ウィルと共に外へ



 外は既に日が真上に指していた。

 時計を使わずとも、今が昼時だと分かる。

 ウィルが住んでいる小屋の庭は、元になった神社の面影があり、所々石段が見受けられた。


 が、それ以外は全くの別物。


 ガーデニングを趣味としているのか、色とりどりの花が規則正しく植えられている。

 その光景を見て、思わず、見とれてしまった。 


「綺麗だろう? 結構、自信作でね。 用があって、ここに訪れた者にいつも自慢するぐらいさ」


「訪れるって、誰か……え?」


 質問をしようと、ウィルの方向を見ようと視線を向ける。

 するとそこには……先程見ていた狐の姿はなく、代わりに1人の男性が歩いていた。


 容姿は金髪で、目は藍色。 


 いかにも外国人のような姿にジャケットにスラックスを着ているせいで、まさに英国紳士のような感じだ。


「その姿……」


「ああ、これね。 流石に街に出るんだから、あの姿のままじゃ不味いだろう? ……っと、君にもやっておかないとな」



 ウィルは僕の頭に手をかざすと、僕の髪の毛が黒から金へと変わっていく。

 それに驚き、思わず後退りした。


「っ!? 一体何を……髪が」


「こうやってすれば、パッと見て親子のように見えるだろう? ……君は警察に追われているんだ。 こうしとかないと、バレる危険性がある」


「そうですけど、これ元に戻るんですよね?」


「ははッ、大丈夫。 君の魔力を少し弄って色素を変えただけさ。 決して禿げることはないよ」



 本人は笑っているが、やられた方はたまったもんじゃない。 

 とりあえず、軽く頭から一本の髪を引き抜くと、それを観察することにした。

 ……確かに根元まで綺麗に染まっている。

 元々、自分が金髪だったかのようだ。



「……そこまで疑わなくてもいいじゃないか」


「疑ってないです。 ただ怖いだけです」


 少し残念そうな顔で、ウィルは再び歩き始める。

 恐らく、狐の姿のままだったら耳が垂れていただろう。



 それからしばらくウィルについていくと、山の展望台らしき場所にたどり着いた。

 そばには駐車場があり、一台の黒いセダンが止まっている。

 ウィルはそのまま、ポケットの中から鍵を取り出し中に乗り込んだ。


 どうやら、彼の車らしい。


 そのまま助手席に乗り込む。

 が、その瞬間、ある疑問が頭の中で浮かんだ。


「あの……この車、あなたのですよね?」


「ああ、そうだよ」


 彼はそのまま、車にエンジンをかけ、慣れた手つきで運転し始める。 


「……ところで、免許とかはどうしているんですか?」


「大丈夫、運転の腕は保証したまえ。 これまで事故したことはない」


「いや、だから免許……」


「何、私の腕を疑っているのか? いいか、私は普通の人間より寿命が長い。 車が発明されてから、ずっと運転している。 だから……」


「免許、ないんですね?」


「……ない」


 彼のために弁解すると、確かに運転は上手いと思う。

 しかし、免許がないのなら警察に補導された場合、どうやって凌ぐのか。

 それだけが不安だ。


「そんなに不安かね?」


「そりゃそうですよ。 警察とかどうするんてすか?」


「そんなことを気にしていたのか? 私を何だと思っているんだ? 魔法使いであり、妖狐だぞ?」


「……そうですね」


 これ以上は追求するのは止めよう。

 ……しても、意味がない気がする。


「おいおい、なんだその返事は?」


「何でもないですよ」


「……まあいいか。 そうだ、洋服屋に着く前に、ちょっと今後の予定について話しておこう。 いわゆる、これからの日常について、だ」


「予定?」


 そう聞くと、ウィルが「まあ、似たり寄ったりだけどね」と付け加えた。



「基本的に午前中は家の掃除や花の手入れをしてもらう。 といっても、大体の事は私が教えるし、そこまで難しい作業じゃないはずさ」


「分かりました。 それじゃあ、午後は?」


「その時は私が魔術を教える。 まあ、君が思っているほど難しくはないからすんなり覚えると思う。 あとは……休日はそのまま休日。 各自好きなことをしてもいい。 っと、そういや君は料理は出来る方?」


「いや、できないです」


「なるほど、分かった。 まずはそこから、か。 ……よし、あらかた方針は定まったな」



 ウィルは気分よくハンドルに掛けている指をリズムよく上下させている。 今にも鼻歌をしそうな雰囲気だ。


 そんな彼を余所に、ふと外を見た。

 いつの間にか、町中に入っていたようで、それなりの通行量と人だかりが見える。

 そういえば、学校の連中や母はどうしているだろう? あの騒動の後だ。 

 もしかしたら、家に警察が押し入ったに違いない。

 だとすれば、義父は自分の事をどう思うだろう?


 最も警察とは関わり合いたくない義父だ。 絶対に僕の事を憎んでいる。

 ……ちょっと荷物取りに、家に帰りたいと思ったけど行かない方が懸命、か。


「そら、見えてきた。 そこの洋服屋だ」


 ウィルの声に反応し、視線を前に戻す。

 なるほど。

 ウィルの言う通り、洋服屋が見える。

 見た感じ、紳士服を専門としている店のようだ。


「ちょっと待っててくれ。 店主と話してくる」


「へ? は、はい」


 生返事で返すと、ウィルは路肩に車を止め、洋服屋の中へ入っていく。

 それを目で追い、姿が見えなくなるのを確認すると、体から無駄な力が抜けていくのを感じた。


「はあ……」


 気疲れ、というやつだろうか?

 ウィルには良くしてもらっているのは分かるのだが、どうにも自分のなかで、あらゆるものがギクシャクして不快な気分になる。

 ……原因は分かっている。

 昨日から理解出来ない物事が、次から次へと頭の中に入り込んでしまっているせいだ。

 そのせいか、どうにも頭が熱を帯びてしまっている。

 たまらず、クルマの窓を少し開け、外の新鮮な空気を吸い込む。

 顔に当たる風が心地いい。

 すると、後ろからドアの開く音が聞こえた。


「お待たせ。 待ったかい?」


「え、あ、いや」


「なら、店の中に入ろう。 店主にはある程度事情を話しているから、ある程度の物を見繕ってくれる筈さ。 さ、窓を閉めてクルマから降りるんだ」



 言われるがままにクルマから降り、誰にも見られないよう、店内に入る。

 店内は高級感溢れるレイアウトで、庶民が入ることを拒むような……そんな雰囲気を漂わせている。

 前方には、この店の店主であろう男性が僕をまじまじと見つめていた。

 見た感じ、日本人ではあるが、近寄りがたい雰囲気だ。


「ウィル、この子がさっき言っていた……」


「そうだ。 カッターシャツとスラックス、その他もろもろを何セットか、頂けるかね? ……ああ、今着ている服は……」



 そう言いながら、ウィルがこちらを見てくる。

 恐らく、今着ている服装を捨ててもいいか、という目配りなのだろう。


「構いません」


「よろしい。 では……こちらに来てくれ。 採寸をする」


 採寸を受けながら、辺りを見渡す。

 ……どうやら、一人で営業しているようだ。

 他に気配はない。

 店内には虚しくクラシック音楽が流れている。

 と、重苦しい空気の中、店主が口を開いた。



「……同族の姿が見えなくなったな」


「まあ、大半は移動したのだろう。 ……悲しいが、こればかりは仕方ない。 お陰で、最近は一人寂しくガーデニングをしていたところだ」


「ふん……じゃあ、お前の話し相手の為に、この子を弟子にしようと考えたのか?」


「いや、お前も分かる通り、彼には素質がある。 それぐらい分かるだろう?」


「……俺はお前のように人間を信用できんな。 何せ、コイツらのせいで……」


 気づくと、店主の瞳の色が変わっていた。


 金色の、殺意を抱いた眼。


 明らかに人間とは違う瞳。


 それを見て、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。



「止めろ、その子は関係ない」


 諭すようにウィルが言った。


「…………そうだったな。 お前の弟子になる子だ。 アイツらとは違う、か」



 そうは言っているものの、店主はやりきれない表情を浮かべている。

 だが、表情を隠すかのように立ち上がり、店の中からカッターシャツとスラックスを持ち出して、僕に渡してくれた。


「とりあえず、それでサイズが合うはずだ。 そっちに試着室があるからそっちで着替えてくれ」


「……はい」



 言われるがままに僕は試着室に入り、昨日の騒動で血痕が付いてしまった服を脱ぎ捨て、手渡された服に着替える。

 ……さっきの店主の殺意を抱いた眼を見たせいか、ずっと手が震えている。

 あれは半端な恨みや妬みで出来る眼じゃない。

 言うなれば……単体に向ける感情じゃなく……複数に向ける為の感情。

 それは同時に一人で抱く感情ではないのを、僕は知っている。

 察するに、『あれ』は数人……いや、あの人の一族の怨みを背負った殺意なのだろう。

 『人間』は一体、あの人の一族に何をしたんだろうか?


 すると、ウィル達の会話が聞こえてきた。



「さっきも言ったが……何故、今更弟子をとる気になったんだ?」


「そんなの、聞くまでもないと思っていたんだがな。 ……この世界は滅びに近付いている。 だから、我々の同族たちは別の世界に移り住む為に準備をし、もしくはもう移り住んでいるのが大半だ。 お前だってそうだろう?」


「まあな。 この店も今日限りで閉めるつもりだった。 ま、後悔はない。 正直、ここを離れると思うだけて清々しい気分になる」



 ……そこで会話が終わってしまった。

 会話の中に幾つか気になる部分があったが、今の状況では聞きにくい。

 とりあえず着替え終え、試着室から出ると、何事もなかったかのように二人に近づいた。


「あの、終わりました。 着ていた服は……」


「俺が捨てておこう。 それと……頼まれていた品だ」


 いつの間に準備していたのか、ウィルが言っていた服などを手渡された。 気づかなかったが、どうやらウィルとの会話の途中に、準備していたらしい。


「俺は先に別世界に逃げ込む。 お前は……どうするんだ?」


「とりあえず、この子を一人前に育てる。 その後の事は、その時に考えるさ」


「……そうか。 ではサヨナラだな」


「ああ。 サヨナラ、だ」


 ウィルはクルリと店主に背を向け、出口へと歩き出す。

 少し戸惑いつつ、ウィルの後についていく。

 ……状況がよく読めない。


 まるでドラマのワンシーンを見ているかのように、ただウィルの背中を眺めていることぐらいしかできなかった。

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逃げ込んだ先には @Beruzeriusu

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