07 通信
どんなに強い海賊でも、決して1人だけで生き続ける事は出来ない。出会う者が敵か味方か分からない、下手すれば自分の命すら奪われかねない日々を乗り越えるためには、どんな悪事を働く者たちでも、自らの考えに従い、誤った道に進む時はしっかりと指摘してくれるような協力者が無ければやっていけないのだ。それがこの世の常であり、人間の姿を模した異質な生命体――女海賊集団『リージョン』でも逃げる事は出来ないルールである。
彼女たちにも普段から色々と協力をしてもらい、そしてこちら側からも協力を要請している、切っても切れない繋がりを持つ協力者がいるのだ。
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リージョンたちの本拠地である、海を泳ぐ超巨大な錦鯉『グランカーピノン』。その広い体内は様々な役割をする空間が並んでおり、胃の部分にある大広間や様々な部屋、その近くにある巨大な『胃袋』、そしてさらに進めばリージョンを生み出す無数の単細胞が数限りなく分裂増殖を続ける広大な空間がある。
一方、これらとは逆の道を進んだ所、グランカーピノンの『脳』にあたる部分もまた、その細胞から分離したビキニ姿の女海賊『リージョン』が集う大きな空間となっている。この場所の役割は、外部から得る様々な情報を処理すると言う、普通の脳と同じような感じである。だが、その中身は大きく異なり、脳味噌の部分は巨大な空洞になっており、細胞で出来たピンク色の床を取り囲む壁は、他の場所とは全く異なる黒色の滑らかな物体で覆われているのだ。
「「「「「「「「「「「「「「「まだかなー」」」」」」」」」」」」」」」
そんな『脳』の内部で、何十人ものリージョンが、だらしない格好で協力者からの『連絡』を待っていた。大きな樽を椅子代わりにして座る者や、胡坐をかいている者など、さらには寝そべるものまで、それぞれが海賊らしく自由な雰囲気を漂わせながら、暇をもてあましていた。
そして、空間を取り囲む床の一部が、大きな直方体の物体へと姿を変えた。そしてそれはそのまま変化し続け――。
「向こうの準備が遅いみたいだなー」
「「「「あ、どうもー」」」」
「どうも」
――あっという間に、新たな『リージョン』になった。彼女と同一の存在であるグランカーピノン自身もまた新しい彼女をあちこちで作る事で暇を持て余していたのである。
彼女は無限に分裂増殖を続ける怪物の細胞が変化したもの、いくらでも新たなビキニ姿の女海賊を生み出すことが可能なのだ。
数人の自分を加え、数十人での『独り言』をしばらく続けていた時、突然空間の天井近くの黒い壁――グランカーピノンにおける外部から入った情報を処理する場所が光り出した。しばらくすると、その近くに、四角い大きな画面が蜃気楼のように浮かび上がり始め、やがてそこに『映像』が現れ始めた。外からの通信がようやく入ってきたのだ。
数十人のリージョンは、それを待ちに待っていたかのように近くに集まり、画面を注視し始めた。
『『『『『『『『聞こえるー?見えるー?』』』』』』』』
そこに映し出されたのは、グランカーピノン内のリージョンと同様、黄色のビキニで身を包んだ大量のリージョンと――。
『ちょ、ちょっとどいてくれないかな……』
――その大きな胸や体に押しつぶされそうになりながらも、何とか画面の中央を確保している、1人の青年であった。
非常に露出度の高い大胆な衣装のリージョンとは対照的に、白や青を基調としたスーツに身を包み、前髪を揃えた銀色の髪を短めに整える――そんな彼こそが、謎に包まれた女海賊リージョンの頼もしい協力者である、世界有数の大富豪の青年『アロード・マズーダ』である。
彼やその近くにいるリージョンがいるのは、この深い海を抜けたずっと先にある大陸の中にある大きな建物。遠く離れた二つの空間を結んでいるのが、無数の端末を一つの意識で繋ぐためにリージョンが常に行っているテレパシーのようなものである。これを利用し、彼女の本拠地の形態であるグランカーピノンの中に、建物の部屋の映像を、音声も込みでそのまま送信している格好だ。普通では有り得ない状況なのだが、アロードは既にそれを把握し、今回のように利用している。彼とリージョンは、とても長い付き合いなのだ。
次々に集まる大量のリージョンを一旦どかしてから、アロード・マズーダは久しぶりに目にする『グランカーピノン』内の彼女たちに挨拶をした。そして連絡が遅くなった事を謝りつつ、今回の本題へと入った。
『そうだ、この前の襲撃の成功成功おめでとう』
「へへ、楽勝楽勝」「あたしたちに出来ないことなんて無いじゃん」「知ってるくせにー」
そうだそうだ、と画面の内外の彼女は口をそろえて彼に告げた。直接的な言葉では表していないが、この自信満々な言葉が感謝の証である事はアロードは既に承知していた。それも踏まえ、改めてその襲撃の証拠を見せてもらうように彼はリージョンに告げた。
「ほれ」
『うーん……これか……』
リージョンの1人が、荒くれ者の悪い海賊から奪った『麻袋』と、その中に入った『クスリ』を画面に見せた。アロードの方でも、ここと同じように『画面』が表示され、グランカーピノン体内の声も同時に送信されているようだ。何十人ものビキニ姿のリージョンに見守られつつ、アロードは提出された麻袋を真剣に見ていた。そして、彼は確信した。
『間違いないね、これは「例の企業」が裏で取引している物だ』
――世界各地に様々な影響力を持ち、色々な慈善事業にも手を貸している「マズーダ財団」の御曹司、それがアロード・マズーダである。彼の表向きの顔は、様々な事業に協力し、この世界の発展に大いに貢献する好青年である。持ち前の美貌と明晰な頭脳を活かし、様々な知識や機転を活かして、自らをこの地位にまで高めたのだ。
だが、そんな彼にも裏の顔がある。この通り、彼は女海賊リージョンと協力関係を築いているのだ。その大きな理由に、この世界を守るはずの警察や軍隊に対し、ほとんど信頼を置いていないと言う事がある。
「え、警察が全然動いてないって!?」「警察だろ、悪い奴捕まえるのが仕事じゃないの?」
『言っても無駄だ、って言うのはリージョンも知ってるだろ?』
「……あー、そうか」「地上の連中って……」「アホばっかだった……」
とある噂が発端となった調査の中で、とある国際的な大企業が、裏社会で恐ろしい『クスリ』を製造し流出させていた事がアロードの中で明確になっていた。各地の「普通の」悪い海賊たちも傘下に置き、違法な労働条件で大量生産したクスリで大金を稼いでいたのである。
しかし、例えその情報を警察や軍隊の会議に出し、対策を採ってほしいと提案したとしても、うやむやの中で終わってしまうだろう、と言う事をアロードは既に知っていた。金や権力によって様々な大企業や裏の組織に左右され、今や人々ではなく「金持ち」の平和と安全を守ると言う状態になっているのを、これまで幾度と無く彼は納得させられたのである。そして今回の一件も、大企業の息がかかった他の幹部たちによって無かった事にされるのは目に見えていた。
人間は信用できない、こういうときに頼りになるのは、最強の女海賊だけだ。だからこそ、アロードは自らが最も信頼を置いているリージョンへ、それらの調査、そして依頼を託したのである。
『今回こうやって直接連絡をするのは、それに関しての事なんだ……ってあれ』
「「「「「「「ふわぁ……」」」」」」」『『『『『話ながーい』』』』』
『も、もう少し真剣に聞いて欲しいんだけど……』
リージョンにあちこちの海賊を襲撃してもらい、ストレス発散のついでにクスリが各地に出回ろうとしている、もしくは出回っている証拠を集めてもらっていた一方で、アロードの方もマズーダ財団の御曹司と言う立場を利用し、件の大企業内の情報を様々な形で諜報し続けていた。時には業務提携の会議を兼ねた直接的なリーク、またある時には密かな盗聴、あらゆる形で情報収集を続けていたのだ。
その中で、大企業の幾人かの幹部に、不審なスケジュールが組み込まれている事が分かってきた。
『今から8日後に、無人島にその幹部たちが集まるんだけど、そこがどういう場所かって言うのは知ってるよね』
「あの無人島だろ?」「岩しか無いよ、あそこ」「魚もちっこいのばかり集まるし……」『どういう事なんだい、アロード?』
『……恐らく、何かしらの「取引」がある』
「「「「『『『『!!』』』』」」」」
これまでの様々な経験や状況などから、アロードはこの無人島であの『クスリ』に関する何かしらの取引――恐らく、大規模に裏稼業を行う金持ち連中との話し合いが行われるのだろう、と読んでいたのだ。そして、グランカープ内に直接連絡を取ったのもそれが大きな要因だった。彼女たちに、その「取引」を滅茶苦茶にしてもらいたいと告げたのである。
『多分警備も万全だろうし、何かの罠かもしれない。普通の人間なら、絶対に無理だろう。でも、君たちなら……ね?』
『分かってるじゃん、アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』アロード♪』……
『む、胸を押しつけないで……』
画面の外で、アロードが無数のビキニ姿のリージョンに大量の巨乳を押し付けられてしまっていたことからも分かるように、彼らの間に主従関係は無い。アロードが親友であり、協力者であるリージョンに仕事を『依頼』すると言う形で、彼らは協力関係を築いているのである。一方、リージョンの方もアロードに仕事をした分の食べ物を要求していた。普通の食べ物ばかりではなく、グランカーピノンの消化にあった金銀財宝などの宝石もそれに含まれている。ただ、あくまで彼女たちは自由気ままにさすらう、豪快な女海賊。今回もまた、画面の内外でリージョンはアロードの条件に思いっきりケチをつけていた。
「もっと宝石ないの?」『100倍無いと応じられないぜ』「そうだよ、100倍!」100倍!』100倍!」100倍!』100倍!」100倍!』100倍!」100倍!』100倍!」100倍!』100倍!」100倍!』100倍!」100倍!』100倍!」100倍!』100倍!」100倍!』…
『まあまあ、そう言うと思ったよ。大丈夫。偵察成功後に「ミルクボット」に積んで送るから』
アロードにとって、こう言ったおねだりはいつもの事であった。大富豪である彼だからこそ、リージョンの無茶な要求でもすぐに受け入れるのが可能なのかもしれない。
念のために、自分の手で例の無人島を観察しておいた方が良いと言うアドバイスに、既に承知している、言われなくてもそうするつもりだと返されたアロードは、協力者の自信と強さに安心しつつ、別れの挨拶をしつつ連絡を切った。
『またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』またなー♪』……
『む、むぐぐ……ちょ、ちょっと……ま、またね……』
部屋一面に広がった大量のビキニ姿の美人に押し潰されそうにながら。
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画面が消えた後、早速リージョンは行動に移った。
今回「取引」が行われるであろう無人島は、これまで彼女も何度か訪れた事がある場である。しかし、だからと言ってあの時と今が同じ状況と言う保証は無い。足を踏み入れた人間たちによって状況が変わっている可能性もあるのだ。そこで、アロードからのアドバイスも受けてまずは状況確認のため、『偵察』に向かう事になった。
当然、山より大きななこの本拠地をそのままあの場所に乗り込ませる訳にはいかない。最悪島を破壊し、海を汚してしまう可能性もある。そこで役に立つのが、リージョンたちの主要戦力である高速潜行生命体『ミルクボット』である。
錦色に塗られたグランカーピノンの肌を覆う鱗の1つが、突然大きく外側に膨らみ始めた。やがて表面の鮮やかな色が褪せ始め、代わりにかさぶたや岩を思わせる不恰好な凹凸で覆われ始めた。そして、グランカーピノンから剥がれ落ちた鱗の形は、まるで巨大な『牡蠣貝』のようであった。
そう、これこそがあのミルクボット――グランカーピノン、リージョンと全く同じ遺伝子や思考能力を持つ、彼女の3つ目の姿である。
そして、頑丈な殻の中は――。
「それじゃ偵察いくぞー!」「おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」……
――何百人ものビキニ姿の女性海賊『リージョン』と、周りに敷き詰められた柔らかく肌触りの良い壁や絨毯――いや、無数の微小な細胞に変化した『リージョン』によって埋め尽くされていた……。
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