予想と四回目
彼女の足音は遠くなり、やがて聞こえなくなった。
二人はほっとため息をつき、机に座った。
「ありがとう、俊。ナイスタイミングだったよ。」
「あぁ、感謝してくれよ。あれはさすがの俺も肝が冷えた。」
俊はそういって肩をすくめてみせた。
「……いやしかし、何だったんだろうなあの変わりようは。扉夢のことを神呼ばわりしてたぞ。どう見ても普通じゃない。」
「いやいや裕也確かにそこも大いにおかしかったけれども、もっと注目すべき点があったでしょうが。」
裕也が少し考えてからかぶりを振ると、こんな事も分からないのかと言うようにあきれ顔で首を振った。
「裕也の言う二回目の今日の時にさっちゃんは一人で扉夢はできないと言ってたんだよね?」
「ああ、確かに複数人必要と言っていた。」
「それは俺も聞いたことがあるしそうなんだと思う。でも考えてもみてくれ、二回目の今日に聞いた話とさっきのさっちゃんの話に一緒に扉夢に参加した者の話は出てきたか?」
「……出てきていないな。二回目の時は何かが思い出せないとも言っていた。」
「その思い出せないと言っていたというのがどうも引っかかってずっと考えてたんだ。これは何の根拠もない俺の予想だし、飛躍も甚だしいけどさ。
……扉夢に複数人必要ってのは願いをかなえるのに自分以外に存在が消える人、ようするに生贄が必要だからなんじゃないか?」
生贄という現代で聞きなれない単語が混ざり多少困惑したがすぐに俊の言いたいことは理解できた。
「まさか……、ハマツキアヤは願いの代償に生贄になり存在が消えたとでも……?」
「あくまで予想さ。でも、もし本当にそうだとすればさっちゃんが一緒に参加した者のことを今まで一度も口にしていないことも、彩がいなくなったことも説明がつかないかい?さっちゃんは言わなかったんじゃなく忘れていると考えれば。」
「……もしそうならハマツキアヤを生贄にして願いを叶えたものがいることになるが。」
「……そうなるね、そうだとしたらそいつも探し出さなきゃ。」
「探し出してどうなる、反省でもさせるつもりか?」
それは確実に法では裁けない範疇であり、私刑を行えばこちらが捕まる。もしハマツキアヤを生贄にしたものがいたとしても手出しをすることは許されない。
「分からない。自分がそいつを見つけて何をしたいのかも分からない。でも、そうしなきゃいけない気がする。」
俊の覚悟がひしひしと伝わるその言葉に裕也は無言でゆっくりと頷くことしかできなかった。
少しの静寂を経てから俊が口を開いた。
「なぁ、……裕也には本当に悪いが、今日は俺一人で考えさせてくれ。なにかあったらまた連絡するよ。」
そういって俊は自分の荷物をまとめ、裕也と目も合わせずに教室から出て行った。その様子は衰顔そのもので呼び止める気さえ失せさせるほどだった。
しばらくして裕也は考えた。
俊が帰ってしまうとなると今日彼の部屋で儀式をすることはまずできないだろう。そうとなると自分に今できることは何だろうか。
考えているとふと、部屋にあった紙切れのことが頭に浮かんだ。
(あの紙切れ二回目の今日にはなかったよな?)
自問自答していると朝捨てようとした紙切れが今置かれたこの状況において重要なもののような気がしてきた。もしかしたら何かを表す暗号かもしれない。
(赤目、上も……なんだっけ覚えてないや。)
朝にちらと見て不要と判断していたためよく内容は覚えていなかった。
確認するためにも今は、
「帰るか……。」
背もたれに身を預けて教室の天井をぼーっと見ながらそんな独り事を言っていると、廊下を歩く他クラスの女子生徒に変な人を見る目で見られた。
いつもなら赤面卒倒するようなこんな状況でも全く意に介さなかったことから、初めて自分も俊と同じように疲弊していることに気が付いた。
家に着いた後、裕也は紙切れの解読を試みた。
まず、扉夢によって今日が繰り返される中で出現したことから現状に関係があるとみてまず間違いない。問題はこれが何を意味するかなのだが。
「赤目、上も江戸、AUもSY見た……何度見てもさっぱり。」
真っ先にアナグラムを疑い、ひらがなに直してみた。
あかめ、うえもえど、AUもSYみた
書き出してみて思ったが、アナグラムだとするならば組み合わせのパターンが多すぎてその中から見つけるのは至難の業だろう。AUとSYでなにかしらの英単語ができるとして13文字換算としても6227020800通りの組み合わせがあるらしい。とてもじゃないが全て調べることなんてできない。
ならば他の候補は。
「まさか。」
そもそも暗号ではないという可能性。
考えてみたら同学年にイニシャルがAUの人間はいた気がする。たしか
などと数時間様々な事を考えていると疲れからうとうとしてきた。
このまま寝てしまったらまた扉夢のペナルティを食らうのではという恐怖心に駆られたが、睡魔にはそう長く抗うことはかなわずついに机の上で裕也は寝てしまった。
* * *
そして、気が付くとそこは暗闇だった。
裕也は目の前に超然と立つ扉を見つめながらペナルティを真っ先に思い浮かべたが、そうではないことはすぐに分かった。
「またか……。!?」
無意識のうちにぼやいた文句が声として普段通りに裕也の耳に聞こえてきたのだ。まるでペナルティでではなく儀式を経て扉夢を見た時のように。またしばらくしてもあの息苦しさは来なかったことからもこれが罰ではないことがうかがえた。
ならばこれはなんだ。
半ば焦りを感じ周りを見渡すが、扉のほかに何かがあるわけでもなく変わったものは見当たらなかった。そうしているうちにもう一つの重大な違和感にあたった。
「声が聞こえてこない。」
いつもなら一回は必ず聞こえる名状しがたいあの声が一向に聞こえてこなかった。
なんだこれは。
戸惑っていると急に視界がぼやけてきて、苦しみもなく裕也の意識はフェードアウトしていった。
* * *
見慣れた自室のベッドの上で裕也は目を覚ました。外からは鳥の囀りが聞こえる。飛び起きて自分の恰好を確認すると寝てしまう前には着た覚えのない寝間着姿だった。
それは四回目の今日の始まりを意味していた。
謎ばかりが残る三回目に後悔を残しながらも頭を切り替え、今日する行動を考えながら制服へ着替えていると唐突に携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。
これまでにない現象が起きたことに驚きながらも恐る恐る携帯を取ると発信元は友人、須崎俊であった。
「……もしもし俊?どうした、こんな朝早くか―」
「裕也!!!」
その声は必死そのもので軽く息切れもしていた。
そして裕也は次に続く言葉を聞き、耳を疑った。
「お前!!いま何回目の今日だ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます