だいすき
巡漓じゅんぺー
だいすき
こんにちは。
いらっしゃいませ、よく来てくれましたね。
外、暑かったでしょう?
部屋の中、冷房効いてますから、早く入って涼んでください。
……あぁ、そっちじゃないです。
こっちの部屋です。そっちは、わたしの部屋です。
ほら、涼しいでしょう?
あなたが今日わたしの家に来るって、学校で言ってきたので、ちゃんと帰ってから準備してましたよ。
今日は、気温が高くなるって天気予報でも言ってましたしね。
きっと、汗だくで来るだろうなって思ってました。
あ、荷物、そこのソファにおいて下さって結構ですよ。
……さて。
今日、あなたが来た用件はわかっています。
話せばいいんでしょうか?
話してもいいですよ。
ただし、ちゃんと最後まで聞いてくださいね。
それと、後戻りはできませんよ?
長くなりますよ? それでもいいですか?
……そうですか。
わかりました。
全部、話しますね。
***
突然ですがわたしには好きな人がいます。
え?
いきなり何かって?
だから言ったでしょう。わたしには好きな人が居るって。
……ああ、すみません。
家に来てもらって早々こんなことを言ったら、そりゃあ面食らいますよね。
ごめんなさい、すぐにお茶を出しますね。
珈琲がいいですか? それとも紅茶? 日本茶?
なんでもありますよ。わたし、こう見えて結構いろんなお茶を飲むんです。
あ、そういえばジュースもありますよ。
……え? 要らない?
そうですか、わかりました。
残念です。
話を戻しましょうか。
ええと、そう。
わたしの好きな人の話でしたね。
そうなんです、わたしには好きな人が居るんです。
その人は何でも出来て、みんなにも信頼されてて、まさに人気者って感じの人です。
キッカケはなんだったでしょうか。たしか、一目惚れだったような、話したからだったような。
でも、キッカケなんてどうでもいいんです。
大事なのは、その人を好きだということなんです。
わかりますか?
わかりますよね、きっとあなたも人を好きになったことくらいあるはず。
でもですね、わたしにとって人を好きになるの、これが初めてだったんです。
初めての、経験だったんです。
最初は戸惑いました。
初めての感情に、どうすればいいか、まったくわかりませんでした。
でも、だんだんそれが心地よくなってきて、すごく心が満たされました。
これが、『人を好きになる』ってことなんだって、その時初めて知りました。
素晴らしいですよね。
尊いですよね。
人を好きになるって。
そうですか。
わたしの気持ち、わかってくれますか。
嬉しいです。
でも、わたしの恋、それで終わりでした。
彼……Aくんには好きな人がいました。
わたしじゃないですよ? あなたも知ってる人です。
そうです。B子ちゃんです。
わたしたちのクラスで……いや、たぶん学年で一番美人な、それでいて成績も良くて、性格もいい、あのB子ちゃんです。
まさに、Aくんとお似合いの子です。
それに比べて、わたしは何の取り柄もない。
見た目もよくないし、引っ込み思案で、少し人見知り。唯一B子ちゃんに勝ってるのは、お勉強くらいでしょうか。
でも、それもあんまり意味はないですよね。
勉強が出来て恋が叶うのなら、今ごろ東京大学はカップルで溢れてます。
話が逸れましたね。戻しましょうか。
わたしはある日、AくんがB子ちゃんを好きということを偶然知りました。
そしてまた、B子ちゃんも、Aくんが好きだということを偶然知りました。
その日、わたしは泣きました。
告白する気なんて毛頭なかったですけど、それでも失恋したんです。
初めて、あんなに泣いたかもしれません。
それくらい、Aくんのことが好きでした。
でも、それと同時に仕方ないと、納得している自分がいました。
わたしはダメな子。
B子ちゃんはいい子。
実に単純で、簡単な方程式です。
その一週間後、AくんとB子ちゃんが付き合い始めました。
二人とも照れながら、クラスの前で発表したのを覚えています。
それはあなたも知ってますよね。
わたしはそれを、心から祝福しました。
嘘じゃないですよ。
だって、わたしB子ちゃんと幼馴染ですし。
……え?
意外、ですか?
それはそうでしょう。わたし、B子ちゃんと学校であまりお話しませんし。
B子ちゃんとは家がお隣同士で、幼稚園からずっと一緒でした。
なんとマンガみたいに、お互いの部屋が窓から見えるんです。すごいでしょう?
わたしの部屋に行ったらわかりますけど……いまはいいですよね。
少し散らかってますから、あまり人に見せたくないんです。
ともかく、わたしとB子ちゃんは親友同士でした。
夜、よく二人で話しました。ある日、恋愛相談を受けました。その時に、B子ちゃんがAくんを好きだって知りました。
わたしはB子ちゃんのことが好きでした。だから、彼女の幸せを奪いたくなかったんです。
どう見ても、わたしよりB子ちゃんの方がお似合いです。だから、わたしは一歩引いたんです。
でも、B子ちゃんには隠しても筒抜けだったようで。
ある日、B子ちゃんと一緒に帰ってたら突然聞かれました。
『ねぇ、Aくんのこと好き?』
ビックリしました。
悟られないように、ずっと隠してきたのに、わたしの親友はそれすらも見抜くんです。
すごいですよね。ほんとうに驚きました。
だから、わたしはこう言ったんです。
『いいえ? 好きじゃないですよ?』
嘘です。
本当は、狂いそうになるほど好きでした。
でも、そう言うしかなかったんです。
わたしがそう言うと彼女は、泣いてわたしを抱きしめてくれました。
『ごめんね……ありがとう。大好きだよ』
彼女は、謝ってくれました。
それで、充分でした。
『その言葉は、彼に言ってあげないと、だめですよ?』
わたしも笑いながら、彼女を抱きしめました。
それが、二人が付き合い始めて五日後の話でした。
それからわたしは、二人のためにいろんなことをしました。
わたしが叶わなかった恋は、B子ちゃんが代わりに幸せにしてくれる。
そう思えば、わたしも救われましたし、なにより。
わたしは、Aくんと同じくらいB子ちゃんのことが好きなんです。
大好きなんです。
時にはB子ちゃんの相談に乗って、時にはAくんの話も聞いて、時には三人で出かけたりなど、いろんなことをしました。
幸せでした。
大事な日々でした。
好きな人達と過ごすのは、なにごとにも代え難いものでした。
けどそれは、ある日突然崩れました。
二人が付き合い始めて、一年が経ったくらいのことでした。
ある日、わたしは見ました。
Aくんが、B子ちゃんじゃない女と、一緒に、帰っているのを。
そしてそのまま、煌びやかな、ある施設に、入っていくのを。
わたしは、冷水をかけられたかのようにひどく落ち着いていました。
たぶん、すごく冷たい表情をしていたと思います。
感情が、一転しました。
心底、吐き気がしました。
正が、負になった瞬間でした。
それから、日常は壊れていきました。
……ごめんなさい。少し疲れました。
何か飲み物、飲みませんか?
実は昨日、トマトジュースを作ったんです。少し、味見をして頂ければと思いまして。
あ、そうですか。ありがとうございます。
じゃあ、持ってきますね。
はい、どうぞ。
お口に合うかわかりませんが。
どうですか?
美味しいですか?
……少し鉄の味がする、ですか?
おかしいですね、なんででしょう。
すみません、別のものを持ってきますね。
あぁ、無理して飲まなくていいですよ。
え?
味見を引き受けたからには全部飲む、ですか?
ふふっ、ありがとうございます。
嬉しいです。
……さて、続きを話しましょうか。
***
その日から、日常は壊れていきました。
Aくんが、浮気をしたんです。
許せませんよね。浮気ですよ。
B子ちゃんというものがありながら、他の女に手を出していたんです。
……え?
信じられない?
Aくんは、そんな男じゃないって?
そうですね、Aくんはそんな人じゃないです。
よく意味がわからない?
大丈夫です、すぐにわかります。
話を続けましょう。
そのことを知ったわたしは本当に、許せませんでした。
B子ちゃんは、このことを知ると、
『私の何が足りないのかな?』
と、健気にもそう言ったんです。
わたしは言いました。
『あんな人とは、はやく別れたほうがいいです』
B子ちゃんは言いました。
『そんなことは、できないよ』
B子ちゃんは、純粋で、健気で、全面的にAくんを信用してました。
だから、わたしは、彼女のために、あの男のもとへ向かいました。
浮気を止めろ、そう言うために。
けどそれも、まったく無意味でした。
わたしがAくんのところに行ったとき、彼と言い争いになりました。
ひどいことをたくさん言いました。
ひどいことをたくさん言われました。
議論は平行線を辿るまま、終わりが見えなかったので、その日はわたしは帰ることにしました。
その翌日、AくんとB子ちゃんは別れました。
話しあう余地もなく、一方的に別れを告げられたそうです。
そのせいでB子ちゃんは壊れました。
あなたも知ってますよね?
先週、すごく落ち込んでた時があったでしょう?
クラスのみんな、どうしたのって聞いてたじゃないですか。
あなたも居ましたよね?
クラス委員長ですもんね?
わたしは彼女を慰めました。
ずっと、ずっと。彼女の空いた心を埋めるように、彼女のそばにいました。
二人が別れて一週間後、わたしはAくんの浮気相手のところに向かいました。
誰だと思います?
ひとつ年上の先輩の、C奈先輩ですよ。
知ってますよね、Aくんの所属している、サッカー部のマネージャーです。
そこでですね、わたしはある新事実を知ったんです。
Aくんは、C奈先輩に脅されてたんです。
弱みを握られてたんです。
『いまの彼女と別れて、アタシと付き合いなさい』
そう言われたそうです。
Aくんは逆らえなかったそうです。
従うしかなかったそうです。
悪者はAくんじゃなく、C奈先輩でした。
これで、さっき言った意味がわかったでしょう?
ご存知のとおり、Aくんは、そんな人じゃないんです。
それを知ったわたしは、はやくB子ちゃんに伝えないとと思いました。
それだけでも、きっと、彼女は報われるはずですから。
だからわたし、説得、しました。
C奈先輩に、説得、しました。
そしたらC奈先輩、聞いてくれました。
話したらわかる、いい人でした。
けど、C奈先輩、その日から、学校、来なくなりました。
校内で話題になりましたよね?
警察も動いてるらしいんですけど、まだ見つからないそうです。
どこに、行ったんでしょうか。
……どうしました?
顔、真っ青ですよ。
お茶、飲みますか?
あ、要らない。
そうですか。
話、続けますね。
C奈先輩が消えたその翌日、わたしはAくんのところに行きました。
理由はもちろん、仲直りをするためです。
わたし、Aくんにひどいこと、たくさん言いました。
Aくん、わたしにひどいこと、たくさん言いました。
だから、仲直り、するんです。
わたしが好きになった人だから。
そして、仲直り、しました。
Aくんも、翌日から、学校、来なくなりました。
……本当に、大丈夫ですか?
身体、震えてますよ。
冷房、寒いですか?
消しましょうか?
結構ですか。
そうですか。
続き、話します。
C奈先輩が消え、Aくんも消えてしまったその翌日。
わたしは、B子ちゃんに真相を話しました。
B子ちゃんは、泣いてました。
今すぐ、Aくんに、会いたいそうです。
でも、Aくん、もう居ません。
けど、わたし、AくんとB子ちゃんが会えるよう、頑張りました。
頑張って、探しました。
そしてわたし、Aくんの場所、B子ちゃんに教えました。
B子ちゃんも、学校に、来なくなりました。
きっと、二人で駆け落ちしたんですね。
お互い許しあって、きっと遠いところへ行ったんだと思います。
わたしには、わかります。
二人の、親友ですから。
大好きな、人たちのことですから。
きっと、他の人たちだったら、わからないでしょうね。
***
……あら、もうこんな時間ですか。
お夕飯、食べてませんか?
実はわたし、一人暮らしなんです。
両親、いま海外出張で。
え?
もう帰りたい?
ダメですよぅ。
ちゃーんと、最後まで聞いてくださいって言いましたよね?
それに、後戻りはできないって言ったじゃないですか。
帰らせるわけ、ないでしょう?
……ふふっ。
そんなに怯えてどうしたんですか?
お夕飯、一緒に、食べましょう?
実はですね、いま、家にお肉がたくさんありまして。
一人暮らしだと、処理しきれなくて。
手伝って、くれませんか?
ねぇ、委員長。
約束、守ってくれましたよね?
ここに来るとき、誰にも気付かれないように来るって。
わたし、言いましたよね。
頭が良いって。
三人の失踪。
委員長は正義感が強いから、きっと単独で事件の調査をすると思いました。
でも、わたしが三人と繋がりを持ってるって、知らなかったでしょう?
だから、わたしのところに来るとすれば、きっと一番最後だと、そう思いましたし、案の定そうでした。
そして今回の約束も、何の疑いもなく守ってくれるって思ってました。
だって、わたしのことをよく知らないから。
けど、わたしが内気な性格だっていうことだけは知っているから。
あなたは律儀に、忠実に、約束を守ってくれました。
だから、対策は、とても簡単に、じっくり行えましたよ。
わたし、これからお肉を焼いてきますけど。
委員長は、頭が良いから、どうすればいいか、わかりますよね。
あぁそうそう。家の中を回ってもいいですけど、
わたしの部屋には、入らないでくださいね。
だってあそこには、
Aくんと、B子ちゃんが、居ますから。
そうそう、喉、渇いたでしょう。
トマトジュースのお代わり、要ります?
あ、要らない。
そうですか。
残念です。
***
ぴちょん、ぴちょんと、水が落ちる音がする。
けど、それはただの水ではなく、真っ赤な水。
パクリ。お皿に盛りつけられたお肉を口にいれ、咀嚼する。
「ああ、またお肉が増えちゃいました」
せっかく、この前のお肉をほとんど消費しきったのに、またお肉生活の始まりだ。
「そうでした、わたしとしたことが」
いつもの習慣を、今日はしていなかったことを思い出す。
ふたり分のお肉をお皿に盛り付け、自分の部屋に行く。
「お待たせしました、お腹すいたでしょう?」
鮮血に塗れた己の部屋。
まるで凍ったかのように冷気が漂う部屋。
中央には、大きな医療用の寝台と、その背後には二人分のイスと机。
「はい、どうぞ。またお肉でごめんなさい」
コト、と机に肉を盛り付けた皿を置く。
「今日はですね、委員長が来たんです。でも、先ほど帰ってしまわれて」
虚空に向かって話しかける。
返事はない。当たり前だ。
「ふふっ、そうなんですかぁ」
けど、それでも幸福を感じる。
「ええ、そうですね。楽しいですね、幸せですね」
わたしの願いは、二人の幸せ。
願わくば、二人の傍にわたしがいること。
それが、わたしの幸せ。
絶対に、他人に介入なんてさせない。
もう二度と、幸せを壊させない。
じっと、目を凝らす。
すると、視えてくるのは、綺麗な、とても綺麗な、人のカタチをした何か。
とても大好きな人たち。
「ずっと、ずぅっと、一緒に居ましょうね。Aくん、B子ちゃん」
――そのためだったら、わたし、なんでもしますから。
二人とも、だいすきです。
だいすき 巡漓じゅんぺー @jun-meguri
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