下人が愛へと発つ夜明け

 その晩、彼は、涙にむせながら官能小説を書いた。翌朝、いつものように安西にルーズリーフを密に渡し、時瀬は教室に向かった。

「なんだこれ。夢オチより手抜きじゃねえか」

 安西は落胆した。時瀬の書いた官能小説は、たった一文だけだ。

ーーそしてあれやこれやがあり、U子は、ラグビー大好きなお爺さんに看取られ、安らかに永久の眠りにつきました。

 いつもより丁寧な字で書かれた物語の結末は、エロスのかけらもない老婆の最期だ。ご丁寧に、完、の文字が筆ペンで書いてある。

「おはよう」

 教室に入ってきた時瀬にユーコはいつものように声をかけた。

「おはよ 」

 時瀬も返事をする。

 チャイムが鳴った。まるでボクシングのリングが鳴ったように、時瀬はノートを開き、ペンを握る。まだ連ならない言葉は、彼自信にも結末は分からない。ただ書き出しは、失恋した男が愛を探す旅に出るシーンから始まる。男がいる場所は、羅生門だ。夜明けの廃都を刀一本持った男が、太陽の方向へ歩いていく。

「時瀬くん、なに書いているの? 日記? アルファベットのかけらもないけど」

 授業が終わったにも関わらず、あまりに集中していた彼に、英語教師が聞いた。時瀬は答えた。

「羅生門かな」

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羅生門かな @ryuhnosuke

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