第二十二話 ~ 三十分 ~

第二十二話 ~ 三十分 ~


 遠くから見たモルドレッドは、細長い指を持つ手は短く、足も短い。対して、頭部が妙に長い。その姿は、なるほど、まさしく闇夜に浮かぶ一輪の夜桜の様だった。


 小さくて、美しく。可憐で、儚い。パイロットの少女を思わせる様な、そんな光景だった。


「いいか、お前は大人しくここにいろ」


「え? でも......」


「この距離ならコーラル・シーの全速力で振り切れる。だから、じっとしていろ」


 雪夜ゆきやの語気に圧され、瑞希みずきは黙り込む。確かに、しおりのいない状況で彼女と相対するのが得策でない事くらい、瑞希みずきにも分かっていた。仕方なく、瑞希みずきは空いている通信席の一つに座る。


「状況は?」


「例のANアームノイド一機が急速に接近中。ビッグイーも後続してきます」


 瑞希みずきの隣に座っていた男が、雪夜ゆきやの問いに声を張り上げて答える。それを聞いて、今度は別の方に向かって雪夜ゆきやが訊ねる。


「大気圏降下までの時間は?」


「およそ三十分後に降下体勢に入ります」


 返答を聞き、雪夜ゆきやが唸る。長いな、と言う雪夜ゆきやの呟きが瑞希みずきの耳を掠めた。


「援軍が望めればまた状況は変わっていただろうが......言っても仕方ないか。一応、対ANアームノイド戦闘の準備はしておけ」


「はい」


 ピリピリとした緊張感が肌を刺す。難しい単語が行き交い、その中で、瑞希みずきは無力さと無知さを噛み締めるしか出来なかった。


 艦長席に座るのは、自分と同じ顔の持ち主。今は混乱を避けるためかバイザーを着けているが、中身は自分と同じ人物なのが一層瑞希みずきの心に影を落とす。


「隊長、ミサイル来ます! 数は......八!」


「拡散弾で誘爆させろ! 撃ち漏らしは対空射撃で対応! 頼んだぞ」


「はい!」


 艦の後方で起きた爆発の衝撃が、微かに振動として伝わってくる。拡散弾から逃れた一発が瑞希みずきの目の前で対空射撃の餌食になる。先程よりも強い振動が艦を揺らし、爆発の光が瑞希みずきの顔を赤く照らす。


「第二射来ます!」


「撃ち落とせ!」


 小刻みに感じる揺れに身を任せる。何も出来ずに、ただメーターに眼を落としていた。


 不意に、一際大きく艦が揺れる。非常事態を知らせるアラームが鳴り響き、ブリッジ内が赤く染まった。心臓がどくんと脈打ったのが分かった。


「何が起きた!?」


「艦後部の第三ブースターが被弾した模様! 航行に影響は......!!」


「どうした!?」


 報告を行っていた人が、何かに気付いてはっとする。その反応にただならぬ危機感を覚え、雪夜ゆきやがいつもより焦りの混じった声を出す。


「て、敵機との相対速度、マイナスに転じました! このままですと五分後に接触します!」


「な......っ!!」


 降下体勢に入るまで残り約十五分、このままでは間に合わない。雪夜ゆきやの顔に苦悶の表情が浮かぶ。対して、瑞希みずきの顔に微かに生気が戻る。


「足止めは出来ないのか!?」


「やってます! ですが、敵機の速度、依然落ちません!」


「くそっ!」


 雪夜ゆきやの額に汗が滲む。もう少し体勢を整えるべきだったかと自問する。援軍を呼ぶべきだったかと後悔する。だが、恐らくどちらも間に合わなかっただろう。


「仕方ない......!」


 そんな過ぎ去った、今更どうしようも無いことを考えるよりも、次の行動を起こそうと雪夜ゆきやが席から立ち上がりかけ、呼び止められた。


雪夜ゆきや!! 俺に、俺に行かせてくれ!」


瑞希みずき......」


 声を上げて立ち上がった瑞希みずきに、雪夜ゆきやが眼をやる。何を言いたいかは分かる。出来れば行かせたくないと、そう言いたげだ。だが、瑞希みずきの予想に反し、雪夜ゆきやはあっさりと許可を出す。


「分かった。ハッチに向かえ」


「......え?」


「十分足止めしろ。いいな?」


 一瞬瑞希みずきは戸惑いを見せたが、強く頷き、すぐにハッチへと向かった。それを見てから雪夜ゆきやが回線を繋ぐ。相手は技術長だ。


『ん? あぁ、雪夜ゆきやか、どうした?』


「馬鹿が一人そっちへ行った。自慢のあれを渡してやってほしい」


『あれって......いいのか?』


「あぁ、すまない」


 通話口の向こうからやれやれと言った溜め息が聞こえる。それでも快く引き受けてくれた事に、雪夜ゆきやは感謝する。


 少しすると、今度は瑞希みずきから通信が来る。慌てて乗り込んだのだろう、ヘルメットもまだ被っていなかった。


雪夜ゆきや、あれは?』


「煌粒子砲の試作品だ。艦砲用に一応造らせてみたが、取り付ける時間が無くてな。小型とはいえANアームノイドに対しては少し大きいが、使えなくもないだろう」


『わかった』


 瑞希みずきがそう言い、プツッと通信が切れる。一息吐いて雪夜ゆきやが艦長席にもたれ掛かる。それを叶愛かなえが横目で見ているのに気付いて、雪夜ゆきやが声を掛けた。


「なんだ?」


「いえ、本当に良かったのですか?」


 叶愛かなえが懐疑的な視線を雪夜ゆきやに送る。その視線を受け、雪夜ゆきやが少し困った表情を見せた。


「良かったかと言われれば、良くはないだろうな」


「なら......」


「だが、あれには瑞希みずきが最適だろう」


 雪夜ゆきやの言わんとするところは叶愛かなえも十分理解している。最適、確かにそうだ。瑞希みずきとモルドレッドのパイロット、シルヴィアが相対し、会話をするなら。だが、それは逆に危険も帯びている行為だ。


『聞いてください! シルヴィアさん!』


「......あいつ、オープンチャンネルだとこっちにも筒抜けって気付いてないのか」


 コーラル・シーの甲板で瑞希みずきがシルヴィアに呼び掛ける。その目はどこまでも真っ直ぐで、どこまでも必死だった。それが、雪夜ゆきやには羨ましく感じたのだ。

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