第二十話 ~ 変わらない自分~
第二十話 ~ 変わらない自分 ~
飛び出した宇宙は、広大で、どこまでも漆黒で、果てしなかった。振り返れば、青く、神秘的な星がその存在を主張していた。
「......っ」
その光景に、暫く自分が戦地にいることを忘れるほどの衝撃を、
感傷に浸る
危なげ無いように見えるが、徐々に距離を詰められているのが分かる。
その光景に苛立ちを覚える。自分の行いが正しかったんだ、という満足感が胸を満たし、それが胸焼けのような嫌悪感に変わっていく。
「余裕なんじゃなかったのかよ!? なんで押されてるんだよ!?
やり場のない胸のもやもやした感情を、目の前の現状にぶつけるように叫ぶ。アリシアの翼が、
油断していたわけではないし、もちろん、舐めていたわけでもない。ただ、少しだけ思っていたよりも愛国精神の強い人たちだった、と言うだけの事。
「腕を落とせば退いてくれると思ったが......予想以上に粘るな」
放たれるミサイルを撃ち落としながら、
相手は、利き腕ではないであろう腕で
不器用な感じは否めないし、無様とも言える程ぎこちない動きだ。しかし、それを補うように一撃離脱の波状攻撃を繰り返し、
「元同僚としては誇らしい限りだが、その根性を
誰もが皆、何かと戦っている。人間にとって、戦いとは日常だ。相手が変わるだけで、戦いは尽きない。
そして、戦いには理由がある。自分の為だと言う人もいるだろう。愛する人の為だと言う人もいるだろう。もしかしたら、見知らぬ誰かの為だと真顔で言うロマンチストもいるかもしれない。
それはそれで結構な事だ。勝手にすれば良いと思う。
そんな風に感慨深く思いながら、コーラル・シーを振り返り、瞠目する。。
コーラル・シーから伸びる一筋の光を見留めた。その正体が分かって、
「やっぱり来たか......
『
モニターに
端から見たらそんなに危なげだったのか、と少しばかり反省してみた。殺さない、というのは、存外骨が折れるものなのだ。
しかし、そこまでは別に良かった。
だが、昏睡していたはずの
「なんで
『そ、それは......
責めていたつもりもないし、無理矢理連れてきたとも思っていなかったから、その返答は不要だったのだが。
ただ、
「くそっ! 新手か!」
アリシアの接近に気付いたマーコットが、ミサイルを射出する。放たれたミサイルは、白い尾を伸ばしながらうねり、
ミサイルを放ったマーコットは、追撃を仕掛ける為にその後を追う。
「ミサイル! これも追尾式!?」
ミサイルの狙いがこちらだと気付き、急停止、そして旋回をするも、ミサイルも目標を見失わずに付いてくる。その後ろにグリーブス型の姿も確認できた為、止まるに止まれない。
「だから来るなと......」
「まあ、一機減らしてくれた事は感謝しなければな」
相手は
敵艦との距離を取りつつ、コーラル・シーは宙域を漂っていた。敵艦に戦闘を始める様子はない。だが、それが逆に不自然だった。
「
「現状維持に徹して下さい。出来れば無用な戦闘は避けたいです」
「了解」
そう口では言っても、敵の狙いが分からない。
いや、それも無いだろう。明らかに人選がおかしい。
ならば、何が目的だ。敵にこちらの戦力は割れている。それを見越して、こんな小規模部隊を寄越した理由は。
「......? ......っ!! しょ、少尉!」
「どうしました?」
光学望遠を行っていた一人が声を上げる。
「敵艦のハッチが! モニター出します!」
そう言って、映像がモニターに映し出される。そこには、ヨークタウン級のハッチが開き、新たな
「
「いえ、
映像が拡大され、
「アヴァロン......っ」
「まさか、アヴァロンを投入してくるなんて......」
ハッチが開ききり、
薄ピンクの機体。丸い羽を持った機体。どこか女性的で、どこか狂気に満ちた機体。機体の名はモルドレッド......楽園の守護者の一機だ。
ミサイルに追われる
「武器は......
胸部、人間で言うところの鎖骨の辺りに当たる場所にバルカンが内蔵されているようだった。
グリップのボタンを操作すると、胸部装甲のカバーが開き、バルカンの砲塔が顔を見せた。
「当たれっ!」
懇願するように声を上げ、親指のボタンを押す。バルカンが火を噴き、凄まじい速さで弾丸が打ち出される。それはミサイルの形を歪め、爆発四散させた。
「よし、次!」
あと二発。狙いを変え、再度バルカンを撃ち出す。二度目の爆発。その光に目をすがめ、最後の一つを撃ち抜く。
爆炎の向こうからマーコットの機体がこちらへと突っ込んでくる。手には短めの剣状の
「これじゃあ埒が......」
「みずき......」
解決の手段が思い浮かばず、眉をひそめる
「だめだ! あれは
名前を呼ばれただけだが、何を言いたいかはすぐにわかった。
頭をフルに回して、無い知恵を振り絞る。相手は片手を使えない。この至近距離ならミサイルも使えない。それに対して、こちらは両手を使える。だが、
「威嚇程度でも!」
バルカンを相手の頭部に向けて放つ。頭部の装甲が悲鳴を上げながら徐々に削れていく。だが、それだけだ。頭部の破壊も見込めそうに無い。それでも、マーコットが少々冷静さを欠く程度の効果はあったようだ。
「ええい! 鬱陶しい!」
頭部に着弾するバルカンのおかげで、モニターに映る映像が振動する。マーコットはそれに苛立ちを覚え、
降り下ろされた左腕。その手首をアリシアが掴んで受け止める。
「なっ!」
「うぉぉぉお!!」
そして、
「はぁ、はぁ、はぁ......」
「油断した......いや、相手の方が頭が回ったということか......まあいい、そろそろだな」
息を乱す
明らかに何か意図があるようだったが、一先ず助かったと息を吐いた。だが、状況はそれを簡単には許してくれなかった。
「みずき......っ」
「......
『気を付けて下さい。敵艦に新型機が乗せられているようです』
「
モニターには真剣味を帯びた表情の
『新型? あの艦にか?』
『はい、アヴァロンと思われます』
アヴァロンと言う単語を聞いて
『アヴァロン......と言うことは狙いはこっち......いや、あるいは......まあいい、そっちも気を付けろよ』
『了解』
プツッと
『
「なっ!」
『アヴァロン相手では危険だ。コーラル・シーで待機していろ』
「......っ!! また
『......子供だろう?』
『子供だろう? まだ、殺し合いを何も知らない、子供だろう? ......違うか?』
モニターの向こうで、
けれど、黙っていられなかった。
「違わないさ! けど、俺が子供なら、あんただって子供だろう!!」
けど、あの時とは違う。何も知らずに、立ち尽くしたあの時とは。
「守って見せるさ」
しかし、やはりそれは偽りで。
「
自分勝手な自己満足で。
「
本質が、何も変わってない事から目を逸らして。
「もう、失うことは......」
そんな変わらない自分が。
「嫌なんだ」
コックピットの中に、少女の息遣いだけが木霊する。機体カラーと同じ薄ピンクの瞳がヘルメットの奥から覗いていた。その表情は、少女と言うには少し大人びていた。むしろ、成人女性と言った方がしっくりくる。
この少女に見えるものは、
『ルイス大尉、調子はどうかね?』
モニターにふくよかな男が映し出される。男が、酒やけしたようなダミ声で少女に問う。それに、大丈夫です、と短く返した。
『任務は理解しているな? 君の実力を買っての采配だ。期待を裏切らないでくれよ』
「了解」
男からの通信が切れ、少女は眼を閉じる。暗闇の中で、少女は瞼の裏に何を見ているのだろうか。
再度開かれたその目は、真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ正面を見据えている。少女の、薄く、綺麗な唇が小さく動く。
「シルヴィア・ルイス。モルドレッド、発進する」
二枚の、昆虫のような羽を広げ、モルドレッドは静かに出撃した。
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