第二十一話 ~ 桜色の瞳 ~
第二十一話 ~ 桜色の瞳 ~
「シルヴィア・ルイス。出撃します」
モルドレッドが羽を広げて静かに飛び出す。ペダルを踏み込み、ブースターの出力を引き上げる。それは彗星の如く直進し、一瞬で、瞬き一つの間で瑞希(みずき)と雪夜(ゆきや)の間に割って入った。
『なっ! くっ、瑞希(みずき)!!』
モニターの向こうで、雪夜(ゆきや)が叫ぶ。それは恐らく、逃げろ、と言う意味だろう。だが、それがもう不可能に近いことは、瑞希(みずき)の目の前の光景が証明していた。
メレディスの右腕が、いつの間にか胴から切り離されていた。
「雪夜(ゆきや)!!」
『大丈夫だ。片腕失っただけだ、まだ何とかなる......と言いたいが、無理そうだな』
モルドレッドは
モルドレッドが右腕を振るう。雪夜(ゆきや)は回避を試みる。が、一瞬遅かった。モルドレッドの
『ぐっ』
その衝撃で、雪夜(ゆきや)の顔が歪む。雪夜(ゆきや)は
なら、瑞希(みずき)のやることは一つだけだ。
「栞(しおり)!」
「......」
瑞希(みずき)が栞(しおり)にアイコンタクトを送る。それに、栞(しおり)は無言で首肯した。これが栞(しおり)にとっては大きな負荷になることは瑞希(みずき)も分かっている。けれど、まずはこの危機から脱しなくてはと考えたのだ。
「アリシア! 俺に、力を貸せぇ!」
瑞希(みずき)が叫ぶ。それに呼応するようにアリシアから白い燐光が発せられる。コックピット内にも同様の光が満ちていた。その発生源は栞(しおり)だ。
シルヴィアがそれを見留め、攻撃対象をアリシアへと変える。アリシアの動きを警戒しつつ、最短距離を最速で飛び、急速に接近した。
「あいつ!!」
雪夜(ゆきや)が瑞希(みずき)の行為に毒吐くも、今の自分には何も出来ない現状なだけに、舌打ちするしかなかった。
モルドレッドは振りかぶった右腕をアリシアの胸部に向けて突き出す。蒼い閃光が煌めき、当たるかと思われたそれは、寸でのところで白い大剣に阻まれた。
だが、シルヴィアに驚きの表情はない。ただ、機械のように無機質な視線が、目の前の現状を捉えているだけだ。
シルヴィアは右腕をそのままに、次いで左腕を突き出す。アリシアは今度はそれを受け止めず、右腕を押し返す形で距離を取った。
「はぁ、はぁ、はぁ。......くそっ、大剣じゃだめだ。もっと別の、取り回しの効く武器を......っ!!」
瑞希(みずき)が武器の相性の悪さに頭を悩ます。だが、モルドレッドはそんな暇も与えぬと言ったように、次の攻撃動作に移る。
モルドレッドの背部ユニット、昆虫の羽の様なものが大きく開き、裏面をアリシアへと向けられる。途端、青白い光が発せられ、数多のミサイルが複雑な軌道を描きながら飛来して来る。
「避けられない......っ!!」
着弾も覚悟した。が、しかし、それは杞憂に終わった。先程まで長大な剣だった瑞希(みずき)の
白く半透明に展開された
「......形が、変わった?」
モルドレッドも一瞬怯んだだけで、素早く後ろからの攻撃に移行する。
「は、はや......っ!!」
瞬時に回り込んだモルドレッドが、振りかぶっていた右腕を降り下ろす。
瑞希(みずき)もアリシアを反転させ、展開していたシールドでギリギリそれを防ぐ。直撃は免れたが、衝撃は瑞希(みずき)達に襲いかかる。
「ぐっ」
衝撃で息が詰まり、意識が飛びそうになるのを必死に堪える。その間にもモルドレッドは再び背後に回り、攻撃を仕掛ける。再度アリシアがそれを防ぎ、三度モルドレッドが背後に回る。
要するに、袋叩きにされていた。機体性能では同等だが、パイロットの技術に雲泥の差がある。このままではいずれやられてしまうことは瑞希(みずき)が一番分かっていた。
「シールドじゃダメだ、なにか別のもの!」
この状況を打破できる武器、それを瑞希(みずき)は夢想する。
先程の長大な剣、駄目だ、取り回しが悪すぎる。雪夜(ゆきや)が変形させた煌粒子砲、距離を詰められて終わりだ。アンドレイのハンマー、癖が強すぎて扱えない。
......なら。
モルドレッドが何度目かの斬撃を繰り出す。それをアリシアは正面に捉え、両手を向ける。モルドレッドの爪がシールドに触れる直前、純白の光が生じ、爪が何かに弾かれる。
「......!!」
シルヴィアが何かを察し、後ろに飛び退く。その一瞬後に、十字の閃光が走った。
アリシアの両手を包んでいた光が霧散し、先程の閃光の正体が明らかになる。握られていたのは、刀だった。太刀より短めで、脇差しと言った方が正しいように思えるそれは、どことなく斎(いつき)の
再び形状を変えたアリシアの
「変わってくれた!! これで!!」
対して、瑞希(みずき)は己の
モルドレッドが右腕を降り下ろす。アリシアはそれを片方の刀で受け止め、もう片方をモルドレッドの左胸に突き立てる。だが、今度はモルドレッドがそれを左腕で受け流した。
二機が一度距離を取る。そうして対峙したところで、モルドレッドが
瑞希(みずき)は雪夜(ゆきや)だろうと思い、何気なく通信を受ける。と、モニターの隅に映し出されたのは、見覚えのないパイロットスーツに身を包んだ少女だった。
『......アリシアのパイロットだな?』
凍てつく声音に、瑞希(みずき)はドキリとした。この人は、モルドレッドのパイロットだと、その時に気付いた。
シルヴィアを見る瑞希(みずき)の視線に敵意が宿る。だが、シルヴィアはそれを真っ直ぐと見返していた。
『私の名は、シルヴィア・ルイスだ。お前は阿霜(あそう)......いや、織弦(おりづる)瑞希(みずき)の方だな?』
名を当てられ、額に汗がじわりと浮かぶのを感じる。話を効く必要は無かったのだろうが、つい手を止めてしまった。
『降伏しろ。お前では私に勝てない』
「なっ!」
『私の命令は確保だ。出来れば、機体もお前も傷を付けたくない』
シルヴィアのその言葉に、瑞希(みずき)は言葉を詰まらせる。シルヴィアの眼には欺瞞も慢心もない。ただ、事実としてそう言っているようだった。裏も表もない、提案をしているのだ。
「そうかも、知れません......」
『......! なら......』
「けど! 俺にだってやらなきゃいけないことくらいあるんですよ!」
モニターに向かって思いっきり声を上げ、通信を一方的に切る。アリシアが刀を構え直すと、モルドレッドも
「......っ!! しつこ......」
『瑞希(みずき)、後ろに飛べ!』
「え? あ、ちょ!」
シルヴィアからの通信だと思った瑞希(みずき)が、突然出てきた雪夜(ゆきや)の顔に驚く。暫しの間、思考が停止してしまったが、言われた通りに全速力で後退した。モルドレッドも何かに気付き、急停止ののち、急後退をする。
と、そこにミサイル弾頭が飛来する。それらはモルドレッドへの着弾を待たずに破裂し、モルドレッドをアリシアから遠ざけるように爆発していく。
さすがにモルドレッドもその中を突っ切ることは出来ず、徐々にアリシアから離れていく。
束の間の休息。だが、油断は出来ない。額に浮かぶ汗を拭おうとして、ヘルメットに阻まれる。自分の呼吸音が嫌に大きく聞こえた。
爆発に追われていたモルドレッドが、ミサイルが尽きると同時にこちらを向く。モルドレッドの頭部に浮かぶカメラアイの光が、シルヴィアのそれと重なる。
訴えかけるような目、その眼光に、瑞希(みずき)は背筋が冷えるのを感じる。だが、それは唐突に終わりを告げた。
モルドレッドの背後で閃光弾が光る。花火のようなそれを見留めたモルドレッドが、こちらを一瞥したのち、ヨークタウン級へと戻って行った。
「......?」
どういう状況なのか分からず、瑞希(みずき)はそれを懐疑的な視線で見送る。と、それを見ていた雪夜(ゆきや)が口を開く。
『戻って来い、瑞希(みずき)。一時休戦のようだ』
「え、で、でも......」
『お前も栞(しおり)も限界だろ、アリシアも補給が必要なはずだ』
そう言われ、瑞希(みずき)がメーターに目をやる。エネルギーは半分を切って、バルカンの残弾は殆どない。何より、栞(しおり)が心配なのは同意見だ。
「分かった。戻る」
瑞希(みずき)は
ヨークタウン級の格納庫にモルドレッドを捨て置き、シルヴィアはブリッジへと向かっていた。薄氷のような色の長い髪を一つに結び、薄ピンクの、桜色の瞳には、複雑な感情を宿していた。
「あいつも、同じなのか......」
そう独り言ちながらブリッジへと入る。ブリッジには、操舵手、通信手、火気管制手等、十人程が難しい単語を並べながら、この艦を制御していた。
その中の一人、恐らく艦長席にあたるであろう場所に座っていた男が、シルヴィアに気付いて振り向く。
「ああ、ルイス大尉、ご苦労だったな」
「いえ、任務を完遂できず、申し訳ありません」
「なぁに、問題ないさ。次に期待している。それに、予想以上に面白いものも見れたしな」
男の名はアルベルト・マッケンジー。このヨークタウン級の艦、エンタープライズの艦長だ。アルベルトが、その丸い顔に悪人代官のような笑みを浮かべる。
艦の皆からは父のように慕われているアルベルトだが、悪役が板に付きそうな顔のおかげで、よく誤解される損な人物である。
「それで、これからどうすれば?」
「補給が終わればもう一度行ってもらう」
「では、なぜ戻したのですか? そこまでの消費は無かったと思いますが」
シルヴィアの問いに、アルベルトが口を尖らせる。
「......なんとなくだ。悪かったな」
「いえ、出過ぎた発言でした」
シルヴィアの顔色を伺い、大して不快に思っていないであろうことを確認してから、アルベルトが館長席に座り直す。
「ビッグイーはこのままコーラル・シーとの距離を保ちつつ前進。三十分後に再びモルドレッドを出す」
「はっ!!」
アルベルトが艦長らしく声を張り上げて指示を飛ばす。ビッグイーとは、この艦、エンタープライズの愛称だ。アルベルトは全員の返事を聞き、それにひとつ頷く。
「すまんな、大尉。また頼んだ。期待しているぞ」
「はっ」
シルヴィアにだけ聞こえるように、小声でアルベルトが呟く。シルヴィアの方を向かないのは、アルベルトが彼女に特別な感情を抱いている証拠だろうか。
快く返事をしてブリッジから出ていくシルヴィアの背中を一瞥し、アルベルトは少しだけ顔を引き締めて正面を見据えた。
ベッドに横になった栞(しおり)を見ながら、瑞希(みずき)はモルドレッドとの戦闘のことを回想していた。
「シルヴィア・ルイス......」
淡い桃色の瞳の少女を思い出しながら、少女の名を口にする。
凄く、綺麗な眼だった。けれど、凄く、悲しい眼をしていた。どうしようもなく同じだった。自分と彼女は、同じなのだ。
ふと、後ろのドアが開いた。入ってきたのは雪夜(ゆきや)だ。その表情は些か曇っている。
「瑞希(みずき)、少しは休め」
「......何も、言わないんだな」
「ん?」
瑞希(みずき)の言葉に、雪夜(ゆきや)が首を傾げる。瑞希(みずき)の背中は少し震えているようだった。
「勝手に飛び出して、栞(しおり)に無理させて、結局何も出来なかった......」
「少しは自覚があったのか」
瑞希(みずき)の弱々しい呟きに、雪夜(ゆきや)の呆れた声が被さる。その言葉に、瑞希(みずき)は膝の上の手を強く握った。
「お前の判断は、確かに正しいとは言えないな」
雪夜(ゆきや)の言葉に、瑞希(みずき)の肩がびくっと跳ねる。それに気付かないふりをしつつ、雪夜(ゆきや)は続ける。
「でも、二人とも......いや、全員無事だったんだ。それでいいんじゃないか? お前が納得できないなら殴ってやってもいいぞ」
雪夜(ゆきや)の言葉に、瑞希(みずき)の顔が綻ぶ。優しいな、この男は。そう思いながら、顔を雪夜(ゆきや)の方へ向ける。
「殴られるのは遠慮しておく」
雪夜(ゆきや)の優しさに甘えているのを自覚しながら、自嘲気味の笑顔を貼り付ける。雪夜(ゆきや)は、それについて何も言わなかった。
「そうだ。お前に今後の事は言っておかないとな」
「あ、うん。お願い」
雪夜(ゆきや)が話題を転換する。ここでも雪夜(ゆきや)に甘えてしまった。
「これから、コーラル・シーは地球に向かう」
「うん。......ん? 地球?」
「そう、地球だ。この艦には大気圏降下機能もついているしな」
「え? じゃあ何のために宇宙に来たの?」
瑞希(みずき)の頭上に疑問符が舞う。せっかく苦労して来たのに、帰ると言うのは何故なのか。そう思うのは普通だろう。
「いろいろあるが、予定が前倒されたから......かな?」
「それって......?」
雪夜(ゆきや)の答えになってない答えに、疑問を被せる。その問いに雪夜(ゆきや)は苦笑いを浮かべる。
「その理由もたくさんある」
微妙にはぐらかされた気もするが、そこはいい。他の疑問へと移行する事にした。
「さっきの人達は、何?」
「恐らく、ビッグイーの奴等だろうな」
「ビッグイー?」
瑞希(みずき)の問いに雪夜(ゆきや)が頷く。
「あの艦の愛称だ。
何となくしか分からなかったが、とりあえず面倒な艦だと言うことは伝わった。
「追ってくると思う?」
「恐らくな。奴等の狙いはアリシア......いや、栞(しおり)と俺、それに、お前の確保だろうな」
雪夜(ゆきや)の言葉に瑞希(みずき)が息を飲む。確か、戦闘中にシルヴィアもそう言っていた、と瑞希(みずき)が思う。
「だが、恐らくこのままなら逃げ切れるはずだ。幸い、向こうには大気圏に降下出来る機能が搭載されていない」
その言葉に、とりあえずホッとする。そうして、気付いた。自分が出撃しないことではなく、シルヴィアと戦う必要が無いことに安堵していることに。
なぜ、と疑問に思うことはしかし、甲高いアラーム音に掻き消された。
『コンディション・レッド発令、コンディション・レッド発令......』
「くっ、予想以上に早いな......っ!」
「雪夜(ゆきや)! 俺も......」
「一先ずブリッジに向かうぞ!」
そう叫びつつ、雪夜(ゆきや)が部屋から飛び出す。そのあとを瑞希(みずき)も追う。一度浮かんだ考えを払拭するように、ただ前の背中だけを見て。
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