11 捕食

 鋼鉄の装甲や大量の新兵器で身を固め、どのような外敵も跳ね除ける海の要塞になるはずだった、『大企業』ご自慢の鋼の船。だが今や、そこは逃げ場が一切無い、肌色の海に浮かぶ鋼鉄の地獄に変貌していた。


「うわあああ!!」

「く、来るな!!」

「こ、こっちからも現れたぞ!!」

「何とかしろぉぉぉ!」


 『海賊』の子分も『大企業』の社員も、全員が混乱の渦に巻き込まれ、その心は恐怖に満ちていた。無敵と思われたこの船が、瞬く間に恐ろしい外敵――女海賊『リージョン』の大群によって制圧されようとしていたからである。


 確かに、黄色のビキニ1枚のみを身につけた巨乳の美女が自分たちの元にやって来るというのは、例え相手が恐ろしい女海賊であろうと、この船に乗るほとんどの男たちにとっては天国のような喜ばしい状況のはずであった。だが、それれが1人や2人のみならず、数十人、数百人、数千人、果ては数万人単位で一斉に押し寄せられれば、もはやそれは天国ではなく、恐ろしい地獄そのものであった。しかも、その全員が自分たち乗組員を自らに取り込み、この世界から永遠に抹消するべく動いているのだ。

 

「や、やめろおおおお!!」

「ふふ、やめないよー♪」もう逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」逃げられないよ♪」…



 大きな胸を揺らし、悠々と腰を動かしながら延々と押し寄せるリージョンの大群による浸食は、既に船内のいたるところに及んでいた。砲台が覗く窓や、修理用のハッチなど船のあちこちにあるほんの僅かな隙間から、彼女たちはアメーバ状の細胞になって次々と侵入し、船を埋め尽くしていたのだ。

 肌色に変異した海の中は、全てが彼女の細胞で覆い尽くされていた。限りなく分裂を重ねて自分自身を増やし、敵が完全に殲滅されるまでどんどん増え続けていた。


「や、やめろおおおお!!!」


 勿論、男たちの武器である銃で撃ったり、手持ちのサーベルで切り裂けば、リージョンは倒れてしまう。1つの細胞が変化した存在である彼女は、風船が破裂したかのように爆発し、消滅してしまうのだ。しかし、それは彼女たちにとっては何の損失にもならなかった。幾ら倒されても、外部から新手を次々に投入すれば、何十何百、何千何万倍ものお返しをすることが出来るからである。

 前後左右には無数のビキニ姿の美女が獲物を求めて増え続け、上や下には彼女が変異した無数の肌色のアメーバ状の細胞が、船を呑みこもうと増殖を続ける。どこを見ても、そこにいるのはリージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン、リージョン――まさに地獄絵図にふさわしい光景だった。


「ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」……


 やがて『クスリ』や『水中爆薬』は全て彼女たちに栄養として吸収され、乗組員も一切姿を消し、先ほどまで鋼の船だったはずの物体は、既にリージョンの一部に成り果てようとしていた。

 最後に残された甲板と、その上で周りを省みずに言い争いを続ける2人の男を除いては。


「てめえ!あの水中爆薬、全然効果が無かったじゃねえか!」

「そ……そんな事を言われましても、提案したのは貴方でしょう?」

「ああん、俺のせいにするってのか!?」

「貴方の指示で逆効果になったかもしれないんですよ、この状況!?」


 目の前に広がる恐ろしい光景や、時間が経つごとに一切報告されなくなった船内の惨劇、そして自分たちの足元から聞こえる無数の『彼女』の声への恐怖から、海賊組織のキャプテンと大企業の幹部は、とうとう喧嘩を始めてしまっていた。生命の危機に陥った時と言うのは、その人の本性が露わになりやすいものである。協力関係と言いながらも自分の事しか考えない2人の男の醜い心がとうとう現れてしまったのだ。



 そして、とうとうその時はやってきた。

 甲板の上に、2人の男のもとは別の、軽やかな靴の音が響き始めた。やがてそれは大量の足音のコーラスに変わり、恐る恐る振り向いた男たちの前で――。


「「「「「「「「「どうもー♪」」」」」」」」」」」


 ――足音の主、女海賊リージョンが一斉に姿を現した。右手にはサーベルを持ち、左手は腰に置き、自慢げに自分の大胆なビキニ衣装を見せるかのようなポーズをとりながら、獲物を追い詰めたかのような満足げな笑顔を見せ、最後に残された2人を取り囲んだのである。

 もはや海賊のキャプテンも大企業の幹部も、リージョンのセクシーな格好を見ていやらしい気分に浸る余裕は一切残されていなかった。許してくれ、もう二度と悪い事はしない、と情けない姿を晒して命乞いをする2人の前に、1人のリージョンがゆっくりと近づき、黄色のビキニに包まれた大きな胸を揺らしながら不敵な表情で告げた。

 自分たちの一番ほしい宝を、さっさと渡してほしい、と。



「わ、渡します!何でも渡しますから!」

「お、俺だけは助けてくれ!」

「わ、私を見捨てる気ですか!こんな酷い奴なんかより私を助けた方が後々!!」

「何だとてめえ!」


 自分でも助かりたい、相手のことなどどうでも良い、とこういう状況にも関わらず再び喧嘩を始めた2人は、自分たちがもう逃げ場が無い事に全く気づいていない愚かな存在に成り果てていた。その様子に一斉に軽蔑の目を向けた後、2人の目の前にいた1人のリージョンは足音をもう一度立てて見苦しい喧嘩を止めさせ、はっきりとした口調で2人に告げた。


 自分の今一番欲しい宝は、彼らの『命』である、と。


「あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」……



 やがて、小さな悲鳴と共に、無人島周辺の海域の全ての人間、全ての兵器、そして全ての『クスリ』は、ビキニ姿の女海賊リージョンによって置き換えられた。

 彼女がこの場に現れてから僅か15分程で、『大企業』の幹部と『海賊』の連中が目論んだ野望は、完全に打ち砕かれたのである……。

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