第二十三話 ~ 彗星 ~

第二十三話 ~ 彗星 ~


「栞(しおり)?!」


 瑞希(みずき)がアリシアに乗り込むと、副座には膝を抱えて座っている栞(しおり)が居た。


「寝てたんじゃなかったのか?」


「目が覚めたから......」


 膝に顔を埋める栞(しおり)に、出ていけとは言えなかった。それに、時間もない。仕方なく、瑞希(みずき)はそのままアリシアを起動させる。


Cl-Asクレイスは絶対使わないからな」


 釘を差すように言った瑞希(みずき)の言葉に、栞(しおり)が頷くのを横目で確認した。だが、気を付けるのは自分の方か、と瑞希(みずき)が心の中で呟く。


 瑞希(みずき)がコーラル・シーの甲板にアリシアを立たせる。アリシアは、その身に余るほどの大きな煌粒子砲を手に持っていた。煌粒子砲から延びるコードが、コーラル・シーのコネクタに接続されている。だが、瑞希(みずき)はそれを構えるより先に、オープンチャネルを開いていた。


「シルヴィアさん!」


 二度目の呼び掛け。だが、返信はない。そもそも、これが届いているかも分からない。けれど、何となく彼女と殺し合いたくはないと、瑞希(みずき)は思っていた。


「シルヴィアさん!」


 再度呼び掛ける。やはり、返事はしてくれない。これ以上モルドレッドに近寄られれば、接近戦を余儀無くさせられるのは明確だった。不本意ではあったが、煌粒子砲を構える。


 出力を最大の半分に絞ってから、モルドレッドに狙いを付ける。ピッ、ピッ、と心電図のような電子音を聞きながら、照準が安定するのを待つ。ハンドルを握る手に、じっとりと汗が滲む。


 照準機がモルドレッドを捉え、鳴り響く電子音がタイミングを逃すなと瑞希(みずき)を叱咤する。一瞬強ばった指先に力を込め、瑞希(みずき)は発射ボタンを押した。


 瑞希(みずき)に連動するように、煌粒子砲の引き金をアリシアが引く。煌粒子砲が燐光を発し、それらが砲塔へと集積していく。そして、不意に視界が灼かれた。


「......っ!! シルヴィアさん!」


 自分で撃っておいて相手の心配をするとは随分と滑稽な話だが、それでも瑞希(みずき)はシルヴィアの生存を心底願っていた。


 煌粒子砲から放たれた蒼い光は、名残惜しそうに尾を伸ばしながらモルドレッドへと直進する。直撃すると思われたそれはしかし、モルドレッドの左足を僅かに焦がす程度に留まった。


 亜光速よりかなり遅いとは言っても、放ってから着弾までは一瞬だ。それを躱したシルヴィアの腕前に感嘆しつつ、瑞希(みずき)はほっと胸を撫で下ろす。だが、これで諦めて引き返すはずがない。瑞希(みずき)は再びモルドレッドに照準を合わせる。


 拡大された映像の中で、モルドレッドは桜の花びらが舞うようにふわりふわりと移動を繰り返す。その動きに翻弄され、瑞希(みずき)は狙いを定められないでいた。


「......っ」


 直撃しないように祈りながら撃ち続ける。一筋、二筋と光が伸び、モルドレッドの脇を掠めながら深い闇に呑み込まれるように消えていく。モルドレッドの生存を確認するたびに一々安堵し、そしてまた撃ち出す。自己矛盾で押し潰されそうになるのを、発射ボタンを押すことで払拭しようとした。


「くっ! シルヴィアさん、もう来ないで下さいよ! あんな目をしていた癖に、なんで!?」


 しかし、それすら限界になり、瑞希(みずき)は泣きそうな声を上げる。もはや狙いを付けることもせず、乱暴に引き金を引く。脳裏にちらつくのは、桜色の瞳。綺麗で、美しくて、魅惑的で、そして儚かった。


 砲撃の中を徐々に、否、ぐんぐんと進んで来るモルドレッド。いつの間にかその姿は目と鼻の先にまで迫っていた。不意に、煌粒子砲がバスンと音を立てて沈黙する。


「なっ!?」


 詳細表示には煌粒子砲の砲身温度を示すメーターが振りきっていた。


「オーバーヒート......!!」


 考え無しに打ち続けた代償だった。動きの止まったアリシアに、モルドレッドが突っ込む。咄嗟に振るった大剣のお陰で手足を掴まれることは無かったが、アリシアは甲板から吹き飛ばされる形となった。


「ぐ......っ!!」


 衝撃で息が詰まり、視界がちかちかと明滅する。姿勢制御の為にスラスターを吹かし、体勢を立て直す。追撃に来たモルドレッドと手を組み、両者が拮抗する。と、唐突に叶愛(かなえ)から通信が入った。


『織弦(おりづる)瑞希(みずき)、そろそろ限界時間です。帰投してください』


「そう言われても......!」


 瑞希(みずき)が目の前のモルドレッドに視線を移す。その後方で、ビッグイーから信号弾が打ち上げられたのが見えた。もちろん、シルヴィアもそれには気付いていたはずだ。力がほぼ同じせいで、どちらも動き出せずにいた。


「シルヴィアさん、もう退いてください! このままじゃ......」


 言いつつ、瑞希(みずき)が今度は左側に目を遣る。そこには、煌々と耀く青い惑星があった。アリシアが徐々にそちらへと引き寄せられていることに、瑞希(みずき)は言い知れぬ不安を感じた。


 だが、先に動いたのはモルドレッドだった。押し合いになっていた状況から不意に引き寄せられ、コックピット付近に膝蹴りを打ち込む。


「うっ!!」


 地球に気を取られていた瑞希(みずき)は、咄嗟の事に反応できず、頭部を強打する。意識の失った瑞希(みずき)と同じように、アリシアも力が抜けたようにぐったりとなった。


 アリシアを担いだモルドレッドが、ビッグイーへと戻ろうとブースターを噴かす。だが、些か遅かった。煌粒子砲が掠めた部位から、推進材が漏れでていたせいで、重力圏から抜け出せなくなってしまっていた。


 否、実際には、モルドレッドだけなら抜ける事が出来ただろう。だが、何も成果を挙げられずに二度も引き返す事は、シルヴィアには出来なかった。


 アリシアとモルドレッドの二機は、地球の空を彗星の如く流れていった。

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Curse-PUR ~偽りの英雄譚~ P.T. 真藤 ゆき @YukiSindo

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