第二十話 ~ 変わらない自分~

第二十話 ~ 変わらない自分 ~


 飛び出した宇宙は、広大で、どこまでも漆黒で、果てしなかった。振り返れば、青く、神秘的な星がその存在を主張していた。


「......っ」


 その光景に、暫く自分が戦地にいることを忘れるほどの衝撃を、瑞希みずきは受けていた。自分のちっぽけさを、無力さを、嫌でも感じさせられた。それを堪らなく不快に感じだ。


 感傷に浸る瑞希みずきを、爆発の閃光が現実へと引き戻す。見れば、マーコットが持つミサイルポットからのミサイルを、雪夜ゆきやが随時撃ち落としていた。


 危なげ無いように見えるが、徐々に距離を詰められているのが分かる。雪夜ゆきやの技術が高くても、機体性能はほとんど同じな上に、多勢に無勢だ。落とされるのは、時間の問題かもしれなかった。


 その光景に苛立ちを覚える。自分の行いが正しかったんだ、という満足感が胸を満たし、それが胸焼けのような嫌悪感に変わっていく。


「余裕なんじゃなかったのかよ!? なんで押されてるんだよ!? 雪夜ゆきやぁぁ!」


 やり場のない胸のもやもやした感情を、目の前の現状にぶつけるように叫ぶ。アリシアの翼が、瑞希みずきの感情に呼応するようにはためく。黒塗りのキャンバスに、純白の一線が煌めいた。



 油断していたわけではないし、もちろん、舐めていたわけでもない。ただ、少しだけ思っていたよりも愛国精神の強い人たちだった、と言うだけの事。


「腕を落とせば退いてくれると思ったが......予想以上に粘るな」


 放たれるミサイルを撃ち落としながら、雪夜ゆきやが独り言つ。


 相手は、利き腕ではないであろう腕でCl-Asクレイスを展開し、雪夜ゆきやへと攻撃を仕掛けてくる。


 不器用な感じは否めないし、無様とも言える程ぎこちない動きだ。しかし、それを補うように一撃離脱の波状攻撃を繰り返し、雪夜ゆきやに反撃の隙を与えない。訓練された、非常に素晴らしい動きだと評価せざるを得なかった。


「元同僚としては誇らしい限りだが、その根性をG.C.O.ジーコとの交渉に使ってくれればと......いや、言うまい。奴らにも戦う理由があるんだろう。俺と同じように......」


 誰もが皆、何かと戦っている。人間にとって、戦いとは日常だ。相手が変わるだけで、戦いは尽きない。


 そして、戦いには理由がある。自分の為だと言う人もいるだろう。愛する人の為だと言う人もいるだろう。もしかしたら、見知らぬ誰かの為だと真顔で言うロマンチストもいるかもしれない。


 それはそれで結構な事だ。勝手にすれば良いと思う。雪夜ゆきやにとっては、あそこにいる皆を守るということ以外に理由なんか無い。それが世界を壊すことになっても、戦い続けると決めたのだ。


 そんな風に感慨深く思いながら、コーラル・シーを振り返り、瞠目する。。


 コーラル・シーから伸びる一筋の光を見留めた。その正体が分かって、雪夜ゆきやは溜め息を吐く。


「やっぱり来たか......叶愛かなえにもっと強く言っておくべきだったな」


雪夜ゆきや!』


 モニターに瑞希みずきの顔が映し出される。焦り、苛立ち、心配、憎悪......色々な感情がない交ぜになった視線が、雪夜ゆきやに注がれる。


 端から見たらそんなに危なげだったのか、と少しばかり反省してみた。殺さない、というのは、存外骨が折れるものなのだ。


 しかし、そこまでは別に良かった。瑞希みずきにも一応戦闘経験があるし、大して心配もしていない。一人でも引き付けてくれれば、こちらが有利になる。

 だが、昏睡していたはずのしおりが一緒にいることは予想外の状況だった。流石の雪夜ゆきやも、こればかりは頭を抱えた。


「なんでしおりも連れてきたんだ......」


『そ、それは......しおりが来るって聞かなくて......』


 責めていたつもりもないし、無理矢理連れてきたとも思っていなかったから、その返答は不要だったのだが。

 ただ、瑞希みずきが気まずそうに眼を逸らすから、雪夜ゆきやも、それ以上強く言えなかった。と言うより、相手がそれをさせてくれなかった。


「くそっ! 新手か!」


 アリシアの接近に気付いたマーコットが、ミサイルを射出する。放たれたミサイルは、白い尾を伸ばしながらうねり、瑞希みずきの乗るアリシアへと向かう。

 ミサイルを放ったマーコットは、追撃を仕掛ける為にその後を追う。


「ミサイル! これも追尾式!?」


 ミサイルの狙いがこちらだと気付き、急停止、そして旋回をするも、ミサイルも目標を見失わずに付いてくる。その後ろにグリーブス型の姿も確認できた為、止まるに止まれない。


「だから来るなと......」


 雪夜ゆきやが加勢のために向かおうとするも、他の三機が立ち塞がる。


「まあ、一機減らしてくれた事は感謝しなければな」


 相手はCl-Asクレイスを展開している。油断は出来ないが、脅威と言うほどでもない。迅速に対処すれば、瑞希みずきの手助けに行ける。雪夜ゆきやが剣を取り出して相手に向かっていった。



 敵艦との距離を取りつつ、コーラル・シーは宙域を漂っていた。敵艦に戦闘を始める様子はない。だが、それが逆に不自然だった。


夕凪ゆうなぎ中尉、どうします?」


「現状維持に徹して下さい。出来れば無用な戦闘は避けたいです」


「了解」


 そう口では言っても、敵の狙いが分からない。雪夜ゆきやとの交渉が目的なら、もっと大部隊で、力で屈服させた方が速いだろう。


 雪夜ゆきやが戻ってくると信じていたのか?


 いや、それも無いだろう。明らかに人選がおかしい。

 ならば、何が目的だ。敵にこちらの戦力は割れている。それを見越して、こんな小規模部隊を寄越した理由は。


「......? ......っ!! しょ、少尉!」


「どうしました?」


 光学望遠を行っていた一人が声を上げる。


「敵艦のハッチが! モニター出します!」


 そう言って、映像がモニターに映し出される。そこには、ヨークタウン級のハッチが開き、新たなANアームノイドが発進しようとする姿が映っていた。


ANアームノイド? いまさら何を......」


「いえ、ANアームノイドの左肩を!」


 映像が拡大され、ANアームノイドの左肩が克明に映される。そこには、煌々と光輝く文字が記されていた。


「アヴァロン......っ」


 叶愛かなえが眼を見開く。それだけの意味が、その文字には込められていた。


「まさか、アヴァロンを投入してくるなんて......」


 ハッチが開ききり、ANアームノイドの全容が明らかになる。


 薄ピンクの機体。丸い羽を持った機体。どこか女性的で、どこか狂気に満ちた機体。機体の名はモルドレッド......楽園の守護者の一機だ。



 ミサイルに追われる瑞希みずきは、アリシアの武装を確認していた。小さなウインドウに武器の特性と、機体のどの位置に装備されているのかが表示されている。


「武器は......Cl-Asクレイスと......剣、それに......バルカン? これなら!」


 胸部、人間で言うところの鎖骨の辺りに当たる場所にバルカンが内蔵されているようだった。瑞希みずきはアリシアを反転させ、ミサイルの方を向ける。


 グリップのボタンを操作すると、胸部装甲のカバーが開き、バルカンの砲塔が顔を見せた。


「当たれっ!」


 懇願するように声を上げ、親指のボタンを押す。バルカンが火を噴き、凄まじい速さで弾丸が打ち出される。それはミサイルの形を歪め、爆発四散させた。


「よし、次!」


 あと二発。狙いを変え、再度バルカンを撃ち出す。二度目の爆発。その光に目をすがめ、最後の一つを撃ち抜く。


 爆炎の向こうからマーコットの機体がこちらへと突っ込んでくる。手には短めの剣状のCl-Asクレイスが展開されている。こちらの剣で受け止めることが出来ない以上、避けることしか出来ない。


「これじゃあ埒が......」


「みずき......」


 解決の手段が思い浮かばず、眉をひそめる瑞希みずきに、しおりが声を掛ける。振り向く顔には、相変わらず悲哀な表情が貼り付いていた。


「だめだ! あれはしおりに負担を掛けるものだろう? そんなの、だめだよ!」


 名前を呼ばれただけだが、何を言いたいかはすぐにわかった。しおりの提案を強い口調で否定し、瑞希みずきは目の前に集中する。


 頭をフルに回して、無い知恵を振り絞る。相手は片手を使えない。この至近距離ならミサイルも使えない。それに対して、こちらは両手を使える。だが、Cl-Asクレイスは使えない。バルカンも威嚇程度にしか使えない。


「威嚇程度でも!」


 バルカンを相手の頭部に向けて放つ。頭部の装甲が悲鳴を上げながら徐々に削れていく。だが、それだけだ。頭部の破壊も見込めそうに無い。それでも、マーコットが少々冷静さを欠く程度の効果はあったようだ。


「ええい! 鬱陶しい!」


 頭部に着弾するバルカンのおかげで、モニターに映る映像が振動する。マーコットはそれに苛立ちを覚え、Cl-Asクレイスを降り下ろす。それは、悪手だったと言わざるを得なかった。


 降り下ろされた左腕。その手首をアリシアが掴んで受け止める。


「なっ!」


「うぉぉぉお!!」


 そして、瑞希みずきは間髪を入れずに剣をグリーブス型の左腕の間接部に叩き込んだ。歪に間接部がへしゃげ、回線がショートして火花が散る。左腕は完全にその機能を無くし、Cl-Asクレイスも保持できなくなる。


「はぁ、はぁ、はぁ......」


「油断した......いや、相手の方が頭が回ったということか......まあいい、そろそろだな」


 息を乱す瑞希みずきと違い、腕を使用不能にされた方はやけに冷静に、そしてあっさりと退いていく。雪夜ゆきやの方も、三機全部が離れていく。


 明らかに何か意図があるようだったが、一先ず助かったと息を吐いた。だが、状況はそれを簡単には許してくれなかった。


「みずき......っ」


「......しおり?」


 しおりのいつになく危機迫った声に、瑞希みずきが怪訝な顔をする。と、緊急を伝えるアラーム音と着信を伝える音が同時に響く。


『気を付けて下さい。敵艦に新型機が乗せられているようです』


叶愛かなえさん? それって......」


 モニターには真剣味を帯びた表情の叶愛かなえが映る。叶愛かなえの言葉に、瑞希みずきは思わずしおりを見る。そのすぐ後に、雪夜ゆきやの顔も映された。


『新型? あの艦にか?』


『はい、アヴァロンと思われます』


 アヴァロンと言う単語を聞いて雪夜ゆきやの顔付きが変わる。


『アヴァロン......と言うことは狙いはこっち......いや、あるいは......まあいい、そっちも気を付けろよ』


『了解』


 プツッと叶愛かなえとの通信が切れる。なんとなく、その音が耳に残って、頭の中で警鐘に変わっていった。


瑞希みずき、お前は戻れ』


「なっ!」


 雪夜ゆきやの言葉に、瑞希みずきが顔をしかめる。ここで除け者にされるなら、来た意味がない。


『アヴァロン相手では危険だ。コーラル・シーで待機していろ』


「......っ!! また雪夜ゆきやはそうやって!! 俺を子供みたいに!!」


『......子供だろう?』


 瑞希みずきの叫びを、雪夜ゆきやの冷たい声が切り裂く。


『子供だろう? まだ、殺し合いを何も知らない、子供だろう? ......違うか?』


 モニターの向こうで、雪夜ゆきや瑞希みずきを睨み付ける。その眼に、瑞希みずき雪夜ゆきやと初めて出会った時の事を重ねる。


 けれど、黙っていられなかった。


「違わないさ! けど、俺が子供なら、あんただって子供だろう!!」


 瑞希みずきの言葉に、雪夜ゆきやは驚いたような表情を浮かべる。そして、微かに笑った。けれど、瑞希みずきは気付かない。頭をよぎるのは、血に染まった教室だ。

 けど、あの時とは違う。何も知らずに、立ち尽くしたあの時とは。


「守って見せるさ」


 しかし、やはりそれは偽りで。


雪夜ゆきやも......」


 自分勝手な自己満足で。


しおりも......」


 本質が、何も変わってない事から目を逸らして。


「もう、失うことは......」


 そんな変わらない自分が。


「嫌なんだ」



 コックピットの中に、少女の息遣いだけが木霊する。機体カラーと同じ薄ピンクの瞳がヘルメットの奥から覗いていた。その表情は、少女と言うには少し大人びていた。むしろ、成人女性と言った方がしっくりくる。


 この少女に見えるものは、瑞希みずきとは違うのだろう。揺れる瞳には、多くの死が映っていた。いつきと、同じ目をしていた。そこからは、生半可な路を歩いてきた訳ではないことが見てとれた。


『ルイス大尉、調子はどうかね?』


 モニターにふくよかな男が映し出される。男が、酒やけしたようなダミ声で少女に問う。それに、大丈夫です、と短く返した。


『任務は理解しているな? 君の実力を買っての采配だ。期待を裏切らないでくれよ』


「了解」


 男からの通信が切れ、少女は眼を閉じる。暗闇の中で、少女は瞼の裏に何を見ているのだろうか。

 再度開かれたその目は、真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ正面を見据えている。少女の、薄く、綺麗な唇が小さく動く。


「シルヴィア・ルイス。モルドレッド、発進する」


 二枚の、昆虫のような羽を広げ、モルドレッドは静かに出撃した。

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