっかくの記念日だから一緒にいたい」なんて束縛が少し辛くなってきていた部分もある。<


今回のネズミー王国でのデートも就職試験の最終面接を蹴って来ているんだ僕は。

頼まれたバイトのシフトも断ってきてるからな…それで修羅場なんて笑えないよ…などと思いとは裏腹にニヤつく顔を隠しながら走り去った彼女を探していた。


トイレに行く前まではそんなに不機嫌に見えなかったんだけどな…。

前日は少しいいホテルに泊まって美味しい夕食を食べて、クリスマスプレゼントなんてあげてさ、夜もとってもいい雰囲気だったんだ。


ここ半年生理を理由にして僕は夜の営みを断り続けてるけど、本当に悪気はないんだ。

ちょっと気分になれないだけ。ちょっと迫られるのがキツくなってきただけで嫌いになったわけではないんだ。

デート代も出してくれるし、たまにお小遣いも送ってくれるし愛されてるって実感できるからね。嫌いではないんだ。


トイレに行ってる間に何かあったのか…それともトイレに行く時に何かしてしまったのか…。


ネズミー王国ってばトイレもアトラクションの一部みたいに混んでるからもう膀胱が限界だった僕は焦って彼女に「トイレ行ってくる」とだけ言って荷物を押し付けて走ってトイレに行ってしまったんだけどもしかしてそれを怒ってるのか…。


ぐるぐる不安が頭を巡るし、何よりネズミー王国で目にするカップルは誰も彼も幸せそうで、そんな中怒って走って逃げた彼女を探してる自分はなんだか滑稽でどうしてもニヤニヤしてしまうんだ…。笑わないとやっていけないでしょ。


あーーーー財布と荷物どうしようかなーーーという気持ちが彼女を心配する気持ちを上回り始めた時、お土産やさんの壁に寄り掛かっている彼女を見つけた。

彼女はまだ僕に気付いていない。

ここは申し訳なさそうな顔をして近付いて適当に場を収めるしかない…なんてったって荷物も僕の財布も彼女が持ってるからね!!!


作戦通り僕は、申し訳なさそうな顔を作りながら小走りで彼女に近付いた。


「ごめん…探したよ…俺、何かミカちゃんのこと傷付けたかな…」


「もういいよ…自分で考えてわからないならいい…」


きた。


この怒った理由をノーヒントで当てなさいクイズ。

今回は本当にわからない。


「と、トイレに走って行ってごめん…俺、もう膀胱が限界で…」


「そんなことじゃないよ!もう…私の気持ち本当にわかんないの!?」


ハズレだった。マジかよ。


「本当にごめん…」


わからねーよ!という言葉を飲み込んで謝った。

また怒らせて財布と荷物を持ったままネズミー王国の外に出られたら本気で困る。


お互いに沈黙すること20分、いや本当はもっと短かったかもしれない。

寒いし、つまらないし、わからないし、周りのカップルたちの楽しそうな笑い声とキラキラしたBGMが僕の体感時間を狂わせていたのかもしれない。


根くらべに負けるようにやっと彼女が口を開いた。


「ミサキくんね、私と来たのに、学校とかバイト先のお土産ばっかり探してね…私との思い出の品とか買ってくれようとしないから…私なんてどうでもいいんだって思っちゃって…そうしたら悲しくなって…」


はああああ????

いやいやいやいや、だって僕めちゃくちゃバイト先に頭を下げてデートにきてるからね?

就職試験の最終面接を断ってきてるからね???

友達の誘いも断ってるからね???

そりゃ迷惑を掛けてるバイト先とか誘いを断った友達に気を使うでしょうよ!!!!

そりゃ彼女のお金でお土産買ってもらったのは感謝してるけど…。

というか買ったでしょ!ペアのコップがついてるお菓子さっき頼んだじゃん!!!


などという僕の思いは口にしてはいけない。

なんせ彼女は僕の財布と荷物を持っている。

クリスマスイブ当日のネズミー王国、これ以上修羅場を繰り広げるわけにはいかない…。


「ごめんねミカちゃん…俺、自分のことしか考えてなかったよ…。ミカちゃんとの記念のものはミカちゃんに内緒で買おうと思ってたんだ。ネズミー王国内をもっと見てさ、いいものを買って驚かせようって思って…でも不安にさせちゃったね…ごめんね」


これは完璧な言い訳だろ…。

正直彼女との記念の品のことなんてすっかり忘れていた。

僕はネズミー王国のウォーターマウンテン近くにあるターキーの燻製さえ食べられたらどうでもよかった。すまん彼女。


でも正直に言って地獄を悪戯に長引かせるよりは、ここで謝った方がお互いのためだよね…と嘘をついた自分を正当化する。


「そうだったの!わたしってば…勘違いしちゃって…ごめんねミサキくん…」


どうやら信じてくれたらしい。

こういう彼女の14歳上とは思えない素直で単純なところってすごく可愛いんだ。


そのあとは目の前にあったお土産屋さんに入って、カップルでごった返す中彼女が選んだペアのストラップを買いました。


彼女っては少しおっちょこちょいなのと、少しふっくらしてるからか狭い通路だと他のカップルに当たっちゃうし、それに気付かないんだよね。


当たられてムッとしてる女の子に僕が代わりに「すみません…」と謝ってフォローする恒例行事も恋人の役割さ…なんてね。胃が痛い。


土日、クリスマス、年末年始と休みを取ってデートするの飲食店で働いている僕にとっては胃がキリキリするんだけど、彼女が嬉しそうにしてくれるからがんばれるよ。


土日休みの彼女に合わせて飲食店バイトの僕が土日に休むの本当にツライし、なんで付き合ってるかは最近わからないけどおっぱいが大きいから嫌いではないんだ。


ひたすら謝り倒して、服とか褒めて、なんとか彼女と仲直りをして駅まで送っていく。


次に会うのは僕の誕生日だねなんて笑いながら、関西に帰る彼女を東京駅のホームで見送った。








そして、2ヶ月後、前回のクリスマスデートでは失敗したけど、今回はがんばるぞ!

まず彼女の服を褒めよう!

お!彼女がいた!今日も可愛い服だな!おっぱいも大きいな!


「ミカちゃん久し振り!今日の服可愛いね!俺好み!新しく買ったの?」



そう僕は単純に彼女に笑って欲しかっただけなんだ。


「は?この服前のクリスマスデートでも着てたけど?ミサキくんわたしの服なんていちいち見てないよね!!!」


胃が痛い。

クリスマスなんて滅びてしまえ…イベントなんて滅びてしまえ…ネズミー王国なんて滅びてしまえ…

クリスマスイブ…キラキラしたカップルがたくさんいるネズミー王国で彼女にブチギレされて泣いて走って逃げられた思い出…そしてそれを半笑いで徒歩で追い掛けた僕…



クリスマスがキラキラしてるなんて嘘だ…クリスマスこそ悲しみと修羅場が生まれるのだ…



「あ!ネズミー王国のポスターだ!ミサキくんのせいでクリスマス台無しだったね…今年のクリスマスは楽しくしようね♡」

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