増殖海賊団リージョン
腹筋崩壊参謀
01 襲撃・1
果てしなく続く、青い母なる揺りかご、「海」。
全ての命を支える場所である海はまた、数多くの人々が遥か遠い場所を目指して行き来する交通の要所でもある。ある者は遠くの島に眠る豊富な資源を求め、ある者は大海原を味わうために広大な青色の道を進み、そしてある者は遠い遠い別の世界へと夢を運ぶ仕事をこなしていく。
だが、海はどこまでも善い人間ばかりを支えていると言う訳ではない――。
「おい、様子はどうだ?」
「大丈夫だぜ、兄貴」
「こんな場所、誰も近寄っちゃきませんぜ」
――彼ら『海賊』のような悪党もまた、海に支えられ続けているのである。
様々な客船や貨物船が行き来する航路から遠く離れた場所にある孤島。海底火山が創り出したこの自然の要塞に男たちが密かに本拠地を構えていた。張り出した筋肉に傷だらけの肉体、どこを見ても今までどこまで荒くれた人生を送り続けていたのかが分かりそうな彼らの体は、ある意味この広大な海で『自由』を満喫する者たちの象徴のようなものだった。
ただし、残念ながら彼らの場合、それらは『悪』の象徴でもある。この男たちの自由は、他の自由を踏みにじる事で成り立っていたのだ。海を渡る人たちの脅威として、彼らはこれまで何度も様々な船や町を襲い、様々な財産や資源をたっぷり奪い尽す日々を過ごしていたのである。
ただ、今回は少し状況が違った。
「それにしても、俺たちが誰かに従うってのは」
「全く、腹が立つぜ……」
悪事を働きたい、と言う志を持つ者の周りには、同じような存在が近寄るものである。彼らのような荒くれ海賊の元にも、各地で悪徳に金を集めている実力者たちが協力や支援を要請してきたのだ。その中で海賊に託されたのが、ある品物を一時的に守って欲しいと言う『依頼』であった。
勿論全員がその依頼を受け入れることは無く、自分の思い通りに生きる海賊の自由を侵害するものだと批判の意志を示した者もいた。だが、メンバーから『兄貴』と呼ばれる彼らのリーダー格の鶴の一声によって、彼らはこの依頼を引き受けることに決めたのである。
「バーカ、例のあれをどうするかは俺たちにかかってんだ。考えてみろ、相手が下手な事をすれば……」
「なーるほど、相手は俺たちの掌ってわけか!」
「さすが兄貴!」
彼らに託されたものは今、この孤島に空いた大きな空洞の中にぎっしりと詰め込まれていた。大量の麻袋の中に入ってる粉の正体は、裏社会において通貨の代わりにもなる非常に重要な物であり、裏社会における快楽の道具でもある『麻薬』の一種なのである。
依頼を託した者たちが普段はどういう仕事をしているかは、彼ら海賊たちもよく承知していた。様々な慈善活動をしながら社会において色々な貢献をしている、世間一般では『善良な企業』と呼ばれる類の連中だ。しかし、その裏では仕事の無い者たちを救うと見せかけて過酷な労働に向かわせ、このような品物を日々多数製造し、裏社会においても表と同じ、いやそれ以上に絶大な権力を握らんとしている訳である。
海賊にその品物を託したのも、これまで様々な悪行を重ね、多種多様な盗品を隠し持つ彼らなら、麻薬ぐらいなら簡単に守ってくれるだろう、と言う意図だった。傍目から見ると良いように掌で扱われているようにも見えるが、あくまで海賊にとっては自分たちの方が依頼人たちを掌で操っていると言う印象のようであった。
そんな感じで、傲慢かつ自分勝手な海賊たちは、恐れも知らず、やりたい放題を繰り返し、まさに人々の脅威として君臨していた。
だが、この広い海、そしてこの広い世界に完全なる『最強』というものは存在しない。例え凄まじい力を持つ存在が現れたとしても、やがてそれをも凌ぐ恐ろしい存在が生まれるのがこの世の常なのだ。
そして彼ら海賊に関しても、その法則は見事に適用しようとしていた。
「……!」
ずっと暇そうに外の海の見張りを続けていた海賊の1人が何かに気づき、急に声を張り上げた。海の向こうに、素早く動く巨大な物体を発見したのだ。慌てて他の仲間たちにも連絡をし、にわかに孤島が騒がしくなり始めた。
この絶海の孤島は商船や客船の経路から外れ、警察や防衛隊の船も滅多に来ないはずの場所に位置していた。だからこそ、今まで彼らはダラダラと過ごしてこれたのである。そんな島の周辺に不審な何かが現れたとなると、当然大騒ぎになってしまう。望遠鏡が手にある者は急いでピントを遠くに合わせ、第一発見者である海賊の男が示す方向に目を見張らせた。
「おい、何だあれ……」
そして、彼らが見つけたのは、海から浮かぶよく分からない「何か」であった。まるで岩礁のようにゴツゴツしたものが、波間から姿を現していたのだ。『兄貴』と呼ばれるリーダー格の海賊も、しっかりその眼で見届けた。だが、少し時間が経つと、その岩のような何かは波に飲み込まれるかのように消えていった。
「あれ、消えちまったぜ……」
「んー、ありゃただのクジラじゃねえか?」
迷子のクジラか何かがここに迷い込んで来たのだろう、と『兄貴』は結論付けた。多分そのうち海の向こうに消えるか、この島に座礁して自分たちの腹の中に収まるかどちらかだろう、という言葉に、海賊たちの緊張は解け、元の呑気で堕落した姿へと戻り始めた。
しかし、一人だけその「何か」に対し、妙な違和感を持つ者がいた。あれを最初に発見した男である。
「なぁ、あれってもしや――」
「――『リージョン』の船じゃないか、って言いたいんだろ?」
『リージョン』――砂浜に突然現れ、嵐の如く暴れ狂い、全てを海へと引きずり込み、どこかへと消えていくと言う謎の『海賊』。大量の宝を持つあくどい連中ほど狙われやすい、貝殻と共にやってくる、など各地の海賊たちの間で様々な憶測が流れていたが、『リージョン』を最も特徴付けるのは、その構成員が1人の女性だけである、と言うことであった。どんな強い連中を相手にしても、その女はたった1人であらゆる宝を根こそぎ奪いつくす、と言う話を、海賊たちは互いに共有していたのである。
だが、大半の海賊たちはそんな話を単なる教訓めいたホラ話だと考えていた。自分たちがどんなに悪でも、たかが1人の女性に、屈強な海の男たちが負けるなんて滑稽な話、誰が信じられるだろうか。
「だいたい、俺たちは誰も知らない場所にいるんだぜー♪」「よっぽど暇人じゃなきゃさー」「こんな場所に来る訳なんてないだろ」
「い、いやでも、あいつは『悪』の匂いを……」
「お前、本気で伝説信じてるのか?」「一辺海に入って、リージョンちゃんにお仕置きしてもらった方がいいんじゃねえかー♪」
皆の笑い物にされてしまった事で、この話を持ち出した男も自分の考えを改める決意をした。あんな存在なんて迷信だ、だいたい1人の美女がいきなりこんな場所に現れるなんて言う都合のいい話なんてある訳が無い、と。
「ま、そんな生意気な女がもし現れた時は……」
俺たちでボッコボコにした後に、骨の髄まで海賊の怖さを味あわせればよい。
自信満々な一言に合わせて皆が大笑いした、その時だった。
「はっははははは!!」
最初派誰も気づく事が無かったが、野太い笑い声の中に、やけに声のトーンが高めな笑い声が1つ混ざっている事に男たちは気づき始めた。海賊たちの集団の外側から聞こえる異様な声に、海賊たちの間に張りつめた空気が漂った。そして、笑い声が収まった時、皆が集まる孤島の要塞の端に、今まで見た事のない存在が現れているのを、海賊たちは見た。そして、そのあまりに異様な姿も。
「……!?」「……へ!?」「……は?」
「よ♪」
そこにいたのは、ビキニ1枚のみを身に着けた、1人の美女であった……。
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