含みと現実


「お前いまだ!?」


 今までの今日で聞いたことがなかったその言葉の理解には時間がかかった。

「俊!お前まさか……!」

「そのまさかだ!記憶があるんだよ!今日の記憶が!爆死したテストの内容も、お前に聞いた扉夢の話も、さっちゃんが激怒したのも……、全部!覚えているんだよ!」

「なんだって……!と、とりあえず落ち着くんだ。今どこにいる?」

「今は、裕也の家に向かってるよ。登校しながら……、話そう!」

 興奮気味の声と混ざって息切れが聞こえる。おそらく走っているのだろう。

「分かった待ってる。」

 それを言うや否や電話は切断された。


 着替えをすぐにすまし、テーブルの上に用意されたトーストを一枚頬張って玄関を出た時、丁度俊が家の前に到着した。膝に手を付き、肩で呼吸をしている。どうやら少しは落ち着きを取り戻してきたようだ。

「おぉ、おはよう……、裕也ぁ……。」

「お、おはよう。ひとまず呼吸を整えようか。」

 見れば俊の髪には一目でわかるほどの大きな寝癖がついており、起きてから鏡も見ずに急いで来たことが伺えた。

「で、だな。さっきの電話のことなんだが。」

「そうなんだよ!記憶があるんだ!話に聞いていたお前みたいに。」

「問題なのはなぜ記憶があるのかだが何か心当たりはあるか?」

「いや、心当たりは、ないんだ。」

 少し歯切れの悪い返答に違和感を覚える。

「そうか。ま、それならしょうがない。今分かることが何もないなら学校行こうか。」

「え、いやまてよ。こんな非常事態時に学校に行くのか?他にするべきことが何かあるんじゃないか。」

「俊と俺が探しているのはハマツキアヤだろ、学校の生徒だ。あの狂った先生みたいに扉夢関係者がいるかもしれない。」

 それに学校へ行きたい理由はそれだけじゃない。今までの非現実とは対照的な学校という日常を感じさせるものに身を置いていなければ、自分の正気が失われてしまうような気がしたからだ。

「……まあそうか、確かにな。でもさぁ……。」

「何か問題でもあるか?」

「いやぁ……。またあの休み明けテストを受けるのかぁとおもってさぁ?」

 そういって俊はため息交じりに肩を落とした。

 それを見てなんだか少しだけ日常に戻ってきた気がした。

「甘えんな、俺が何回あのテストを受けたと思ってやがる。」






 



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夢の扉は開かない 葉月秋渡 @akikannon

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