回想と激高
集中できる道理も理由もない三回目の休み明けテストが終わり、放課の時間となった。生徒たちは口々にテストの感想を言い合いながら教室を後にした。裕也と俊の二人はただ教室に残るだけで、少し前に教室を出て行った紗矢子先生を探しにはいかなかった。ここで残っていれば教室のドアのところに来ることは知っていたからだ。
裕也の予想通り先生は数分後一回目の今日と同じようにドアのところへ来て、もたれながら早く帰れと言わんばかりにこちらを見ていた。
「先生。」
裕也はそう言って一度唾を飲み込んだ。
「ん、なんですか?早く帰って勉強でもしましょうね。確か数学から週の課題が早速出されてたよね。」
「少し話が、……扉夢のことで。」
扉夢という言葉を聞くや否や先生の表情は少し緩んだ。
「懐かしいわね、それ。まだ知ってる人いたんだ。それで?扉夢がどうかしたの?」
「先生が扉夢によって願いをかなえた一人であることを知っての上でお聞きします。あれは……、扉夢とは一体……。」
「加藤君。」
唐突に酷く冷たい声で名前を呼ばれて驚き、先生の顔を見ると彼女は先程とはうって変わって生気を感じさせない無表情をしていた。そして印象的な大きい目はじっとこちらを凝視していた。
「加藤君、あなたは私が扉夢でどんな願い事を叶えたか知ってるの?」
「……いえ、知りません。それも聞こうと思っていました。」
そういうと先生は口の両端をつりあげて笑うような表情をした。
「そう、なら教えてあげるわ。その前に少し昔話をしてもいいかしら。」
二人は頷いた。
「あぁそう、ちょうど君たちくらいの時かな。私ね、いじめられてたの。弁当を捨てられたり、教科書を破かれたり、机に悪口を彫られたり、まあそこらに転がってそうなありきたりなものだったわ。
でもね、いじめられている当人にとってはありきたりなんて言葉じゃ言い表せないくらいの傷を心に負うもので、そこらに転がしておいて気にしないなんてことはできなかった。いじめが始まる前にいた友達は当然のように見て見ぬふりをしていったし、先生が助けてくれることもなかった。
そんな時、そんな時に私は扉夢の噂と出会ったの。なんでも願いをかなえてくれるって噂が私には救いの手に見えた!神のように思えたの!だから私はその救いを極めて有効に使わせてもらったわ!」
それを語る姿は正気には思えないほどに熱がこもっており二人に狂気さえ感じさせた。両の目は大きく見開かれ焦点はうまく合っていないように見えた。
少しの静寂にも耐え切れず俊が口を開いた。
「……それでなんと願ったのですか。」
「……それで?それでねぇ、私願ったの。私をいじめた子を全員消してって!!そしたらね、どうなったと思うあいつら!?消えたの!!本当に!!
次の日学校へ行ったら当然のようにあいつらはいないしあいつらのことを覚えているやつすらいなかったの!!まさに完璧だったわ!!全く、因果応報よねぇ、いなくなって当然だったのよあんな屑どもはねぇ……!!」
先生は平素からは想像もつかないほど声を張り上げそう言った。両手で顔を掻き毟り頬を赤くしながら喜悦に溺れていた。
「素晴らしいでしょ!まさに神の所業よ……!!ああああ……。」
その様子を見た裕也は考えるよりも言葉が出ていた。
「なんで、いじめられていたからといってそこまで……!」
その言葉は目に見えて先生の逆鱗に触れた。
「……はぁ?そこまでって何よ。一丁前に餓鬼が大人に正論垂れてるんじゃねえよ!!あんたに何が分かる!!私の苦しみの何が!!あんたに―」
「さっちゃん!!」
遮って俊が叫んだ。
「なによ、あんたもなんか言う気―」
「さっちゃん、もうすぐ三時だよ。確か今日三時から職員会議だよね。」
その言葉を受けて彼女は教室に備えられた時計を見た。時刻はほぼ三時を指していた。
「……あらそうね、ありがとう須崎君。」
先生はまるで何事もなかったかのように笑顔で礼を言って教室を出ていった。
「あなたたち、早めに帰るのよ。」
少し振り返ってそう言うと廊下へ歩いて行った。
その様子はいつもの紗矢子先生と何ら変わりはなく逆にそれが二人の恐怖心を煽った。
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