鳥の夢
霜月りつ
鳥の夢
その日、鳥は目覚めました。
鳥は自分のすべきことを知っていました。
空へ飛び立つのです。
鳥にはそのための、大きくはありませんが強い翼がありました。
鳥は自分の巣の中で顔を上げ、体を起こし、白い翼を広げてみました。
ゆっくりと振りました。
初めて動かす翼ですが、どこにもひっかかったりきしんだりすることは、ありませんでした。
巣の入り口が開きました。
鳥は初めて見る巣の外を注意深く観察しました。
外は灰色でした。
灰色の空と灰色の地面です。
二つの灰色が交わり、世界は灰色だけでした。
鳥は白い翼を広げ、巣から体を乗り出しました。それだけでたちまち鳥は空に飛び上がりました。
灰色の地面の上を動くものはありません。ぽつんと鳥の黒い影だけが地面を移動しています。
外の空気はとても冷たく、まるで氷の中を飛んでいるようです。
灰色の地面の上に細い線があります。あれは昔の川の跡です。すっかり干上がり、ただの筋になっていました。
鳥はその上を飛びました。
するとその線の上にたちまち青い水が流れました。青い魚の影が泳ぎ、白い三角の帆を張った船が現れました。
川岸には子供たちがあげる水しぶきや、洗濯をする女の人たちの姿も見えました。
鳥は川をそれました。すると川はたちまち砂の中に消えてゆきました。
今のは川が思い出した昔の記憶です。
鳥の行く手に灰色の山がありました。
四角い瓦礫がたくさん重なっています。瓦礫にはやはり四角い穴がたくさん空いていました。
鳥はその山の上を飛びました。
すると崩れた山はぐんぐんと伸び上がり、ピカピカとしたガラスをはめた建物になりました。建物の中にはたくさんの人間がいて働いています。
建物の下の黒いアスファルトの上にはたくさんの車が走っていました。
鳥は山をそれました。するビルの街の姿は溶けるように消えてしまいました。
今のは瓦礫の山が思い出した昔の記憶です。
鳥の行く手に少し色の違う灰色の大地が見えてきました。大きく広い大地です。ひどくでこぼこしていました。
鳥はその大地の上を飛びました。
するとその大地の向こうから青い青い波が寄せてきました。
波の中には大きな魚、小さな魚、からみあう藻や貝やエビや蟹やくらげや、そのほかのたくさんの生き物の姿が見えました。
波は大地にぶつかり、白いしぶきをあげました。
しぶきの中にも多くの生き物たちがいました。
高く足をあげる馬や、立派なたてがみを持つライオンや、嬉しそうに吠える犬やしなやかに手足を伸ばす猫、そして人の顔もたくさん見えました。
そして最後に大きな鯨の群が波の向こうからやってきました。
くじらは甲高い声で海の歌を鳥に歌いました。
鳥は海を越えました。すると海はたちまち空の中に消えてしまいました。
今のは海が思い出した昔の記憶です。
鳥は海の向こうの小さな丘へ向かいました。
その丘はなぜか白く白く輝いていました。雪でしょうか?
いいえ、違います。
それは鳥の白い羽根。無数の羽毛でした。
鳥はその白い丘の上に降り立ちました。そしてくちばしの中から小さな種を吐き出しました。
種が地面に落ちると、鳥はその上に自分の羽根を広げて空気の寒さから守りました。
鳥のすぐそばに少し前に飛び立った仲間が同じように倒れていました。
仲間の体の下には小さな緑の芽がありました。以前、仲間が運んできた種です。
鳥の体で暖められ、芽を出したのです。
その向こうにも、またこちらにも、たくさんの鳥が、仲間たちが倒れていました。 ちらばった羽根は仲間たちのものでした。たくさんの鳥の体がその丘を白く埋めているのでした。
ほかの仲間たちの体の下にもたくさんの芽がありました。
もう少し離れた丘には鳥の体を栄養にしてもっと大きくなった芽もあります。
もっと離れた丘にはずいぶん成長して葉を広げた木々もありました。
灰色の地面の終点には大きな緑の森があったのです。
鳥ははるか向こうにけぶる緑の森を見ました。
その緑の森の上に楽しくさえずりながら飛び回る鳥を、四つ足の動物を、そして笑う二本足の人間を見ました。
それは過去の記憶ではありません。
これから訪れる未来の希望だと鳥は知っていました。
これからもたくさんの鳥がこの丘を目指し種を運びます。一度滅んだ星にもう一度命を運ぶために。
滅んでしまった人間たちが、最後に作った鳥たちの、それが夢なのでした。
鳥は未来の夢を見るために、その輝く金属の瞳をそっと閉じました。
鳥の夢 霜月りつ @arakin11
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