第9話 異世界経済におけるモノの値段 ~物価はどうやって設定すべき?~(後編)

 予め申し上げておきますと。

 異世界ものにおいて、物価の設定方法は作者様の裁量一つです。


「そういう世界なのだ」


 そう言ってしまえば、それで終わりです。

 そも、本来であれば、異世界の物価にまで踏み込む必要性は薄いでしょう。


 ですが、「リアリティのある世界を設定したい」「経済をテーマにしたいので、物価を設定する、何かテクニックのようなものはないか」と、もしお考えでしたら。


 それらについて少々、語らせて頂ければと思います。




 さて。

 物価とはどのように決定されるものなのでしょうか。

 それは単純な話で、需要と供給の結果であります。


 ですが、一々作品中で登場する物品の生産量と流通量を設定し、物価を決めていく作業が必要なのでしょうか?


 多くの作品では、あまり必要ないのではないかなと考えます。

(勿論設定されて、しかもそれらがさりげなく配置されている作品もあります。非常に格好良いです)


 勿論作者様の創作スタイルもあるでしょう。

 プロット派と呼ばれる方の中には、一作品にそれこそ数百ページ以上にも渡る設定資料集を書き下ろす方もいらっしゃいます。本文より長いなんてザラです。


 重要なのは、設定を決められた作者様が、それに振り回されないこと、です。


「もっと簡単な方法はないの?」


 勿論ございます。

 簡単、かつ、リアリティが出るような方法が。

 それはどんな方法か。





 それは、平均的な庶民一人が月に最低限生活できる金額を決めてしまうことです。





 例えば、そうですね。

 あなたの異世界は1か月という概念はありますか?

 無ければ代わりになる単位で結構です。

 それは何日ですか?


 ここでは、仮に1か月30日としておきましょう。

 そして30日間、庶民の方が最低限生活できる金額を適当に決めてください。

(感覚で結構です)


 決まりましたか?

 ではここでは仮に、金貨1枚とでもしましょう。

 金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10,000枚の公式も用います。


 で、単純に30で割ってしまいましょう。

 銅貨334枚(端数切り上げ)ですね。


 で、今度は。

 その方が暮らされているのは持ち家ですか?

 それとも借家や宿泊施設でしょうか。

 あなたの異世界における平均的な庶民の姿をここに当てはめてください。


 ここでは面倒なので持ち家としちゃいましょう。


 で、その庶民さんが一日に使う食費は、どれくらいの割合でしょうか。

 支出のうち、食費に占める割合を「エンゲル係数」と言います。

 お聞きになったことがある方、多いのではないでしょうか。


 そしてエンゲル係数とは「所得が低くなればなるほど、食費に占める割合は多くなる」という経験則を元にしています。


 最低限生活できる金額として設定したのが、先ほどの例では金貨一枚でしたね。


(例として、13世紀前後のイギリスでは、平均40%でした)


 ですがここでは最低限としていますので。

 そうですね。

 思い切って90%にしてしまいましょう。

(90%ですと江戸時代中期の日本がそれくらいでした。貧しかったんです)


 ですので、食費として使うのは一日当たり300枚です。


 ……ほら、見えてきませんか?

 なんだかそれっぽい数字が。


 仮に一日三食制の文化であるならば。

 一回の食費の平均(最低限)の金額は銅貨100枚ですね。



 はい。

 これを基準価格としてしまいましょう。



 あとは登場物品に応じて考えればよいのです。

 少なくとも、何もない状態で考えるよりは、リアリティが出るとは思いませんか?


「今年の都市税、月に金貨1枚だってよ……」

「あぁ!? そんなの生きていけねえよ!!」


 どうでしょう。

 高さが、実感できますでしょう?

 高さに、リアリティを感じませんか?


 ……そうです。

 ここで重要なのは、「リアリティ」つまり、「それっぽいこと」なんです。

 とりあえずここまでお膳立てを整えておけば、「物価にリアリティがない」なんて、言われる可能性は低くなるんではないでしょうか。







 ……だからと言って。

「最低限の食費は銅貨100枚か、なら材料費も銅貨100枚だな!」

 なんて、やってしまってはいけませんよ?



 物価の決まり方は需要と供給であると述べました。

 それは正しいのですが、それだけではすべてが語り切れていません。


 もう一つ、要素があるんです。

 物価、つまり商品価格を構成する要素。

 特に物品の値段についてはわかりやすいんですが。


 それは、原材料費と、人件費に分かれている、ということなんです。

(ものすごく大まかですが)



 かつて、某MMORPGにおいて商人キャラでプレイしている最中。

 バザーに1人のお客様が来て、こうおっしゃいました。


「サイトで知らべたら原材料費は70万なのに、なんで100万で売ってるんですか?」


 ……いやあ。当時は私も若かったものですから、スマートにお答えすることができませんでした。今でしたら、堂々と答えられます。


「それは、人件費が入ってるんですよ」と。


 では、原材料費の割合はどの程度が適正なんでしょう。


 ぶっちゃけて言ってしまいますと、それは作者様の裁量次第です。

 この世界ではこうなんだと、そう言ってしまえば、それで通用してしまいますね。ですが、それだけでは困ってしまいますので、一例をあげましょう。


 現代における食品の原材料費ですが、一般的には30~50%が限度と言われています(業態にもよります)。それは物流やら何やらで、お金がかかってしまうからですね。


 ですが、ここも厳密に設定しようとするとすごく大変です。

 ですので一例として、例えば「俺の世界の原材料費は50%! こう決めた!」とかやってしまうのがよろしいのではないでしょうか。


 もしかしたらもっと低い世界なのかもしれません。

 逆にもっと高い世界なのかもしれません。

 ですがキリがないので、一律で決めてしまうのもまた、宜しいのではないでしょうか。



 少し、話題がそれます。

 MMORPGの話題が出ました。

 そのゲームではプレイヤーによる市場が形成されており、商人としてプレイするのがとても楽しい世界ではありました。

 聞いたところによれば、ゲームをデザインするにあたり、高名な経済学者を招き入れ、その方の監修のもとゲーム内の物価を決められていったそうです。


 現実でするような苦労もありましたけれど、その分、楽しかった記憶があります。


 ですが、そこまでしなくても。

 要点さえ押さえれば、小道具として役割を果たす「貨幣」を生み出すことはできます。

 あくまでも、物語が主役です。

 それを、忘れないでくださいね。








 さて。

 ここまでの内容で、物価の設定方法について、ひいては経済の設定方法について、一例ではありますが語れたのではないかなと思います。


 如何でしたでしょうか。


「リアリティ」を追求することも大事ですが、しかし。

 それに振り回され主題を見失ってしまっては本末転倒です。



 大事なのは、伝えること。伝わること。



「適当に決めたら突っ込みの嵐が来てしまった! どうしよう!」


 だからといって、考えすぎることもまたありません。

 前話でも述べましたが、重要なのはそこではありませんよね?


 厳しい意見もたまには来ます。

 それはもう、しょうがないです。

 ですけれど、どうか、くじけないでください。


 あなたの作品を楽しみにしているからこそ、厳しい意見も来るんですから。



 今作では、作者様の作品作りの一助になるよう、そして、読者様が違和感を覚えない貨幣価値が設定できるよう、お手伝いしてまいりましたつもりであります。


 作者様の作品作りの参考になれば、これに勝る喜びはありません。


 どうか良い創作ライフを送られますよう。

 そして、作者様の作品が世に出て評価されますことを、心より願っております。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る