第2話

よく晴れた日曜日。

車窓からは仲良さそうな家族連れや、楽しそうな恋人たちの姿が見える。もうすぐクリスマスだからか街全体がイルミネーションでキラキラと彩られていた。

しかしそんな中、俺はなぜか例の如く車で拉致られている。

隣に座る見た目も肩書きもハイスペックな男、花龍院 正宗。32歳独身のイケメンな大企業のCEO。もし俺が女だったら周りからこの状態をさぞ羨ましがられるだろう。

ま、性格は最悪の超俺様男なんですけどね。


事の発端は三十分前。いつものごとく急に呼び出され、言われるがままに馬のエンブレムのついた超高級なスポーツカーに乗せられた。

っていうか正宗さん運転出来るんだな。普段は運転手付きの車に乗ってるから気づかなかった。

そして行き先も告げられぬままひたすらスポーツカーは走っている。

「正宗さん、どこに向かってるんですか?」

「急にうなぎが食べたくなってな」

「あー、うなぎ屋さんか。いいですね!俺もうなぎ好きですよ」

「そうか。それは良かったな」

「で?どこのうなぎ屋さんなんですか?」

「浜松」

「・・・は?」

頭の中をはてなマークが支配していく。俺が惚けてる間に車はあっという間に高速道路に突入した。

「ちょ・・・っバカなんですか?!浜松って静岡県の浜松ですよね?!」

「それ以外何がある」

「いやいやいや、あり得ないから!一体ここから何時間かかると思ってるんですか!」

正宗さんは聞く耳を持たずといった感じでハンドルを握っている。

この人本当にバカじゃないのか?普通うなぎ食べたいからって浜松行くか?じゃあパスタ食べたい時にイタリア行くのかよ。

いや、行きそうだ。この人なら。

「なんだ、お前もさっきうなぎ好きだって言ったじゃないか」

「そうですけどね。言いましたけど普通行かないですから」

こう言いだした正宗さんはもう止められない。

仕方なく諦め、黙って正宗さんの横顔を見る。まつ毛長いなぁ・・・鼻も高いしやっぱりムカつく位整った顔してる。本当神様って不公平だ。

「なに見とれてんの?」

「み、見とれてません!勘違いですっ!調子乗らないで下さい」

「可愛いなーお前は」

そう言いながら正宗さんは笑った。

最近よく笑ってくれると思う。この人普段全然表情変わらないから、ちょっと表情が崩れたりすると嬉しい。

しばらく車を走らせると富士山が近くに見えてきた。

「わー!富士山だっ!」

「サービスエリア寄るか」

「あ、はい!」

静岡県に入って大きなサービスエリアに寄った。ここの売りは目の前に富士山が見えることらしい。そういえばこんな風に遠出するのなんて久しぶりだ。

「俺なんか飲み物買ってきます」

「じゃあ喫煙所にいる」

正宗さんと別れ建物内に入る。日曜日というだけあって店内は多くの観光客でごった返していた。俺は缶コーヒーを2本手に取り早々にレジへ向かった。

数珠繋がりのレジでなんとか会計を済ませ、喫煙所に戻る。コーヒー買うだけなのにかなり待たせてしまった。

小走りで喫煙所に近づくと、何やらキャーキャーと黄色い声援が上がっていることに気がついた。タバコを吸うわけでもなく遠巻きに何かを見ている。

ゆるキャラでも来ているのかな。

不思議に思っていると聞き覚えのあるワードが耳に入ってきた。

「あれって花龍院正宗さんだよね?この前ニュースに出てて超かっこいいと思ってたのー!」

「知ってる知ってる!イケメンでお金持ちってヤバイよねー!一人かなぁ?」

「あのスマートな感じがいいよね!声かけてみる?」

・・・芸能人か。あぁ、今きゃーきゃー騒いでいる女子たちに騙されてますよと言ってやりたい。本当はこの人めっちゃ俺様で性格最悪ですよって教えてあげたい。

そしてそんなこと考えてしまう自分にもやもやする。

そうだよな、忘れてたけどあくまで世間的には正宗さんはイケメンでCEOで俺なんかと一緒にいるのが不思議な人なんだよな。

なんであの人は俺と一緒にいるんだろう。

「綾人」

「あっ、すいません遅くなりました。レジ混んでて」

「・・・どうかしたのか?」

「いえ、別に・・・なんでもないです」

正宗さんは何か言いたそうだったけど、それ以上は何も聞かなかった。

なんでだろう、住んでる世界が違うことなんか最初っから分かりきっていたのに。現実を思い知らされたみたいで少し胸が苦しくなる。

その後浜松で美味しいうなぎを食べて、俺が夜からバイトだったためそのままトンボ帰りした。

さっきまでの非日常から強制的に現実に戻される。正宗さんと会った後のバイトはいつにもまして疲労感が凄い。

「神崎さん、なんかいつもより疲れてません?」

今日のバイトは後輩の四之宮君と2人だ。彼は俺より1つ年下で、この近くの大学に通ってるらしい。金髪のアシンメトリーヘアーで、笑うと八重歯が可愛い今時の大学生って感じだ。でも最近カミングアウトされた情報によると、彼はバイってやつらしい。俺人生生きてきた中で初めて出会った。そして今の俺の状況からすれば救世主のような子だ。

「あー、今日ちょっと遠出してきてさ。疲れた」

「へー!いいっすね。どこ行ってきたんですか?」

「浜松」

「えっ、何しに?」

「うなぎ食いに」

「はっ?わざわざ?」

だよね、そりゃそういう反応になるよね。俺も四之宮君だったら絶対その反応してるもん。

でもこの疲労感はきっと長距離ドライブのせいじゃない。

サービスエリアを出た後変に正宗さんに気を使ってしまい、完全に自爆してしまった。

「それって神崎さんが最近よく遊んでる人とっすか?」

「あー、うん、そうそう」

深夜のコンビニバイトは暇だ。ついペラペラと余分なことを話してしまう。

「へー。その人よっぽど神崎さんのこと好きなんですねー」

「は?!なんでそうなんのっ?!」

「だって普通好きでもない人とわざわざ遠くまでうなぎ食いに行きませんよ。しかも奢りっしょ?いやー、俺もそんだけ思われたいですよ」

他人にそう言われると本当に正宗さんは俺のことが好きなんじゃないかと錯覚する。

確かにあの人は俺に好きとか可愛いとか言うけどそれはきっと冗談・・・っていうか、からかって遊んでるだけだし。

第一男同士じゃん。

「あり得ないよ」

俺はまるで自分に言い聞かせる様に笑った。


あと十分でバイトが終わる。

今日は疲れたからさっさと帰って寝よう。あっ、でも借りてたDVDの返却期限今日までだっけ。そんなくだらないことを考えていると、自動ドアが開いた。

ピンポンピンポーンッ

「いらっしゃいま・・・」

「ほう、ここがお前の職場か」

・・・最悪だ。

目の前には明らかにコンビニが似合わない男が立っている。

「何しに来たんですか」

「勤労少年をからかいに」

「あんた最低だな」

正宗さんは物珍しそうに店内を見て回っている。初めて日本に来た外国人か。

「なんでここが分かったんですか。俺正宗さんに教えてなかったですよね」

「渡瀬に聞いた」

渡瀬さん・・・っ。くそ、油断したっ!そういえばあの人も正宗さん側の人間なんだよな。いや、別に口止めしてた訳じゃないけどさ。

正宗さんは缶コーヒーをもってくるとレジに置いた。

「120円です」

黙って黒いクレジットカードが差し出される。

出たよブラックカード。ってか120円をブラックカードで払うってどんな神経してんの。

「小銭ないんですか?」

「生憎現金は持ち歩いていない」

「はいはい、聞いた俺がバカでした。ったく」

「今日の夕方迎えに行く」

「いや、いいです。結構です」

「それじゃまた後でな」

「いやいや!ちょっ・・・えぇっ!?」

自分の要件を言うだけ言って正宗さんは店を出て行った。また言い逃げされてしまった。俺は盛大にため息をつく。

「神崎さん、さっきのってあの花龍院正宗ですよね?最近よくテレビに出てる!神崎さんが遊んでるのってもしかして花龍院正宗なんですか?!」

「あ・・・うん、まぁ」

「へー、凄っ!ってか神崎さんそういう顔も出来るんですね」

「はっ?!なに!俺今どんな顔してる?!」

四之宮君はにやにやとこちらを見ている。

なんだよ、どんな顔してるっていうんだよ。なんとなく恥ずかしくなって顔を隠す。

「顔に恋する乙女って書いてありますよっ」

「ば・・・っ!違う!絶対違う!お、俺もう上がりだからっ!お疲れっ!」

ケラケラと笑っている後輩を置いて、俺は逃げるようにその場を後にした。


夕方7時。

あれからちょっと寝て、DVDを返しに行って風呂に入って今に至る。なんとも普通、いやそれが一般人である俺の本来の日常だ。

現在正宗さんからの電話を待っている状態。きちんと準備している自分が情けなさ過ぎる。

ピリリリッ

部屋中に電子音が響く。携帯を手に取りしばらく眺める。これは普段振り回されてることに対してのせめてもの抵抗だ。

「・・・もしもし」

「下にいる」

「はぁ、わかりました」

盛大なため息をつき玄関に向かう。途中洗面所の鏡が目に入った。

今日はなんとなく髪型が決まらなかったから前髪を上で縛っている。流石に子供っぽすぎるだろうか。

「変・・・かな」

一瞬で口にしたことを後悔した。別に変だっていいじゃん、どうせ会うのは正宗さんだし。

俺はコートを羽織ると玄関の扉を開けた。

「寒い。早く乗れ」

「あ、はい」

正宗さんは朝と同じ格好をしていた。当たり前だけど。一つだけ違うのは、なぜか眼鏡をかけている。それが凄く似合ってるから、見惚れてしまいそうになって頭を振った。

「・・・なんで眼鏡かけてるんですか?」

「コンタクトを落とした」

「えっ、正宗さんって目悪いんですか?」

「あぁ。コンタクトか眼鏡をしないとほとんど見えん」

「なんか眼鏡かけてると正宗さんでも頭良く見えますね」

「実際お前よりは頭いいだろうからな」

ムカつく。皮肉ったつもりなのに全然皮肉にならなかったし。

そういえば最近毎日会ってる気がする。仕事終わりに会ってご飯一緒に食べて、そのまま眠気に負けて正宗さんちの無駄にふかふかなベッドで一緒に寝る。

よくよく考えたらこれってまずいんじゃないか?なんかまるでカップルみたいだ。なんとかしてこの負の連鎖を断ち切らなくてはいけない。

俺は意を決して口を開いた。

「あの、俺今日はちゃんと帰りますから!」

「あぁ」

・・・あれ?なんか呆気なくて拍子抜け。もっと反論されると思ったのに。まぁこちらはその方が有難いけど。

しかし俺は2時間後、あの時なんでもっと釘を刺さなかったのかと猛烈に後悔することになる。


「正宗さん・・・俺帰るって言いましたよね」

「あぁ、でも俺は了承してない」

「そのやりとり前もしましたけど」

「本当お前は学習しないな」

ムカつく。あぁ言えばこう言いやがって。子供なのは正宗さんの方じゃないか。

「そしてあんたは何してんですか」

「綾人を補給している。見て分かるだろ」

「いやいやいや、意味分かんねーから。離せ」

今の俺はソファの上で正宗さんに後ろから抱きしめられている。最近ボディタッチが過度だ。

「綾人が小さいのが悪い」

「なに人のせいにしてんだよ。ってか俺小さくないし!」

腰に回された腕を払おうとして、逆に手を掴まれた。そのまま方向転換して正宗さんの膝の上に乗せられる。

「なぁ、そろそろ聞かせてくれないか?」

「・・・な、なにをですか?」

「告白の返事」

来た。ずっとその話題を避けてたのに直球で聞かれてしまった。逃げ道を絶たれて視線が泳ぐ。

「えーっと、それはですね・・・っまだよく分かんないっていうか、そもそも俺は男で・・・」

「いつまでそんなこと言ってんの?」

腕を強く引かれ、唇が重なる。そのままソファに押し倒されれば、目の前の景色は一転した。

「綾人は好きでもない奴とこういうことをするんだな」

「ち、ちが・・・っ」

「じゃあ答えは分かりきってんじゃないの?認めろよ」

何も反論が出来ないのが悔しい。

確かに男同士でこんなこと、正宗さんじゃなかったらと考えるとゾッとする。正宗さんの真っ直ぐな視線が突き刺さる。俺の逃げ場なんてもうどこにもない。

静まりかえった部屋の中を時計の針の音だけがカチカチと響く。

何か言わなくてはと思えば思うほど言葉なんか出てこない。口の中がカラカラと乾いていく。

「そ、それは・・・。っていうか俺男だし、正宗さんだって男じゃないですか。なんで、なんで俺なんですか・・・」

「お前だから。男とか女とか関係なく、お前だから好きになったんだ」

どうしてこの人はこんなに真っ直ぐな目をしているんだろう。今まで俺はこんな風に人に思われたことがあっただろうか。

そして俺は一体何を恐れているんだろう。

「初めはただのお人好しのバカだと思ってた」

「はっ?!バカってなん・・・っ」

「でもいつの間にかお前といる時だけ、偽りのない自分でいられることに気がついた。今まで俺は花龍院家の当主としてしか生きてこれなかったからな。でもお前といる時はただの花龍院正宗でいられる」

だからあの時・・・、正宗さんの肩書きを凄いと言った時の辛そうな顔を思い出した。ふと渡瀬さんの言葉が脳裏をよぎる。

『神崎様とご一緒の時の旦那様は凄く楽しそうにしておりますので、私もホッとしているのです』

あれはあながち嘘じゃなかったのだ。

「俺のものになれ、綾人」

ずるい、こんな風に言われたら今まで見ないようにしていた自分の気持ちに気付いてしまう。

認めたくない。認めるのが怖い。

もし認めてしまったら、俺の正宗さんへの気持ちが一気に溢れ出してしまいそうだから。それでも、もう既に俺はこの人から離れることなんか出来ない。

唇を噛み締め正宗さんの胸ぐらを掴む。

「ま、まだっ!ちゃんと好きになった訳じゃないからなっ!・・・そ、それでもいいならっ、今はあんたのものってことに・・・してやっても、いい」

「ふっ、本当にお前は可愛いな」

正宗さんはそう言うと優しく口付けた。それはさっきみたいな激しいものじゃなくて、愛おしむような恥ずかしいくらい甘いものだった。

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