第41話少女には向かない職場

「………何のつもりかね、リトルグレイ?」

「そのままです、所長。………ここは、私が続けます」


 じっと、挑むように見詰められて、所長は軽く眉を寄せた。

 簡単には引かなそうなその目に、ため息。


「………ここには、意味はないと言った筈だが? イヴ・スレイマンは全てを捧げた――。最早彼女の全ては私のもので、直ぐに世界中の誰もが、その名前さえ思い出せなくなる。何故なら、それはもう私のものだからだ。解るだろう。終わったのだ、全て。もう、ここに意味なんか、」

「私にはあります、そして貴女にもある筈です。だって――ここは、?」


 さも当たり前のように言われた言葉に、所長はポカン、と大口を開けた。

 それから、その口から吐き出されたのは、


「え、え? だって、旅に出るのでしょう? 旅なら、

「く、くはは、はははははっ!! そうか、その通りだなリトルグレイ! 君は、 私のために家を作ってくれるのかね?!」


 普段の紳士的な態度は何処へやら。

 噴出した笑いはマグマのように、何もかもを薙ぎ払う熱を伴って溢れ出す。


 あぁ、あぁ、まさか。

 


「ははは、しかしリトルグレイ、探偵なぞそれこそ女には向かない職業だぞ?」

「けれど、私には向いています。世界一の先輩が、私をそう保証してくれました」

「成る程、違いない」


 コーデリアはニッコリと、天使のように微笑んだ。それは詰まり、己が正義であり退くことをけして選ばないということだ。

 それは正しく、探偵に相応しい素養だ。我を押し通す事を躊躇わないというのは。


「良かろう、リトルグレイ、いや、! ここを、君に預けようじゃないか! ここで確りと、私の帰りを待ってくれたまえ!」

「解りました、所長」

「それは最早、君の名前だコーデリア・グレイス! 少なくとも、私が帰るまではね」

「では、何と?」


 コーデリアの問い掛けに、所長は晴れやかに笑った。


「決まっているだろう?」











『やあ、親愛なるコーデリア・グレイス。ごきげんよう!

 変わりは無いかね? 手紙が無いから恐らくは大丈夫だと思うが、まさか出し方を忘れてはおるまいね?

 しかしもう、3年か。

 永劫の時を生きる私だが、この空白をたった、と表現するのにはかなりの躊躇いを覚えるよ。そんな日が来るとは夢にも思わなかったよ。

 君の言った通りだ、旅の醍醐味は、帰ったときにどんな土産を持ち帰ろうかと考える時なのだね。

 まあ、当面はもう少し、世界を見て回るよ。幸い連中は、驚くほど多彩な隠れ家を持っているようでね。ジェラト山脈を知っているかね? 彼処の山小屋に立て籠られた時には流石に困ったよ、何しろ寒くてね、まあが山ほどあって助かったが。今後もしかしたら、雪山で氷漬けになった焼死体なんてセンセーショナルな作品を生み出してしまうかも知れないな。

 ………実際のところ。君には本当に感謝しているよ。帰りを待つ誰かというのは、中々得難いものだからね。

 いずれ帰るよ、我が最良の友。

 君のアダム刑事にしてバーニィにして、友人、イヴ・より


 追伸、君から連絡のあった件、ヴェルネに連絡手段を教える話だが、無論却下だ。私は彼から絵葉書を欲しいとはけして思わないし、もし来たら全て君に送り返すからそのつもりで』











「………ふう」


 長い手紙を読み終えて、コーデリアは軽く息を吐いた。

 引き出しを開けて、大切にそれを仕舞い込む。中でたくさんの紙が擦れ合う音が響き、コーデリアはそっと微笑んだ。

 ここは必ず、守って見せる。あの人が、帰ってくるまで。


 ここは墓場グレイブヤードだ、先輩の、唯一の墓標なのだから。


 それから、わざわざ『代理』の文字を付け足した名札プレートを軽く撫でる。


「………どうぞ」


 ノックの音が響く前に、コーデリアは促した。

 この事務所は古く、床板はかなりお喋りだ。どんなに気をつけても、客人は足音を消せはしない。


 恐る恐る、ゆっくりと開いたドアの向こうには、気の弱そうな女の子。

 勧めた椅子に腰掛けるや否や、勢い込んで口を開いた。


「あの! ………の紹介で、その、世界一の名探偵だとお聞きして………」

「先生………あぁ」この3年、まるで見た目の変化がない友人を思い浮かべると、コーデリアは苦笑した。「成る程、では、断れませんね」

「本当ですか! あの、人を、探してほしいんです」


 コーデリアはそっと立ち上がる。

 机の端に燃える炎に掛けておいたポットが蒸気を吐き出す。

 絶妙のタイミングだ。


 若草色のスーツを翻しながら、戸棚に向かう。


「巡視隊へは?」

「あ、その………相談したけれど………」

「心配ないと、帰されましたか?」

「あ、あの! お願いします、お金は、少しだけれど払います。だから、あの人を、お母さんを探して下さい!」


 背後で深々とお辞儀をしている気配を感じて、コーデリアは苦笑した。断らないと言ったのに、心配性な事だ。


「任せて下さい、お母さんは必ず見つけます。先ずは………」

「ま、先ずは?」


 コーデリアは天使のように微笑んで、彼女の前にマグカップとを置いた。

 彼女が良く飲む茶葉の筈だ、

 依頼人は目を丸くした。大当りジャックポットと呟いて、コーデリアは椅子に優雅に腰を下ろす。


「先ずは、飲み物から始めましょう。そして、ようこそ、グレイブヤード探偵事務所へ!」

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復讐のイヴ レライエ @relajie-grimoire

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