第十九話 ~ 誰のため ~

第十九話 ~ 誰のため ~


 起動エレベータの出発口の前、そこに、G.C.O.T.ジーコットの兵達が整列していた。二列に並び、互いが向き合う。全員が正装だ。


 その中央を、重たい箱が運ばれていく。黒塗りで、人間大の箱。G.C.O.T.ジーコットの紋章が描かれた布が、中央に掛けられていた。


 それは、棺桶だった。


 覗き窓は固く閉ざされ、その死に顔を見ることは叶わない。聞くところによれば、後頭部から撃ち抜かれたらしい。と言うことは、そう言った配慮なのだろう。


 智将、アンドレイ・ガイダル。その男は、戦場に身を投じながら、戦場ではない地で死んだ。それは、軍人としては悔やまれる事だろう。


 本来、葬儀は定期的に、まとめて執り行われる。そうしないと毎日が葬儀になってしまうからだ。だから、個人でこうした葬儀が為されるのは珍しいことだった。


 アンドレイの旧くからの友人であるゲオルギーは葬列に列席しなかった。ショックが大きかったのだろうか。


 誰かが咽び泣く。それは、至るところから聞こえた。この男が慕われていたと言う証拠なのだろう。この地位にいながらにして、恨まれることはほとんど無かったと聞く。それが、こうした葬儀にも繋がっている。


 そんな中で、いつきはただ、茫然としていた。泣くことも無かった。棺に眼をやることもなかった。ただ、虚ろな眼で宙空を見ているだけだった。


 アンドレイの遺体が地上へ送られ、葬儀は終了する。皆が思い思いの話をし、思い出に浸る。


 いつきだけが、その場に立ち尽くしていた。


 たった数時間前まで、共に戦っていたのに......。


 それが、頭から離れなかった。


「何をそんなに落ち込んでいるんだ」


 後ろから幼い少女の声が聞こえた。気付けば、この場にいるのは自分一人だ。いつまでも戻らないいつきを、この少女は心配して来てくれたのだろうか。


「アホか。私が貴様を心配なんかするか」


 そうではなかったらしい。あくまで本人が言うには、だが。イヴは気まずそうな顔をして、いつきの前方にあった椅子に腰掛ける。前方といっても、結構な距離があるが。


「いつまでそうしているつもりだ?」


 足を組み、その上に肘をおいて、そして手で頭を支える。その状態で、イヴが訊ねてきた。


 なんて態度だ、とも思うが、彼女なりに気を使っているのだ。どんな表情をしたらいいのか分からないのだろう。こちらに目線を送ることもない。


 そんなイヴの姿を見て、顔が綻んでしまう。少しだけ、平常心を取り戻した。いつきがイヴの隣に腰を下ろす。


「こんな組織だと知っていても、まだ続けるのか?」


「そう、だな。あいつとの約束は、守らないと」


「相変わらず人間の考え方は分からないな」


「そうか? 私にはお前の考えていることは大体分かるけどな」


 イヴが少しだけ青筋を浮かべる。単純、と言われた気でもしたのか、ご立腹のようだった。


「まあ、なんにせよ元気が出たならそれでいいさ。その、なんだ、私もあまりいつきのそういう顔ばかり見たいわけではないしな......」


 最後の方が尻すぼみになったが、いつきには聞こえていた。眼をまん丸くし、ぱちくりと瞬きをする。その反応にイヴがまたも機嫌を損ねる。


「いや、すまない。そうやっていれば、見た目との齟齬に惑わされずに済むのにな、と思ってな」


 いつきが淡く微笑む。


「だから、そんな顔を見たくないと言っているのだ、私は......」


 その泣き顔にも似た笑みがいたたまれなくて、再びイヴは眼を逸らした。


 なぜ人間は、こんなにも強くあろうとするのか。


 それがイヴには理解できないのだ。弱く、脆いくせに、なんで。


 すっと、いつきが立ち上がる。その表情に、少女らしさなんか微塵もない。


「行くぞ、イヴ。私には感傷に浸る暇も、権利も無いんだ」


 そう言って、いつきは歩き出す。全ての責任をその小さな背に背負って。



 予断が許される状況では無かった。


 コーラル・シーの左手から、L. A.P.C.E.ラプセルR. の軍が迫ってきている。だが、数自体は小規模だ。それが救いだった。


叶愛かなえ、母艦の種類は分かるか?」


「はい。恐らくヨークタウン級かと」


「ヨークタウン級か、古いな。どこの隊だ?」


「そこまでは......」


「そうか」


 雪夜ゆきやはそれだけ聞き、格納庫へと向かった。


「さて、やるか」


 ハッチが開き、機体を前へと進める。


 今回雪夜ゆきやが乗っているのは、アリシアではなくL. A.P.C.E.ラプセルR.  の量産機、グリーブス型のメレディスだ。どうやら、エンジニア達の趣味の塊であるアリシアはお気に召さなかったようだ。


「メレディス、出るぞ」


 そう宣言し、雪夜ゆきやはコーラル・シーから出撃した。


 雪夜ゆきやの出撃より少し早く、敵機も出撃をしていた。

 数は四。そのうち一機が他と異なった装備を持っている。恐らく隊長機だろう。あちらの機体も、面白いことに雪夜ゆきやの乗るメレディスと同型だった。


「通常部隊か? なめられた、と僻むべきか、助かった、と喜ぶべきか、悩ましいな。まあ、説得に来た、という可能性も無いわけではないが......」


 どうやら、雪夜ゆきやの予想は後者が正解だったようだ。オープンチャンネルで通信が来る。


『こちら、L. A.P.C.E.ラプセルR.  軍所属、マーコット・ノエル少佐であります。阿霜あそう雪夜ゆきや中佐で間違いありませんか?』


「ああ、そうだ」


 妙に律儀に話され、少し気持ち悪く思う。大尉と名乗ったのは、雪夜ゆきやより幾ばくか年を重ねた男だ。それも合わさって、変な気分になる。


『では、中佐。貴方には帰還命令が出ているはずですが』


「あぁ、そうだな」


『戻る意思はないと?』


 マーコットが眼をすがめる。真意を図ろうとしているのだろうか。


 だが、雪夜ゆきやの方に隠す意思は全くないのだから、それは無駄なことだと言わざるを得ない。


「ないな。だから、大人しく引き下がってくれないか? 元同胞と争うのは、こちらとしても避けたい」


 その言葉に、マーコットは明らかな怒りを見せる。こけにされたと感じたのだろう。彼の纏う雰囲気が殺気立つ。


『恩を仇で返すと、そう言うのですか?!』


「そうじゃない。だが......まあ、言っても無駄だな」


『そのようで......残念です......っ!!』


 マーコットがそう言い残し、通信が切れる。それと同時に、隊長機以外の三機が回り込むような軌道で飛び出す。

 マーコットは、その場に留まったままマシンガンの銃口を雪夜ゆきやの方へと向けた。


 雪夜ゆきやCl-Asクレイスを展開していない。例え実弾であっても、当たれば被害を免れない。


 だが、そんな事はお構い無しと言いたいように、雪夜ゆきやはブースターを噴かす。そして、そのままマーコットの機体の方へと突っ込んだ。


 挟み込むつもりで進んでいた他の三機が、雪夜ゆきやの行動に慌てて反転する。

 マーコットも、まさか突っ込んで来るとは思わずにぎょっとする。だが、マシンガンを撃ち出す時間は十分にあった。照準を合わせ、トリガーを引く。


「くら......っ!! え?」


 マシンガンから弾を放ったマーコットが、間抜けな声を出す。照準器から、雪夜ゆきやの乗るメレディスの姿が無くなっていた。


「き、きえ......っ!!?」


 消えた、と言いかけて、マーコットが後方のアラーム音にはっとする。いつの間にか、背後に回られていたのだ。それに驚愕しつつも、いつまでも呆気にとられるほど間抜けでもない。現状の対処を優先し、機体を反転させる。


 けれど、種を明かせば何と言うことはない。マーコットがマシンガンを撃ち出す瞬間にブースターを切って、機体を九十度回転させる。そして、マーコットがサブマシンガンから弾を撃ち出したと同時に、再びブースターを点火して下から回り込む。

 この時、マシンガンのマズルフラッシュとタイミングを合わせれば、一瞬で消えたように見える、と言うわけだ。


 と、文面で表せばこの程度だが、タイミングを誤れば蜂の巣である。それだけ雪夜ゆきやの技術が高いと言うことだ。そして、その技術を誇示することで、恐れを為して退いてくれないかとも思ったのだが、そこはL. A.P.C.E.ラプセルR. の軍兵、そう簡単には引き下がらなかった。


 回り込んだ雪夜ゆきやが剣を振るう。

 しかし、それで易々とは切られなかった。マーコットが、雪夜ゆきやの振るう剣と同じ形の剣で防ぐ。


「ほう、流石に反応がいいな」


 雪夜ゆきやが感嘆の声を上げる。


 と、周囲を囲んだ三機が雪夜ゆきやに向かってマシンガンを撃ち出す。マーコットと雪夜ゆきやは互いに剣で押して距離を取った。その間にも銃弾の雨は降り注ぎ、雪夜ゆきやは逃げの一手を取らざるを得なくなる。


「流石に四対一は面倒だな」


 呟く言葉とは裏腹に、その表情はゲームをしているように楽しげだった。それに気付いたのか、雪夜ゆきやははっとした表情を浮かべ、そして真剣な面持ちに戻る。


「さて、と」


 ただ逃げ惑っていた雪夜ゆきやが向きを急転させ、小銃から弾丸を放つ。その弾は正確無比に、寸分の狂い無くマーコット達の持つマシンガンを、腕を撃ち抜く。


「くそっ! 流石に手強い!!」


 ぶすぶすと煙を上げて使用不可となったマシンガンを投げ棄て、手を前に出す。


 蒼や碧と言った光が煌めき、伸ばした手に武器が握られる。


Cl-Asクレイスか。全く、懲りないな......」


 見たところ全員近接型のCl-Asクレイスだ。距離を詰められなければ問題ない。


 そう結論付けて、雪夜ゆきやは再びブースターに火を点した。



 瑞希みずきは、モニターに映された戦闘を見てそわそわしていた。見ているだけと言うのはこんなにも落ち着かないのか、と。アンリも、こんな風に見ていたのかな、と。


 叶愛かなえは、計測機器等を見てブリッジの皆に指示を出している。その指示を聞いて、皆はコーラル・シーを制御していた。


 しおりは、戻ってからまた眠ってしまった。あのCl-Asクレイスは、しおりの体力を大分使ってしまうらしい。


 自分だけが、何もせずにただ傍観しているように思えて、気が気でなかった。落ち着かなかった。

 雪夜ゆきやなら大丈夫だと分かっていても、四対一なら万が一と言うこともある。その時、見ていただけの自分は、必ず後悔する。そう思った。


 要は、自己満足だ。自慢だ。

 自分は役に立ちますよと、この艦に必要ですよと、示したいだけの事だった。


 けれど、今はそれに気付いていない。眼を背けているだけなのかもしれないが。


「こんなところで、じっとしてなんかいられるか!!」


 そう叫んで、自分に言い聞かせて、ブリッジから出ようとする。


 その背を叶愛かなえが呼び止めた。


織弦おりづる瑞希みずき、この場に留まることを提案します」


夕凪ゆうなぎさん、すみません。行かせて下さい。いや、止めても俺は行きます」


 そう言い残して、瑞希みずきはブリッジを出ていく。


 叶愛かなえは、二度目の制止をしなかった。黙認してくれたのだろうか。いや、呆れられたのか。


 そんな風に後ろ向きになる考えを、首を振って強制的に止める。今は前だけを。


 と、前を向いたところで、ふらふらと歩くしおりを見つけた。


しおり?!」


 よろめくしおりに駆け寄って、瑞希みずきは身体を支える。

 しおりは、辛そうな呼吸を繰り返し、額には大量の汗を浮かべていた。見るからにうろつける状態ではない。


「なにやってるのさ!?」


「みず...き、ゆきや......は?」


 その問いに瑞希みずきの目が大きく見開かれる。


 なんで、あいつなんだ。


 赤い炎が、身の内から燃え上がってくる。


「まだ寝てないと駄目なんだろ!? だったら大人しくしてろよ!!」


 言ってしまってから、はっとする。

 こんなの、八つ当たりじゃないか。しおりは、自分と同じ事をしようとしているんだ。だったら、自分がこんなことを言う資格はない。


 しおりは、尚も懇願するような眼でこちらを見てくる。もう、強い口調では言えなかった。


「わかった。行こう、雪夜ゆきやのところへ。一緒に」


 その言葉に、しおりは大きく頷いた。


 それを見ると、少しだけ胸が痛く感じたけれど、しおりが哀しむより何倍もましだ。


 瑞希みずきしおりの手を掴んで走り出す。


 格納庫では、整備の人たちが慌ただしく動いていて、結構あっさりと機体に乗り込めた。

 もちろん、乗り込んだ機体はアリシアだ。


「えっと、これが......外圧? こっちは内圧か。機体負荷値と、電圧。これが煌粒子濃度で......」


「おい! 誰か乗ってんのか?!!」


 A.G.S.アドミラル・グラーフ・シュペーとの勝手の違いを確認しているところで、整備員がコックピットハッチが閉まっていることに気付き、声を上げた。


「くっ! 後は実戦で......! しおり、準備はいい?」


 瑞希みずきの問いにしおりが首肯する。


 もたもたしてはいられない。ただの足手まといになるとは分かっていても、見ているだけは出来なかった。


「退いてください! 発進します」


「お、おい! 小僧! 雪夜ゆきやもどき! ......あぁぁああ!! くそっ!! 皆退け! 巻き込まれるぞぉぉ!!」


 多分、悪気はなかったのだろうが、その呼び方に胸がチクリとする。だが、それに構う暇はないと言い聞かせる。


 だが、ここに来て一つ、大きな問題に気づいた。


「くっ! ハッチ......吹き飛ばすか......?」


 ハッチが閉まっているのだ。これでは出られない。瑞希みずきの頭は、一番手っ取り早く、一番危険な行動を弾き出す。


 だが、瑞希みずきがハッチを吹き飛ばすより早く、ハッチが開き始める。


『落ち着いてください。死にますよ?』


 モニターに、叶愛かなえの顔が映し出される。いつもと同じ、冷静な表情だ。


夕凪ゆうなぎ......さん......すみません、ありがとうございます」


 感謝の言葉を口にする瑞希みずきに、少しだけ叶愛かなえが微笑んだ。


『どうせ行くなら、役に立ってきてください。そして、雪夜ゆきやを助けて下さい』


「......っ! はい!」


 叶愛かなえの言葉に、一瞬遅れて返事をする。

 叶愛かなえの行為に感謝して、瑞希みずきは一度深呼吸をした。


 落ち着け、死ぬのは駄目だ。助けるんだ、雪夜ゆきやを。しおりの為に。


 心の中でそう唱えて、左胸に手を当てる。そこには、少しだけ硬い感触を感じる。長方形の、何か。

 それを認識した時、気持ちがすぅっと落ち着いた。


織弦おりづる瑞希みずき、出撃します!」


 瑞希みずきが飛び立つ。


 雪夜ゆきやを助けるため。叶愛かなえとの約束を守るため。しおりの願いを叶えるため。


 自分の存在を、証明するために。

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