外伝 異世界における適正な租税

第10話 異世界における適正な租税

 ご無沙汰しております。

 貨幣編、毎回たくさんの資料を基には記述させて頂いておりますが、今回については(もちろん参考資料もあるのですが)多分に私見が入っておりますこと、ご承知おきください。


















 税金。

 身近でありながらこれほど縁遠い言葉もないのではないでしょうか。

 現代日本においては、多くの税金が国家によって徴収され、様々な事柄に対し用いられています。ですが、その使い道となると、いったいどこでどうやって使われているのか。なかなか想像が難しいところではありますね。



 ましてや異世界では。



 最近は、「税制」について取り扱う作品を良く目にするようになりまして。その限られた作品群を見た中で、だいたいの異世界における税率は、収入に対しおよそ四割~六割前後で推移しているのかな、と感じました。


 恐らくそれが「リアリティ」を感じやすい数字なのだと思います。日本における四公六民や五公五民の影響も大きいとは思いますが。


 では実際に適正な税率とは、どれくらいなのでしょうか。













 結論から申しますと、異世界(特に中世ファンタジーに限定)における租税負担率は「2割~3割前後」が適正です。










 はい、いきなり暴論振りかざしました。

 多くの方が「え?」と思われたのではないかと思います。

 あなたはどう思われましたか?


 高すぎる?

 安すぎる?


 感じたものはそれぞれかと思いますが、しかし多くの方が「え? 安くない?」と思われたのではないでしょうか。


 今回はその辺の疑問を交えながら「異世界における適正な租税」についての考えを語らせていただこうかと思います。





 さて。

 多くの異世界ファンタジーは、中世ヨーロッパを舞台にしておるように思います。

 中世ヨーロッパといえば、特に初期~中期にかけては暗黒時代とも呼ばれていますね。それはなぜでしょうか。


 それはローマ帝国の崩壊が原因とされています。


 帝国崩壊ののち、まぁ色々あったのですが、国は分裂、庶民は離散、盗賊は出るわインフラは整備されないわと、暮らしは悪化する一方なのに、税金はさがるどころか上がる一方。


 比べてローマ帝国時代、治安は維持され道は整備され、上下水道もあり清潔で、芸術的な文化も盛んであったと。


 そりゃ暗黒時代呼ばわりもされますね。

(多くの中世ファンタジーに【古代王国】が存在しますが、そのモデルはローマ帝国であるといわれております)



 特に、税金。

 これについては多くの文献で「帝国時代に比べても重税が課せされた」と記されています。


 では、実際の税率って、いくらくらいだったんでしょう?



 実はこれ、わからないんです。

 正確に申しますと、平均値が取れない。



 中世、ヨーロッパ。

 言葉で言うと簡単ですが、中世といっても3世紀~16世紀にまで跨っており、そして一言でヨーロッパといっても、ヨーロッパ全土には無数の国があり、貴族領があり、その中で様々な、それはもう複雑怪奇で、実在を疑うような税制もあったようです(窓税とかヒゲ税とか小便税とか)。


 更には時代の変遷のせいでしょうか。

 資料が散逸していて、少なくとも租税に関しては決定版といえるものがない。

(これは作者が知らないだけの可能性もあります。情報は随時募集中)


 領主ごとに違う、都市ごとに違う、更には時代によっても違う。

 これは確かに、わからないですな。





 ですが、目安はないのでしょうか。

 ここで、ではローマ帝国ではどうであったのかについて調べてみようと思います。





 とある資料において推論がありました(資料名は後書きにて後述)。


 それによりますと、ローマ帝国時代における租税負担率は、AD164前後で3.7%~4.7%、物価が悪化し臨時税が乱発し始めるAD215においても5.4%~6.8%だったそうです(ちなみに、私が大好きなネロ帝の頃は最大で7.6%くらいではなかったかという推論が出ています。流石暴帝)。





 つまり平均的な租税負担率、4~6%。







 あれ? 低くない? と思われた方。仲間です。

 私も最初見たときは「いやwwwww嘘やろwwwwwwwww属州税とかどこいったwwwww」と思いましたもの。



 ですが読み込めば読み込むほど、導き出すに至った計算式も真っ当なもので。

(ちなみに租税負担率ですから、収入にかかる税に加え社会保障費も積まれています)


 どうにも帝国全体でみると、それくらいではなかったかというのが結論のようなのですね。ローマ市民や同盟市民は安く、属州市民は高く、といった感じでしょうか(これは属州とローマとの物価の差を考慮していないので、結果的に属州は実態以上に重かった可能性もあります)



 もちろん、あくまでも推論ですよ?

 収穫物による物納(いわゆる属州の三分の一税など)に関しても現金に変換したうえで計算しておりますし、実際との乖離はやはり存在していると思います。あくまでも平均値の推論ですからね。



 しかし、それでも、安い……。

 5%前後って、もう消費税より安いじゃあないですか。

 なんて羨ましい。


 ……ん?

 じゃあ、重税ってなんなんでしょう。

 ローマ帝国といえば、時の皇帝による重税がテーマに上がったりもするんですけど、実際の税率がそれで重税なんですか? 日本人の立場(所得税の最大税率45% 2016年現在)から鼻で笑わせてもらっていいですか?


 重税って聞いて、みなさんどれくらいの料率を想像されます?


 50%? 80%? いやいやここは300%だ?


 ……いったい重税って、どれくらいのことを言うんでしょう。




















 重税、ここで言葉の意味を確かめてみたいと思います。




 じゅうぜい【重税】


 重い税金。 「 -感」



(大辞林 第三版より

 出典|三省堂

 (C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 )






 ……はい。重い税金、ですね。

 いえいえいえ待ちましょう。税金なんて例えそれが0.1%だって重いです。軽い税金なんてないです。



 ……ん? と思われた方、いらっしゃいますかね。



 そうなんです。

 重税……言葉は強いですが、その実、非常に曖昧な言葉なんです。



 人によっては1%でも重税ですし、逆に50%でもまだ軽いと思う人がいるでしょう。それは言ってしまえば立場の違いでもあるのですが。


 そもそも、税金ていったい何なんでしょうね。



 税金。

 その起こりは、「富の再分配」にあったとされ、紀元前、いえ、それどころか原始時代にまで遡るのではないかと言われています。



 当初の税、それは労役でした。


「俺はマンモス狩るからよ! お前はやくそう準備しとけよ!」


 こんな会話があったかどうかはわかりませんが。

 つまりは、集団生活における役割分担なんですね。働かざる者食うべからず。村の収入はみんなのものだべ。そんな感じでしょう。


 そういった労役の提供から、やがて物納へと変化し、最終的には現代にあるような貨幣での納入へと変わっていきました。


 何故そのように変化したかといえば、それはもう一言で「効率が悪かった」からと言い切ってしまえます。


 例えば、マンモスを倒した村の勇者が、村へマンモスを納めるのと、その準備のためにやくそうを採取し準備した村の狩人。いったいどちらが村に貢献しているのでしょう。

 色々な意見があると思いますが、しかし共同体を運営する上においては、評価は公平にしなければならないでしょう。


 そうなれば当然勇者は不満を覚えます。なんでしたら出て行ってしまうかもしれません。


 では、勇者を評価するべきか?


 今度は狩人が不満を覚えるでしょうね。

 狩人だけならいいでしょう。もしかしたらそれに付随して、支えてくれる人たちが離脱してしまうかもしれません。


 どちらにしろ立ち行かなくなってしまいます。

 そこで登場したのが物納でした。収入となる何割かを納め、残りは個人で好きにしてよい、というものです。モチベーションの維持を社会的な評価から、個人的な資産の増加へとシフトしたんですね。


 これにより評価は簡単になりましたが、しかし今度は貧富の差が生まれました。


 貧富の差……富の偏在はしかし、決して悪いことばかりではありません。

 富が一か所に集中することにより、その場所を中心として文化が発展したのです。

 豊かな場所には人が集まります。

 やがて村は都市となり、国となり……非常に広大な、それこそ端から端まで旅するだけで数十年に及ぶ(徒歩です)ような国家も出現し始めました。


 そこでも問題になるのは、やはり不公平感でした。


 物納の中心、例えば日本なら米ですが。お米の収穫に対してその何割かを納める、というのが基本ですね。


 しかし麦や米ばかりが取れる場所ばかりではありません。

 ですので例えば、靴職人であれば靴を、服飾人であれば服を。そういった物納もあったのでしょう。


「俺が一生懸命麦育ててんのに……あいつはちゃちゃっと作った靴かよふざけんな」

「私が技術の粋を凝らして靴を作って納品してるのに……あいつは誰でも出来る麦かよふざけんな」


 価値観の差異です。もっと言ってしまえば「隣の芝は青く見える」でしょうか。

 そこで生まれるのが貨幣による「間接税」です。

 収入に対してその何割かを納める。そうすると、少なくとも価値観の差異による問題は小さくなりますね。

(ただし、収入を生まれた当時は何を指していたかについては諸説あります。単純な売り上げなのか、それとも経費を引いた利益だったのか。そちらは帳簿の歴史にも絡みます)



 こうして今に至る税金は生まれました。



 必要だからこそ、生まれたんですね。

 ではなぜ、重税というものが生まれるのでしょうか。


 それも理由は簡単です。

 お金が足りなくなったから、です。


 原因はさまざまでしょう。

 軍備の拡張なのか、インフラの整備なのか。それとも未納率が高かったのか。

 もしかしたら一部の人が贅沢をしたかったのかもしれません。


 問題は、それがよくわからなくなったこと。

 なんだかわからないけれど、税金は上がるらしい。





 つまり、それが重税の正体です。

 本来必要であるはずなのに、しかし理由がわからないものだから重税感だけが残る。

 もちろん、税の恩恵にあずかれず、無念にも餓死してしまった方もいらっしゃったのでしょう。そういった諸々が積み重なり、重税という印象だけが独り歩きを始めます。


 まるで妖怪ですね。






 さて。

 話が大きくそれました。



 本題に入ります。

 異世界をデザインする際に、適正な租税負担率とはどの程度なのか。

 とはいえそれは、既に冒頭において述べられていますね。


「結論から申しますと、異世界における租税負担率は「2割~3割前後」が適正です」


 何故?

 日本じゃあ五公五民とか四公六民とかだったじゃない?


 はい、諸説ありますが、そこについては若干の補足が必要でしょう。

 この、五公五民とか四公六民、実は実際の税率に換算すると2割~3割だったようなんです。その理由は簡単でして。


 税を徴収するために、検地という、「この土地からどれくらいの作物が収穫できるか」という調査を行うのですが、これが滅多に行われなかったんです。


 土地が増えようが、農法が進化しようがおかまいなし。


 あくまでも検地に基づいた五公五民とか四公六民の税率を納めればよかったんですね。農家はほかに傘作りなどの副業を行っておりまして、それは税金の対象外。実際には都市部ほど貧しくもなかったようです(地域にもよります)

 もっとも、あまり余裕を見せますとすぐに徴税人が来てしまいますので、そこは「貧しい」「貧しくて死ぬ。一揆起こさなきゃ」と常々言っていたようです。


 これも日本の話になってしまいますが、実際に「重税だ!」として一揆が大量に発生したのはあの暴れん坊でお馴染みの徳川吉宗の時代。

 彼は検地をやり直し、四公六民の実際値に近づけようとしたんですね。


 これがもう「重税だ」と大反発を招き、各地で一揆が巻き起こる騒動となりました。

 吉宗自体は幕府の不正をただし、庶民の意見も広く求めた名君ではあったんですが、しかしそんな側面もあったんですね。


 さて、翻って。

 中世ヨーロッパではどうなのでしょう。


 先に記述いたしました通り、これはもう範囲が広すぎて平均値が取れません。

 ですので、もし異世界をデザインするのであれば作者様の意向が最優先という形で構わないかと思うのですが。


 リアリティ、を求めた場合はどうするべきか。


 ローマ帝国分裂後、いわゆる暗黒時代が始まりますが、そこで行われた税の徴収方法は、いわゆる「十分の一税」でした。教会への献金方式ですね。それを基本としつつ、例えば街道税ですとか印紙税、人頭税、土地税などなど。様々な税を時代によって課していたようです。


 ですが、そのすべてを採用しようとすると煩雑になっていけません。


 ではどうするか。


「十分の一税」と、市税(住民税)として同じく「1割」を合わせて租税としましょう。

 少なくとも、初心者クラスの冒険者が対象の物語であれば、それくらいでよいのではないかなと思います。その上で重税感を出したい場合は臨時税を作りましょう。



 何故かと申しますと。

 それは中世の社会保障が薄いからです。



 収入の5割を払って、生きていけるレベルで社会保障が充実しているのか?

 モデルとなっている中世は、仮にも暗黒時代とまで呼ばれている年代です。ちょっと想像できませんよね。ですので市民は自ら貯えなければなりません。


 そして、中世のエンゲル係数も、時代と場所にもよるのですが、大まかに言ってしまうと4割~5割前後。(繰り返しますが、江戸時代中期の江戸町民が8割~9割です。飯食って税金払ってすっからかん。宵越しの銭を本当に持ってなかったんですねえ)


 ですので、食費におおよそ4割~5割。

 装備やらの維持費やなにやらの雑費に3割。残りが税金。






 ほら。

 ちょっとだけリアリティあるように見えませんか?







 そして、それを基本の税率として、情勢によって税金を変化させるのが面白いでしょう。


 例えば、繁殖力の高い魔物がいるなら? それには常に防衛力が必要となるでしょう。例えばそれが都市の近くだとしたら? その都市は防衛力に資金を投入せざるを得ず、他の都市に比べインフラ整備が遅れてしまうのではないでしょうか?






 うわ厳しい……と思われた方。

 そうですよね。

 初心者冒険者の収入の2割~3割も持っていかれたら、生活なんかできないよ!



 もっともです。

 つまりはそれが重税感でしょう。



 ですが、そうでなければ都市が立ち行かなくなる。


 その場合は、貨幣の代わりに労役を提供することで、税金の代わりとしているかもしれませんね。物語によくある「街が魔物の群れに襲われた! 助けてくれ冒険者!!」に対する、この上ない理由になるのではないでしょうか。

 彼らは緊急時に街の防衛を行うことを条件に、課税を免除されているのです、とか。



 ちょっとわくわくしてきません?



 他に、例えばこんなのはどうでしょう。


 魔物に対する税金は通常非課税としている(狩ってもらわないと困るから)が、ある領地では、特定の魔物に対してだけ凄まじい税金が課せられている。

 その理由。

 その魔物には、都市を挙げて守らねばならない、重大な秘密があったのだ……。


 とか。


 魔法金属が特産のとある領地。しかしある日から突然、魔法金属の流通が止まってしまう。憂慮したギルドは調査隊を向かわせるが、判明したのは魔法金属へと突然課せられた莫大な関税。それには数年前から都市の近くに住み着いた、竜が関係しており……。



 とかとか。


 小道具として、クエストを始めさせる大変面白い小道具になるのではないでしょうか。





 さて。

 長くなりましたが、「2割~3割」であると申し上げた理由について、ご納得いただけましたでしょうか。


 もちろん本項は多分に私見が入っておりますので。

 異論反論大歓迎です。

(その際は宜しければ出典となった文献もお教えいただけますと幸いです)


 今回はあくまでも番外編ですので、まとめはいたしません。

 また、これを採用したからと言って炎上しないという保証も致しません。


 むしろ、炎上防止の観点から言うと税金には極力触れないほうがよろしいかと思います。

 それだけ複雑怪奇であり、しかも偏見と誤解がはびこっている題材だからです。


 ですが。

 もし税金をテーマにして大冒険を繰り広げる場合。

 本作品が参考になれば、それは非常に光栄なことです。



 ……どなたか、書いてみませんか?

 私、楽しみにしてますので。




 それでは、長くなりましたが。

 今後とも皆様におかれましては、よき創作ライフをお送りくださいますよう。

 心より、お祈り申し上げております。








 ※参考資料

「古代帝国における国家と市場の制度的補完性について(1)ローマ帝国」

 明石 茂生 著


「マネーの進化史」

 ニーアル・アンダーソン 著

 仙名 紀 訳

(ハヤカワ文庫NF)


「私たちはなぜ税金を納めるのか~租税の経済思想史~」

 諸富 徹 著

(新潮選書)

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炎上を防ぐ貨幣価値設定! ~異世界ファンタジーにおける経済描写~ 時崎影一/Loon @Loon

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