第8話 先輩の髪

デートをしましょう!と彼氏に誘われて、学校からは遠く離れた空都の街へやってきた。


都心と比べると少しは古い建物が残っている再開発中の街、空都。

飛行船を空都駅で降りて北口に出るとなんとかデッキとかいう大きな歩道橋の上には色々訳の分からない彫刻とか銅像とかモニュメントとかが並んでいて、周りを囲むように大きなモニターの付いた建物の百貨店やらビルやらがひしめき合っている。空を見上げれば飛行船がお気楽にふわふわ空を飛んでいく。鉄道が消失してからのこの街は新たな首都としての機能を備えつつあるらしい。


空都と呼ばれる理由は大昔に基地があったとか、消失前には空を走るモノレールがあったとか、宇宙エレベーター計画があったとか、飛行船が飛んでるとか、そんなものだったはず。


「先生!」


そう声をかけられて心臓が飛び出そうなレベルでびっくりした。


「あ、ごめんなさい幸絵さん!アニメ系のショップは全部南口ですよ」


「うるさいわね、私はこの空都の風景が好きなのよ。それと昔は北口にあったの!」


「早く行きましょうよ!限定グッズが無くなりますし、幸絵さんの好きな本も無くなるかもしれませんよ!」


「昔の人間は素敵な景色をわざわざ立ち止まってまで写真に撮ってインターネットに上げまくったそうよ、その余裕を持ちなさいよ颯斗は」


「昔の人間はイベントで神本のために歩みを早めてスタッフに怒られたそうですよ」


後ろからやって来たのは私の彼氏、もとい婚約者の颯斗、10歳年下の高校生だ。って言うか教え子だ。親同士の取り決めで勝手に婚約者にされたことに昔は無駄に反発していたが今はそうも思わない。


唯一の気がかりは颯斗自身が他にいい人を見つけるのではないかということ。


生徒と交際しているのを世間に見られるわけにも行かず、デートをするにも一々遠出をしなければならない。

そんな状況を嫌な顔もせずに着いてくる颯斗が私は心配なのだ。


「……南口に行きましょうか」


「はい!あ、幸絵さんの大学ってこの辺でしたっけ?」

「ええ、飛行船で隣の駅よ」


大学時代、私は婚約が嫌でとにかく恋をしなくてはと躍起になっていた。

とは言え理系の研究室では遊びに行く暇も無く、同じゼミの先輩に恋をしたと思っていた。


鎖薙先輩は空都の隣町の臥木から来たらしい。消失後の生態系の変化を調べていて、中性的で男性には失礼かもしれないが、綺麗な顔立ちをしていたのだ。


先輩はゼミの中でも目立っていた。


幼少の頃から家のしきたりで伸ばしているという長い黒髪を後ろで1本の三つ編みに束ね、綺麗な顔には常にクマ、今時珍しい眼鏡を掛けている。髪のことを除けばヒョロいどこにでもいるような大学生だ。


研究一筋で無駄なことはせず、限られた短い年月を零さぬように暮らしていた。

しかし研究オタクかと思いきや、大学内の剣術サークルで体格のいい相手に圧勝するような腕前を見せてくれたりとかする。

さらに研究の話や先輩が好きだというバンドの話、そこから転じてCDやらライブの話をすると先輩は楽しそうに笑って話をしてくれた。


未だに謎の多い臥木の出身もそうだが、本当にミステリアスクールとしか言いようのない存在だ。


彼と出会って結構な時間を同じ空間で過ごしたせいで、以降はるか昔の乙女ゲームをする際の推しは必ずと言っていいレベルで眼鏡、白衣、教師、先輩、ミステリアス、真面目のどれかになってしまうレベル。


私は彼が好きだった。


彼は卒業式に地元に帰って教職に就くと言ったので、私も実家の学校を継がないといけないという話をすると「クビになったら雇ってくれ」と冗談を言う。


それが、彼との最後の会話だった。


彼のいない研究室は冷たく、やる気も出なくて……そのうち好きだったのは幻覚だったのかもしれないと考えて彼に勧められて、好きだと思っていたCDは軒並み売ってしまった。


「幸絵さん?」


駅ビルの南口たどり着いたところで、ハッと我に戻った。南口は既に再開発が結構なところまで進み、学生時代の面影はない。


「颯斗、悪いけど1人で行ってきてくれる?」


CD漁りたいから、と言うと颯斗はため息を吐きつつも笑顔でビシッと敬礼する。


「了解です。CVがヒラノンの乙女ゲームあったら買っときます」


「颯斗本当に神!」


私が拝む姿勢をすると颯斗は笑って南口の向こうへと走っていった。

その姿を見送り、私は北口へ向かう。


久しぶりに先輩が好きだったCDが聞きたくなったのだ。


「先生!」


職業上、そう呼ばれると自然と体が反応する。うちの生徒だったらやだなあ、と声のするほうを見やると、全く関係の無い颯斗よりも幼い見た目の少女だった。


「外ではその呼び方やめろよ」


「あ、ごめんなさいお師匠!」


「お師匠も無し!」


「そんなことはどうでもいいんだよー!私はアニメショップに行きたいのー」


「お小遣いの無駄遣い禁止!特にお前は無駄な買い物しすぎ!」


「ヒラノンのドラマCDが欲しーのー!年齢確認されちゃうからお師匠にいて欲しーのー!」


「年齢確認されちゃうものを俺に買わせんな!」


その少女と言い争っている男性は、異常に長い髪を三つ編みして一つに束ねていた。


その男性と目が合って、彼が苦笑いをした。

少女が渋々彼から離れて南口へ走っていく。


「お久しぶりです、先輩」


「おう、……久しぶり、、見た?」


「ええ」


ため息を吐いて、先輩は恥ずかしそうに頭を搔く。





駅ビルの中の店でCDを漁りながらまた昔のように他愛ない会話をしていた。


「あれ、俺の生徒なんだけど空都に連れてけってうるさくてなあ」


生徒に連れてけって言われて連れてくる時点でただの生徒じゃないことが分かってしまって、少し複雑な気分だ。


「アニメショップってここにしか無いですからねえ」


私のツレも南口で買い物してますよ、と話をふると、「彼氏出来たのかあ」ってまるで親が子供を見る目で言われる。


「ええ、まあ……」


「アイツも、俺に構ってないでさ、もっと同世代の友人作れって言ってんだけどなあ」


先輩は棚に所狭しと並べられたシングルのCDを1枚ずつ高速で抜いては確認しては戻すという作業で気に入ったらしいCDを山のように積み上げていく。


「幸絵さん!ヒラノンの乙女ゲームありましたよ!」


そう言ってCDショップに駆け込んできた私の、ツレ……。男子高校生。


小さな声で颯斗にバカと叱りつける。


先輩は驚いた顔をして、そして静かに笑った。苦笑いだった。


「お互い、苦労が絶えないなあ」


「ええ、本当に」


私はそう言って、先輩が初めて勧めてくれたCDを購入して店を出た。


「あ、そうだ連絡先くれよ。クビになったら雇ってくれ」


「まだ覚えてたんですか」


私が笑って携帯を取り出して、赤外線通信で連絡先を送った。




それきり、また、先輩からの連絡は来なかった。

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魔術の国の短編集 礫瀬杏珠 @rekiseannzu

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