第3話 秘密の消しゴム
――本日の天気は午前中は曇りですが、午後には晴れ間が見られます。梅雨も中休み、今日の午後は久しぶりに洗濯物が良く乾く天気になるでしょう――
僕の頭の中ではそんな朝の天気予報がリフレインされる。
登校しているいまの天気は、予報通り生憎の曇り空。垂れ込めた雲が敷き詰められ重たそうに身体を揺すっていた。風は湿気をムンムンとして、動くたびにワイシャツの裏がぺったりと張り付くようだ。
でも僕はそんな天気の中でも予報を先取りして晴れ渡った気分で歩いている。湿気や蒸し暑さなんてなんのその、この満足感は四日前の僕と同じ。いや、それもよりもいいかもしれない。
僕と黒木さんが友達になった後、僕はカツラを付けた黒木さんを拝むことが出来た。それはもう拝んで、拝んで拝み倒した。黒木さんはそんな僕を気持ち悪がっていたが、僕がしたい事を言葉にすると、おそらく気持ち悪さではなく、身の危険を感じるに違いない。
絹のような長いウィッグの黒髪がうなじに流れ、その白いセーラー服の谷間へと
そんな変態な妄想を心ゆくまで楽みつつも、ちゃんと僕は自分の変態規律を守っている。その規律とは、ノータッチ。妄想は僕の自由だ。だが、タッチすればそれはもうセクハラになり犯罪となる。僕はこれでも
YES変態、NOタッチ。
それが僕の変態道。
そしてこれからはその変態道を窓ガラス越しではなく直接拝めることできるのだ。無遠慮な視線が許されるのは本人の許可があるときのみ。故に僕はとある約束をしたのだ。
「伸也君」
僕が傘と学校の鞄を持ち、スキップしそうな上機嫌で歩いていると、後ろから声をかけられて振り向いた。
そこには少し息を切らせた友達、
「達司。おはよう」
「うん、おはよう」
僕が挨拶をすると彼は、年上のお姉さんからラブコールを貰いそうなほどの優し微笑みで笑う。だがしかし、彼を侮ってはいけない。彼はこんな軟弱な身体だが同志達からは『タンク』の異名で一目置かれている。
「昨日どうだった? 上手くいった?」
彼は心配そうに僕を上目遣いで見上げてそう聞いていた。何故かは分からないが達司は何かを聞くときにいつも下から見上げるように見る。
「まあ、秘密にしてくれるってさ」
「そっか、まあ仕方がないよね。でも信也君の変態が周りにバレなくてよかったよ」
僕が曖昧に濁した話を自分に納得させるような顔で彼は頷いた。最初から彼は僕の計画が失敗に終わると確信していたに違いない。
カツラを黒木さんに渡すことを僕は変態友達の同志に打ち明けている。彼らも僕の勇壮ぶりに激励を持って送り出してくれた。
僕達はのんびりと何時ものような変な会話をしながら学校へと向かっていく。
これは困ったことかはなんとも言えないが、同志に言わせればどうやら僕は変態を惹きつける何かを持っているそうだ。こんな僕でも変態道には五月蝿い。同志達が誤った道に足を踏み外しそうになるたび僕が彼らを止める。だから、同志の一人、アニオタの
どうしてこんな片田舎にここまで濃ゆい変態が集まっているのかはわからない。しかし、そんな僕達は社会に隠れて自らの欲望をほそぼそと楽しんでいるのだ。決して、人様に迷惑はかけていない。それは断言できる。
僕と達司が、戦車と黒髪ロングヘアーの話題を小声で楽しんでいるとあっという間に目的地の前まで来ていた。教室に入るともう既に黒木さんは席に座っており、周りには同性異性関係なく人が彼女を取り囲んでいる。僕が教室の扉に立っていそれを眺めていると、ちらっと黒木さんが視線を送ってきて僕はそれを見てみない振りをして席に座った。
僕の席は一番後ろの窓側。
僕が席に座っていると同志たちが近寄ってくる。その顔は昨日の事を話せと物語っているようだった。
そんなふうに僕の一日が始まった。
それは、昼食の昼休みに起きた。
僕の学校には食堂もちゃんとあってそこの定食も美味しいが、僕には手製の弁当がある。同志たちは、四限目のチャイムが鳴り終わり先生が号令をかけると、一目散に食堂へ駆け込んでいく、僕はそれを見送り、彼らが戻ってくるまで何気なく小説を読んでいると、不意に誰かが横に立つ気配を感じた。
そちらに振り向くと、そこには黒木さんが立っていた。
「西郷君、消しゴム落ちてたわよ」
彼女は、教室でいつも見せる微笑みを浮かべ、青と黒のストライプの消しゴムを渡してくる。
でも僕の消しゴムはちゃんと筆箱の中にある。四限目の授業が終わった時にしまった記憶があった。
「それ、たぶん僕のじゃ―――」
「西郷君の隣に落ちてたから西郷君の物に間違いないわよ」
声は柔らかいのに有無を言わせないような目で睨まれた。
「そ、そう? ありがとう」
この教室での女王様ぷりに飲まれて僕は、慌てて受け取る。
渡された消しゴムを掴んでみるとなんだか違和感を感じる。消しゴムケースと消しゴムの間に何かが挟まっているような出っ張りがあったのだ。手の中を覗くと、やはり四角い何かが挟まっているようだった。
僕が目線を上げて黒木さんに聞こうとすると、彼女はもう自分の席へと歩いて行っていた。そして、黒木さん達の取り巻きにやたら睨まれる。僕と黒木さんが言葉を交わすだけでもご立腹のようだった。
まあいい。僕は彼女と変態同盟を組んでいる秘密を共有した同志。
彼らに何を言われて、何をされても僕はこの秘密を墓場まで持って行くつもりだ。
視線を彼らから外し、消しゴムケースを抜き取ると一枚の紙片がはらりと落ちる。ピンク色の可愛らしい便箋の切れ端。
『明日の放課後、家にいってもいい?』
そこにはペン習字の先生みたいな文字でそう書かれていた。
なるほど。これはなんだかドキドキするな。自分の変態性癖から外れてこの感覚を味わうなんていつ以来だろう?
僕はにやけそうになる顔を隠すため、必死に窓の外を見て誤魔化した。
さて、返事はどう伝えよう。
午後の授業の楽しみができて、僕は窓の外に広がる晴れ上がった空を見上げた。
明日は雨が降るかな、と想像しながら。
こすってる彼女(タイトル仮) 三叉霧流 @sannsakiriryuu
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