第3話

怒涛の6連勤を終え、俺は屍の如く自宅でゴロゴロしていた。最近は正宗さんも仕事が忙しいらしく、しばらく会えていない。

まぁ別にいいんだけど。

ピンポーン

「はいはーい」

重い体を起こし玄関に向かう。こんな朝早くに誰だろ。まさか正宗さんだったり・・・

ガチャ

扉を開けるとそこには笑顔で片手を上げる修二が立っていた。

「よっ!近くに来たから寄ってみた」

「なんだ、修二か」

「なにその残念そうな顔!俺で悪かったね」

「別にそういう訳じゃないけど・・・。とりあえず上がんなよ」

「わーい!お邪魔しまーす」

玄関を開けただけで冷気が体に堪える。俺たちは急いでコタツに入りこんだ。

そういえば小さい頃から冬になるとこうやって2人でコタツに入ってゲームとかやってたっけ。

なんか凄く懐かしい。

「あっくん今日バイトは?」

「今日から2連休、6連勤明けなんだよー。修二大学は?ってもうとっくに冬休みって言ってたっけ」

「うん。そっかー、じゃあ久しぶりにあっくんち泊まろうかな」

その時なぜか脳裏に正宗さんの顔が浮かんだ。

なんだよ、修二が泊まることなんて小さい頃からよくあったじゃないか。何を今更躊躇することがあるんだ。

「あぁ、いいよ!久しぶりだなー」

「今日どっか行く?」

「うーん、とりあえず俺ちょっと寝たいからその間になんか考えといて」

「了解」

そのまま俺はベッドに潜り込んだ。しばらく目を閉じていれば、意識が遠のいていく。

・・・正宗さん何してるんだろう。

何故だか考えるのは正宗さんのことばかりで、俺ってこんなに女々しい奴だったかな。と嫌気が差した。


ピリリリッ

けたたましい電子音で目が醒める。

「あっくん電話ー!」

携帯を手渡され、そういえば修二が来ていたんだっけと思い出した。まだ覚醒しきらない頭で受話器のマークを押す。

「もしもし」

「俺だ。今日の夕方迎えに行く。仕事は休みだろ?」

「あ、はい休みですけど・・・ちょっと友達といるんで今日は、その、すいません」

沈黙が続く。怒っているのだろうか。そういえば俺から誘いを断るのは初めてだ。いつもなんだかんだ言って都合つけてたっけ。

ふと電話の奥で正宗さんを呼ぶ声が聞こえる。

「あぁ、今行く。綾人・・・またかける」

「あ、はい。お仕事頑張って下さい」

「あぁ」

電話からは通話終了を告げる無機質な電子音が鳴っている。仕事、忙しそうだったな。

それでも時間を作ろうとしてくれてるんだ。

「あっくん、今のってもしかして花龍院さんから?」

「あ、うん。今日の夜会いに行くって言われたんだけど、断った」

「そっか・・・なんかごめんね」

「いやいや!修二が謝ることじゃないから!全然大丈夫」

俺はニコッと笑った、と思う。上手く笑えてた筈だ。

たかが一回誘いを断っただけじゃないか。それなのになんでこんなモヤモヤしているんだろう。大体正宗さんは急すぎるんだよ、いつも俺が暇だと思って・・・ってまぁ暇だけど。


その時テレビの画面に先ほどまで会話していた人物が映しだされた。

確かあの隣でニコニコしてる女子アナはこの前野球選手との熱愛が出ていたやつだ。

「こんにちはぁ!私は今アクアガーデンプレイスの前に来ていまぁーす!こちらはKRIグループが新たにオープンさせた複合施設で、本日は代表の花龍院正宗さんに起こしいただいていますー!もぉ私イケメン過ぎてドキドキしちゃいますぅ」

「・・・どうも」

画面の右上にはLIVEの文字が躍っている。さっき後ろで呼ばれていたのはこれか。

正宗さんはあからさまな作り笑顔だ。まぁそりゃテレビだし笑わなきゃいけないのは分かるけど・・・キラキラさせ過ぎだ。それに隣にいる女子アナが媚び売りまくりでムカつく。てめー野球選手はどうした。

「こちらはどのような施設なんですかぁ?」

「このアクアガーデンプレイスはマンションやショッピングセンター、映画館に水族館を併設した複合施設です。ご家族連れや恋人同士など皆さまが足を運びたくなるような施設になっています」

「なるほどぉ!花龍院さんはもう恋人といらっしゃったんですか?」

「・・・いえ、でもいずれ一緒に来たいですね」

おい、アナウンサーそのあからさまなガッカリ顔はなんだ。っていうか恋人って・・・俺、のことなのかな・・・。

まだ恋人って認めてないけど、でもちょっと・・・ほんのちょっとだけ優越感かも。

「こちらからは以上でーす」

テレビは画面がスタジオに戻され、次のニュースに移ってしまった。


俺たちはそのまま何事もなかったかのように休日を過ごした。しかし時間が経つごとに俺の頭の中は正宗さんのことでいっぱいになっていく。

「ねぇねぇあっくん、花龍院さんって恋人いるの?」

修二の質問に表情が固まる。これはなんて言ったら正解なんだろう。

「えーっと・・・どう、だろ?わかんないや」

「ふーん。あっくん花龍院さんと付き合ってるんだ」

「はっ?!なんでそうなるのっ?!」

「あっくん本当嘘が下手だよね。まぁそこがいいとこなんだけど」

やっぱり長年一緒にいる修二には嘘をつくことは出来ないらしい。まぁただ単に俺の嘘が下手なんだろうけど。

止むを得ず俺は今正宗さんとどういう状況なのかを洗いざらい話した。告白されたことも、キス・・・されたことも、自分の気持ちがモヤモヤしていることも。

「・・・そっか。ねぇ、あっくんはどうしたいの?多分花龍院さんはあっくんのこと本気なんだと思うよ」

こんな話を真面目に聞いてくれて本当に修二はいいやつだ。普通男に告白されて悩んでて・・・なんて気持ち悪がられるだろうし。

修二がそういう偏見のないヤツで良かったと心から思う。

「俺は・・・正直よく分かんない。正宗さんは俺様だしワガママだしムカつくことばっかり言うし、でもたまに・・・凄く優しいし」

「本当はどう思ってるの?」

「う・・・っ」

本当修二には嘘がつけないから困る。

「す、す・・・き、なんだと思う」

「だろうね。どっからどう見てもあっくんは正宗さんのこと好きだよ」

改めて言われると恥ずかしくて居た堪れない。穴があったら真っ先に隠れたい。

「じゃあさ、なんで勿体ぶってるの?」

「べ、別に勿体ぶってる訳じゃっ!なんか、踏ん切りがつかないっていうか・・・」

「ふーん。正宗さん相当モテるだろうし、かっさらわれても知らないよ?まぁ俺的にはその方が都合いいけど」

「へ?」

「なんでもない。あー、あっくんが鈍感過ぎて敵ながら花龍院さんが可哀想だわ」

途中修二の言ってることがよく分からなかったけど、確かに正宗さんはモテると思う。いや、尋常じゃない位にモテる。

もしかしたらこうしてる間にも誰かに言い寄られてるかもしれない。あの女子アナとか女子アナとか。

なんとなく嫌な予感がする。

「修二!やっぱり今日・・・っ」

「いいよ、行って来なよ」

「ごめん。あっ、カギオートロックだからそのまま出てっていいからっ!」

俺は上着を羽織ると足早に玄関に向かった。

「うん、いってらっしゃーい」

バタンッ

「・・・あーあ、なんで俺敵に塩を送る様なマネしちゃったんだろ。でもあっくんには笑ってて欲しいしなぁ・・・はぁ、損な役回り」

修二の消えそうなその声は俺に届くことはなかった。



外に飛び出した頃にはすっかり夕暮れが近づいていた。正宗さんの家までの道のりを走る。

いつもは短く感じるのになんでだろう、今日は凄く長く思える。

そういえば自分からこういう風に正宗さんに会いに行くことって初めてじゃないかな。今日は何かと初めてが多い。

ようやく門が見えて来る頃にはすっかり息が切れていた。完全に運動不足だな、これ。

肩で息をしながらインターホンを押す。

ピンポーン

「はい、花龍院でございます」

「渡瀬さん!はぁ、はぁ・・・っ神崎ですっ」

「おや、神崎様。今お開けしますね」

ゆっくりと門が開き、中に入った。

長い庭を抜けいつも通り玄関の前に立つと渡瀬さんが笑顔で出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ、神崎様。そんな息を切らして大丈夫でございますか?」

「あ・・・はい、ちょっと急いで来たんでっ」

「左様でございましたか。本日は旦那様からいらっしゃることを聞いておりませんでしたので、まだ旦那様に確認してきていないのですが。少々お待ちに・・・」

「あ、さっき正宗さんから電話来たんで!俺そのまま部屋行ってみます」

「かしこまりました」

嘘じゃないから、いいよね。

なんとなく今は1秒でも早く正宗さんに会いたかった。

大きな階段を上り長い廊下を歩く。一番奥の部屋まで来ると扉の前で深呼吸をした。

ノックしようとすると扉が少し開いていることに気がつく。ゆっくり扉を開け、こっそりと中の様子を伺う。

あれ?誰もいない。

静かに中に入ると、奥の部屋から話し声が聞こえてきた。あっちは寝室の筈だけど・・・正宗さんの他に誰かいるのかな。

まさか・・・っ!う、浮気とか。

忍び足で寝室の扉に近づき耳を当てる。

「社長っ、やめて下さいっ」

この声・・・夏生さん?

ってか二人で寝室で何やってんだっ!?

「いいだろ?こんなになってるじゃないか」

「ん・・・っ、それはあなたのせいでっ!」

「お前は黙って俺に身体を預けてりゃいいんだよ」

「う・・・っあっ、そこっ、ダメですっ」

怒りでわなわなと手が震える。俺は我慢ならず扉を勢いよく開けた。

バタンッ!

「お前ら何やって・・・っ!」

目の前の光景に愕然とする。

うつ伏せで涙目になっている夏生さんの上に正宗さんが跨り・・・

背中をグリグリと押している。

なんだよ、お約束のやつじゃんか!騙されたっていうか思いっきり勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。

「綾人どうした?あぁ、浮気でもしてると思ったか」

俺は今まで正宗さんのこんなに嬉しそうににやにやした表情を見たことがない。

その顔にとてつもなくイライラする。

「社長、どいて下さい」

「ったく、お前が腰が痛いって言ったからマッサージしてやったんだろ」

「だから結構だと言ったでしょう!余計痛くなりましたよ、全く。神崎さんお見苦しい姿をお見せ致しました」

夏生さんは立ち上がりスーツを正すと、ぺこりとお辞儀をした。

やばい、俺めちゃめちゃ恥ずかしい奴じゃん。

「お前もう帰れ」

「言われなくても帰りますよ。明日の会議の資料目を通しておいて下さいね。では、神崎さん失礼します」

「あ、ちょっと待っ・・・っ!」

縋るように出した右手が虚しい。

あぁ、この状態で正宗さんと2人とか最悪だ。

「綾人、こっち来い」

「い、イヤです」

恥ずかし過ぎて正宗さんの方が見れない。一人で突っ走って勘違いして、バカみたいだ。

「綾人、こっちおいで」

優しくなった声色にゆっくりと顔を上げる。

正宗さんはもうさっきまでのにやにやした顔じゃなくて、いつも俺を呼ぶ時の穏やかな表情をしていた。

おずおずとベッドに近づき、少し離れた所に腰掛ける。

「お前今日友達といるんじゃなかったのか?」

「あ、えっと・・・友達が行けって」

「そうか。お前から来てくれるのは初めてだな」

「そ、そうでしたっけ?」

白々しく惚けてみる。そうでもしないとまた羞恥心に支配されてしまう。

正宗さんはまるで臆病な猫を相手にしている様に、ゆっくりとこちらに近づいた。

そのまま優しく抱きしめられる。

「嬉しい」

「別に・・・俺が会いたかった、から」

豆鉄砲を食らうっていうのは正にこういう顔のことを言うんだなと思った。思わず吹き出してしまう。

「ぷっは!なんて顔してるんですかっ」

「だってお前からそういうこと言うなんて夢かと思って」

「お、俺だって・・・言う時は言います」


言った瞬間そのままベッドに押し倒される。

しまったと思ったが時既に遅し・・・本当俺って学習能力ない。

「ちょ、ちょっと待って!俺今日は言いたいことがあって来たんです!だからっ、とりあえずどいて下さいっ」

正宗さんは渋々俺の上から下り、隣に腰掛けた。明らかに不機嫌そうな顔をしている。

しかしどいてもらったのはいいけどなんて口火を切ろう。

「で?言いたいことってなに?」

正直言いたくない。言いたくないけど・・・言わなきゃいけない。

正宗さんは足を組みタバコに火をつけた。益々言い出しづらい。

「うぅ・・・っ、どうしよう。言わなきゃだけど、でもやっぱり無理だ」

「お前何をさっきから一人でブツブツ言ってんだ。気持ち悪いぞ」

「うっさい!あーもーっやめた!やめました!絶対言ってやんねーっ!」

俺は胡座をかきながらぷーっと頬を膨らませた。もういい、ヘタレでいい!俺は一生好きだなんて言えないんだ。

「お前、わざわざ人を退かしといてやめたはねーだろ」

「だって!言えると思ったんですもんっ!」

「もんっじゃねぇよ、ガキかお前は」

ぐっと頭を掴まれ引き寄せられる。

いつの間にかタバコは揉み消されてた。正宗さんからふわっと煙と香水の香りがする。

「ん・・・っふ」

あぁ、またこの人のペースに流されてしまった。

それでも俺はきっとこの温もりを、自分にはない強引さを望んでいたんだ。

コツンとおデコがぶつかる。

「・・・すき、です」

「え・・・。あっ、な、なんてっ」

「ははっ、何テンパってんですか」

「くそっ、絶対離してやらない」

そう言った正宗さんの声色はなんだかとても嬉しそうで。この人が喜んでいるのなら、きちんと言葉にするのもいいのかな、なんて思ったんだ。

「綾人、もう一回言って」

「い、嫌ですよっ!恥ずかしい」

「いいじゃねぇか。ケチくせぇな」

でももう絶対好きなんて言ってやんない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

史上最悪な王子様につき 皇こう @koh_suneragi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ